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20.現在まで
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その晩、式島は孤塚家と燈が結んでいた守り神の契約を破棄した。そして、新たに燈と使役契約を結びなおした。
契約破棄には孤塚家の本家筋の血が必要だったらしく、灼の血を使った。
使役契約には、新契約者である式島の血を使った。
せっかく永い契約のしがらみから解放されるというのに、燈がまた新たな契約で縛られるのかと思うと、正直納得がいかない。
「現在のように存在の霞んでしまった燈さんには、契約者が霊力を注ぎこまなければ、そのまま消滅してしまいます」
内心を見透かしたような式島に、そう説明されたため、渋々承諾するしかなかった。
燈は霊力の容量が大きい。普通、容量が大きければ、消費も激しいが回復も早いものだ。
しかし、式島によると、燈の場合は回復が例外的に恐ろしく遅い。普段生活するだけで消費される霊力が、自力でまかなえないほどに。
それを補うために、依代が必要とされた。
理想的なのはあの老婆のように、燈へ霊力を充分に与えたうえで、占いまで難なくできるくらいに霊力の高いほうがよかったのだろう。
しかし自分には、燈が存在するのに必要な霊力すら満足になかった。どうしようもないことだが、それがどうしても悔やまれた。
新しい契約では、燈の身体から溢れた霊力が式島の血に蓄えられ、その繋がりによって式島の霊力を燈が吸収できる形式になった。
そのことによって、式島と燈で霊力が循環し、余計な消費も抑えられるらしい。
また、大量に霊力が必要なときは、式島の血を浴びることによって、一時的に燈へ霊力を戻すことも可能とした。
灼にはいまいちピンと来なかったが、燈が安全ならば何でもよいと思った。
儀式には、大して時間はかからなかった。
新しい契約のあと、霊力不足から解放された燈には以前のような実体が戻った。
「……どう?」
式島がさらに余分な霊力を調整し、獣の耳がなくなった少女は、まるでただの人間の少女のようだった。
「……狐の耳がなくても、燈様はキレイです」
灼がぼそぼそと答えた言葉を聞いて、少女ははにかんだ笑みを見せた。
燈は式島がそのまま、つれて帰った。契約者とあまり離れられないのは、依代のときと同じだ。
ここしばらくは、何をするにもいつも燈と一緒にいたものだから、灼にとって別れは寂しかった。
しかし、男のなけなしの意地で、笑顔で見送った。とても、ぎこちないものであっただろうが。
○
翌日、父に会いに母屋へ行った。
「お狐様が消えてしまいました」
「何だと?」
「申し訳ございません。僕の霊力が足りず、存在を保つことができませんでした」
そのようにいって、わざとらしく頭を下げると、父と兄はたいそう激怒した。
父は自分の胸ぐらに掴みかかり、何ごとか言葉にならない言葉を叫んでいる。ものすごい形相で、このまま殺されるのではないかと思ったほどだ。
兄も何か口汚く罵っていたようだが、正直どうでもよかったので、聞きながした。
この場をどう収めようかと考えていたら、その騒ぎに気づいた母が割ってはいってくれた。
「お前……依代は名誉ある役目なんだぞ! それを……わざとやったのか? そうなんだろう!?」
母が止めても、父はなおもそのようなことを、ぶつぶつつぶやいている。
しかし、生憎と自分から依代に立候補したわけではない。押しつけられた挙句、「異論は認めない」とまでいったのは父だ。
(あんたの自業自得だ。ざまあみろ!)
内心、そのようにせせら笑った。結局、父は怒る以外、何もできなかった。
ただ、親戚からは父の失態も大きいと判断され、親子ともども目一杯責められた。
「お狐様が消えたとはどういうことだ!? 我々はこれからどうなる!?」
「だから、霊力の低い弟を依代にするのは反対したんだ! どうしてくれる!?」
「当主が不甲斐ないせいだ!」
「どう責任をとるつもりだ!?」
親戚たちも賛同していたのだから責める権利はないと思うのだが、自分たちのことは棚の上に放りなげたらしい。
必死に弁明する父に、よい気味だと思ってしまった自分は、きっと性格がねじ曲がっているのだろう。
その中、ただひとり母だけは、どこか安堵した顔をしていた。
このような失態をした場合、自分が大人だったら家から勘当されたのだろう。しかし、生憎と責任能力のない子どもだったため、家から叩きだされるようなことはなかった。
その代わり、高校を卒業したら早く家から出ていくようにいわれている。願ってもないことだった。
それから家族からは、まるでいないもののように扱われた。
外で遊ぼうが何をしようが、咎められることはなかった。以前とはえらい違いだ。
自分とは、一切関わりあいたくないと思っているのだろう。どこかでのたれ死んでも、かまわないとさえ思われているかもしれない。
しかし、そのほうがかえって清々した。
その後も生活の場は、相変わらず社に移ったままだ。父はできる限り、自分を視界に入れたくないのだろう。
小学生のうちは、以前からの世話係がそのまま雇われていた。社でふたり暮らしのようなものだったから、彼女にも肩身の狭い思いをさせてしまったことだろう。
中学生になってそこそこ自炊ができるくらいになると、世話係は解雇された。
それからは、社でひとり暮らしのような自由な生活をしている。環境が特殊すぎるため、さすがに部屋へ人は呼べないが。
どのみち、それほど仲のよい人間もいなかったし、大した問題ではなかった。
また、ちょうどその頃から、目つきの悪さからガラの悪い不良に絡まれるようになった。
しかし、体力づくりの一環で式島から習っていた護身術のおかげで、幸い怪我はしてない。相手の怪我の具合は知ったことではないが。
式島はあの一件の直後から、御山高等学校で教鞭をとっている。その裏では管理者の仕事もしているため、たびたび手伝いに呼ばれた。
そのまま泊まりこむことも多かったが、社暮らしなので家族に気づかれることはなかった。まあ気づかれていたとしても、問題にもならないだろう。
目指すのは、拝み屋の資格。
そのために、日々霊力を増やすための修行を続け、嫌々ながらも式島に教えを乞いた。
高校はそこを受験し、無事に入学した。
クラスに馴染めてはいないが、燈のそばにいられれば何でもよかった。
そして今日、同級生の肝試しを式島に報告したら、燈とともに監視を命令された。
正直、同級生の安否などどうでもよかったが、うまく仕事をこなして認められなければ、燈をとり戻すことはできない。
また、同時に燈の身の安全も確保しなければならない。万が一にも、危険などにはさらしたくない。
そのように考えていたが、思いの他、厄介なことになった。
土蜘蛛の大群に襲われる中、考える。
式島に助けを求めれば、事態をうまく収拾してくれるだろう。しかし、頼ってしまったら、燈への道が遠くなる気がした。
だから、式島に連絡するのは避けた。たとえ同級生が犠牲になったとしても。
結果、同級生の命を危険にさらし、あともう少しで見殺しにするところだった。
式島はそれを怒っているのだろう。何だかんだ長いつきあいなのだから、口に出さなくともわかっていた。
「今回みたいに不甲斐ない結果が続きますと、燈さんをとり戻すことはできないよ?」
式島の声が冷たく響く。
竜次には言葉の意味はわからないだろうが、険悪な雰囲気は感じているらしい。キョロキョロと忙しなく、自分と式島の顔を交互に見比べている。
「……すみませんでした」
素直に謝って頭を下げたが、式島はため息をついた。
「灼くん、ちっとも反省してないね? 全く……。あの環境で育てば仕方ないとは思うが、少しは他人を信用したり、思いやりをもったりしてほしいんだけどね……」
燈がおにぎりを頬張りながら、フォローしてくれた。
「あら、灼は優しいわよ?」
「それは、燈さん限定だよ……。初対面の私を変質者扱いするし」
「もしかして、まだ根にもっていたんですか……?」
思わず、呆れた声で聞きかえしてしまった。
式島が大変よい顔で、ニコリと笑う。
「そうだ、灼くんにせっかく友だちができたんだ。ちょうどいいから、君が竜次くんの面倒を見てあげるといい」
「「は?」」
竜次と、ふたり同時に声を上げてしまった。
やはり、根にもっているではないか。そのように思ったが、事態が悪化しかねないので、口には出さなかった。
「……別に、友だちでは――」
「急に幽霊が見えるようになったら、竜次くんも不安でしょう。灼くんが相談にのってあげるといい。これが君の責任のとりかたです」
反論しようとしたが、最後まで喋らせてもらえなかった。
当の竜次は、目を見開いたまま、固まっている。
「よろしくお願いしますね、灼くん」
式島は笑顔だが、その目は笑っていない。いつものことだが、拒否権などなかった。
契約破棄には孤塚家の本家筋の血が必要だったらしく、灼の血を使った。
使役契約には、新契約者である式島の血を使った。
せっかく永い契約のしがらみから解放されるというのに、燈がまた新たな契約で縛られるのかと思うと、正直納得がいかない。
「現在のように存在の霞んでしまった燈さんには、契約者が霊力を注ぎこまなければ、そのまま消滅してしまいます」
内心を見透かしたような式島に、そう説明されたため、渋々承諾するしかなかった。
燈は霊力の容量が大きい。普通、容量が大きければ、消費も激しいが回復も早いものだ。
しかし、式島によると、燈の場合は回復が例外的に恐ろしく遅い。普段生活するだけで消費される霊力が、自力でまかなえないほどに。
それを補うために、依代が必要とされた。
理想的なのはあの老婆のように、燈へ霊力を充分に与えたうえで、占いまで難なくできるくらいに霊力の高いほうがよかったのだろう。
しかし自分には、燈が存在するのに必要な霊力すら満足になかった。どうしようもないことだが、それがどうしても悔やまれた。
新しい契約では、燈の身体から溢れた霊力が式島の血に蓄えられ、その繋がりによって式島の霊力を燈が吸収できる形式になった。
そのことによって、式島と燈で霊力が循環し、余計な消費も抑えられるらしい。
また、大量に霊力が必要なときは、式島の血を浴びることによって、一時的に燈へ霊力を戻すことも可能とした。
灼にはいまいちピンと来なかったが、燈が安全ならば何でもよいと思った。
儀式には、大して時間はかからなかった。
新しい契約のあと、霊力不足から解放された燈には以前のような実体が戻った。
「……どう?」
式島がさらに余分な霊力を調整し、獣の耳がなくなった少女は、まるでただの人間の少女のようだった。
「……狐の耳がなくても、燈様はキレイです」
灼がぼそぼそと答えた言葉を聞いて、少女ははにかんだ笑みを見せた。
燈は式島がそのまま、つれて帰った。契約者とあまり離れられないのは、依代のときと同じだ。
ここしばらくは、何をするにもいつも燈と一緒にいたものだから、灼にとって別れは寂しかった。
しかし、男のなけなしの意地で、笑顔で見送った。とても、ぎこちないものであっただろうが。
○
翌日、父に会いに母屋へ行った。
「お狐様が消えてしまいました」
「何だと?」
「申し訳ございません。僕の霊力が足りず、存在を保つことができませんでした」
そのようにいって、わざとらしく頭を下げると、父と兄はたいそう激怒した。
父は自分の胸ぐらに掴みかかり、何ごとか言葉にならない言葉を叫んでいる。ものすごい形相で、このまま殺されるのではないかと思ったほどだ。
兄も何か口汚く罵っていたようだが、正直どうでもよかったので、聞きながした。
この場をどう収めようかと考えていたら、その騒ぎに気づいた母が割ってはいってくれた。
「お前……依代は名誉ある役目なんだぞ! それを……わざとやったのか? そうなんだろう!?」
母が止めても、父はなおもそのようなことを、ぶつぶつつぶやいている。
しかし、生憎と自分から依代に立候補したわけではない。押しつけられた挙句、「異論は認めない」とまでいったのは父だ。
(あんたの自業自得だ。ざまあみろ!)
内心、そのようにせせら笑った。結局、父は怒る以外、何もできなかった。
ただ、親戚からは父の失態も大きいと判断され、親子ともども目一杯責められた。
「お狐様が消えたとはどういうことだ!? 我々はこれからどうなる!?」
「だから、霊力の低い弟を依代にするのは反対したんだ! どうしてくれる!?」
「当主が不甲斐ないせいだ!」
「どう責任をとるつもりだ!?」
親戚たちも賛同していたのだから責める権利はないと思うのだが、自分たちのことは棚の上に放りなげたらしい。
必死に弁明する父に、よい気味だと思ってしまった自分は、きっと性格がねじ曲がっているのだろう。
その中、ただひとり母だけは、どこか安堵した顔をしていた。
このような失態をした場合、自分が大人だったら家から勘当されたのだろう。しかし、生憎と責任能力のない子どもだったため、家から叩きだされるようなことはなかった。
その代わり、高校を卒業したら早く家から出ていくようにいわれている。願ってもないことだった。
それから家族からは、まるでいないもののように扱われた。
外で遊ぼうが何をしようが、咎められることはなかった。以前とはえらい違いだ。
自分とは、一切関わりあいたくないと思っているのだろう。どこかでのたれ死んでも、かまわないとさえ思われているかもしれない。
しかし、そのほうがかえって清々した。
その後も生活の場は、相変わらず社に移ったままだ。父はできる限り、自分を視界に入れたくないのだろう。
小学生のうちは、以前からの世話係がそのまま雇われていた。社でふたり暮らしのようなものだったから、彼女にも肩身の狭い思いをさせてしまったことだろう。
中学生になってそこそこ自炊ができるくらいになると、世話係は解雇された。
それからは、社でひとり暮らしのような自由な生活をしている。環境が特殊すぎるため、さすがに部屋へ人は呼べないが。
どのみち、それほど仲のよい人間もいなかったし、大した問題ではなかった。
また、ちょうどその頃から、目つきの悪さからガラの悪い不良に絡まれるようになった。
しかし、体力づくりの一環で式島から習っていた護身術のおかげで、幸い怪我はしてない。相手の怪我の具合は知ったことではないが。
式島はあの一件の直後から、御山高等学校で教鞭をとっている。その裏では管理者の仕事もしているため、たびたび手伝いに呼ばれた。
そのまま泊まりこむことも多かったが、社暮らしなので家族に気づかれることはなかった。まあ気づかれていたとしても、問題にもならないだろう。
目指すのは、拝み屋の資格。
そのために、日々霊力を増やすための修行を続け、嫌々ながらも式島に教えを乞いた。
高校はそこを受験し、無事に入学した。
クラスに馴染めてはいないが、燈のそばにいられれば何でもよかった。
そして今日、同級生の肝試しを式島に報告したら、燈とともに監視を命令された。
正直、同級生の安否などどうでもよかったが、うまく仕事をこなして認められなければ、燈をとり戻すことはできない。
また、同時に燈の身の安全も確保しなければならない。万が一にも、危険などにはさらしたくない。
そのように考えていたが、思いの他、厄介なことになった。
土蜘蛛の大群に襲われる中、考える。
式島に助けを求めれば、事態をうまく収拾してくれるだろう。しかし、頼ってしまったら、燈への道が遠くなる気がした。
だから、式島に連絡するのは避けた。たとえ同級生が犠牲になったとしても。
結果、同級生の命を危険にさらし、あともう少しで見殺しにするところだった。
式島はそれを怒っているのだろう。何だかんだ長いつきあいなのだから、口に出さなくともわかっていた。
「今回みたいに不甲斐ない結果が続きますと、燈さんをとり戻すことはできないよ?」
式島の声が冷たく響く。
竜次には言葉の意味はわからないだろうが、険悪な雰囲気は感じているらしい。キョロキョロと忙しなく、自分と式島の顔を交互に見比べている。
「……すみませんでした」
素直に謝って頭を下げたが、式島はため息をついた。
「灼くん、ちっとも反省してないね? 全く……。あの環境で育てば仕方ないとは思うが、少しは他人を信用したり、思いやりをもったりしてほしいんだけどね……」
燈がおにぎりを頬張りながら、フォローしてくれた。
「あら、灼は優しいわよ?」
「それは、燈さん限定だよ……。初対面の私を変質者扱いするし」
「もしかして、まだ根にもっていたんですか……?」
思わず、呆れた声で聞きかえしてしまった。
式島が大変よい顔で、ニコリと笑う。
「そうだ、灼くんにせっかく友だちができたんだ。ちょうどいいから、君が竜次くんの面倒を見てあげるといい」
「「は?」」
竜次と、ふたり同時に声を上げてしまった。
やはり、根にもっているではないか。そのように思ったが、事態が悪化しかねないので、口には出さなかった。
「……別に、友だちでは――」
「急に幽霊が見えるようになったら、竜次くんも不安でしょう。灼くんが相談にのってあげるといい。これが君の責任のとりかたです」
反論しようとしたが、最後まで喋らせてもらえなかった。
当の竜次は、目を見開いたまま、固まっている。
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