理科準備室のお狐様

石澄 藍

文字の大きさ
上 下
2 / 20

2.ひとりぼっちの潜入作戦

しおりを挟む
 夜10時。辺りがすっかり暗くなっている中、御山高等学校裏門の前で、竜次はひとり、イライラしていた。

 この季節、日中は暑くても、夜は心地よい風が吹いて過ごしやすい気候であることが多い。現に、先ほどまでは涼しいくらいだった。
 ところが、何故かこの学校に着いてから、空気が澱んだように妙に生温かくて、じっとりと汗ばんできた。
 それが薄気味悪く思えて、気にしないようにしつつも不安をかき立てる。

 さらに、竜次は制服を着てきていた。
 もし万が一、警備員に見つかってしまったとしたら、「忘れものをとりにきた」とでもいって、誤魔化すためだ。
 しかし、夏服の半袖とはいえ、汗で背中にシャツがへばりついて、鬱陶しいことこのうえない。

(こんなことなら、制服を着てくるんじゃなかったな……)

 早くも後悔している竜次だが、苛立っている原因はこれだけではない。
 最大の要因は、10時になったというのに、今なおひとりでいるという、この現実である。

 もともと、この時間には竜次を含めて5人が集まることになっていた。
 信也以外の3人は、竜次と同じ中学校の出身で、気心の知れた仲だ。

 しかし、ひとりは気分屋のため、参加を表明していたものの、どうせ来ないものと思っていた。
 もっとも、来ないともいいきれないせいで、竜次は集合時間まで待つ羽目になったわけだが。

 ふたりは、あれほど「裏門に集合」といっていたにも関わらず、先ほど正門から堂々と入ろうとして、警備員に捕まった。
 ちょうど、竜次が裏門に向かおうとして、近くを通っていたときのことだ。

 口は堅い奴らだから、今回の計画をバラすことはないだろう。自分たちには、まだやるべきことがある。お前たちの犠牲を無駄にはしない。

 そのように考え、泣く泣く見捨てて、ここまでやって来た。

 しかし、裏門に着いた竜次に、追い打ちをかける一通のメールが届いた。

「出かけに母さんに見つかって、説教中。今夜は行けそうにない。誠に申し訳ございません」

 信也からだった。最後の一文が無駄に丁寧なそのメールに、竜次は膝から崩れおちそうになった。

 このようにして、ドタキャンの嵐に遭った竜次はひとり、裏門の前に立っていたのだった。

 これなら、葵でも誘えばよかっただろうか。
 葵の性格ならば誘えば断れなさそうだし、ドタキャンをされることもなかっただろう。
 しかし、 灼あきに脅かされたときの、あの血の気のない表情を思いかえすと、やはり誘わなくて正解だった気もする。

 竜次は、来なかった仲間たちへの恨みがましさ、ひと気のない学校への恐怖、男の意地などがないまぜになった複雑な心情だった。
 しかし、クラスの皆んなの前で宣言した手前、今さらあとには引けない。

 意を決して、竜次は裏門の柵に手をかけた。

 この学校の裏門は普段から閉まってはいるものの、トラックも出入りできるように幅が大きくつくられている。柵のしたに車輪がついていて、片側から伸縮して開閉するタイプだ。

 柵の高さはそれほどではない。運動神経が悪くはない竜次ならば、何とかよじ登れるだろう。
 本当は、もうひとりくらいいてくれたほうが楽なのだが、こればかりは嘆いても仕方がない。

 柵のうえで辺りを見まわし、周りに人がいないことを念入りに確認する。
 もの音を立てないようにそっと着地すると、校庭を囲む木々に身を隠しながら、素早く移動する。
 どこに警備員が潜んでいるかわからないのだから、用心するに越したことはない。

 校舎の端に着くと、中に入る扉には、鍵がかかっていた。

(大丈夫、想定内だ)

 竜次は慌てることなく、校舎に沿って先へ進む。
 やがて、ひとつの窓に狙いをつけると、普通に窓を開けるようにガラリと開けた。

 それは、1階の端のほうにある男子トイレの窓だった。大概の生徒の導線から外れているため、利用者が少ないトイレだ。

 竜次はあらかじめ、帰るまえに窓の鍵を開けておいたのだ。
 作戦は功を奏し、開いていた鍵は誰にも気づかれなかったようだ。

(さっすが、オレ!)

 竜次は自画自賛しつつ、窓から中に滑りこんだ。

 トイレから廊下に出ると、非常口を示す緑色の明かりがところどころにあるものの、校舎の中は真っ暗だった。

 竜次はスマホをとりだし、ライトをつけた。

 この学校の校舎はコの字型になっている。
 正門はコの字でいうところの縦棒の外側の方向、数百メートル先にあり、警備員の詰所もそこにある。
 その位置から見える校舎は、縦棒部分にある正面玄関と一部の教室しかない。

 つまり、校舎内を見まわりしている警備員がいなければ、廊下で多少ライトをつけても、大丈夫な可能性が高いのである。
 また、通行人がたまたま近くを通って、学校の外から明かりに気づかれたとしても、警備員の見まわりくらいにしか思われないだろう。

 そのような算段をつけて、竜次はライトを使った。
 警備員に出くわしたら、そのときはそのときだ。第一、この暗さだ。明かりがなければ、どうしようもない。

 ライトをつけても、ひと気のない暗い学校は変わらず不気味だった。

(さて、最初はどこから行こうか……)

 信也の情報からは、幽霊の出現ポイントは全くわからない。

 学校の怪談といえば、先ほどまでいたトイレも定番のひとつだ。
 しかし、誰もいないとはいえ、さすがに女子トイレに忍びこむ勇気はない。
 あとは、音楽室、理科室、図書室といったところだろうか。しかし、定番だからといって、必ずしも幽霊が出るわけでもあるまい。

 竜次はだんだん、考えることが面倒になってきた。

 もう、やけっぱちだ。そもそも何故オレひとりだけ、こんな目に遭わなければならない。

 この校舎は地上4階建て、地下1階まである。適当に校内を一周して、いなければそれまでだ。いや、そもそも幽霊など、本当にいるとは思っていない。
 あとで適当に自撮り写真でも撮れば、ちゃんと夜に来た証明になるだろう。幽霊が見つからなくても、それで体面は保てる。

 悩んだすえ、竜次は階段に向かって歩きだした。

 この校舎には、階段が4つある。コの字でいうところの端に2つと、接点に2つだ。
 正門から向かって右奥、コの書きだし部分から第一、右手前が第二、左手前が第三、左奥が第四階段と呼ばれている。

 竜次が今いる位置よりさらに奥には、第四階段がある。施錠されていて、校庭から入れなかった先ほどの扉の脇だ。

 来た道を少し戻るかたちにはなるが、そこから一度に階段を上がって、下りながら校内を見てまわろうという考えだ。

 竜次は暗い中、スマホのライトだけを頼りに、慎重に階段を登った。

 この学校の歴史は古く、100年以上はある。
 よって建物も古く、大部分は明治時代のつくりだ。教室や廊下などには、いまだ当時の装飾が残されている。
 また、種類はよくわからないが、階段は黒くてスベスベした石でできていた。

 竜次は普段からこの階段を通るたびに、「転げおちたら、普通の階段より致命傷を負いそうだ」などと思っていた。

 何とか3階にたどり着いたときだった。突然、目が眩むようなライトの光で照らされた。

「そこで、何をしている!」

 男の怒声に、竜次は身を固くした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

コ・ワ・レ・ル

本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。 ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。 その時、屋上から人が落ちて来て…。 それは平和な日常が壊れる序章だった。 全7話 表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757  Twitter:https://twitter.com/irise310 挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3 pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夜のトトロの森で真っ黒なおじさんに追いかけられた話

Yapa
ホラー
夜、おれは虫とりに行った。そしたら、真っ黒おじさんに追いかけられた。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。 のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。 彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。 そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。 しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。 その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。 友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?

ソウサクスルカイダン

山口五日
ホラー
創作怪談(時々、自分の実体験や夢で見たお話)になります。 基本的に一話完結で各話1,000~3,000字ほどで、まるで実体験のように書いたり、人から聞いたように書いたりと色々な書き方をしています。 こちらで投稿したお話の朗読もしています。 https://www.youtube.com/channel/UCUb6qrIHpruQ2LHdo3hwdKA/featured よろしくお願いいたします。 ※小説家になろうにも投稿しています。

ツギハギ・リポート

主道 学
ホラー
 拝啓。海道くんへ。そっちは何かとバタバタしているんだろうなあ。だから、たまには田舎で遊ぼうよ。なんて……でも、今年は絶対にきっと、楽しいよ。  死んだはずの中学時代の友達から、急に田舎へ来ないかと手紙が来た。手紙には俺の大学時代に別れた恋人もその村にいると書いてあった……。  ただ、疑問に思うんだ。    あそこは、今じゃ廃村になっているはずだった。  かつて村のあった廃病院は誰のものですか?

心鬼

りく
ホラー
平凡な大学生「雄翔」が事件に巻き込まれていく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...