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2.ひとりぼっちの潜入作戦
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夜10時。辺りがすっかり暗くなっている中、御山高等学校裏門の前で、竜次はひとり、イライラしていた。
この季節、日中は暑くても、夜は心地よい風が吹いて過ごしやすい気候であることが多い。現に、先ほどまでは涼しいくらいだった。
ところが、何故かこの学校に着いてから、空気が澱んだように妙に生温かくて、じっとりと汗ばんできた。
それが薄気味悪く思えて、気にしないようにしつつも不安をかき立てる。
さらに、竜次は制服を着てきていた。
もし万が一、警備員に見つかってしまったとしたら、「忘れものをとりにきた」とでもいって、誤魔化すためだ。
しかし、夏服の半袖とはいえ、汗で背中にシャツがへばりついて、鬱陶しいことこのうえない。
(こんなことなら、制服を着てくるんじゃなかったな……)
早くも後悔している竜次だが、苛立っている原因はこれだけではない。
最大の要因は、10時になったというのに、今なおひとりでいるという、この現実である。
もともと、この時間には竜次を含めて5人が集まることになっていた。
信也以外の3人は、竜次と同じ中学校の出身で、気心の知れた仲だ。
しかし、ひとりは気分屋のため、参加を表明していたものの、どうせ来ないものと思っていた。
もっとも、来ないともいいきれないせいで、竜次は集合時間まで待つ羽目になったわけだが。
ふたりは、あれほど「裏門に集合」といっていたにも関わらず、先ほど正門から堂々と入ろうとして、警備員に捕まった。
ちょうど、竜次が裏門に向かおうとして、近くを通っていたときのことだ。
口は堅い奴らだから、今回の計画をバラすことはないだろう。自分たちには、まだやるべきことがある。お前たちの犠牲を無駄にはしない。
そのように考え、泣く泣く見捨てて、ここまでやって来た。
しかし、裏門に着いた竜次に、追い打ちをかける一通のメールが届いた。
「出かけに母さんに見つかって、説教中。今夜は行けそうにない。誠に申し訳ございません」
信也からだった。最後の一文が無駄に丁寧なそのメールに、竜次は膝から崩れおちそうになった。
このようにして、ドタキャンの嵐に遭った竜次はひとり、裏門の前に立っていたのだった。
これなら、葵でも誘えばよかっただろうか。
葵の性格ならば誘えば断れなさそうだし、ドタキャンをされることもなかっただろう。
しかし、 灼に脅かされたときの、あの血の気のない表情を思いかえすと、やはり誘わなくて正解だった気もする。
竜次は、来なかった仲間たちへの恨みがましさ、ひと気のない学校への恐怖、男の意地などがないまぜになった複雑な心情だった。
しかし、クラスの皆んなの前で宣言した手前、今さらあとには引けない。
意を決して、竜次は裏門の柵に手をかけた。
この学校の裏門は普段から閉まってはいるものの、トラックも出入りできるように幅が大きくつくられている。柵のしたに車輪がついていて、片側から伸縮して開閉するタイプだ。
柵の高さはそれほどではない。運動神経が悪くはない竜次ならば、何とかよじ登れるだろう。
本当は、もうひとりくらいいてくれたほうが楽なのだが、こればかりは嘆いても仕方がない。
柵のうえで辺りを見まわし、周りに人がいないことを念入りに確認する。
もの音を立てないようにそっと着地すると、校庭を囲む木々に身を隠しながら、素早く移動する。
どこに警備員が潜んでいるかわからないのだから、用心するに越したことはない。
校舎の端に着くと、中に入る扉には、鍵がかかっていた。
(大丈夫、想定内だ)
竜次は慌てることなく、校舎に沿って先へ進む。
やがて、ひとつの窓に狙いをつけると、普通に窓を開けるようにガラリと開けた。
それは、1階の端のほうにある男子トイレの窓だった。大概の生徒の導線から外れているため、利用者が少ないトイレだ。
竜次はあらかじめ、帰るまえに窓の鍵を開けておいたのだ。
作戦は功を奏し、開いていた鍵は誰にも気づかれなかったようだ。
(さっすが、オレ!)
竜次は自画自賛しつつ、窓から中に滑りこんだ。
トイレから廊下に出ると、非常口を示す緑色の明かりがところどころにあるものの、校舎の中は真っ暗だった。
竜次はスマホをとりだし、ライトをつけた。
この学校の校舎はコの字型になっている。
正門はコの字でいうところの縦棒の外側の方向、数百メートル先にあり、警備員の詰所もそこにある。
その位置から見える校舎は、縦棒部分にある正面玄関と一部の教室しかない。
つまり、校舎内を見まわりしている警備員がいなければ、廊下で多少ライトをつけても、大丈夫な可能性が高いのである。
また、通行人がたまたま近くを通って、学校の外から明かりに気づかれたとしても、警備員の見まわりくらいにしか思われないだろう。
そのような算段をつけて、竜次はライトを使った。
警備員に出くわしたら、そのときはそのときだ。第一、この暗さだ。明かりがなければ、どうしようもない。
ライトをつけても、ひと気のない暗い学校は変わらず不気味だった。
(さて、最初はどこから行こうか……)
信也の情報からは、幽霊の出現ポイントは全くわからない。
学校の怪談といえば、先ほどまでいたトイレも定番のひとつだ。
しかし、誰もいないとはいえ、さすがに女子トイレに忍びこむ勇気はない。
あとは、音楽室、理科室、図書室といったところだろうか。しかし、定番だからといって、必ずしも幽霊が出るわけでもあるまい。
竜次はだんだん、考えることが面倒になってきた。
もう、やけっぱちだ。そもそも何故オレひとりだけ、こんな目に遭わなければならない。
この校舎は地上4階建て、地下1階まである。適当に校内を一周して、いなければそれまでだ。いや、そもそも幽霊など、本当にいるとは思っていない。
あとで適当に自撮り写真でも撮れば、ちゃんと夜に来た証明になるだろう。幽霊が見つからなくても、それで体面は保てる。
悩んだすえ、竜次は階段に向かって歩きだした。
この校舎には、階段が4つある。コの字でいうところの端に2つと、接点に2つだ。
正門から向かって右奥、コの書きだし部分から第一、右手前が第二、左手前が第三、左奥が第四階段と呼ばれている。
竜次が今いる位置よりさらに奥には、第四階段がある。施錠されていて、校庭から入れなかった先ほどの扉の脇だ。
来た道を少し戻るかたちにはなるが、そこから一度に階段を上がって、下りながら校内を見てまわろうという考えだ。
竜次は暗い中、スマホのライトだけを頼りに、慎重に階段を登った。
この学校の歴史は古く、100年以上はある。
よって建物も古く、大部分は明治時代のつくりだ。教室や廊下などには、いまだ当時の装飾が残されている。
また、種類はよくわからないが、階段は黒くてスベスベした石でできていた。
竜次は普段からこの階段を通るたびに、「転げおちたら、普通の階段より致命傷を負いそうだ」などと思っていた。
何とか3階にたどり着いたときだった。突然、目が眩むようなライトの光で照らされた。
「そこで、何をしている!」
男の怒声に、竜次は身を固くした。
この季節、日中は暑くても、夜は心地よい風が吹いて過ごしやすい気候であることが多い。現に、先ほどまでは涼しいくらいだった。
ところが、何故かこの学校に着いてから、空気が澱んだように妙に生温かくて、じっとりと汗ばんできた。
それが薄気味悪く思えて、気にしないようにしつつも不安をかき立てる。
さらに、竜次は制服を着てきていた。
もし万が一、警備員に見つかってしまったとしたら、「忘れものをとりにきた」とでもいって、誤魔化すためだ。
しかし、夏服の半袖とはいえ、汗で背中にシャツがへばりついて、鬱陶しいことこのうえない。
(こんなことなら、制服を着てくるんじゃなかったな……)
早くも後悔している竜次だが、苛立っている原因はこれだけではない。
最大の要因は、10時になったというのに、今なおひとりでいるという、この現実である。
もともと、この時間には竜次を含めて5人が集まることになっていた。
信也以外の3人は、竜次と同じ中学校の出身で、気心の知れた仲だ。
しかし、ひとりは気分屋のため、参加を表明していたものの、どうせ来ないものと思っていた。
もっとも、来ないともいいきれないせいで、竜次は集合時間まで待つ羽目になったわけだが。
ふたりは、あれほど「裏門に集合」といっていたにも関わらず、先ほど正門から堂々と入ろうとして、警備員に捕まった。
ちょうど、竜次が裏門に向かおうとして、近くを通っていたときのことだ。
口は堅い奴らだから、今回の計画をバラすことはないだろう。自分たちには、まだやるべきことがある。お前たちの犠牲を無駄にはしない。
そのように考え、泣く泣く見捨てて、ここまでやって来た。
しかし、裏門に着いた竜次に、追い打ちをかける一通のメールが届いた。
「出かけに母さんに見つかって、説教中。今夜は行けそうにない。誠に申し訳ございません」
信也からだった。最後の一文が無駄に丁寧なそのメールに、竜次は膝から崩れおちそうになった。
このようにして、ドタキャンの嵐に遭った竜次はひとり、裏門の前に立っていたのだった。
これなら、葵でも誘えばよかっただろうか。
葵の性格ならば誘えば断れなさそうだし、ドタキャンをされることもなかっただろう。
しかし、 灼に脅かされたときの、あの血の気のない表情を思いかえすと、やはり誘わなくて正解だった気もする。
竜次は、来なかった仲間たちへの恨みがましさ、ひと気のない学校への恐怖、男の意地などがないまぜになった複雑な心情だった。
しかし、クラスの皆んなの前で宣言した手前、今さらあとには引けない。
意を決して、竜次は裏門の柵に手をかけた。
この学校の裏門は普段から閉まってはいるものの、トラックも出入りできるように幅が大きくつくられている。柵のしたに車輪がついていて、片側から伸縮して開閉するタイプだ。
柵の高さはそれほどではない。運動神経が悪くはない竜次ならば、何とかよじ登れるだろう。
本当は、もうひとりくらいいてくれたほうが楽なのだが、こればかりは嘆いても仕方がない。
柵のうえで辺りを見まわし、周りに人がいないことを念入りに確認する。
もの音を立てないようにそっと着地すると、校庭を囲む木々に身を隠しながら、素早く移動する。
どこに警備員が潜んでいるかわからないのだから、用心するに越したことはない。
校舎の端に着くと、中に入る扉には、鍵がかかっていた。
(大丈夫、想定内だ)
竜次は慌てることなく、校舎に沿って先へ進む。
やがて、ひとつの窓に狙いをつけると、普通に窓を開けるようにガラリと開けた。
それは、1階の端のほうにある男子トイレの窓だった。大概の生徒の導線から外れているため、利用者が少ないトイレだ。
竜次はあらかじめ、帰るまえに窓の鍵を開けておいたのだ。
作戦は功を奏し、開いていた鍵は誰にも気づかれなかったようだ。
(さっすが、オレ!)
竜次は自画自賛しつつ、窓から中に滑りこんだ。
トイレから廊下に出ると、非常口を示す緑色の明かりがところどころにあるものの、校舎の中は真っ暗だった。
竜次はスマホをとりだし、ライトをつけた。
この学校の校舎はコの字型になっている。
正門はコの字でいうところの縦棒の外側の方向、数百メートル先にあり、警備員の詰所もそこにある。
その位置から見える校舎は、縦棒部分にある正面玄関と一部の教室しかない。
つまり、校舎内を見まわりしている警備員がいなければ、廊下で多少ライトをつけても、大丈夫な可能性が高いのである。
また、通行人がたまたま近くを通って、学校の外から明かりに気づかれたとしても、警備員の見まわりくらいにしか思われないだろう。
そのような算段をつけて、竜次はライトを使った。
警備員に出くわしたら、そのときはそのときだ。第一、この暗さだ。明かりがなければ、どうしようもない。
ライトをつけても、ひと気のない暗い学校は変わらず不気味だった。
(さて、最初はどこから行こうか……)
信也の情報からは、幽霊の出現ポイントは全くわからない。
学校の怪談といえば、先ほどまでいたトイレも定番のひとつだ。
しかし、誰もいないとはいえ、さすがに女子トイレに忍びこむ勇気はない。
あとは、音楽室、理科室、図書室といったところだろうか。しかし、定番だからといって、必ずしも幽霊が出るわけでもあるまい。
竜次はだんだん、考えることが面倒になってきた。
もう、やけっぱちだ。そもそも何故オレひとりだけ、こんな目に遭わなければならない。
この校舎は地上4階建て、地下1階まである。適当に校内を一周して、いなければそれまでだ。いや、そもそも幽霊など、本当にいるとは思っていない。
あとで適当に自撮り写真でも撮れば、ちゃんと夜に来た証明になるだろう。幽霊が見つからなくても、それで体面は保てる。
悩んだすえ、竜次は階段に向かって歩きだした。
この校舎には、階段が4つある。コの字でいうところの端に2つと、接点に2つだ。
正門から向かって右奥、コの書きだし部分から第一、右手前が第二、左手前が第三、左奥が第四階段と呼ばれている。
竜次が今いる位置よりさらに奥には、第四階段がある。施錠されていて、校庭から入れなかった先ほどの扉の脇だ。
来た道を少し戻るかたちにはなるが、そこから一度に階段を上がって、下りながら校内を見てまわろうという考えだ。
竜次は暗い中、スマホのライトだけを頼りに、慎重に階段を登った。
この学校の歴史は古く、100年以上はある。
よって建物も古く、大部分は明治時代のつくりだ。教室や廊下などには、いまだ当時の装飾が残されている。
また、種類はよくわからないが、階段は黒くてスベスベした石でできていた。
竜次は普段からこの階段を通るたびに、「転げおちたら、普通の階段より致命傷を負いそうだ」などと思っていた。
何とか3階にたどり着いたときだった。突然、目が眩むようなライトの光で照らされた。
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