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転
#27.予想外の闖入者
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「櫂、櫂、もっと! もっとぉ!」
恐る恐る扉を開けて俺が見たものは、最愛の妻と大学時代の自分の顔をした男が睦み合っている姿だった。
凛空……生きていて良かった。
でも待ってくれ。ソイツは俺じゃない。
空港で引き剥がされた時の凛空の姿は出会った頃から殆ど変わっていなかった。凛空は五十を過ぎても尚二十代の頃とほぼ変わらない容姿を保ち続けており、若々しかった。
一方凛空と出会った頃の俺はまだ三十代前半で、恐らく還暦を迎えてしまった今の俺よりも凛空と睦み合っているその男の方がよりよく似ている。
二人を見ていると、まるで俺たちの新婚蜜月の頃に時間が巻き戻ったかの様だった。
ただ一点を除いて。
凛空は右目に眼帯をしていた。あの二回目の自殺未遂の時の後遺症だろう。俺はその時の動画を見ている。
視力が欠けたせいで、その男の事を俺と見間違えているのだろうか。
よく見てくれ。ソイツは俺じゃない。
オメガなら目が見えずとも、フェロモンで解るだろ? ソイツはベータで、お前が求めるツガイのフェロモンは発していないはずだ。
「凛空……」
と、ただ愛しいツガイの名前だけが口から零れ落ちた。
虚ろだった凛空の瞳と視線が交差する。しかし凛空は、何も見えなかったかのように相変わらず偽物に夢中になっている。
「櫂、櫂。しゅごい! これ、好き。そう、ここ。もっと!」
俺と二十五年間も夫婦生活を過ごしても尚、恥じらいが強かった妻の口から出ているとは思えない言葉の羅列に、俺はあいた口が塞がらなかった。
あの似非運命とやらとの映像で、今の凛空の淫蕩ぶりは知っていた。知っていたが、映像で見るのと目の前で発せられるのとでは、インパクトが段違いだった。
待て、ソイツは偽物なんだ。俺はここだ!!
俺は勢いよく部屋の中に踏み入って偽物を引き剥がし、ベッドの下に落とした。
やせ細っていたはずの男の身体は、会わなかったこの十ヶ月間でだいぶ逞しくなっていた。凛空にアルファだと誤認させるほどには。
長い地下室生活で筋肉が落ちた上に、更に一週間の絶食で肉まで削げてしまった俺よりも、むしろガタイが良いくらいかもしれない。
「キャー、櫂、櫂。大丈夫か?」
と言って凛空が駆け寄るのは、俺ではなく偽物の所だった。
偽物を覗き込む為にしゃがみ込んだ凛空がこっちに向けている尻には、真っ赤なアナルローズが咲いている。
凛空……凛空……俺が誰にも触れられない様に、真綿に包むように大切に大切に囲っていた凛空。
繊細な飴細工を崩さない様に、少しも傷をつけない様にと細心の注意を払って、俺が持ちうる限り全ての優しさで触れていた凛空。
俺が不甲斐ないばかりに、あんな風に荒くれ者達に好き勝手されて、ボロボロになってしまって……。
救助を待つだけしかなかったこの七日間で、時間だけはたっぷりとあった。だから俺は、凛空の身に起きた全ての映像を観てしまった。
それがただただひたすらに俺の心を抉る作業だと解っていても、観ずにはいられなかった。
凛空の事を全て知りたかったというのもそうだが、アイツへの憎悪を忘れようと気を紛らわせようと観始めたのに、結局アイツへの憎悪を補強するだけになってしまったことが更に癪だった。
凛空が強制番解除の酷い目に遭っていて、一日一日をひたすらに耐え忍んでいた時に、俺は呑気にヤツと親友ごっこを続けていた。
何かがおかしいと違和感を感じつつも、他に行く宛もないと言う理由だけで、ヤツの家に身を寄せていた。
凛空が自分の人生を儚んで自殺を繰り返していた時も、俺は暢気に最近は抱かれ慣れたな~なんて考えていて、まぁ気持ちいいからいいかとすら思って、愛するツガイを地獄に突き落とした張本人との行為に身を委ね、快楽すら感じていた。
改めて、自分の能天気さに反吐が出る。
そんな自分への怒りなのか、俺を見分けられない凛空への怒りなのか、妻を寝取った偽物への怒りなのか。
忘れたくても忘れられない、無視したくても無視できない哲也への怒りなのか。
俺は漏れ出すアルファの威圧フェロモンを制御出来なかった。
「凛空!! 俺だ! 櫂だ!!
凛空のツガイの櫂は、ここだ」
しかし、振り返った凛空がその瞳に宿すのは恐怖だった。
アルファが怖い。アルファの威圧フェロモンを感じるとどうしてもフラッシュバックしてしまう。
例えはっきりとした記憶がなくとも、集団になって凛空を好き勝手蹂躙したアルファが、凛空は本能的に怖かった。
恐怖に震える凛空を、同じように震えが抑えきれていないベータの偽物が抱きしめる。
「俺の凛空に触れるな!!」
思わず手が出てしまった。
だって、お前は、あと一歩で処分されるところを俺がとりなしたから今生きているのだろう?
俺のツガイを、俺の妻を寝取っていい立場じゃないだろ?
いや違う。コイツも被害者なのか。
もし俺がいなければ、ガタイのいいベータのコイツは、精々が炭鉱か漁船送りだった。
望まぬ整形までされて、俺の代わりに哲也に玩具にされることはなかったんだ。
俺も、凛空も、コイツもみんなアイツの被害者なんだ。みな誰もかれもが心に傷を負っていて、それを忘れようと、隠そうと、乗り越えようと必死に生きている。
なんだ。これは、この地獄は。なんなんだ……。
一体、どうしたらいいんだ……。
恐る恐る扉を開けて俺が見たものは、最愛の妻と大学時代の自分の顔をした男が睦み合っている姿だった。
凛空……生きていて良かった。
でも待ってくれ。ソイツは俺じゃない。
空港で引き剥がされた時の凛空の姿は出会った頃から殆ど変わっていなかった。凛空は五十を過ぎても尚二十代の頃とほぼ変わらない容姿を保ち続けており、若々しかった。
一方凛空と出会った頃の俺はまだ三十代前半で、恐らく還暦を迎えてしまった今の俺よりも凛空と睦み合っているその男の方がよりよく似ている。
二人を見ていると、まるで俺たちの新婚蜜月の頃に時間が巻き戻ったかの様だった。
ただ一点を除いて。
凛空は右目に眼帯をしていた。あの二回目の自殺未遂の時の後遺症だろう。俺はその時の動画を見ている。
視力が欠けたせいで、その男の事を俺と見間違えているのだろうか。
よく見てくれ。ソイツは俺じゃない。
オメガなら目が見えずとも、フェロモンで解るだろ? ソイツはベータで、お前が求めるツガイのフェロモンは発していないはずだ。
「凛空……」
と、ただ愛しいツガイの名前だけが口から零れ落ちた。
虚ろだった凛空の瞳と視線が交差する。しかし凛空は、何も見えなかったかのように相変わらず偽物に夢中になっている。
「櫂、櫂。しゅごい! これ、好き。そう、ここ。もっと!」
俺と二十五年間も夫婦生活を過ごしても尚、恥じらいが強かった妻の口から出ているとは思えない言葉の羅列に、俺はあいた口が塞がらなかった。
あの似非運命とやらとの映像で、今の凛空の淫蕩ぶりは知っていた。知っていたが、映像で見るのと目の前で発せられるのとでは、インパクトが段違いだった。
待て、ソイツは偽物なんだ。俺はここだ!!
俺は勢いよく部屋の中に踏み入って偽物を引き剥がし、ベッドの下に落とした。
やせ細っていたはずの男の身体は、会わなかったこの十ヶ月間でだいぶ逞しくなっていた。凛空にアルファだと誤認させるほどには。
長い地下室生活で筋肉が落ちた上に、更に一週間の絶食で肉まで削げてしまった俺よりも、むしろガタイが良いくらいかもしれない。
「キャー、櫂、櫂。大丈夫か?」
と言って凛空が駆け寄るのは、俺ではなく偽物の所だった。
偽物を覗き込む為にしゃがみ込んだ凛空がこっちに向けている尻には、真っ赤なアナルローズが咲いている。
凛空……凛空……俺が誰にも触れられない様に、真綿に包むように大切に大切に囲っていた凛空。
繊細な飴細工を崩さない様に、少しも傷をつけない様にと細心の注意を払って、俺が持ちうる限り全ての優しさで触れていた凛空。
俺が不甲斐ないばかりに、あんな風に荒くれ者達に好き勝手されて、ボロボロになってしまって……。
救助を待つだけしかなかったこの七日間で、時間だけはたっぷりとあった。だから俺は、凛空の身に起きた全ての映像を観てしまった。
それがただただひたすらに俺の心を抉る作業だと解っていても、観ずにはいられなかった。
凛空の事を全て知りたかったというのもそうだが、アイツへの憎悪を忘れようと気を紛らわせようと観始めたのに、結局アイツへの憎悪を補強するだけになってしまったことが更に癪だった。
凛空が強制番解除の酷い目に遭っていて、一日一日をひたすらに耐え忍んでいた時に、俺は呑気にヤツと親友ごっこを続けていた。
何かがおかしいと違和感を感じつつも、他に行く宛もないと言う理由だけで、ヤツの家に身を寄せていた。
凛空が自分の人生を儚んで自殺を繰り返していた時も、俺は暢気に最近は抱かれ慣れたな~なんて考えていて、まぁ気持ちいいからいいかとすら思って、愛するツガイを地獄に突き落とした張本人との行為に身を委ね、快楽すら感じていた。
改めて、自分の能天気さに反吐が出る。
そんな自分への怒りなのか、俺を見分けられない凛空への怒りなのか、妻を寝取った偽物への怒りなのか。
忘れたくても忘れられない、無視したくても無視できない哲也への怒りなのか。
俺は漏れ出すアルファの威圧フェロモンを制御出来なかった。
「凛空!! 俺だ! 櫂だ!!
凛空のツガイの櫂は、ここだ」
しかし、振り返った凛空がその瞳に宿すのは恐怖だった。
アルファが怖い。アルファの威圧フェロモンを感じるとどうしてもフラッシュバックしてしまう。
例えはっきりとした記憶がなくとも、集団になって凛空を好き勝手蹂躙したアルファが、凛空は本能的に怖かった。
恐怖に震える凛空を、同じように震えが抑えきれていないベータの偽物が抱きしめる。
「俺の凛空に触れるな!!」
思わず手が出てしまった。
だって、お前は、あと一歩で処分されるところを俺がとりなしたから今生きているのだろう?
俺のツガイを、俺の妻を寝取っていい立場じゃないだろ?
いや違う。コイツも被害者なのか。
もし俺がいなければ、ガタイのいいベータのコイツは、精々が炭鉱か漁船送りだった。
望まぬ整形までされて、俺の代わりに哲也に玩具にされることはなかったんだ。
俺も、凛空も、コイツもみんなアイツの被害者なんだ。みな誰もかれもが心に傷を負っていて、それを忘れようと、隠そうと、乗り越えようと必死に生きている。
なんだ。これは、この地獄は。なんなんだ……。
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