【完結】牧場で羊になりきっていたら、氷結の貴公子に夜のお供を命じられました

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扉の前には人の気配。
誰かが来る…。部屋にはあの粉が散乱している。
もし肉食獣人だったら、今度こそボクはいっかんの終わりだ。

腰が抜けて足がガクガクしていたが、それでも気力を振り絞って立ち上がった。

「羊ちゃん…だいじょ…
っっっ!!生きてた!!良かった!!生きてた!!!!」

扉に開いた大穴越しにジャコブと目が合うと、ジャコブは大喜びで穴から入ってこようとして、勢いよく頭をぶつけ、額を抑えながら大人しくドアを開けて入ってきた。

「良かったぁ…一面血の海だったらどうしようかと思ったよぉ~。本当に良かったよぉ~。」

ボクを抱きしめて大泣きしているが、元はと言えば、コイツが……と思おうとして、自分が羊になりすまして他人様の牧場に潜り込んでいたからだと思い出してやめた。全部自分のせいだった。


「はっ!怪我は!
あららら…折れちゃったツノと齧られちゃったツノ……以外には無さそうだね。お尻も無事?」
とお尻を覗き込もうとするから、恥ずかしくてついはたいてしまう。

「とにかく生きていてくれて良かったぁ~。
まぁ、ツノはまた生えてくるから!無事で良かったよ!」

無事かどうか判断するのはボクである。
流石のお人よしのボクでも、他人にまた生えてくるから!と言われると少しイラッとする。


「ちょっとこれ被って待っててね。」

そう言って、ジャコブがボクに被せたのは、よりによってライランド様の大きな上着だった。
ボクにとっては肉食獣人の香りで安らげないどころか、より一層恐怖を感じるものだ。

まったく。これだから人間族は。デリカシーのカケラもない。
ボク達、獣人の事を本当に何にも分かってないんだから。

オマエなんて、後でライランド様に、ツノ付きの臭い匂いが付いたとこっぴどく怒られてしまえ!


ジャコブはどうやら、あの危険な粉の掃除をしに来た様だった。



はぁーあ、粉は一見綺麗に片付いたが、ボクの問題は何にも解決していない。


「おぉ!生きてたのか!」


やがて、羊の毛が所々についているロムニーが、様子を見に来た。
羊花魁のオネエ様方と随分お楽しみだった様だ。
大きな三角耳が楽しそうにピコピコしている。

そう、本能的に怖くて余り見ない様にしていたが、ロムニーは狼族の獣人だ。
彼の部下達も恐らく全員そうだろう。人間の見た目の人もいたが、恐らく血が薄いだけで、全員狼の血を引いていそうな統率力だった。

これも、かの北の大国に多くいる種族である。

「その上着を羽織っていられるところを見ると、もう大丈夫そうだな。
商会長様は甲板の上を走り回って絶賛発散中だ。それで、丸くおさまったのか?」

恐らくボクととやらがデキていることを期待して二人きりにしたのだろうが、そのとやらの鋼の意志は、ロムニーの予想さえも超えていた様だ。
ボクは何もされていない。よって、何も解決していない。


細かく説明するのも面倒で、ボクはただ首を左右に振った。

「でも、ツノが折れたのは良かったな。これで商会長の当たりも弱くなるはずだ。
その齧られた方のツノも、俺が切ってやるよ。」

ツノが折れて良かったとは一体どういう意味だろうか、全く解らない。やはり肉食獣人というのは訳のわからない生き物だ。


ボクが何かを言うよりも早く、ロムニーは腰に下げていたナイフを取り出すと、素早くボクを押さえつけて、両方のツノを根本から切り落としてしまった。

「ちょっ!放せ!なっ何をするんだ!!」

と声を出せたのは、コトが終わってからだった。
その早業。随分と対人戦が得意そうなだ。

「おぉ、おぉ、元気そうだな。良かった。これでもうオマエはツノ付きじゃないだろ。」

「えぇ~どうして根本から切っちゃうんですか?これじゃあ、羊ちゃんの可愛さ半減じゃないですかぁ~。」

ボクよりも残念そうなヤツがいる事で、心の平穏が保てた。
どうせボクは海の藻屑になるんだ。ツノがあっても無くても、もうどうでも良かった。

「そうか、お前はまだ知らないのか…。後で話してやるよ。
とにかく、商会長にこのツノを見せればコイツは多分もう大丈夫だから。

無事に国に連れて帰れれば、逃げられる心配もないし、羊の一匹くらい飼ってても文句は言われないだろうさ。
お前が一生面倒見てやれよ。途中で飽きても捨てるなよ?

あと、絶対に途中の港で逃すなよ?そしたら、最悪お前の命も無いと思え。」


“飼う”…ねぇ。ジャコブは悪い奴では無いが、人間族に家畜よろしく一生飼われるのは嫌だな…。

それだったら、あの鋼の意志の、強く逞しい黒豹に、ひと思いに噛み殺される方がマシだな。と以前だったら絶対に思わないだろう考えが自然と浮かんできて、自分が一番困惑した。

死ななくて良いならば、それが一番良いだろう。どうしてこんな考えが…。
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