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歓迎されざる出会い

224.古城ホテルにて(オメガ視点)

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 古城を改築したホテルの一室。

 バラの花びらでハートマークが作られていたベッドの上には、とても清潔とは言えない正吾さんが横たわっている。
 泥で汚れた上着やズボンだけはなんとか母さんと僕で脱がせたのだが、小柄な母さんと正吾さんに貪られて息も絶え絶えの僕では、それ以上は流石に重すぎた。体格差がありすぎて手に余り、軽く拭いただけでそのままになってしまった。


 なんでこんな事になってしまったんだろう。
 今夜はここで愛しい正吾さんと楽しい初夜を迎えるはずだったのに。


 挙句、母さんに凄い所を見られちゃったし…。あ~~穴があったら入りたい。あんな獣みたいにただただ必死に腰を振っているだけの正吾さんとのえっちを母さんに見られちゃうなんて、恥ずかしぬる。


 でも、お義父さまお義母さまに見られなかった事だけは不幸中の幸いだった。
 お義父様は吉崎さんやお店の人への対応で忙しく、お義母さまは空正に付き添ってくれているらしかった。
 空正は安藤家にとっても実孫だ。お義母さまに会ったのは今日が初めてだが、空正はお茶目で面白いお義母さまにすぐに懐いたらしい。心配は無い様だった。


「にしても、思っていた程悪い事になっていなくて良かったよ。もっと色々と噛みつかれて酷い事になってるんじゃないかと思ってた。蒼空を獣みたいに噛んで酷いけがをさせなかった事だけは、褒めてやるよ。
 まぁ、手とか膝とか背中とか怪我させてる事には変わりないから、起きたら一発殴るけど。」

 怪我と言っても、僕のはちょっとした擦り傷で正吾さんの腕の噛み痕に比べたら全然大したことない。

 義母さんが、僕の事を心配して探しにきてくれていたんだと知って、心が温かくなる。こんな時でも母さんは、僕の事を第一に考えてくれていた。

 父さんに容赦なかったのも、きっと僕が正吾さんを見つけ出したら酷い事になると解ってて、手っ取り早い解決法を取っただけだろう。
 まぁ、それにしても若干容赦がなさ過ぎたけど。

 実は父さんもまだ眠ったままらしい。父さんは病院に入院しているから、これ以上僕たちが出来る事はあまりない。検査場は特に問題は無かったそうなので、後は意識を取り戻すのを待つのみだ。


「でも、僕は噛んで欲しかったな。」

 つい、本音がぽろりと零れ落ちた。相手が自分の母だからとつい口が滑ってしまい、慌てて口を塞ぐ。

「いやだってコイツ、ツガイになる時も蒼空を散々噛んで酷いけがをさせたんだろ?
 多分、同じ轍はもう二度と踏まないって誓ったとかじゃないの?
 オメガを金で買う様なクソだけど、真面目なんだか不真面目なんだかわかんねーヤツだし。」

 母さんはただ気持ちの整理がつかないだけで、なんだかんだ言って、ちゃんと正吾さんを認めていると思う。正吾さんに冷たいのは、ただツンデレなだけだと僕と父さんは踏んでいる。


「そうかなぁ。本物の運命を見つけちゃった今、運命の彼にみさお立てして、もう偽物の僕の事は噛みたくないとかじゃないかな。」

「はぁ!?そんな事絶対無いって!
 もし本当にそうなら、俺がコテンパンにやっつけて、前歯も犬歯もへし折ってやるから安心しろ!
 他のオメガなんて噛めなくしてやる!」

 ちっとも安心できない事を言う母さんだけど、それが愛ゆえだと知っているから不思議と嬉しい。その言葉だけで、迷っていた心が決まった気がした。


 運命に出会う前は、あんなにはっきりと独占欲を外に出す事が出来たのに、いざ目の前に運命のツガイという選択肢が現れたら、途端に自信がなくなってしまった。

 ここで身を引けば、正吾さんが運命の人と幸せになれると解っているけれど、たぶんそうじゃない。
 僕がもしそれを許したとしても、ずっと僕だけが唯一だと言ってきた正吾さん自身が、きっとそれを許さないだろう。もしあの運命の彼とつがったとしても、僕の存在はきっと一生正吾さんの心の重りになってしまう。


 ならば、僕が取るべき方法は二つに一つだ。
 一つは交通事故にでも遭って誰のせいでもなくこの世を去る事。
 そうなれば、突然の不幸に悲しむ正吾さんは、正々堂々と運命のツガイに癒されて、その流れで自然に相手さんと番う事ができる。

 そしてもう一つは、僕が正吾さんに縋って、泣き落としでもなんでも良いから僕を捨てないでと我儘を言って、正吾さんを引き留める事だ。
 もし運命のツガイさんに既にお相手が居れば尚良い。もしそうじゃなかったら、誰か勇樹に良い人紹介して貰って、その人で妥協して貰えないだろうか。強引な手段はとりたくないけど…それは、正吾さんが僕の泣き落としに応じてくれなかったら…。いや、やっぱりそれは出来そうもないな。だから、正吾さんが応じてくれるといいんだけど。


 そう考えていたのに。僕を愛してくれている両親の存在と空正の存在を思い出し、僕は一つ目の選択を取れなくなってしまった。
 だって僕は両親にも正吾さんにもあんなに愛されていたんだもの。僕はもっと我儘になってもいいはずだ。正吾さんを自分のものだと言って、独占しても良いはずだ。


「じゃあ俺、頭を打った櫂の事を見て来るから。後は宜しくな。
 二人でちゃんと話し合えよ。薬はここだからちゃんと塗れよ?」

 思考に沈んでいた僕に母さんがそう言葉を投げかけて、事情を説明して病院から貰った薬袋を置いて出て行った。

 いやいや。頭を打ったんじゃなくて、母さんが蹴ったんでしょうが…。
 本当、そちらも心配だ。父さんにも正吾さんにも、何も後遺症が無いと良いが…。

 二人で話し合う。怖いな…。早く目を覚まして、僕を安心させて欲しい。いや、ずっと目が醒めなければ、正吾さんはまだ僕のツガイのままだ。
 相反する感情が心の中を寄せては返す。


 そんな詮無きことを考えながら、噛み痕に塗る消毒液や抗生剤を袋から取り出して、残る気力で手当てをした。かなり深い噛み痕だが、噛みちぎっては居ない様で良かった。傷は残るかもしれないけど、まだ傷口が塞がりそうだ。もしかしたら、病院で縫って貰った方が良いのかもしれない。

 僕は一応写真を撮って母さんに送り、お医者さんに聞いて貰う事にした。病院には連れて行きたくないけど、来てもらうのは別だ。


 ホント。正吾さんが僕を噛んでこの傷跡を付けてくれれば良かったのに。
 そうしたら多分正吾さんは僕への罪悪感を強く感じてくれて、正吾さんを僕へ繋ぎ止めるのにきっと一役買ったはずなのに。

 正吾さんの腕に付いた深い傷跡が、無性に羨ましかった。
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