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貧乏暇なし
60.いざ地上へ(オメガ視点)
しおりを挟む正吾さんは僕が洗って拭き上げていたお皿を岡持ち(中華屋の出前に使うらしい入れ物)に入れた。
この岡持ちは僕が来てから一週間くらいしてから導入された。僕の家に中華屋さんが来た事はなかったから、初めて見るものに驚いたが、確かに二段に料理が入れられてお盆で運ぶよりたくさん入る。冷めにくいし、片手で運べるしで便利そうだった。
中古だったからそんなに高くは無かったらしい。
正吾さんは岡持ちと僕の鎖を片手に持ち、もう片手で鉄の檻を開けた。
僕の鎖を揺らさない様に配慮してくれている為なのは解る。確かにそれは解るんだけど、荷物と一緒に持たれているのはちょっぴり複雑な気分になる。
カギは相変わらず虹彩認証だ。そして、僕は初めてこの家の階段を自分の足で上っていく。来た時には気を失わされていたから。
予想していた通り、一番上には重そうな鉄製の蓋があった。その内側のカギは外されていた。
正吾さんはそこで岡持ちを近くの台の上に置き、両手で力を込めて上に押し上げていた。
なるほど。これではカギが開けられていても僕の力では開けられない。地上にもカギは付いているだろうし。
地上は眩しいのかと思っていたが、そうでもなかった。
どうやら地上に上がってすぐの所にある部屋に窓は無いらしい。普通の電気の明かりだった。
そのまま上がって出たところは、正吾さんの体臭とアルファのフェロモンの香りがこれでもかと芳醇に広がっていて、正吾さんに心惹かれているオメガの僕にとっては天国だった。
それもそのはず、ここには正吾さんの革靴やスーツの上着、コートなどが沢山しまってあった。
なる程、地下から出たところはウォークインシュークローゼットか。きっと正吾さんはここで身支度を整えてから外出するのだろう。
意外と玄関が近いな。もっと家の奥まったところに地下への入口を作っておくのかと思った。
「ここはウォークスルー・シュークローゼットだよ。
帰ってすぐお風呂に入れるように、お風呂上りにすぐ服を選べるように、この右側のドアが脱衣所に繋がっている。その先がお風呂場で、洗濯機はここにある。」
正吾さんが右側の脱衣所の扉を開けて説明してくれているが、僕の目の前には玄関がある。
この扉を開ければ、外に出られる。
もちろんそんなつもりはないが、それでもつい視線がいってしまうのは仕方がないと思う。イケナイと思いつつも、僕はそこから視線が外せなかった。
その僕の視線の先を正吾さんも当然気が付いていた。
ヤバい。逃げようとしていると受け取られたらまずい。折檻とお仕置きが待っている。
恐る恐る正吾さんの方を見ると、眉間にしわを寄せた真剣なまなざしと交わった。
僕は小さく首を横に振る。
「逃げ出すつもりはありません。」と声に出すべきだとは解っていたけれど、緊張で口を開けなかった。
正吾さんはそのまま「こっちがリビングだ。」とゆっくり歩きだした。
僕も必死で付いていく。2メートルしかない鎖は、少しでも歩くのが遅れると、ピンと張ってしまう。
多分正吾さんは、僕を引っ張って歩く趣味は無いと思う。え、無いよね?
歩くたびに首輪と鎖が擦れて、カチカチ、じゃらりと音がする。
本当に犬の散歩みたいだな。
正吾さんは、出来る限り僕の鎖を引いてしまわない様に注意してくれているが、それでも歩く際や階段を上がる振動、地上の蓋を開けた時の振動など、正吾さんの一挙手一投足がしっかりと僕の首に伝わってくる。
今まで正吾さんは地下で僕を好きにさせてくれていたから、正直奴隷という意識は薄かった。
僕の為に馬車馬のように働いて、せっせと僕に出来立ての料理を運んでくる様は、逆に僕の方が主人で、正吾さんが僕のお世話係なんじゃないかという形相すら見せていた程だ。
今回首輪に鎖を繋がれて、ご主人様から3歩分くらいの距離しか離れられなくなって初めて、今更ながら僕は彼の奴隷になったんだという実感が湧いてきた。
自分のタイミングで立ち止まることも出来ない。左右を見渡すのさえ、鎖が突っ張るのではないかと意識が邪魔をする。ただひたすらに、ご主人様に付いて歩くしかない。
僕は知らず知らずのうちに、また正吾さんをご主人様と心の中で呼び始めていた。
ウォークスルー・シュークローゼットを抜けて、廊下と合流した。
「このドアがトイレだよ。」
廊下の少し先にトイレだと案内された扉があり、そこを通り過ぎると、正面にガラス扉が一枚あった。
そこがリビングだった。
ここまで来るまでのウォークスルー・シュークローゼットの出口の正面にあった窓は、ロールカーテンが閉められていたから、外は見えなかった。
そして、そのロールカーテンはズレない様に養生テープで止められていた。僕はてっきりそれは、地下室の入口が万が一にも見えてしまわない為の措置だと思っていた。でも違った。
「ここがリビングで、普段私は在宅勤務の時はここで作業をしているよ。」
リビングに足を踏み入れる。案内されたリビングにも当然窓はあったが、全てのカーテンはガムテープと緑の養生テープで塞がれていて、隙間から外を見る事も多分難しい。
その異様な見た目は、ちょっと怖かった。カーテンというどこの家にもある日常に施された異常。うっかり十字の拘束台を見つけてしまった時と同じ寒気が僕を襲う。
これは僕を守る為だという事は解っている。でもそれでも怖い。
僕はここに監禁されているんだという事を、嫌でも再認識させられた。
正吾さんと一緒に暮らし始めて二週間強。僕はやっと奴隷であるという事を真に思い知らされたのかもしれない。
よりにもよって、地下室から出してもらえた日にそれを思うのは若干申し訳ないが、今まで全く不自由を感じずに過ごせていたのは、正吾さんに守られていたんだなということが良く分かった。
職業:地下奴隷なんて冗談で考えている場合では無かった。少し違えば、僕はそれこそこの世の地獄に身を置いていたはずだから。
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※例の如くパワポですみません…そして、宅建なんていう全く仕事に使ってない資格を持っているくせに、正吾邸を設計する際には建蔽率を完全無視して自分の夢を追いかけてしまいました。有識者の方すみません。でも、次はこんな家に住みたい。
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