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婚約破棄
16.地下オークションへの入口
しおりを挟む家の設計は既に最終段階で、随分前に最終設計の承認に関するメールを受け取っていた。新居の設計事務所からは、それに対する沢山の返信催促メールが来ていたが、俺は多忙を理由に放置していた。
もう一緒に住む人も居ない家。
今さら図面を承認して、設計費を払ってどうする。
建て替えのために元々建っていた家は既に更地にしてしまった。
駐車場にしても利用者が来ることはそう無いであろう辺鄙な場所。
このまま置いておくにも勿体ない。
売るか?と一瞬思ったが、両親の顔が思い浮かぶ。
父にとっては生まれ育った思い出の場所。
そう簡単に土地を手放していいのか?と思い悩む。
そうしているうちに、前にも進めず、後にも戻れず、設計事務所からの催促のメールだけが増えていく。
無為に日々を過ごし、ふと気が付けば、辺りはクリスマスムード一色だった。
婚約者を失ってから、既に四カ月以上も経つと言うのに、去年自分は婚約者に何をしてあげられただろうかと未だに考えてしまう。
この時期も仕事に追われ、碌に構ってあげられていなかったのではなかっただろうか。
ある日、冬のボーナス額を表す数字の羅列を見て、この2年間の激務と婚約者を蔑ろにしてしまった代償が、画面に並ぶ数字なんだと虚無感を覚えた。
思えば、4年間も海外駐在で放置した挙句、やっと日本に戻ってきたにも拘わらず、最後の半年間は業務が忙しすぎて、ろくにデートも出来ていなかった。設計の為に建設事務所を訪れるか、お互いの家を深夜に行き来する位だろうか。
元婚約者が運命のツガイのフェロモンに抗えなかったのか、または抗おうとしなかったのかは定かではない。しかし、4年に及ぶ海外駐在とその後の多忙による没交渉も、大いに関係していただろう。
匂い付けもろくにしておらず、元婚約者からは他のアルファの気配が殆ど感じられなかったはずだから。
しっかりと匂い付けをしていたとして、運命の前ではそんなものがどれほど効果を発揮するのかは解らないが。
今度は自分を絶対に裏切らないオメガが欲しい。
自分だけのものにして、他の誰からも隠してしまいたい。
もう、あんな、こんな筆舌に尽くし難い想いをするのはまっぴらごめんだ。
そこで、記憶の奥底にしまってあった奴隷オメガという選択肢が突然浮上してきた。
東証一部上場の、日本を代表する総合商社の課長が、人身売買。
決して超えてはならない一線だという事は解っている。
だがしかし、ツガイにしようと思っていた強くて健気で可愛いオメガを失ってしまいぽっかりと穴が空いた心には、どうしようも無い喪失感と焦燥感が常に渦巻いている。
一刻も早くこの気持ちから解放されたい。
自分だけのオメガを、誰に盗られる心配も無いツガイを得て、心から安心したい。
いくらインターネットと交通が発達している現代とは言え、意図して自分の運命のツガイに出会うなんてほぼほぼ不可能だ。
自分ももう三十七歳だ。
そろそろ身を固めておきたい。
思春期の頃テレビドラマで見た様な、お互いにお互いしか見えていない様なツガイの深い関係にひどく憧れる。
もうどうにでもなれと、半ば自暴自棄になって、軽い気持ちで地下オークションの運営元に電話をかけた。そして今日、指定された郊外の喫茶店に奴隷オメガ購入の説明を受けに行く。
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