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寝台の上で口元を手で押さえ、吐き気を堪えた九曜は片方の手で六花にしがみ付いた。
「六花、助けてくれ」
胃から込み上げる不快感と戦いつつ、声を絞り出して九曜は懇願する。
「こんな状態で翼弦様のお相手などできるわけがない……頼むっ」
「そ、そう言われましても……」
困惑する六花をよそに、九曜は寝台から飛び降りると、寝間着一枚のまま丸窓まで走って窓の戸を開けて脱出した。
「あ、ちょっと、九曜様!」
六花の声に振り向くことなく九曜は裸足のままで庭を走った。
外の空気に吸って走り続けていると、彼の吐き気は治まった。
九曜は庭にある岩の上によじ登ってそこに腰を下ろし、外壁の向こうの月明かりの下で広がる雲海を眺めた。
機転の利く六花なら何とか言い訳をしてくれる。もう耐えられなかったのだ。幻以以外の者に触れられるなど。
「どうかしたのか? 泣いているが」
ふいに声が頭上から降ってきて、九曜は岩の隣に立つ桂の樹の上を見上げた。
すると樹の枝に木龍が佇んでいた。
「大したことではない」
知らずに流していた涙を袖で拭って九曜は言った。
「死ぬか?」
「死ぬ? だと?」
思いもよらぬ言葉に九曜は大声を上げた。
木龍は雲海を眺めながら、口の端に皮肉気な笑みを浮かべて続ける。
「それとも『海路の日より』を待つか?」
「気休めで言ったと言いたいのか?」
「違うか?」
「ふん、修行を積んだのは伊達ではないな。敢えて言うならば今この時だ」
この浮島から二人一緒に飛び降りる。
そうすれば雲海の下にある地上に叩き付けられて、仙人の元で修業した身と言えど、二人共、一瞬で命を失うだろう。。
「千尋の谷に落ちるようなことが、お前には逃げる算段だと言うのか? 九曜よ」
「現世から逃げると言う意味では、あながち間違いではなかろう」
「そんなにここでの暮らしが辛いのか? 死を選ぶほど?」
「私のお前への想いはいつも伝えているはずだ。それなのにお前には私の気持ちがわからないと見える。お前以外の者と寄り添わなくてはならないのなら、私は命を捨てる」
九曜は立ち上がり、そのまま塀の上へ跳び上がった。
一度雲海を見渡してから、彼は木龍の方を振り返る。
「臆病風に吹かれたのなら、付いてこなくても結構だ。いつか本当に海路の日よりが訪れるかもしれんからな」
「へいへい、お供いたしますよ、『九曜様』」
木龍は樹の枝から塀の上に飛び移り、九曜の隣に並んだ。
九曜は琥珀色の瞳に親愛の情を宿して木龍を見上げると、ふいに彼の胸に飛び込んだ。
「幻以、お前を愛している。お前だけだ。来世でも必ずお前を探し出す」
「ああ、来世でも夫婦でいよう」
「絶対だ。生まれ変わった私が現れるまで、他の者によそ見をしたりしたりするなよ」
「ああ。まったく、最初は俺の方が言い寄っていたのにな」
「今は、私の方がお前に夢中だ。私をこうして雲の上まで連れ戻しに来てくれる。こんな男は他にはいない」
木龍は九曜を力強く抱き締めた。
「心の準備はいいか?」
木龍の問いに九曜が頷いた直後、二人は雲海の中へ飛び込んだ。
「六花、助けてくれ」
胃から込み上げる不快感と戦いつつ、声を絞り出して九曜は懇願する。
「こんな状態で翼弦様のお相手などできるわけがない……頼むっ」
「そ、そう言われましても……」
困惑する六花をよそに、九曜は寝台から飛び降りると、寝間着一枚のまま丸窓まで走って窓の戸を開けて脱出した。
「あ、ちょっと、九曜様!」
六花の声に振り向くことなく九曜は裸足のままで庭を走った。
外の空気に吸って走り続けていると、彼の吐き気は治まった。
九曜は庭にある岩の上によじ登ってそこに腰を下ろし、外壁の向こうの月明かりの下で広がる雲海を眺めた。
機転の利く六花なら何とか言い訳をしてくれる。もう耐えられなかったのだ。幻以以外の者に触れられるなど。
「どうかしたのか? 泣いているが」
ふいに声が頭上から降ってきて、九曜は岩の隣に立つ桂の樹の上を見上げた。
すると樹の枝に木龍が佇んでいた。
「大したことではない」
知らずに流していた涙を袖で拭って九曜は言った。
「死ぬか?」
「死ぬ? だと?」
思いもよらぬ言葉に九曜は大声を上げた。
木龍は雲海を眺めながら、口の端に皮肉気な笑みを浮かべて続ける。
「それとも『海路の日より』を待つか?」
「気休めで言ったと言いたいのか?」
「違うか?」
「ふん、修行を積んだのは伊達ではないな。敢えて言うならば今この時だ」
この浮島から二人一緒に飛び降りる。
そうすれば雲海の下にある地上に叩き付けられて、仙人の元で修業した身と言えど、二人共、一瞬で命を失うだろう。。
「千尋の谷に落ちるようなことが、お前には逃げる算段だと言うのか? 九曜よ」
「現世から逃げると言う意味では、あながち間違いではなかろう」
「そんなにここでの暮らしが辛いのか? 死を選ぶほど?」
「私のお前への想いはいつも伝えているはずだ。それなのにお前には私の気持ちがわからないと見える。お前以外の者と寄り添わなくてはならないのなら、私は命を捨てる」
九曜は立ち上がり、そのまま塀の上へ跳び上がった。
一度雲海を見渡してから、彼は木龍の方を振り返る。
「臆病風に吹かれたのなら、付いてこなくても結構だ。いつか本当に海路の日よりが訪れるかもしれんからな」
「へいへい、お供いたしますよ、『九曜様』」
木龍は樹の枝から塀の上に飛び移り、九曜の隣に並んだ。
九曜は琥珀色の瞳に親愛の情を宿して木龍を見上げると、ふいに彼の胸に飛び込んだ。
「幻以、お前を愛している。お前だけだ。来世でも必ずお前を探し出す」
「ああ、来世でも夫婦でいよう」
「絶対だ。生まれ変わった私が現れるまで、他の者によそ見をしたりしたりするなよ」
「ああ。まったく、最初は俺の方が言い寄っていたのにな」
「今は、私の方がお前に夢中だ。私をこうして雲の上まで連れ戻しに来てくれる。こんな男は他にはいない」
木龍は九曜を力強く抱き締めた。
「心の準備はいいか?」
木龍の問いに九曜が頷いた直後、二人は雲海の中へ飛び込んだ。
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