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第三章
そして賽は投げられた 2
しおりを挟むカチン、ライターが火を吹く音がして、薄い白煙が立ち上る。
まだ時間は早いが、カーテンの閉められた部屋は薄暗い。黒を基調とした落ち着いた部屋に、白い煙はよく映える。
綾を夕貴に預けたあと、和也は千智を呼んだ。
例によって屋上で好きな時間を過ごしていたらしい千智は、少し待てばすぐに来た。
あの場にでなく自分の部屋に呼び出したのは、しっかり話がしたいと思ったからだ。こう見えて、千智とふたり、部屋にいるのは久しぶりだった。
「開放宣言?」
少し苛立ちの混ざった声で千智が言った。
「ああ。ユウくんが言ってた」
「それは、春人がか?」
「わからん。でも、実際今回の相手は春人じゃない」
「誰や?」
「本谷由比と長谷川陸。あとは鎌谷圭介。中庭でよくたむろしとる三人組や」
「あいつらか…」
クラスにはほとんど顔を出さないが、学校には毎日来ている問題児たちだ。中庭の用具入れのあたりを縄張りにして、好き勝手していると専らの噂である。
中庭へは綾もよく出入りしているから、きっとその時目をつけていたのだろう。
春人の目があり、和也の声があり、今までなりを潜めていたに違いない。
「どう思う?ほんまに春人がユウくんを手放したと思うか」
「はっ…あり得ンやろ。なンか考えとるに決まっとる」
眉間にしわを寄せ、千智は不機嫌さを隠そうともしない。
春人らしくない手業に苛立っているのは目に見えた。
「だろうな。全く、厄介なことになった」
「春人以外の連中も手ェ出してくるンなら、一人には出来んぞ。春人は絶対に漁夫の利狙ってくるやろうし、今回ばかりは一度モノにしてすぐ手放すとは思えン」
「とは言え、四六時中ついてるわけにもいかんやろう。蓮くんたちはあれでも恋人同士だし、僕らも」
「鈴木は認めてへんけどな」
別の意味で苛立って、千智は二本めの煙草を取り出した。
火をつけて煙があがるまでに、数秒間の空白ができる。
千智は、何か仕切り直すように短く息を吐くと、自分の動きを待っている和也を見た。
「…なァ。なんで俺らはこないにユウちゃんに固執するんや」
「……千智?」
「ユウちゃんだけやないやん。今までも、いっぱいおった。なのになんで」
ユウちゃんだけ、こんなに拘って、守ろうとするんやろう。
千智からの問いかけに、和也はすぐに答えることはできなかった。
確かに、今までも似たようなことは度々起こってきた。
もちろん素気なく無視していたわけではなく、大事にならないよう取り計らいそれなりの対処はしてきたけれど、部屋に連れて帰ったり、ましてや泊めたりなどしなかった。あくまでも学内のトラブルを収めるに留まっていたのに、これでは特別扱いも甚だしい。
自覚は、少しだけあった。
面倒事は嫌いだから、そういうことを避けるためにあまり学校には行かない。
けれど、前よりも顔を出す頻度が上がったように思う。ユウくんの様子を見なければと、この子は自分の庇護下にあるのだと示さなければならないからだ。
そんな風に目をかけてやるのは、あの子が特別だからだろうか。
僕もまた春人と同じで、あの子を欲しているからか?
「…囲ってるんやろうな」
「あ?」
「お前だってそうやろう。いつでも抱けるのに手を出さんと兄だなんだと呼ばせて、お前のセフレが悲鳴をあげてるのが聞こえないのか?」
「いや、だってアレは…、実際ヤろうとしたらなんかちゃうなって」
「でも放らずそばにいる。囲ってるんだよ、あの子を」
多分、自分のものにしたいのだ。
たった一人のあの子を、ただひとつの自分の中にしまい込みたいのだ。
そしてそれは、恋や愛などとは別次元にある。
激しく恋をして、他の男に触れでもしたら灼けるような嫉妬に狂うことはない。けれど、自分に理想であってほしい。理想通りの、綺麗なままで、そこにいて欲しいから守るのだ。
お前もそうだろう?和也は半ば自虐的に問いかけ、千智も同じように笑った。
「春人はそんなタカラモノを盗ろうとする不届き者か?」
「あいつもきっと同じだよ。あの子を蕩かすのが春人の理想。抱きたいわけやないから泳がせる」
「サエはどうやろな。アイツもかなり執着しとるやろ」
「ああ…」
呼び出して、駆け付けてきた時の夕貴の顔が浮かぶ。
心配を筆頭に怒りや色々な感情が混ざり合っておかしなことになっていた。
あんな顔を見るのは久しぶりだった。
「サエは、お前みたいな落としどころを見つけられるだろうか」
「せやなぁ…。アイツは、情愛以外の好きを知らんから」
「兄とは絶対に呼ばせんやろうな」
「心配なンか?」
「いや」
誰とでも打ち解けるあんな性格の夕貴だが、仲の良い相手は自分たちくらいのものだ。
我儘放題のくせ、本心からの欲求は言わない。遠慮をしないという隠れ蓑の中で、本物の顔はしまいこんだまま。
そんな夕貴が、あんな表情をするのだから、今は自分の出る幕ではないのだ。
「これでいい。サエの好きなようにしたらいい。それが僕の希望だから」
「相手が自分じゃなくてもか?」
「もともと、恋人になる気はなかったんだ。サエがあの子に感じているのが愛情なら、それでいい」
「サエが求めてるンは、そんなもんとちゃう気がするけどな」
「恋人になることで十分サエの希望は叶えてる。わかるだろ、お前だって」
自分がほんとうは何を欲しているのかわからないくせに。
煙草の煙が二人の間を白く染めて、流れて消えた。
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