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第二章
兄と弟
しおりを挟む「落ち着いたか?」
自室のソファに連れてきて、隣に座らせる。
綾は自然な所作で自分の肩に体重を預け、目を閉じたまま息を吐いた。
綾を資料室から助け出した後、彼を引き取ったのは千智だった。
夕貴に抱き起こされた綾に駆け寄った千智に、綾がすぐに縋り付いたからだ。
後処理は引き受けるという和也と、珍しく殊勝に綾を手離した夕貴に礼を言い、此処へ連れてきた。
彼の部屋か自分の部屋か迷ったが、こちらの方が安心だろうかと考えた。
潤んだ瞳で手を伸ばす綾を見て、こんなことなら自分のものにしてしまえばよかったかと思う。恋人として自らの庇護のもとに置けば手を出す人間も減るだろう。
きっと、和也も反対しない。蓮や夕貴は、…わからないが。
二人で過ごしたあの夜以来、綾が自分に懐いてるのは知っている。人が急接近するきっかけなんて些細なものだ。
毎日のように遊びに来る綾の笑顔に反応しないことはなかったが、普段のように身体だけ重ねるのには違和感があって何もしなかった。夜はきちんと帰したし、触れるのも戯れ程度。
自分より一回りも細く見える頼りない彼がたまらなく愛おしく、それでいて触れたくなかった。
「…ユウちゃん」
「千智先輩…、もう俺ダメです…、駄目、なんです」
「あんな奴のことなんて気にすンな。ユウちゃんは何も悪くな…」
「本気で、あきらめて、俺…どうしたら…先輩」
俯いた綾の表情は見えない。
けれど、右腕のシャツを掴む細い手はカタカタと震えている。
千智はその手に自分の手を重ね、ゆっくりと握り込んだ。
熱い体温が伝わる。
ほどなくして両手は同じ温度になった。
震えが止まり、和らいだ綾の手を開いて指を絡ませる。
綾の指先もそれに応えるように絡みついて。
そのままソファへと押し倒した。
「大丈夫、大丈夫やで…」
「先輩…」
口付けた唇は湿っていて、とても従順だった。すんなり千智の唇を受け入れて、その形に成った。繋いだ手にも力がこもる。
シャツの隙間から手を差し入れて身体を辿る。抵抗などなく、素直に反応を返す身体。
「は……ん、ぁ…」
柔らかく胸に口付ける。
綾の顔を見上げると、濡れた瞳が熱い視線を送ってくる。
綾の身体に触れるのは初めてではないが、あの時は半ば無理矢理イカせただけで、こんな顔は見られなかった。
抵抗ばかりして結局流されてしまうくせに、こんな風に受け入れるなんて。
「ユウちゃん」
「先輩…?」
「なぁ、俺と…」
付き合うか?
言いかけて、やめた。
今なら多分、この子は何を言っても何をしても頷くだろう。
それを愛情だと受け取って、それを愛情だと信じてしまう。
(カズの気持ちが分かったな…)
和也が夕貴と付き合うと決めた時、言っていた言葉が蘇る。
『あいつは、誰のものにもならない。でもあいつがそう望むから、応えたんだ…』
千智は綾に分からないように首を振った。
シン…とした空気が部屋に満ちる。
千智は、そっと綾の髪を撫で、その額に口付けた。
「ユウちゃん、好きやで」
「え…?」
「ユウちゃんのことは俺らがこれからも守ったるから。安心して眠りや」
乱した衣服を整えて、身体を離す。
綾は目を丸くして千智を見た。
そんな綾の表情がなんとはなしに面白くて、千智は声を出して笑った。
「はは、何て顔してンねんな。一緒に寝るか?」
「うわっ…!」
ぐい、腕を引っ張って、ベッドへと放り投げる。
そのまま自分も布団に潜り込んで綾を抱きしめた。
「なっ、何…!?」
「寒ないか?」
「大丈夫です、けど、なんで途中で」
抱きしめただけで顔が赤くなる綾をまた更に抱きしめて、千智は微笑んだ。
これでいい。これがいい。
この子は愛される。誰かに縛り付けるような存在じゃない。
きっとその方が…安全だ。
「俺は別に…よかったんですよ。千智先輩なら、だって…」
「なら襲ってみるか?俺はいつでも受け止めたる」
「そっ!そういうんじゃないけど!」
切れ長の瞳が楽しそうに弧を描く。
ぎゅ、唇を噛んで、綾は千智の肩に鼻を寄せた。
シャツの隙間から浮き出た鎖骨が見える。爽やかなシャンプーの香りが千智の几帳面な日常を思わせた。
「なんだか、安心します」
「そうか」
「俺、兄弟いないけど…お兄ちゃん、みたいですね。わかんないけど」
「おう、どーんと甘えてきぃ」
「あはは、そうさせてもらおうかなぁ」
「なんならアニキって呼んでもエエで?」
綾は兄という言葉を何度か頭の中で反芻した後、ぱちぱち瞬きをして、呟いた。
「…チィ兄?」
「…は?」
沈黙は肯定、なのだろうか。
定着させるように何度もチィ兄、と繰り返す綾の間に口を挟めず、千智は新しい呼び名を受け入れることとなったのだった。
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