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第二章
おしゃべり 1
しおりを挟む「うー、疲れたぁ」
終業のベルが鳴り、綾は思い切り伸びをした。
転校して二日目、まだまだ授業にも寮生活にも慣れない。クラスメイトたちは相変わらず好奇の目で綾を見、様々な場面で接しては来るが、春人の目を気にしているのか深い関わりを持とうとする生徒はいなかった。
「綾くーん!」
しかし同時に、綾が御三家の仲間入りをした、という噂はいち早く生徒たちの間に流れていた。三年生三人組の目論見は見事成功したのである。
おかげであわよくば自分も御三家と仲良くなりたい、という下心を抱えた生徒は馴れ馴れしく大量に寄ってきた。今も声をかけてきた筋肉質のこの男の名前を、綾は正確に記憶してはいない。
「一緒に帰らん?帰ろう!な!」
「ち、ちょっと…!」
綾の返事も聞かず、顔も見ずに連れだそうとする男の手を振り払って、綾は敢えてにっこりと笑った。こういう時は、相手を懐柔する方が後々面倒なことにならなくて済む。
こういうことだけは、よく心得ていた。
「ごめん、先に約束があるんだ。また今度ね」
「え、でも」
「誘ってくれてありがとう。じゃあ」
彼を振り返らずに、綾はさっさと教室を出た。
少し行ったところに、蓮と涼樹が待ってくれている。
またやっかいな人に捕まる前に、綾は彼らと合流した。
「なぁなぁ、ユウちゃん今日暇?」
「ん、なんで?」
「せっかくやし寄り道していこ」
「ついでにこの街、案内したるし!」
寮舎までは校門を出て道を少し下り、歩いて五分ほどの距離がある。放課後、生徒たちは真っ直ぐここに帰るか、そこを通り過ぎて道々に点在する昔ながらの店に立ち寄るか、いくらでもある自然の中で若さを思い切り発散するかして過ごすのだ。
「ごめん、なんかさっき寮に荷物が届いてるって連絡があってさ」
綾も早くこの街に慣れたいとは思っていたし、友人の誘いにも乗りたかった。しかし帰り際、担任から荷物が届いているから早く帰れとわざわざ言われていたため、週末に出掛けることを約束して寮へと続く分岐点で別れることにした。
「ユウちゃんのためにスペシャルプラン用意しとくな!」
「はは、よろしく」
「ほんならね、また明日」
「うん。またね」
笑顔で手を振る二人を見ながら、綾は少しだけ羨ましくなるのだった。
「よいしょ、っと…」
薄い色のタイルが張られた階段を登って、角を曲がればすぐにそこが綾の部屋だ。
家を離れて二日目にいきなり送られてきた大荷物を抱え、綾はその階段を慎重に登った。
寮舎に入る時に呼び止められた綾は、苦々しい顔でどでかい段ボール箱を渡された。送り主と中身は大体予想がつくが、そりゃあこんな荷物がいきなり送られてくれば迷惑な気持ちにもなる。綾はこういった雑事をしてくれる寮母さんの機嫌を損ねないよう細心の注意を払いながら、それを受け取った。
後で、荷物を送るときはあらかじめ寮へ連絡を入れるよう伝えておかなくては。
「ふぅ、えっと、鍵かぎ…」
持ち上げたその箱は予想外に重く、細身の彼の体には少々辛いものがある。ガタガタと鳴る音から考えれば、水分がいくらか混ざっているようだった。やっとの思いで階段を登りきり、部屋までたどり着く。一旦それを床に置いて、鍵を探した。
「あれ?」
いつも決まったポケットに入れているはずの鍵が見当たらない。
入れたつもりで鞄の中に落ちたかな、と、じっくり鞄の中を見ていると、ふっと背中に人の気配がした。
「お疲れ様ぁ、りょーちゃん」
「え…?」
バン。
いきなり顔の横に突き立てられた腕に驚いて振り返る。
見上げればすぐの距離に、切れ長の瞳が見えた。
「っ、春人」
「あは、覚えててくれたんや。嬉しいなぁ。これ、ご褒美ね、」
「っ!?」
綾が名前を呼ぶと嬉しそうに笑う。
強い力で顎を掴まれただけで、ぞわぞわと電流のような快感が伝う。口付けようとするのを必死で押し留め、綾はなんとか春人の体を押し退けた。
春人は不満げな表情を浮かべるでもなく、余裕を含んだ笑みは変わらない。
「やめろよ!いきなりなに…!」
「ごめんごめん、ついね。今日一日会えなかったから寂しくて」
「それは、春人がサボるから…」
「なぁに?りょーちゃんも寂しかったん?じゃあ、もっと可愛がってあげんとね」
「違う!」
(どうしよう、なんで…)
何故自分の部屋を知っているのか、何故ここにいるのか、何をするつもりなのか、きっと目的は一つなのだろうが、頭が回るうちにそれを避けるための算段を模索する。
「なんでここにいるんだよ?」
「そんなん、りょーちゃんに会うためやん?決まっとるやろー」
「そうじゃなくて!」
「はよー入れてよ。お喋りは中でしよ?廊下におったら迷惑やからさ、ね?」
もっともらしいことを言いながら、求めていることは決して「お喋り」などではない。もはや隠そうとはしない、整った顔立ちに浮かんだ情欲がそれを示している。
その顔を見ていたくなくて、綾は苦々しく顔を伏せた。
「い、嫌だ…!会えて満足しただろ、早く部屋に帰れよ!」
「りょーちゃんさぁ」
「なに…!」
ちゃり…。
「鍵、探してたんやないん?」
かすかに鳴った金属音の方向をよく見ると、ハート型のキーホルダーが春人の右手で揺れている。綾にはいささか可愛らしすぎたが、家を出る時に念を押して押し付けられた。
--母親がくれた、綾の部屋の鍵だった。
「な、んでそれ…」
「貴重品管理はしっかりせんと、危ないよー?」
蒼白になる綾に対比して、春人は三日月型の瞳で上機嫌に笑う。ちゃりちゃりと鍵を鳴らしながら、春人はドアノブに手をかけた。
「あとね、もう鍵開いてるからさぁ」
「えっ…」
「ゆっくり俺とおしゃべりしよう?…ふふ、お邪魔しまァす」
混乱のうちに、綾は自分の部屋に引きずり込まれていた。
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