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白兎編
4-1.白兎は椿を食べる
しおりを挟む「此処が清白家の奥座敷、御前が赤格子の白兎か」
何もない部屋の虚無の向こうに、艶やかな黒の着流しを着た男が立っていた。
頭が襖の桟にぶつかりそうなほど背が高い。
黒々とした頭髪を短めに切り揃え、不遜な笑みを浮かべてこちらを見ている。
この部屋へ来てから此処を訪ねるのはお世話をしてくれる女中さんだけだったから、初めての知らぬ来客に私は僅かに戸惑い、呆けたまま男が入ってくるのを許した。
彼は音も立てず歩を進め、しなやかに襖を閉じると私のところまでやってきた。
「成る程、白兎とは言い得て妙だな」
しげしげと見つめられ、何だかこそばゆい。
こういう時は何を口にすべきだろうか。
私は何かの形に口を開け、また閉じ、もう一度開いてやっと言葉を発した。
「あなたは?」
男は少し考え、言った。
「椿だ」
「つばき、さん」
「椿でいい。ちゃんとした名前だぞ」
旦那様、とも女中さん、とも違い、自分だけを指す名称だと念を押すように言った。
「お前はうさぎだな」
「そう呼ばれています」
「敬語が使えるのか。いいよ、使うな。今は必要ない」
「はぁ…」
椿の言うことはいまいち私にはよくわからない。
けれど、まぁ、椿が言うのならそうするのが妥当だろう。
私には多分、普通がわからないのだし。
「昼間、襖が開いていただろう。お前が見えた。明るい時分は訳あって会えないが、夜なら会える」
「え?」
「なんだ、何故俺が此処に来たのか聞きたがっている顔だと思ったが、違ったのか?」
「あ、いや…ありがとう、そうか、よくわかった」
驚いた。
私はそんな顔をしていたのか。
椿が布団に腰を下ろしたから、私も障子を閉めてその隣へ座り込んだ。
猫が笊の上で寝ている。
猫の寝床は私の枕の側に置いてある。
手を触れると、規則正しい寝息が伝わってきた。
「…白猫か。さすが、いい趣味をしている」
「旦那様から頂いたんだ」
「お前にそっくりだな、うさぎ」
「そうなのか?」
「似合ってるよ、綺麗だ…。白いうさぎが白い猫を抱いている様はさぞかし美しいだろう」
私と猫を見て、椿は両目を細めた。
「ねぇ、椿。私も白いのかい?」
「ん?」
「何故白兎なのか私は知らないんだ。兎というのはなんとなく分かるのだけれど」
「ああ、鏡を見たことがないんだな。うん、うさぎ、お前も白いよ。肌も、髪も、目も」
そう言って私の右手をとった椿の手の甲と、私の皮膚は月明かりにも分かるほど色が違った。
猫を撫でている時は感じなかった違和感のようなものが、椿との重なりには感じられる。
私にできた染みのような、なにか。
「こうやって見ていると吸い込まれそうだよ。本当に」
「どういうことだい?」
「それくらい綺麗だってこと…実際何人も、お前に吸い込まれたんだろうな。だからお前は此処にいる」
椿の長い指が私の手の甲を撫でた。
やはり椿の言うことは私にはよくわからないようだ。
でも、よくわからないということは私の知らないことを知っているということだ。
私はこの椿という男に興味を持った。
「ねぇ椿、椿は色々なことを知っているね」
「そうかな」
「私にもっと教えて欲しい。きっと私は知らないことだらけなんだ」
忘れてしまった、と言う方が正しいだろうか。
まぁ、今知らないことだから、どちらでもいい。
椿はいいよ、と頷いて、私に様々な話をしてくれた。
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