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最高のもっふもふを目指して!

もふもふLv3&アジノ

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「わぁ、この子いい香りがするー」

 そう言って私の首に手を回しスリスリと、私のもふもふに頬ずりする子供。
 その反応を見るに、ノミダニ対策でやりだしたハーブな香りは人間達にも好まれるものだったようだ。

 ただし香りについては、だ。

「でも、ちょっとゴワゴワしてるよな」

 うぐっ……。

 お店の横でくーーーん!と鳴く作戦はうまくいき、私の胃袋を十分に満たしてくれた。
 店主らしき物静かな男からちょいちょい、不思議そうな目線を向けられるも知らないフリをした。
 お昼時を過ぎると人の行き来が増えだし、自然と子供の姿もよく見かけるようになった。

 立地が悪いのかと思ったけど、どうやらそうでもないらしかった。

「だねー。毛の塊みたいのがあちこちあるもんね」

 け、毛の塊かー……。別の意味でくーーーんだよ……、ちくせう。

 私はグッと我慢しながら尻尾を振り友好的な犬のフリをする。
 タイミングを計り子供の頬を一舐めするのも忘れない。
 ちょっと、ちょっとだけ仕返しに顔を必要以上にベロベロ舐めてやろうかと考えるもやめた。

 好印象をキープするんだ私、ここでバカ犬になってはいけない。

「もう行こうぜ、今日は母さんがケーキを用意してくれてるらしいし」
「そうだった!じゃぁね、ワンちゃん!」

 そう言って私をもふもふしていた子供は私の頭を撫でて帰って行った。

「ケーキかぁ……」

 目を閉じると、私の頭の中の人間知識からケーキが飛び出してくる。
 いろんな種類があるようだが、ケーキと言われて出てくるのはイチゴが乗ったシンプルなショートケーキだった。
 甘い香りのする白いクリームに甘酸っぱい香りのするイチゴ……、実にうまそう!

 透明な薄い紙みたいなフィルムについたクリームだけでも舐めてみたいなぁ……。
 むしろフィルムについたクリームがメインディッシュなどと、意味不明な事を前世の人間知識が言ってたりする。

「じゅるり……」

 お腹が減っているわけではないが、ついつい涎が出てしまう私だった。

「じーーー」

 んー、誰かの視線を感じる……。
 しかも前にも感じたのことのあるやつだ。
 私はたぶんそれなりに賢い狼だ、目を開けなくても分かる。

 というか狼の鼻だけで分かる。

「じーーー」

 目を開けると目の前には、髪は薄紫色、緑色の服、兎耳と尻尾のついたヘアバンドのあの女の子がそこにいた。
 当たり前だが、お外でゴーグルやゴム手袋やガスマスクなんかは装着しているような事はなかった。
 そこにホッとした私だった。

 とりあえず、尻尾をふりふりして友好的な犬のフリをする。

「……ん、野良犬じゃない?」

 その女の子は、私の首から地面に向かって伸びていた古びたロープを見て、野良犬という認識を改めたようだった。
 私の飼い犬偽装は完璧だった。
 もう天才的と言っていいかも知れない。

 ついでに、首をかしげてトボけながら舌もだしてハッハッしてみようかな?

「ん?アジノか、どうしたんだこんなとこまで」

 私の横のお店の店主がその女の子にそう声をかけた。
 そして私は理解した。

 なるほど、あの子はアジノって言う名前だったんだなぁ。

「お母さんからの伝言。帰りにお米とお塩買ってきてだって」
「わかった」

 物静かそうな親子らしい簡素な会話だった。
 でも、仲が悪そうには見えない。
 お互いにそういう性格なんだろう。

 ん、親子……?

「この犬はどうしたの?」

 ほんとは犬じゃなくて狼だけどねー。

「……わからん。いつの間にかそこにいた」

 ちっ。
 いつの間にかうちの犬になったパターンは無しか。

「そうなの?紐で繋がれてるように見えるけど……」
「……わからん」

 私が店の主人だったとしても聞かれたらそう答えただろうし、仕方ないけどねー。
 でも、弱った。

「じーーー」

 こーなるよねー!
 うわー、めっちゃ疑いの目で見られてる!
 どうしよー!

「じーーー」

 スタタタッ!

 私は撤退を選んだ。
 ロープを咥え、鼻先を木箱にある穴に引っ掛けて持ち上げ、素早く木箱の中に潜り込み、走り去った。
 今更になるが、この一連の動作に技名を付けたいくらいのあざやかさじゃなかろうか。

 よし!『即撤退』と名付けよう!!

 そのままじゃないかーい!
 もしくは、それは名付けたと言わない!
 そんなツッコミが聞こえてきそうだが、私は気にしない!

「父さんあの犬逃げて行っちゃった」
「そうか、まだお礼を言ってなかったんだがな」
「お礼?」
「いや、なんでもない」



 次の日は雨だった。

 私はいつもいた川から逃げるように、母の腕を埋めた大きな木の下まで避難していた。
 雨が降ると川の水位が上昇して危険だったりするので、仕方なく避難したのだ。
 大きな木で雨宿りをしているわけだが、雨を完全に凌げるわけでもなく僅かな水滴が度々落ちてきて私の体を濡らしていった。

 勘違いしないで欲しいのは、この程度は野生なら普通の事で痛くも痒くもない。

「というか雨をシャワー代わりにして体を洗うのはどうだろう?」

 ふとそんな事を思いつく。
 いいアイディアだと思った。
 ブルブルと震わせて体に付いた水気を飛ばし、雨のシャワーに当たりまたブルブルと水気を飛ばす。

 そうすれば、細かい埃や砂粒、皮脂汚れなんかもある程度落とせるのではないだろうか?

「もふもふLvを上げるチャンスか……?」

 『でも、ちょっとゴワゴワしてるよな』
 『うぐっ……』

 昨日の事が頭をよぎる。

 毛玉の原因の一つに毛の汚れがある。
 毛に付いていた汚れが毛同士を絡みやすくし、塊にしてしまう原因になったりする。

「つまりこの雨は恵みの雨っ!」

 私は立ち上がり雨にもろに当たりに行く。
 あっという間にずぶ濡れのビチャビチャになった。
 体を震わせ水気を飛ばすがそれ以上に雨の勢いの方が強い。

 だが、私は10分もしないうちにやめた。

 それはなぜか?
 理由は超簡単、寒くなったからだ。
 この時期の雨はたいして冷たくない、むしろ1年の中では暖かい方だ。

 だが、雨の中ブルブルと水気を飛ばし続ければ体温はどんどん下がる。夏場に缶ジュースに濡れた布を巻いて扇風機に当てて冷やすようなもんだろう。
 加えて、狼の体温は犬よりも高い寒く感じるボーダーに達するのも早かった。

「……くそぅ。寒い」

 私は大人しく雨宿りしている事にした。

 雨音を聞きながらどんよりとした鉛色の雲を見ていると、ついネガティブな事を考えてしまう。
 毎日のように一匹でアレコレ奮闘する生活。
 なんてむなしい生活だろう……。

 こんな調子で、もふもふを鍛えて3食昼寝つきまでたどり着けるのだろうか?

「もふもふへの道はなかなかハードだよ。……母」 

 私は、隣に目を向け母に黙祷を捧げたあと、私は雨が止むまで寝る事にした。



 幸い雨は長くは続かずにお昼を少し過ぎたあたりでピタリと止んだ。
 頭上の空に広がっていた雨雲はどんどん風に流されて消えて行き、空には虹が姿を現していた。
 綺麗だった。無数にある水滴があちこちで光を反射しキラキラしていて、それらが目に映る景色を幻想的な風景に作り変えていた。

 思わず息を呑んだ。いくら知識で知っていようとも、関係なく感動させてしまう物が目の前にあったからだ。

「じーーー」

 そして、またかと思う視線。
 なぜかあの女の子、アジノがいつのまにか私の近くにいた。
 雨音に紛れて近づかれたのだろう、まったく気が付かなかった。

 しかし、この子の考えてる事が私には分からない。よく分からないが、私の事を気に入っていたりするのだろうか?

「昨日ね、アグに聞いたの。あの白い犬は町の外にいたって」

 ああ、あのアルベスの飼い主の男の子か。
 年の近い子供同士なんだ知り合いでもおかしくないな。
 それにここは目に付きやすい大きな木の近くだし、私を見つけるのも難しくはない。

 ……だとしても分からない。
 なんでわざわざ雨の中私の所まで来たんだろうか?

 私はアジノという女の子の方を向き次の言葉を静かに待った。

「ねぇ、一人は寂しい?」

 寂しいか……。
 考えた事はある。
 まさにタイムリーな質問だった。

 ちょっと前の雨が降っていた時に、一匹でアレコレ奮闘する毎日にむなしさを感じていたくらいだ。

「私は寂しい」

 そっちが寂しいんかーい!

「無口な方だから、一人でいる事が多いの。みんなといてもね?一歩うしろでみんなを眺めてたりした」

 一人は寂しい、みんなといても会話にうまく混ざれずに一歩引いてしまって、やっぱり寂しい。
 そんなところだろうか?

「ねぇ、ワンちゃんはどう?」

 答えは決まってる。
 けど、素直に答えたところで言葉が伝わるわけはない。
 分かってはいるけど、これは誠意の問題だ。

 私は素直に言葉にして吠える。

「さびしいっ!」

 思えばもふもふを鍛えようとしたのも、母の教えに従い人間達の仲間に入れて貰う為だった。
 いつの間にか『虜にして3食昼寝付で~』という方向に向かったけども。

「ねぇ、うちに来ない?」

 私は思わず泣きそうになった。
 頑張ってきたのは無駄ではなかった。
 今までの頑張りのすべてが報われた思いだった。
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