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追放される

追放…

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 ※暗い話や悲しい話が苦手な人は次ぎの話に行った方がいいかもしれません。ここ飛ばしても大丈夫なように簡単なあらすじを用意しておきました。


「それにしても、ほんとに凄いわね……」
「うん」
「私もそう思う……」
「僕も凄いと思う!」

 母や兄弟達は片目と片耳を失い、今も意味もなく暴れ続ける熊を見てそう述べた。

「まぁ、もう一度同じ事をしろと言われたら多分出来ないと思うけど」

 これは真実だ。なにせ、このような練習なんて一度たりともしていない。
 その場の閃きでいきなりの本番で、木の枝という道具を口に咥えてそれを目にピンポイントに当てるのだ。それが出来たのはハッキリ言って奇跡に近いだろう。

「それでも胸を張っていいわ。あなたは私達の窮地を救ってみせたのだから」

 母や兄弟達に褒められて、私は照れてしまってた。
 ここまで褒められるような経験が今までなかったからだ。
 そんな中、酷く落ち込んだ様子の体格の良い兄がトボトボと、私や母それに兄弟達の方へ歩いていた。
 そんな体格の良い兄を見て私の中の照れも喜びも吹き飛び、ついそんな兄に対して警戒をしてしまう。

 今までの経験を考えるなら、首に噛み付かれて投げ飛ばされるのが容易に想像できた。だが、今までにない兄の様子を考慮すると、突然怒り狂い私の喉笛を噛み千切る事も考えられる。

「兄さん……」

 兄弟達も母も今までにない体格の良い兄の様子を見て、どう声をかけていいか分からず少し警戒するように見ていた。

「……おいチビ。俺は、どうしたら、お前みたいに。……なれるんだよ」

 少し前までの体格の良い兄の面影はなく、悲しげで辛そうで泣きそうな程声が震えていた。
 今回の事で私はそんな兄の心境を理解してしまった。
 もう怒る気にも嫌う気にもなれない。

 だから、私はすべて許そうと思った。

「早過ぎただけだと思う。焦らず順調に力を伸ばしていけば、誰よりも強くて頼れる狼に兄さんはなれる。悔しいけど、私よりも……」

 体格の良い兄は顔を上げて驚いていた。
 私が悔しいと言ったのが信じられないのかもしれない。今までの事で嫌われている筈で、素直に教えてくれると思ってなかったのもあるだろう。

「そ、そうか……」

 体格の良い兄は他にどう言えばいいかも分からないのだろう。静かに、ただそう答えた。
 私も母も兄弟達も体格の良い兄の様子を見て安堵し、油断してしまっていたんだ。
 このまま無事にすべてが終わると。

 体格の良い兄の顔が鬼の形相に変わるまでは……。

「グオォォォォォォ!!!!」

 無闇に意味もなくその場で暴れ続けていた筈の熊が、片耳と片目を奪った私を狙い迫ってきていた。
 私を含めみんな油断していた為に対応が遅れた。鬼の形相の兄を除いて。
 鬼の形相の兄は私の後ろにまで迫った熊に向かって飛び出し、今度はその首に食らい付く。
 相当弱ってたのだろう、熊はそれだけでよろけて倒れて地面を転がっていく。
 ただ、倒れた先が悪かった。そこは傾斜になっていって兄と熊はどんどん転がっていく。

「兄さんすぐ助けに行くからっっ!!」

 私はその傾斜の先を見て、体格の良い兄に向かってそう叫んだ。

「お前はくんじゃねぇぇ!!」

 兄も気が付いているのだろう。熊と共に転がりながら来るなと私に叫んだ。
 きっとただでは済まない。というより死ぬ。高い確率で。
 傾斜の先にあったものそれは崖だった……。
 私はどうすればいいか考えるが、どうすればいいか思いつかない。その間にも兄と熊は転がっていく。

 どうすれば……。

「私が行くわ!!」

 そう言って動いたのは母だった。
 斜面を勢い良く走り下っていく。何をするかは分からなかったが、兄と熊が崖に到達する前に間に合うかはギリギリのように見えた。
 母が追いつくまであともう少しという所で兄と熊が空中に放り出された。

 だが、母は止まらない。減速どころか加速したようにも見えた。

「そんなに道連れが欲しいなら、私が付き合ってあげるわ!!だから、私の自慢の子を返しなさい!!!!」

 母はそう叫び兄に向かって空中に飛び出し、兄の首を乱暴に噛み付きあらん限りの力で地面のある崖の方へ放り投げた。
 景色が熊が兄が兄弟達が、そして母がスローモーションになって見えた。
 母は兄や私達に向かって満足そうな顔で笑い、そして目の前の熊に噛み付き落ちて死角へ消えた。

「あ、あ……」

 私の頭はパニックを起こし何も考えられずに、真っ白になってしまっていた。

「う、嘘でしょ……」
「……母さん?」
「え、何?どういうこと……?」

 兄弟達も軽くパニックを起こし、目の前で起きた事を理解できないでいた。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 私は自分でも驚くほど泣き叫んだ。
 そして、その後の事が頭に入ってこない程に泣き続けた……。



 私はいつの間にか寝てしまってたようで、気が付いたらもう昼過ぎだった。
 そばに付いていてくれた兄弟達が言うには、私は私が泣き叫んでいた間に群れから追放される事が決まったらしく、しかも見逃すのは日が出ている間のみ。

 もし、日が落ちて見つかったら、私は獲物として扱われるらしい……。

「ごめんね。追放されてしまった私に付いていてくれて」
「謝るのは私達の方だから……」
「そうだよ。だって僕等助けて貰った側だもん」
「なのに、追放を決めたリーダー達に逆らう事もできなかった。ごめんなさい」

 私は追放の時の詳しい話を兄弟達から聞いた。
 あの後、リーダーを始めとする仲間達が手遅れではあったが来てくれたらしい。
 で、熊に無謀な戦いを挑み仲間を危険に晒したのは私が悪いとなったようだ。
 兄弟達は反論をしようとしたが、遠吠えで仲間を呼んだのが私であった事を理由にされて、押し切られてしまったらしい。
 私はこの話に納得してしまった。

 私がもし遠吠えで仲間を呼ばなければ母は死ななかったからだ。
 その代わり私か兄弟達の誰か死んでいたかもしれないが、相手を殺そうとして挑んだ訳だし自業自得というもので自己責任といえる。
 それに、今のリーダーは私のような狼を邪魔者と見ていたに違いない。兄弟達の誰かに責任を負わせて追放するなら、必然的に小柄で力の弱い私を選ぶだろう。

「それで、ここにいないようだけど兄さんは?」

 兄弟達は困った顔をしてもふ尻尾をしゅんっとさせ「「言えない……」」とそう言った。



「ここら辺かな?」

 私は兄弟達と別れ、母と熊が落ちたらしい地点まで来ていた。
 理由は母と熊が落ちた後どうなったかを、自分の目で確かめたかったからだ。
 辺りには小石が地面に敷き詰められており、すぐ横には川が流れていた。

「母……」

 私の目の前には血の跡が散乱していた。それも、熊よりも母の血の方の匂いが濃い……。
 どうやらあの熊は生きていたらしかった。
 そして母はその熊に食われた……。

「あれだけやられて、崖から落ちてまだ生きてるなんて……」

 私は根本的に熊という生き物を舐めていたらしい。
 あの時油断さえしなかったら、そもそも仲間を呼んだりしなければ……こんな事にはならなかった。

 そんな後悔ばかりが私の心を締め付けてくる。

「血の跡はあっちの森の方に続いてる……」

 私はゴクリと唾を飲み込み危険な追跡を開始した。
 相手は手負いなのに何が危険かといえば、簡単な事だ。もう私は一匹狼でしかないし、相手は母で腹を満たし休息をとりしかも冷静さも取り戻している筈。
 そうなると下手な手は通用しない。それに、すでに痛感し分かっている事だが、私の力じゃそもそも足りなさ過ぎるという理由も大きい。

「何かあればすぐ逃げないと……」

 私は血の跡を慎重に辿って森の中に入る。
 血の跡はずっと奥まで続いているようだ。しかも母の血だ。
 恐らく、食べきらなかった母の体を保存食として持ち帰ったのだろう。
 母を取り戻したいという思いが沸くが、そんな事をすれば相手を怒らし私を追ってくる可能性が高い。

「私はどうすれば……」

 私はこのまま追跡するべきかどうか悩んだ。
 確かめようと思った顛末はもう知っているし、追跡も母の体の奪還も危険だった。
 そんな時ふとある物を見つけ、私はそれをもって行く事を決めた。

 川の方まで戻ると、そこには先程は見なかった体格の良い兄の姿があった。
 土に塗れたボロボロの姿で首には赤い血の痕もあった。

「それが……、母さんか?」

 私は頷き川の中にに入り下流に500m程下った。それに兄は無言で付いてきた。
 川を下ったのはあの手負い熊が出てくるかもしれないと思ったからだ。
 そして私は母の左腕を置き兄と話をした。

「これは母の左前足。熊が母の遺体を運んでる途中で千切れて落ちてしまったものだ。恐らく熊自身も気が付いてない」
「……そうか」
「それで、どうして兄さんはそんなにボロボロに?」
「ちょっと足を滑らせてな……」

 実は、この兄は追放の件で『悪いのはすべて俺だ!』とリーダーに食って掛かり、喧嘩になったのだった。
 それで、負けてカッコ悪いと思い兄弟達に口止めをしたのだった。

「悪かったな……」
「もう気にしてないよ」
「俺はお前が嫌いだったんだ。ずっと……」
「知ってた。それに私もずっとそんな兄さんが嫌いだった」
「でもな、俺が今……。一番嫌いなのは俺だぁぁぁ!!!!」

 兄はトボトボと歩き母の腕の前で伏せて泣き崩れた……。

「俺がぁ、俺がぁ!あんな無茶な事しなければぁ!母さんは死なずに済んだぁぁ!!」

 やばかった。
 兄の泣く初めての姿に私の涙腺まで刺激されてきた。
 けれど、逃げたくはない。自分のせいで母が死んだ、そういう想いは私にもあったからだ。
 私は兄の横で体を密着させて座り兄の後ろを見ていた。
 体を密着させることで温もりと安心感が得られるからで、後ろを見たのは兄の姿をまともには見れなかったからだ。

「ごめん!俺がぁ、俺がぁ、俺があの時死んでいればよかったんだぁぁぁ!!!!」

 そんな事はない、と私は思った。
 母は最期に兄の事を『私の自慢の子』と言っていた。
 きっと、母にとって体格の良い兄も自慢だったんだ。私の方が小さくて弱かったから気に掛けていただけで、体格の良い兄も私も母にとって宝物のような物だったんだ。

 兄が死んでよかったなんて母が万が一にも思う筈はない。

「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 私は、兄が泣き疲れ落ち着くまで隣にいてやろうと思った。



 日が落ち夜になった頃だった。
 私が目覚めたのは。
 どうやら、いつの間にかまた寝てしまったらしい。

「気が付いたか?」

 私の隣には体格の良い兄が寄り添ってくれていた。
 昨日までは考えられない兄の行動にビックリだ。
 だが、ビックリもしてられなかった。

 なにせ、日が落ちれば兄弟達のいる群れは、私を獲物としてみると言われていたのだから。

「に、兄さん?だ、大丈夫なの確かリーダーは……」
「気にすんな。母さんの前で子供同士で殺し合うなんてマネはしない」

 体格の良い兄は母の腕に目を向けた。

「それに、夢の中でお願いされたしな……」
「……夢?」
「気にすんな。お前はとりあえず自分が助かる事を考えてろ」
「やっと見つけたー」
「ふー、リーダーが怒ってたよ。いつまでも勝手な事するなって」
「うんうん」

 そこに他の兄弟達もやって来た。
 どうやら、体格の良い兄を探して来いと言われたらしい。

「ま、まだいたんだ……」
「僕はイヤなんだけど……」
「そんなのみんな同じ。だけど群れの決定だし……」

 私は身構えた。
 兄弟達は嫌々ながらも群れの方針を優先しようとしていたから……。
 いつまでも留まればこうなる事は分かっていたのに、去らなかった私が悪いのだ。

「やめろ、母さんの前だぞ。それにこれから遠くに行くらしいしな」

 兄弟達は母の腕に気付きしゅんとしてしまう。
 だが、事はそれだけでは済まなかった。

「ワォォーーーーン!」

 少し離れてはいたが群れの狼の遠吠えが聞こえたからだ。
 こちらも兄を探しているようだが、もし私が見つかれば今度こそただでは済まない。

「ちっ……。母さんはお前が持っていけ」
「えっ……」

 体格の良い兄らしくない言葉にまたもビックリさせられる。
 兄の性格や気持ちを考えるなら絶対に持ち帰りたいはずだ。
 それに、私は兄や兄弟達に渡すつもりでいた。というのもある。
 なぜなら、母の家族はあの群れだからだ。詳しくは分からないが、母の兄弟や親戚の集まりでもあるはず。

 私がこのまま持ち去って良い筈がない。そう考えていた。

「遠くに行くくらいの時間は稼いでやる」

 体格の良い兄はそう言って私に近付くと、鼻を私の首に押し付け別れの挨拶をした。
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