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追放される

羨望…

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「私の子を食わせてなるものですかぁーーー!!!!」

 助けに現れた母はそう叫び、熊の背に飛び乗り容赦なく後ろから首に噛み付いた。

「グゥオォォォォォォオーーー!!!!」

 流石は母だ。
 よほど痛かったのだろう。私達兄弟が同時に噛み付いた時よりも、熊の叫び声は大きかった。
 熊が立ち上がり暴れだすと母はすぐ熊から離れ私と熊の間に割り込んだ。

「熊を相手にしてたなんて、無茶を通り越して無謀よ!」

 母はまだ体が成長しきれてない私や兄弟達よりも、噛む力も経験もずっと上なのだろう。
 そう言った母の口からは熊の血が垂れ、口元は赤くなっていた。

「私もそう思ってすぐ助けを呼んだんだけどね……」

 私は体格のいい兄の方をチラ見すると、私と同じように痛みからかうまく立ち上がれない状態のようだ。

「その判断だけは正しいわね。やはりあなたは賢い子だわ」

 私はふらふらと立ち上がった。
 痛みはあるが、慣れてきた。それに伴い後ろ足にいつもの感覚と力が戻り始める。
 体格のいい兄からこちらを睨むかのような視線を感じたが、私は無視を決め込む。
 母と私で熊を睨みつけ、このままやり合えばただじゃ済まないぞと態度で示す。

「グォォォォ……。グォォォォ……」

 熊はどうにも冷静にはなりきれないらしく、低く唸り声を上げて鼻を鳴らし口の端から涎を垂らした。

「諦めて去ってはくれないみたいね。あなたはどう見る?」
「下手に何かすべきじゃないと思う。相手が逃げるなら放置で、襲って来ないならこのままを維持。襲ってくるなら避け優先の足止め。他の仲間達も来てくれれば、仕留めてご馳走……」

 母はちょっと場違いではあったけど、満足そうに頷き母の尻尾が左右に少し揺れた。

「あなたは賢いわ。それも、私より上かもしれない」

 母は私の一番の理解者だった。
 群れの中で孤独感を感じる事もあった私を褒めて、私の成長を認めてくれる。
 熊が目の前の状況では、場違いなのは頭では理解している筈なのに、私の体ともふ尻尾は喜びを表現してしまう。
 もふ尻尾は揺れて目からは涙が溢れそうだ。

「グォォォォ……。グォォォォ……」

 熊は低く唸り声を上げ少しイラつく様に右に左と足踏みをしている。
 恐らく、戦えばただでは済まない事を理解はしている。そうでなきゃとっくに仕掛けてきている筈だ。
 諦めてくれないのは血の匂いを嗅いでしまったからだろう。興奮状態が収まらない状態のようだ。

「何を暢気な事を言ってやがる!!臆病チビがっ!!!!」

 兄は動けるようになったのかそう言って熊に向かって走り出した。

「やめなさい!!」

 体格の良い兄は母の制止ですら止まらなかった。

「俺は強いって!みんなにっ!何より母さんにっ!!認めさせてやるんだぁぁぁ!!!!」

 私はこの時になって初めて体格の良い兄の気持ちが理解できた。今までの理解できなかった行動の意味も。
 体格の良い兄は誰よりも母に認めて欲しかったのだろう。
 兄弟の中で一番育ちが良く力もあった兄はそれが自慢だった。そしてずっとそれを母に褒めてもらえる。喜んで貰える。そう思ってたんだ。
 だが、母はいつの頃からか体格の小さい私の方を気に掛けていた。それが許せなかったんだ。
 普通に考えればそれが自然だ、野生の生き物にとって体や力は一番と言っていいほど大事だ。
 私の知らない所で相当悩んでたのだろう。体格の良い兄は考えるのが苦手だろうから、悩めば悩んだだけ苦痛に感じた筈だ。
 この狩りはそんな体格の良い兄にとって、唯一自分を認めてもらえる方法だったんだ……。

「グゥォォォォ!」
「ぐぅのやろう!!!」

 体格の良い兄は必死で熊のわき腹に噛み付き放さない。
 熊もただ噛み付かれているわけじゃない。腕を振り下ろし体格の良い兄を叩き付けた。

「いけない!!!!」

 母が体格の良い兄を助ける為に疾走し、熊の背後から再度噛み付いた。
 熊はたまらず立ち上がりそして勢い良く後ろへ倒れた。

「母が危ない!!」
「カハッ!!」

 熊の体重は200kはあるだろうと思われる。
 そんな重い物が上から勢い良く倒れ込んできて無事なはずはない。
 確認したい所だが、熊の体に隠れ母の姿が見えない。
 私はどうすればいいか考える。

「考えろ、考えろ!考えるんだ私!!」

 まず私や兄弟達じゃ首を狙ったとしても、倒し切れるとは思えない。母か体格の良い兄くらいの力がないと無理だ。
 だが、追い払うにしても一旦冷静にさせるくらいのダメージを与えないと……。
 熊は母を背中で押しつぶした後、そのまま転がり今度は体格の良かった兄を押しつぶした。

「ぐそぉっ!!」

 体格の良い兄は前と同じように痛みで体にうまく力が入らないようだった。
 そして母は胃液を吐き出していて、そのまま動かなくなっていた。
 何かの作戦なのか一時的な気絶なのか……。それとも死んでしまったのか。
 分からないが、熊は動かない母をよそに足をばたつかせもがく兄に迫った。
 母の次に厄介な兄を仕留めようとしているのかもしれない。

「ぐそぉ!ぢぐしょーーーがぁ!!」

 私は薄情かもしれないが体格の良い兄が嫌いだった。
 このままなら確実にその兄はこの世からいなくなる。
 そんな時だ。私と体格の良い兄の視線が合ったのは……。

 とても苦しそうで、とても悔しそうだった。それに、私を羨むような感じもした。

 見捨てるなんて、……そんなの出来るわけない!!

 この兄から何度も嫌な目に私は遭った。だけどその兄を苦しめていたのは私だ。
 それに、私だって母は好きだ。でもそれはあの兄もで、母はそんな私と体格の良い兄を命がけで助けようとしていたんだ。
 体が熱くなる。助けないでどうすんだ!と心臓がエンジンのように稼動していた。

「兄さん!姉さん!!私に力を貸して!!!!」

 私は走り出した全力で。いや、全力を超えて自己最速記録を大幅更新してたと思う。
 倒れていた他の兄弟達がふらふらと立ち上がった。
 体格の良い兄に対して熊が口を大きく開けた。

「させてたまるかぁーーー!!」

 私の狙う箇所はただ一点。
 唯一私があの熊の肉を食い千切る事が出来る場所だ。
 私は迷わず熊の頭に向かって飛び掛った。

「グゥオォォォォォォォォォオーーーーーーーーー!!!!!!」

 素早くその部分を食い千切り離れると、熊は今日一番の痛みを感じさせる叫び声を上げた。
 無くなった頭部の右耳から血を撒き散らして。

「す、すごい……」
「うん。すごいね……」
「……だね」

 うまく行き熊が私に注意を向けた。
 体格の良い兄を助けられたが喜んでばかりもいられない。
 熊はタフだ。興奮状態にあった熊に致命傷にもなりえない傷をいくら増やしても怒り狂うだけだ。

「兄さん!姉さん!!もう一度あの熊に攻撃して!!」

 私は群れの中どころか兄弟の中の順位も最下位だ。
 兄弟達が私の指示に従っ……。いや、協力してくれるかは分からない。
 兄弟達も流石に理解したはずだ、熊の危険性に……。

 命がけともなれば、協力どころか逃げる選択をしたっておかしくないのだから。

「わかったわ!」
「まっかせなさーい!」
「これが終わったらお腹一杯食べてやるんだー!」

 それ!死亡フラグ!!

 良く知らないけども、私の謎本能が心の中でそう叫んだ。
 兄弟達は熊に向かって走り出した。
 だが、それでも足りない。決定打になりうる攻撃が……。
 兄弟達ですら熊には敵わず、私の力はその兄弟達より弱い。
 私は私の非力さを痛感し、悔やんだ。

 私にも体格の良い兄くらいの力があれば、やり方次第でなんとか出来たかもと……。

 『あなたは体も小さく力も弱い、けど他の子よりもずっと賢い。きっとそれがあなたの力なのでしょうね』

 ふと、子供の時に母に言われた言葉が頭の中で蘇った。

 『狼である事に捕らわれずに出来ると思った事をしなさい。あなたのその力を使って。それだけでいいのよ』

 当の母は倒れたままで動く様子すらない。
 だが、私は母に改めて感謝した。そして絶対に助けることを誓った。

「私が馬鹿だった。兄弟達と同じ土俵で力を比べたって、意味が無いのに……。だよね母!」

 私は走り出した。
 ただし、目指す先は熊ではない。

「あの臆病チビっ、逃げるきかぁぁ!!」

 馬鹿を言わないで欲しい。
 非力な私が普通に熊に向かって行っても勝てるわけ無いでしょ。
 でも、任せて。

 母も兄弟達も纏めて私が助けるから!!!!

「グゥォォ!!」

 兄弟達は熊の手足に噛み付き必死に食らいつく。
 熊は手足を振り回しそんな兄弟達を振り払おうとしていた。
 私は走りながら素早く目的の物を口で拾ってドリフト、熊に向かってラストスパートを駆ける。

「もう、ダメ……」
「ぼ、僕も……」

 体力的にも限界が近かったんだろう。
 兄と姉の2匹が口を放し地面を転がった。
 そして左足に食らい付いていた姉に、熊が目を向け大きな腕を振り上げた。

「ひゃせりゅかーーー!!」

 姉のピンチであったが、逆にこれがチャンスでもあった。
 熊の目が姉向いていたおかげで熊に隙ができ、狙いやすくなった。
 既に熊が冷静さを失っていた事も要因だったのだろう。

「……っ!!!!」

 私は狙い通りに熊の右目に尖った木の枝を突き刺した。
 熊はもはや叫び声を上げる事すら忘れたようだ。

「グゥゥッ、グゥゥッグゥゥッグゥゥッグゥゥッ……」

 もうやめてくれと言わんばかりの泣き声を繰り返し、右目を押さえやたらめったらに左腕を振り回しその場で暴れた。
 狙いすらないままに左腕を振り回す様子を見て、私はようやく安堵し勝利を確信した。
 放っておけば勝手に力尽きるだろうと思ったからであるし、他の大人達が来てもいい頃だったからだ。

「母、私やったよ……」

 私は母に近寄り鼻で母をつついた。
 匂いで状態を把握する為でもあるし、意識があるか確認する為でもあるし、冷たくなってないかを確認する為でもあった。

「んっ、そう。……さすが私の子ね」

 どうやら母は少し気を失っていただけだったようだ。

「母さん!良かった生きてる!」
「怖かったよー!」
「もう!心配させないでよっ!」
「ごめんなさいね。でも、心配したのは私が先よ?」

 気が付いたらしい母の下に兄弟達が集まった。ただ一匹、体格の良い兄を除いて……。

「なんでだよ……、力を見せて褒められてさ。……そこに立つのは俺の筈だったんだ。なんでだ、なんでなんだ、なんでお前なんだよ……」

 体格の良い兄はふらふらと立ち上がりそのまま立ち尽くし、私に羨望の眼差しを向けていた。
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