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追放される
ひと狩…
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相変わらずゲロモン食事ではあるが、私と兄弟達はついに森へ入る許可がおりた。
それでも、遠くには行くなと言われている。
森へ行きたがっていた兄弟達は森の中を匂いを嗅ぎまわりながら散策していた。
私はそんな兄弟達を見ながらのんびり歩くだけ。
昨日も一昨日もその前も兄弟達の狙いの的で走り回ったのだし、今日くらいゆっくり過ごしてもいいだろうという仕事から帰った夫みたいな気分だった。
……仕事から帰った夫ってなんだ?
「溶け残りの雪と落ち葉くらいしかないんだな」
「もっと奥に行きたいなー」
兄弟達は前よりも成長してるとはいえ、まだまだ子供だ。
「ダメだ」
当然、そこまで許される事は無い。
すぐさま同じ群れの仲間の大人の狼に止められた。
「んー。なんかおいしそうな匂いがするんだけどねー」
姉がそう言って鼻を地面に近づけてしきりに匂いを嗅いでいた。
他の兄弟達はおいしそうと言う言葉に惹かれ、その姉の所に集まり皆匂いを嗅ぐ。
「あー、確かにどっかで嗅いだ事ある」
「どこだっけ?」
「あるようでない、そんな感じだよねー」
兄弟達がなんだろうって頭を捻っている事に、私は興味が沸き兄弟達の元に駆け寄った。
そして鼻を地面に向けて匂いを嗅いだ。
私は即座に答えに行き着く。
「これは兎の匂いだと思う」
「兎?」
「兎ってなんだ?」
「聞いた事ないけど?」
兄弟達は知らない動物だと口々に言う。
だが、まったく知らないわけはない。
なぜなら、あのゲロモンじゃの中で一度口にしているからだ。
まぁ、私はなぜか兎を実際に見た事がある気がしてたりする。
毎回のごとくそこが不思議ではあるが……。
「一度だけ食べてるはず、原形は留めてないが……」
兄弟達は食べた事があると聞いて謎が解けたようだった。
「ああ!それだ!!」
「どうりでおいしそうな気がしたわけだよ!」
「食べたいーーー!」
私には理解できなかった。
我慢してなんとか食べれるようになってきはしたが、あの酸っぱい胃液まみれのゲロモンじゃがおいしいとは思えない。
というか、兄弟達はちゃんとあれで味わってた事に私は驚いた。
とはいえ、生きた野生の兎なんて、種類にもよるだろうけど狼が捕まえるようなものじゃない筈だ。
ましてやまだ子供の兄弟達には無理だろう。
その理由がその小回りの利く素早さだ。多くの肉食の生き物に狙われる兎だが、それゆえに生存戦略もしっかりしている。兎を主食にしてるやつはそれなりの特殊技能なり知恵なりを使う筈。
それにだ、群れで狩るには獲物としてあまりにも小さすぎるというのもある。群れで連携して狩る戦略の狼が襲うような獲物でなく、かといってその狼が単体で捕まえるのは簡単じゃないだろう。
結局のところ、あの時のゲロモンじゃの兎はあの狼が単体で偶然捕まえたに過ぎないと思われた。
「捕まえるのは難しいというか、無理だと思う」
「ふん!お前には無理だが、俺なら出来る!!」
一番体格のいい兄が私に反発するようにそう言い切ってきた。
私には理由がさっぱりであったが、この体格のいい兄は私が気に入らないようだった。
もしかしたら、ずっっと前から私に対するじゃれ方が酷いのもそれだったのかもしれない。
……だが、それならそれで何故私がこうまで気に入らないのか、それが分からなかった。
「捕まえられるかは別として、いい経験になるだろう。少しなら森の奥も許可してやる。やるだけやってみるといい」
私達の子守役をしていた大人の狼が、私達兄弟にやってみろという。
すでに食欲も出てきててやる気になっていた兄弟達は、もう私の言葉では止められそうになかった。
「よーし!私が一番に捕まえるよ!」
「いいや!僕だね!」
「私!私!!」
「捕まえるのは俺だ!」
兄弟達はそれぞれ自分が捕まえるんだと息巻いていた。
だが、私には予想できていた。このままでは無理だと。
元々捕まえられないと予想していたものの、これではあまりにも勝機が無さ過ぎるし、経験を積むという意味でも良くない気がした私は一つ提案をした。
「バラバラじゃなくて、協力した方がいい」
「えーーー、競争じゃないのー?」
「私も競争の方がいいと思う」
「競争の方がやる気出るよ!」
「じゃ、競争で決まりだな」
一番体格のいい兄はなぜか勝ち誇った顔で競争でやる事を決めた。
私は納得こそいかなかったが、兄弟達にとってはまだまだ狩りは遊びの範疇でしかなく、自然の中で生きる厳しさを理解していないのでは仕方なかった。
兄弟達はそれぞれ鼻を鳴らし匂いを頼りに兎探しを開始した。
「競争となってしまったが、お前の判断は間違っていない。そう気を落とすな」
子守をしてくれていた、大人の狼はそう言ってくれた。
兄弟達は皆同じ方向に向かって歩いていく、同じ獲物を狙っているのだからしょうがない所ではあるが、私は非効率な気がした。
狙われる相手の反応を考えれば、複数の敵が同じ方向から固まって向かってくるなんて、逃げやすい事この上ないだろうと、私は思った。
相手がもっとも嫌がるのは逃げ道を塞ぐように、囲まれたり挟撃されたりする状況だろう。
なら私のする行動は決まった。
「どこへ行く?」
「私は別方向から兎を探すつもり。纏まって追いかけるのは逃げられ易いだろうから」
「なるほどな」
兄弟達は言っても聞いてくれない事が多いが、大人は一定の理解をしてくれるようだった。
私は離れた位置で兄弟達が兎を追う方向を確認しながら、兎のいる位置の予想を立てそこから逃げ去るルートも予想していく。
私のとる行動とはいわゆる待ち伏せだ。
兄弟達を見て兎が逃げる方向に待ち伏せて捕まえる方法。
兄弟達の動きを見ながら兎の位置の予想を常に更新し、次の木の陰に隠れるよう動いていく。
兄弟達の動きが遅くなり、顔を上げて周囲を見渡す動作が増えだす。
どうやら獲物が近くなってきたのだと思われた。
体格のいい兄と視線が合ったが、鼻で笑うような仕草をされた。私が兎からもっとも離れた位置にいたからだと思われた。
だが、私は慌てない。もう今更であるし、勝算が一番高いのは私だろうからだ。
「あ、あれだ!」
私はその声と共に最終ポジションに即座に移動しスタンバイした。
狙い通りに来るとは限らないものの、可能性は十分あるとみている。
その理由が昨日まで行われていた、追いかけっこである。
兄弟達から逃げ回り続けた私の経験はまさに獲物の逃げ方。どう逃げるかをその経験を使って予想していたのだ。
「えっどこどこ!?」
「おっさきーーー!」
「負けるかー!!」
やはり、考えが浅い兄弟達だった。
競争意識のせいで誰かが見つけたと言うと焦って飛び出してしまう。声を上げてしまう点もマイナスだ。
相手に気付かれないうちは静かに間合いを詰めるべきだった。
声を上げて走りだしたからもう兎に見られている。
こうなったら兄弟達ではどうしようもない。
母と同じくらい動ければまだ可能性はあるかもしれないが、まだまだ足が遅い。私よりは速いけども……。
兎の方も余裕と見たのかその距離約20m付近まで動かずに様子見している。
「俺が捕まえる!!」
その20m付近に最初にたどり着いたのは体格のいい兄だった。
兎の素早さを知らないからだろうが、甘く見すぎている。
「嘘!速い!!」
明らかに兄弟達より速い速度で兎が走り出した。
私の予想通りの展開ではあるが、兎は私の想像より少し足が速かった。
私はすぐに兎の速さを考慮し少し早めに飛び出す計算をする。
「絶対に追いついてやる!!」
「うー速いー!」
「これ無理じゃないー!?」
「ムリムリムリー!!」
「くっそーー!」
そこで計算外の事が起きた。
兄弟達では捕まえられないのは予想通りで、兎の逃げるルートも予想通りだ。
だが、予想外だった。何が予想外と言うと……。
「結局あいつの言う通りかよっ!!」
「しょうがないよ、こんなに足が速いなんて聞いてないもん」
「反則よねー」
「食べたかったなぁ」
見ての通りだが、兄弟達は兎を捕まえるのを無理だと判断し、兎を追うのを止めてしまったのだ。
私が飛び出すポイントまでもう少しだったと言うのに……。
当の兎は立ち止まり後ろを振り向き、兄弟達の様子を見ていた。
小首を傾げる様は『もう諦めたの?ださっ』と挑発しているようでもあった。
「なんだ?もう諦めるのか?」
その時だった、静観し続けていた大人の狼が兄弟達に近寄り声を掛けた。
「だってー、あの兎僕達より足が速いんだよー」
「うんうん。追いかけても捕まえられないもん」
「私もそう思う」
「追いつけないんじゃ、捕まえようがない」
大人の狼はその言葉を聞いてやれやれといった顔をした。
「そうでもないぞ。やりようはある」
そう言って、大人の狼は兄弟達の一歩前に出た。
「あ、代わりに捕まえてくれるの!?」
「やったね!」
「あ、涎が出てきちゃった……」
「俺だってもうちょい大きくなればこれくらい……」
「言っておくが、代わりに捕まえたりはしない」
兄弟達は意味が分からないようだった。
だが、私には意味が分かった。
つまり私に『うまく捕まえろよ』って事なんだろう。
木の陰から様子を見ていたら、その大人の狼と目が合った。
「捕まえられるかは分からん。だが、ここで諦めるにはあまりにおしいのでな。よく見ておくといい」
そう言って大人の狼は兎に向かって走り出した。
兎はまた逃げるように走り出した。
そして私はタイミングを兎に合わせるように、目の前に飛び出してきた兎に飛びつき口に咥えた。
まるで、初めて大物の魚を釣り上げた時の様な、喜びと興奮が胸の中に沸き起こって思わずもふもふ尻尾ふりふりだ。
「つまりはこういう事だ。お前達はあと一歩まで追い詰めていたんだあの兎をな」
兄弟達は競争で負けたーって顔をして悔しがった。
私としては協力して狩りをするという私の提案が正しかった事を理解して欲しかったが、兄弟達はまだまだ子供のようで考えがそこに至らなかった。
ただ一匹、一番体格のいい兄だけは様子が違った……。
「おまえ……。なに卑怯な事してんだよ」
体格のいい兄は怒っていた。
その兄に卑怯と言われたが、私にはどういうことか逆に理解できなかった。
何か言おうとも思ったが、兎を咥えていた為に何もいえなかった。
兎は死んだふりでもしているのか、動かないがまだ生きている。トドメをさしてないのは兎を殺すのは何故か良くない気がしていたからだ。
自然の中で生きていくなら、兎を食う事も必要でトドメを刺す事も必然だと理解していた筈なのに。
そしてその兄は怖い顔で私に向かって歩いてきた。
私は怖くなって2~3歩後ずさり、私のもふもふ尻尾も自然と体の影に隠すように丸めてしまっていた。
「いいから!その兎よこせっ!!」
体格のいい兄はそう言って私に飛び掛り、小柄で小さかった私の首に噛み付きそのまま投げ飛ばした。
私は地面を転がり、たまらず兎を放してしまった。
とても痛かった、喉笛を噛み切るには至ってないし死にはしないものの血が出てしまっていた。
「あー兎が……」
「もったいない……」
「……」
他の兄弟達は体格のいい兄の暴挙に触れる様子も無く、逃げた兎に目を向けていた。
おそらくだが、あの兄に睨まれるのが嫌で私から目を逸らしたのだろう。
睨まれたく無いというのは理解できたし、逆の立場なら私もそうしたかもしれない。
「なんで兎を逃がしてんだよ!」
兄は兎まで逃げてしまったこの気まずい空気まで私の所為にするつもりのようだった。
流石の私も唖然とし、頭が理解しようとする事を放棄していた。
「まて!そこまでだっ!!何をそんなにイラついている!?」
「だって、あいつのせいで兎が逃げたし」
「それはお前がトドメを刺す前に投げ飛ばしたからだろう。なぜだ?」
「そ、それはあいつが卑怯な方法で捕まえたからで……」
「卑怯とは何だ?」
「俺達に兎を追わせて、何もせずに楽して捕まえたから……」
「あれは待ち伏せという戦略の一つだ。卑怯などではない。それに、仲間の動き、そして相手の逃げる方向等色々考えて動かねばならないやり方で、ただ楽なわけでもない」
「……でも!俺達は競争で捕まえようって決めてたんだ!だから、やっぱり卑怯だ!!」
「いいか?この手の狩りで必要なのはいかに獲物を高確率で捕まえるかだ。利用できるものは利用するものだ。それに、お前達は途中で諦めただろ?最後の追い込みも私がやった。お前達が悔しいのは理解するが、それで卑怯などと言って責めるのは間違っている」
「……」
体格のいい兄は、大人の狼相手に言い負かされそれ以上何も言うことはなかった。
だが、それ以降私にじゃれついて来る事は無くなったが、私に対する態度があからさまに悪化した。
「立てるか?」
「なんとか……」
「災難だったな。だが、弱い者は強い者に力でねじ伏せられるのも自然な事だ。頭を使うだけでなく体も強くしておく事だ」
「……はい」
私がどれだけ頭を使って群れに貢献したとしても、力で劣れば従わされるだけなのだろうなと、そう思った私だった。
そして、体格いい兄と私とのこの亀裂があの事件に繋がるとは……、この時の私は思ってもみなかったのだった。
それでも、遠くには行くなと言われている。
森へ行きたがっていた兄弟達は森の中を匂いを嗅ぎまわりながら散策していた。
私はそんな兄弟達を見ながらのんびり歩くだけ。
昨日も一昨日もその前も兄弟達の狙いの的で走り回ったのだし、今日くらいゆっくり過ごしてもいいだろうという仕事から帰った夫みたいな気分だった。
……仕事から帰った夫ってなんだ?
「溶け残りの雪と落ち葉くらいしかないんだな」
「もっと奥に行きたいなー」
兄弟達は前よりも成長してるとはいえ、まだまだ子供だ。
「ダメだ」
当然、そこまで許される事は無い。
すぐさま同じ群れの仲間の大人の狼に止められた。
「んー。なんかおいしそうな匂いがするんだけどねー」
姉がそう言って鼻を地面に近づけてしきりに匂いを嗅いでいた。
他の兄弟達はおいしそうと言う言葉に惹かれ、その姉の所に集まり皆匂いを嗅ぐ。
「あー、確かにどっかで嗅いだ事ある」
「どこだっけ?」
「あるようでない、そんな感じだよねー」
兄弟達がなんだろうって頭を捻っている事に、私は興味が沸き兄弟達の元に駆け寄った。
そして鼻を地面に向けて匂いを嗅いだ。
私は即座に答えに行き着く。
「これは兎の匂いだと思う」
「兎?」
「兎ってなんだ?」
「聞いた事ないけど?」
兄弟達は知らない動物だと口々に言う。
だが、まったく知らないわけはない。
なぜなら、あのゲロモンじゃの中で一度口にしているからだ。
まぁ、私はなぜか兎を実際に見た事がある気がしてたりする。
毎回のごとくそこが不思議ではあるが……。
「一度だけ食べてるはず、原形は留めてないが……」
兄弟達は食べた事があると聞いて謎が解けたようだった。
「ああ!それだ!!」
「どうりでおいしそうな気がしたわけだよ!」
「食べたいーーー!」
私には理解できなかった。
我慢してなんとか食べれるようになってきはしたが、あの酸っぱい胃液まみれのゲロモンじゃがおいしいとは思えない。
というか、兄弟達はちゃんとあれで味わってた事に私は驚いた。
とはいえ、生きた野生の兎なんて、種類にもよるだろうけど狼が捕まえるようなものじゃない筈だ。
ましてやまだ子供の兄弟達には無理だろう。
その理由がその小回りの利く素早さだ。多くの肉食の生き物に狙われる兎だが、それゆえに生存戦略もしっかりしている。兎を主食にしてるやつはそれなりの特殊技能なり知恵なりを使う筈。
それにだ、群れで狩るには獲物としてあまりにも小さすぎるというのもある。群れで連携して狩る戦略の狼が襲うような獲物でなく、かといってその狼が単体で捕まえるのは簡単じゃないだろう。
結局のところ、あの時のゲロモンじゃの兎はあの狼が単体で偶然捕まえたに過ぎないと思われた。
「捕まえるのは難しいというか、無理だと思う」
「ふん!お前には無理だが、俺なら出来る!!」
一番体格のいい兄が私に反発するようにそう言い切ってきた。
私には理由がさっぱりであったが、この体格のいい兄は私が気に入らないようだった。
もしかしたら、ずっっと前から私に対するじゃれ方が酷いのもそれだったのかもしれない。
……だが、それならそれで何故私がこうまで気に入らないのか、それが分からなかった。
「捕まえられるかは別として、いい経験になるだろう。少しなら森の奥も許可してやる。やるだけやってみるといい」
私達の子守役をしていた大人の狼が、私達兄弟にやってみろという。
すでに食欲も出てきててやる気になっていた兄弟達は、もう私の言葉では止められそうになかった。
「よーし!私が一番に捕まえるよ!」
「いいや!僕だね!」
「私!私!!」
「捕まえるのは俺だ!」
兄弟達はそれぞれ自分が捕まえるんだと息巻いていた。
だが、私には予想できていた。このままでは無理だと。
元々捕まえられないと予想していたものの、これではあまりにも勝機が無さ過ぎるし、経験を積むという意味でも良くない気がした私は一つ提案をした。
「バラバラじゃなくて、協力した方がいい」
「えーーー、競争じゃないのー?」
「私も競争の方がいいと思う」
「競争の方がやる気出るよ!」
「じゃ、競争で決まりだな」
一番体格のいい兄はなぜか勝ち誇った顔で競争でやる事を決めた。
私は納得こそいかなかったが、兄弟達にとってはまだまだ狩りは遊びの範疇でしかなく、自然の中で生きる厳しさを理解していないのでは仕方なかった。
兄弟達はそれぞれ鼻を鳴らし匂いを頼りに兎探しを開始した。
「競争となってしまったが、お前の判断は間違っていない。そう気を落とすな」
子守をしてくれていた、大人の狼はそう言ってくれた。
兄弟達は皆同じ方向に向かって歩いていく、同じ獲物を狙っているのだからしょうがない所ではあるが、私は非効率な気がした。
狙われる相手の反応を考えれば、複数の敵が同じ方向から固まって向かってくるなんて、逃げやすい事この上ないだろうと、私は思った。
相手がもっとも嫌がるのは逃げ道を塞ぐように、囲まれたり挟撃されたりする状況だろう。
なら私のする行動は決まった。
「どこへ行く?」
「私は別方向から兎を探すつもり。纏まって追いかけるのは逃げられ易いだろうから」
「なるほどな」
兄弟達は言っても聞いてくれない事が多いが、大人は一定の理解をしてくれるようだった。
私は離れた位置で兄弟達が兎を追う方向を確認しながら、兎のいる位置の予想を立てそこから逃げ去るルートも予想していく。
私のとる行動とはいわゆる待ち伏せだ。
兄弟達を見て兎が逃げる方向に待ち伏せて捕まえる方法。
兄弟達の動きを見ながら兎の位置の予想を常に更新し、次の木の陰に隠れるよう動いていく。
兄弟達の動きが遅くなり、顔を上げて周囲を見渡す動作が増えだす。
どうやら獲物が近くなってきたのだと思われた。
体格のいい兄と視線が合ったが、鼻で笑うような仕草をされた。私が兎からもっとも離れた位置にいたからだと思われた。
だが、私は慌てない。もう今更であるし、勝算が一番高いのは私だろうからだ。
「あ、あれだ!」
私はその声と共に最終ポジションに即座に移動しスタンバイした。
狙い通りに来るとは限らないものの、可能性は十分あるとみている。
その理由が昨日まで行われていた、追いかけっこである。
兄弟達から逃げ回り続けた私の経験はまさに獲物の逃げ方。どう逃げるかをその経験を使って予想していたのだ。
「えっどこどこ!?」
「おっさきーーー!」
「負けるかー!!」
やはり、考えが浅い兄弟達だった。
競争意識のせいで誰かが見つけたと言うと焦って飛び出してしまう。声を上げてしまう点もマイナスだ。
相手に気付かれないうちは静かに間合いを詰めるべきだった。
声を上げて走りだしたからもう兎に見られている。
こうなったら兄弟達ではどうしようもない。
母と同じくらい動ければまだ可能性はあるかもしれないが、まだまだ足が遅い。私よりは速いけども……。
兎の方も余裕と見たのかその距離約20m付近まで動かずに様子見している。
「俺が捕まえる!!」
その20m付近に最初にたどり着いたのは体格のいい兄だった。
兎の素早さを知らないからだろうが、甘く見すぎている。
「嘘!速い!!」
明らかに兄弟達より速い速度で兎が走り出した。
私の予想通りの展開ではあるが、兎は私の想像より少し足が速かった。
私はすぐに兎の速さを考慮し少し早めに飛び出す計算をする。
「絶対に追いついてやる!!」
「うー速いー!」
「これ無理じゃないー!?」
「ムリムリムリー!!」
「くっそーー!」
そこで計算外の事が起きた。
兄弟達では捕まえられないのは予想通りで、兎の逃げるルートも予想通りだ。
だが、予想外だった。何が予想外と言うと……。
「結局あいつの言う通りかよっ!!」
「しょうがないよ、こんなに足が速いなんて聞いてないもん」
「反則よねー」
「食べたかったなぁ」
見ての通りだが、兄弟達は兎を捕まえるのを無理だと判断し、兎を追うのを止めてしまったのだ。
私が飛び出すポイントまでもう少しだったと言うのに……。
当の兎は立ち止まり後ろを振り向き、兄弟達の様子を見ていた。
小首を傾げる様は『もう諦めたの?ださっ』と挑発しているようでもあった。
「なんだ?もう諦めるのか?」
その時だった、静観し続けていた大人の狼が兄弟達に近寄り声を掛けた。
「だってー、あの兎僕達より足が速いんだよー」
「うんうん。追いかけても捕まえられないもん」
「私もそう思う」
「追いつけないんじゃ、捕まえようがない」
大人の狼はその言葉を聞いてやれやれといった顔をした。
「そうでもないぞ。やりようはある」
そう言って、大人の狼は兄弟達の一歩前に出た。
「あ、代わりに捕まえてくれるの!?」
「やったね!」
「あ、涎が出てきちゃった……」
「俺だってもうちょい大きくなればこれくらい……」
「言っておくが、代わりに捕まえたりはしない」
兄弟達は意味が分からないようだった。
だが、私には意味が分かった。
つまり私に『うまく捕まえろよ』って事なんだろう。
木の陰から様子を見ていたら、その大人の狼と目が合った。
「捕まえられるかは分からん。だが、ここで諦めるにはあまりにおしいのでな。よく見ておくといい」
そう言って大人の狼は兎に向かって走り出した。
兎はまた逃げるように走り出した。
そして私はタイミングを兎に合わせるように、目の前に飛び出してきた兎に飛びつき口に咥えた。
まるで、初めて大物の魚を釣り上げた時の様な、喜びと興奮が胸の中に沸き起こって思わずもふもふ尻尾ふりふりだ。
「つまりはこういう事だ。お前達はあと一歩まで追い詰めていたんだあの兎をな」
兄弟達は競争で負けたーって顔をして悔しがった。
私としては協力して狩りをするという私の提案が正しかった事を理解して欲しかったが、兄弟達はまだまだ子供のようで考えがそこに至らなかった。
ただ一匹、一番体格のいい兄だけは様子が違った……。
「おまえ……。なに卑怯な事してんだよ」
体格のいい兄は怒っていた。
その兄に卑怯と言われたが、私にはどういうことか逆に理解できなかった。
何か言おうとも思ったが、兎を咥えていた為に何もいえなかった。
兎は死んだふりでもしているのか、動かないがまだ生きている。トドメをさしてないのは兎を殺すのは何故か良くない気がしていたからだ。
自然の中で生きていくなら、兎を食う事も必要でトドメを刺す事も必然だと理解していた筈なのに。
そしてその兄は怖い顔で私に向かって歩いてきた。
私は怖くなって2~3歩後ずさり、私のもふもふ尻尾も自然と体の影に隠すように丸めてしまっていた。
「いいから!その兎よこせっ!!」
体格のいい兄はそう言って私に飛び掛り、小柄で小さかった私の首に噛み付きそのまま投げ飛ばした。
私は地面を転がり、たまらず兎を放してしまった。
とても痛かった、喉笛を噛み切るには至ってないし死にはしないものの血が出てしまっていた。
「あー兎が……」
「もったいない……」
「……」
他の兄弟達は体格のいい兄の暴挙に触れる様子も無く、逃げた兎に目を向けていた。
おそらくだが、あの兄に睨まれるのが嫌で私から目を逸らしたのだろう。
睨まれたく無いというのは理解できたし、逆の立場なら私もそうしたかもしれない。
「なんで兎を逃がしてんだよ!」
兄は兎まで逃げてしまったこの気まずい空気まで私の所為にするつもりのようだった。
流石の私も唖然とし、頭が理解しようとする事を放棄していた。
「まて!そこまでだっ!!何をそんなにイラついている!?」
「だって、あいつのせいで兎が逃げたし」
「それはお前がトドメを刺す前に投げ飛ばしたからだろう。なぜだ?」
「そ、それはあいつが卑怯な方法で捕まえたからで……」
「卑怯とは何だ?」
「俺達に兎を追わせて、何もせずに楽して捕まえたから……」
「あれは待ち伏せという戦略の一つだ。卑怯などではない。それに、仲間の動き、そして相手の逃げる方向等色々考えて動かねばならないやり方で、ただ楽なわけでもない」
「……でも!俺達は競争で捕まえようって決めてたんだ!だから、やっぱり卑怯だ!!」
「いいか?この手の狩りで必要なのはいかに獲物を高確率で捕まえるかだ。利用できるものは利用するものだ。それに、お前達は途中で諦めただろ?最後の追い込みも私がやった。お前達が悔しいのは理解するが、それで卑怯などと言って責めるのは間違っている」
「……」
体格のいい兄は、大人の狼相手に言い負かされそれ以上何も言うことはなかった。
だが、それ以降私にじゃれついて来る事は無くなったが、私に対する態度があからさまに悪化した。
「立てるか?」
「なんとか……」
「災難だったな。だが、弱い者は強い者に力でねじ伏せられるのも自然な事だ。頭を使うだけでなく体も強くしておく事だ」
「……はい」
私がどれだけ頭を使って群れに貢献したとしても、力で劣れば従わされるだけなのだろうなと、そう思った私だった。
そして、体格いい兄と私とのこの亀裂があの事件に繋がるとは……、この時の私は思ってもみなかったのだった。
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転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
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