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追放される

私の生き方…

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「はやくはやくー!」
「俺が森に一番乗りだ!」
「足だけなら私自信あるよ!」
「私も負けないよっ!」

 兄弟達はこの無意味な勝負に自信があるようだった。
 だが、私には分かる。兄弟達は誰も母には勝てない、たとえ全員で協力したとしても一人残らず捕まるだろう。
 その最大の要因がこの白い雪だ。
 雪は多くの物を覆い隠す。雪が本来の地面の高さを分からなくし、場所によっては乗っただけでズボリと人間が丸々雪に埋まる事だってあるほどだ。
 積もった雪が浅かったとしてもだ、その表面は地面のように固まってる場合もあるが、もろく足が泥や砂に埋まるような事が起き易いのも理由だ。
 雪に触れた事がない兄弟達が、雪の上を余裕で走れるとは私には思えなかったのだ。
 それを抜きにしても母の方が普通に速いだろうが……。

「ウォン」

 私はそう考えつつも、軽く短く吠えて合図を出した。
 兄弟達は勢いよく飛び出していった。
 この時の私の心境は、まるで馬券を片手に答え合わせをするようにレースを眺める人みたいな感じだ。
 しかし、分からない。馬券とかレースとか言ってしまったが、何の事だったかまるで思い出せない……。

「な、なにこれっ!冷たい!」
「あ、足がなんかズボッていった!」

 開始早々、わずか1mに満たない距離で兄弟達のうち2匹が雪に驚き動きを止めてしまった。
 そして容赦なく母の両足がその2匹の背中に落ちていく。

「……はい、失格」

 母はやれやれと言った呆れ顔だった。
 もっとも私としては予想の範疇だった。ちょっと距離が短すぎる点以外は……。

「うわーん!くやしいー!」
「白いのがこんなのなんて聞いてないー!」
「聞かれてもないから当然ね」

 母の前足に押さえ付けられた2匹は、短い足とふさふさの尻尾をじたばたさせていた。
 母の視線の先では森を目指して走る兄弟がいるが、すぐには次に行こうとしない。
 私の予想だが、おそらくは少し泳がせて今の力量を測っているのだろう。
 という事は、それだけ余裕があるという事でもある。
 やはり、勝負の結果は揺るぎようがない……。

「さて、そろそろ行かないとかしらね」

 姉が雪に頭まで埋もれ動かなくなったのが見えた当たりだった。
 母がついに走り出した。
 速さについては流石だった、兄弟達の2倍どころではない。
 あっという間に、姉の所まで行き口に咥え助け出していた。

「うわー……。母さん速いー。あんなの聞いてないー!」
「あれは反則よ!反則!!」

 巣穴の中、私の隣で見ていた兄弟2匹が母について不満を漏らしていた。
 圧倒的に速いのは確かなんだが、スタートして1mに満たない距離で捕まった兄弟達に言う資格はないと思う……。
 母は姉を咥えたまま残る兄に向かって疾走する。

「おし!あとちょっとだ!!」
「残念ね。もうおしまいよ」

 私の目算だと森まで10~12mといったところだろうか?その当たりで兄は母に踏みつけられ動けなくなっていた。

「あちゃー。みんな捕まったか」
「母さん速すぎよね」
「今の状態で森に入ると、ああやって他の生き物に食われる。そういう事だ」
「そういう事になるの?」
「今のってただの遊びでしょ?」

 私は失念していた。
 兄弟達は本能で生きてて、あまり考えないまだまだ子供だった事を……。

「今のは遊びのような物だけど、それが正しいわ。今のあなた達じゃ、他の生き物に食われるだけよ」
「俺は違う。今日はたまたま調子でなかったんだ」
「調子良くても母さんには勝てないと思うなー」

 母が兄弟達を連れて戻ってきたのだが、その母が私を見る目が少しだけ変わっていたような気がした。

 その日の夜の事だ。
 私は巣穴から外を眺めていた。
 知らない筈なのに知っている、そんな不思議な世界が私の目の前に広がっていた。
 きっと、どこかに私の不思議を解き明かせる何かがある……。
 そんな気がしていた。

「一体何を見ているの?」

 母が私の横に座り、そんな事を聞いてきた。
 元気一杯に動き回ってた兄弟達は、そんな私や母に気が付くことなくぐーすかぴーだ。
 母とこうして一対一で話す事など無かった私の心臓は、少しばかり鼓動が早くなったような気がした。
 初めてのことだったが、簡単に言って緊張していたのだと思う。
 相変わらずなぜかそういう知識が私にある、それが不思議だった。

「……もう雪は降らないのかなって思って、空を見てた」

 嘘だった。
 正直になんとなく世界を見ていたなんて言えば、いよいよ頭のおかしい子扱いされかねない。
 この積もった雪と森と夜空だけを見て、世界を……なんて言える訳がない。
 そう思って無難な回答をしたつもりの私だったが、母はそれですら驚いていた。

「……雪については説明した覚えはないけど、どうして降ると知っているの?」

 あちゃーという感じだった。
 もう、両の手で顔を覆いたいほど。やった事ないが……。

「そ、それより教えて、あの森にいるらしい私や兄弟達を食べる生き物について」
「……ここから出た事の無いあなたに言っても分からないでしょうに」

 母はそれでも話してくれた。
 生き物の名前を言っても分からないだろう事を考慮しての事だろう、生き物の特徴とどう危険なのかを話してくれた。
 ただ、私的には名前を言ってくれた方が理解できた気がする……。実際、母の話だけではまるで動物の名前当てクイズで、分からないのもあったからだ。
 その中で気になったのは、架空の存在の筈のドラゴンらしい生き物が出てきた事だ。
 ギザギザした葉のような物が2つ背中に生えていて空を飛び、口から赤くて熱い空気を吐き出すらしい……。

「一つ聞きたいのだけど、なぜあなたは参加しなかったの?」

 何の事かは聞かなくても分かる。昼間の巣穴から森までの鬼ごっこの事だ。
 私は一番面倒の少ない回答を考えたが、結局素直に言う事にした。

「母さんに勝てないのは初めから分かってたし、森が危険だろう事は予想がついてたから」
「なぜ予想できたの?」
「父が死んだ話を前にしていたから。大人でも危ないんでしょ?」

 母は何も言わなかった。
 だが、少し驚いたような目の見開き方をした後、いつもより少しだけ優しげな目をしたような気がしたが、すぐに視線を逸らされた。

「ん……?」

 私の後ろで何かが動き柔らかい何かが当たり後ろに目をやると、母の尻尾がゆっくりであったが左右に揺れていた。
 おそらくだ、母は嬉しかったのかもしれない。
 なにせ兄弟達はまだ深く考えるということを知らないから、母が父の姿を通して伝えようとした危険を理解し切れていない。それを私が少しかもしれないが理解していたから……。と言ってもこれは私の予想でしかないわけだけど……。
 私は母の目を見て冷たい印象しか持ってなかった。
 だが、今は何故かちょっとだけ嬉しくなり、自然と私の尻尾も左右にゆっくり揺れた。夜空を見ながら。

 次の日目が覚めると、私は兄弟達の横にいた。
 眠ったときの記憶がない所を考えるに、母が急に眠ってしまった私を兄弟達の所まで運んだのだろう。
 ただ……。

「母に悪気はないのわかっているが……」

 目覚めた私の目の前には兄の『米』マークがあった。

「朝起きて目の前に尻があるのはちょっとなぁ……」

 もふんっ。

 寝ぼけた兄のもふ尻尾が私の顔に落ちてきた。
 以降、母の私に私に対する態度が少し柔らかくなった。
 だが逆に困ったこともあった。それは、一番体格の良かった兄から受けるじゃれ方が酷くなったのだ。
 理由は分からない。

 そこから一週間後の事だ。
 ついに私と兄弟達は離乳の時期にさしかかった。
 だが、私は目の前の光景に戸惑っていた……。

「ねー食べないの?」
「匂いがきつい……」
「なら、俺が貰う!」

 兄弟達が食べているのは、平らな石の上に落ちて広がってしまったもんじゃだ。もうもんじゃだ。見た目は焼く前のもんじゃ。
 うん、もんじゃもんじゃもんじゃもんじゃもんじゃもんじゃもんじゃゲロモンじゃ。
 しかも母のではない。ちらっとしか見たことがなかった若い雄の狼のだ。
 私の口は2~3口我慢して食べるが、そこで私のお口は拒否反応でギブアップでKOだ。
 魚とか何かの幼虫とか何か分からん肉とかが混じり、調味料は独特の酸味のある液体だった……。
 この食事に慣れない私は何度か母に乳をねだってしまったのだ。だが、母がそれを許したのは最初とその次までだった。
 だが、これが良くなかったのだろう。
 私はさらに兄弟達より成長が遅れてしまっていた。

「おいっ!そっちに行ったぞー!」
「まっかせてー!!」
「まてまてー!」
「むしろ逃げろ逃げろー!」

 兄弟達は今日も元気一杯だった。むしろ元気が過ぎる。
 私が迷惑だと思うほどに。
 訂正する。思うどころじゃない、これは隣の部屋から大声で熱唱してくるなんとか崎さん以上の被害だ。
 落ち着いて茶を飲む事もできない。
 ……相変わらずな事だが、茶とかなんとか崎さんとか熱唱とかよく分からない知識がある事が不思議だ。

「いっくよーーー!!」

 そう言って横からジャンプして飛び出してきたのは姉だった。
 私は体を低くし、雪の下に体を滑り込ませるつもりで姉の方に向かい頭からスライディングをした。
 私が小柄だった事もあり、余裕で姉の下を潜り抜ける事に成功する。
 そして標的を見失った姉は頭から雪に突っ込んだ。
 チラッとその姉を見たが、まるで犬神家のアレみたいだった。
 ……犬神家ってなんだ?相変わらずよく分からない知識がある事が不思議――。

「次は僕が行くよっ!」
「不思議がってる場合じゃなかった!まったく、なんでこんな事にっ!」

 発端は一番体格のいい兄だった。
 いつもじゃれ付かれていた私は、その兄の動きが読めるようになっていた。
 なので避けるようにしていたのだが、そんな兄と私のやり取りを見ていた他の兄弟達が、迷惑な事に面白がって参加し始めてしまったのだ。
 これも生き物の本能なのだろう。
 弱い者、とりわけ自分よりも小さい者を狙いつい追いかけてしまう。こういった事は肉食の生き物にはよくある行動だ。
 これはまだ遊びの範疇だろうが、兄弟達もまたそうして狩を覚えていくのだろう。
 母や他の大人達も止めに入ることもなく見ているだけだった。
 狙われる私としてはたまったもんじゃない、なにせ捕まると噛み付かれる。相変わらず力加減が出来てない威力で……もしかしたら狼の加減はこれが普通なのかとちょっと疑ってたりするが。

「僕の勝ちー!」

 4対1で範囲は巣穴周辺で制限時間すらない。
 そんな状態で逃げ切る事を考え続け走り、疲れたところを狙われ勝ち誇られてもと私は思った。
 そもそも、この私に勝ち目のない遊びなど迷惑極まりない。
 明日も同じ事が行われるのかもと思うと今からうんざりだった。

「なんで俺があんなに避けられるんだ?」

 それはいつも同じワンパターンだからだ。
 と思いつつも面倒なので言わない。

「次こそ私が勝つんだからね!」
「次は負けないもん!」
「次も僕が勝ったりしてー?」

 兄弟達の次というのを聞いて私は頭と尻尾を落とし深い溜息をした。

 その日の夜の事だ。
 私は夜空をまた眺めていると、赤い線のような光が夜空をわずか一瞬で通り過ぎていった。
 初めて見た筈だ、だがそこに驚きも感動もない。あれは流れ星だ。
 初めてのことなのに初めてな気がしない、そんな違和感と不思議。
 日増しに知らない知識が頭から出てくる。
 一体私は何者なのだろうか?それをこの世界に問いかけたい気持ちで一杯だった。

「また雪が降らないか見ているの?」

 そう言って声を掛けたのは母だった。
 そして前と同じように私の隣に座った。

「残念だけど、これから暖かくなる時期で雪は降るどころか溶けて無くなっていくわ」
「……そう、なんだ」

 1年のサイクルを見ないと分からない部分もあるが、これから春か夏になるって事なんだろう。
 もともと私は、雪が降らないかどうかを気にして空を見ていたわけじゃないが……。
 狼である母に聞いたところで意味はないと思うものの、一つ質問をしてみる事にした。

「それと……。母は私をなんだと思う?」
「あなたは狼よ。私から産まれ、私が育てたのだもの。それ以外の何ものでもないわ」

 考える間もなく出てきた母の答えに迷いはまったく無く、それが当然の答えと思わされそうになる。
 だが、私は普通ではない。それを踏まえた答えが欲しくて私はさらに質問をした。

「兄さん達とはこんなに違うのに?」
「それでも私の子だわ。違うのは認めるし、一時期あなたの事は生きていく望みの薄い子と見ていたのも確かね」

 母の私に対する態度が冷たく感じられた、それが間違いなかった事と理由がはっきりした。
 私は正直に言ってショックだった。
 前々から薄々そうだろうなと思っていた事ではあるが、やはり母にハッキリ言われると悲しくもなる。
 私は座る姿勢から伏せの姿勢に切り替え、改めて空を眺めた。
 今いる場所は私の居場所でいいのか?この世界のどこかに別の居場所があるのではないか?そして、私の覚えのない知識はどこからくるのか?
 ……私の悩みと不思議は尽きない。

「でも、それも違っていた。今日あなたの逃げ回る姿を見て確信したわ。あなたは体も小さく力も弱い、けど他の子よりもずっと賢い。きっとそれがあなたの力なのでしょうね。あなたは狼にしかなれないけど、他の狼と同じである必要はないわ。狼である事に捕らわれずに出来ると思った事をしなさい。あなたのその力を使って。それだけでいいのよ」

 私が狼なのは間違いない。
 けど、私は他と違ってもいいのだと母は言ってくれた。
 ちょっとだけど、心が温かく軽くなった気がした。

「ありがとう。少しがんばれそうな気持ちになれた」
「……」

 母は無言だった。
 私が母の方に目を向けると、母と目が合ったのだが母はすぐ目を逸らしてしまった。

「……じ、自分の子に感謝されるのも悪くないものね。もう寝ます。あなたも早めに寝ておきなさい」

 そう言って寝に行った母の尻尾はゆっくりだが左右に揺れていた。
 どうやら私に感謝されて照れていたようだった。
 私の兄弟達は感謝とかした事ないだろうから、もしかしたら初めての事だったのかもしれない。

「賢い事が私の力……。できると思った事をしていけばいい、か。そうだな、それが私の生き方なのかもしれない」

 私はおそらく、狼らしくない狼だ。
 けど、生きるという点だけでみればそれはどうでもいい事なのだろう。
 なにかしらの手はあって、考えに考えを重ねればどうにかなるのかもしれない。
 まさか、狼である母に教えられるとは思ってもみなかった私であった。
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