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追放される
私は負け犬だった…
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「いいこと、人間に関わるのはダメよ」
これは私の母の言葉だ。
「ねぇ、どうして関わっちゃダメなの?」
これは、母の言葉に疑問を抱いた私の兄弟の言葉だ。
「それは、お前達の父の命を奪ったのが人間だからよ……」
私はそのまま母の言葉を理解し、人間を怖いと思った。
だが、私の兄弟達はそれが理解出来なかったようだ。
「ねぇ、父ってなーに?」
「僕も知らないー。教えてー」
兄弟達の言葉を聞いて私は逆に不思議に思った。
なぜ、私はすぐに理解できたのだろうか?と……。
「知らないのも当然だったわね。生まれた日にあなた達の父は亡くなったのだし……」
その通りだ。
私は父等知らない、会った事もない、聞いたこともない、どんな匂いかも知らない。
なのに理解できていた父という言葉の意味を。
「あなた達の父は、私より強くて足も速く逞しい狼のオスで、私と同じであなた達の実の親よ。狩もとても上手かったわ」
私の予想だが、群れのボス的な存在だったのだと思われた。
「ねぇ、なんで強いのにしんだのー?」
「だよねー。強いならしぬわけないもん」
人間は道具を使うからだ。
刃物は勿論、銃や鈍器に罠……、そして火薬やガス等を含む様々な薬品。
「……」
母は押し黙った。
おそらく母自身、人間の使う武器や道具等を詳しくは知らないのだろう。
だが、やはり不思議なのはなぜ私だけがそれを理解しているのだろう?それに尽きる。
「ねぇ、なんで?」
「なんで?なんでー?」
「……とにかく、それだけ人間が恐ろしいという事よ」
母はそう言うしかなかったのだろうと思う。
あのまま何も伝えなければ兄弟達は人間を侮り、一つ間違えば命を落としかねないのだから……。
いっそ、私が母に代わり教えてやろうかとも思ったのだが、すぐに辞めた。なにせ私自身がなぜ理解してるのか不明な事と、まともに縄張りどころか巣穴の外にすら出た事がない私では、あまりに説得力に欠けるからだ。
「んーよくわかんないけど、お腹すいたー!」
「ぼくもぼくもー!」
それを聞いた母はやれやれといった感じで、横になりお腹を兄弟達に向けた。
兄弟達は母のお腹に我先にと突撃していく。
突撃する理由は簡単だ、乳の出が良い場所と悪い場所があるからだ。
「あなたはお腹は空いていないの?」
母が動かない私に聞いてきた。
勿論私だって腹は減る。
だが、私は兄弟達に比べて速さも力も一段劣っていた。
残念な事だが、兄弟達と一緒に突撃しても良い場所は得られないし、大人しく端の方で飲もうとしても足でガシガシ蹴られて落ち着いて飲めない。
私はそれを今までの事で理解したのだ。
「兄さん達の後でいいかなって思って」
「それはなぜ?」
母はそれが気に入らないようで、その言葉には少しイラつくような感じがした。
だが、それも当然。野性の世界では子供の内から生存競争がスタートしていて、より強く成長する為には乳の出の良い場所を確保出来るかどうかも後々重要になってくる。
おそらく母は……私を野生では生きていけない子だと、そういう目で見ていたのかもしれない。
「その方がゆっくり飲めるから」
「……そこまでこっちも暇ではないの。今が無理なら諦めなさい」
野生で生きる母は、そんな私に合わせて育てるような事はしてくれないらしかった……。私の知る限り暇はあり、仲間が持ってきた獲物を食べる時に少し巣穴を出るくらいだった。
もしかしたら私を切り捨てる事を視野に入れてた可能性もある。育てる対象が一匹減ればその分の負担は減り、兄弟達がより多くの栄養を得られるわけだし。
……しかしだ。野生で生きると言ったがまるで、それ以外の生き方を知ってるような言い方をした私自身が不思議だ。
野生じゃない生き方ってなんだろうか?そして、どこでそんな知識を得たのだろうか……。
「暇ではないと言ったはずよ。それとも諦めたの?」
「ごめんなさい。今行きます!」
不思議がっている場合ではない。
次がいつか分からない以上、ちょっとでも飲んでおかないと命に関わりかねない。
私は兄弟達から遅れて母のお腹に突撃し、兄弟達からガシガシ蹴られた。
それから一週間後、兄2匹 姉2匹は順調に成長し、私は兄弟達から2~3歩遅れるような状態ではあったがなんとか成長していった。
「なぁ、なんでお前は小さいんだ?」
そんな事を言い出したのは私の兄弟の中で一番体格いい兄だった。
同じ時に生まれ、同じようにその兄も私も母の乳を飲んでいた筈だ。
だと言うのになぜ私が一回り兄弟達より小さいのか?それが気になったようだ。
もっとも、私に言わせれば体の成長が遅い理由は至極簡単で明白であるのだが……。
「兄さん達ほど力が強くないから……」
「どういう事だ?」
兄には意味が理解できないようだった。
多分だが、本能で生きてるのだと思われた。母のお腹の乳の出の良い所、悪い所がある事も考えた事すらないのだろう。
兄弟であれだけ良い場所を我先にと、取り合っていたのに……。
そこから数日後、兄弟達はじゃれあう事が増えてきた。
……当然私もそのターゲットにされる。迷惑な事だが……。
「おい!少しはやり返してみろよっ!」
兄はそう言って横から私の首めがけて飛びついて来た。
私は咄嗟に足に力を入れて踏ん張ろうとするが、兄の方が体重も力も上で助走までされてたら耐えられる訳もなくゴロンッ!と倒れ、兄に組み敷かれた。
私は直接何かやり返したりしないが、止めてほしくて低い唸り声を上げる。
しかし、兄は聞く耳を持たず同じ事を繰り返す。
というより、私の唸り声など怖くもなんともないのだろう、やり返して来いよと言って聞かない。
だが、やり返せる筈もない。なぜならそれはすでに一度やっているから。
やり返したらさらにやり返されるその繰り返しだった。しかも、体格も力も勝る兄のやり返しは私より強い力で返ってくる……。
負け犬状態ではあったが、下手にやり返すよりやり返さない方がマシだったのだ。
「お前はそればっかだなぁ」
つまらなそうにする兄の言葉を聞いて、毎回そこでホッとした私だった。
だが、これで終わりという事はなくこれ以降も繰り返された……。
「うわー、外白いー!」
「なんだ?この白いのは?」
「うわっ寒ッ!」
さらに数日後の事だ。
巣穴の中で動き回っていた兄弟達だったが、巣穴の中が狭く感じ始めた事もあり、母が少しなら巣穴を出ても良いと言ったので、私達兄弟は初めて巣穴の外に目を向けた。
巣穴はちょっとした斜面にあり、そこから見える景色は雪が降り積もっていたようで白く、少し離れているが木々が生えている森があった。
ちなみに季節は分からない。標高や赤道からどの程度離れているか等でも雪の残り方が変わってくるし、海の方からやってくる湿った空気の流れ方や山の位置で雪の降りやすさも変わってくる。
せめて狼の出産シーズンを知っていれば推理も出来たのだが、その残念な事に私にその知識はなかった。
他の余計な知識はあるのに、肝心の狼の知識が乏しかった。私は狼である筈なのに、だ。
「あのわちゃわちゃしたの何だ?」
体格のいい兄が森を見て言った。
初めから森だと分かっていた私は、わちゃわちゃと聞いて思わず笑いそうになったが、なんとか堪えた。
もし盛大に笑いでもしたら、その後にどんな仕返しが来るか分かったものではないからだ。
「あれは森というのよ。木という物がたくさん生えている所。ここからだと一つの塊のように思うかもしれないけど、木と木の間がちゃんとあってあの中に入る事も出来るの」
「あれ入れるんだ!!」
「入ってみたいー!」
「俺もだ!」
「私も行ってみたい」
「ダメ!それは許可できないわ」
「なんでダメなのー?」
当然だ。
森の中はまさに弱肉強食の世界で、親や仲間の大人達が守ってくれている巣穴とは訳が違う。
弱い者、弱った者は、他の生き物に狙われ食われる。
私を含め兄弟達はまだまだもふもふの弱者、森へなんて行かせられる筈がない。
「それはね……」
母は端の方で静かに外を見ていた私に、いきなり狙いを定め牙を見せて襲い掛かってきた。
「簡単に食べてしまえるからよ」
……当然、本気で傷をつけるつもりはなく、兄弟達に向けてのデモンストレーションだったのだろう。
前足で背中から力強く押さえつけられ、軽くだが首を甘噛みされた。
が、いきなり前足で押さえつけられたので痛かった……、ちょっと爪も刺さったしダメージは倍々のドン!だ。
しかし災難はそれだけでもなかった。
「そのくらい俺だって出来る!」
一番体格のいい兄が力強くそう言った。
私は兄弟達の中では一番弱い負け犬だ、母が私をデモの相手に選んだのもそれが理由なのかもしれないが、その所為で兄弟達もそれくらい出来ると変な自信を持ってしまったようだった。
つまるところ母のした事は逆効果で、私にとってはさらなる災難だ。
次の瞬間には、兄弟達がこぞって私に群がり押し倒し、遊び感覚とはいえ噛み付いてきた。
力加減がまだまだ雑な兄弟達の噛み付きは母より痛かった……。まさに災難でダメージ的に倍の倍々のドドーン!だ。
そして兄弟達はみな考えが同じなのだろう、森に入ってみたいと母に再度言ったのだ。
「仕方ないわね。一度だけ確かめてあげるわ。私から逃げて森まで行けたら考えてあげる」
「俺やる!」
「私もー!」
「やるやる!」
「こんなん楽勝だろー!」
「……」
やる前から無理だと理解していた私は、当然やろう等とは思わない。背中も噛まれた所も痛いし……。
だが、母はそんな私を知ってか知らずか参加するかを聞いてきた。
「あなたは参加しなくていいの……?」
「遠慮しとく」
無理だと判らせるのが目的の筈なのだが、母は参加しない私を冷めた目で見てきた。
きっと、体格も小さい上にやる気を見せない、そんな私を将来性無しと判断したのだろうと思われた。
「参加しないのなら、せめてスタートの合図をしなさい」
「はやくはやくー!」
「俺が森に一番乗りだ!」
「足だけなら私自信あるよ!」
「私も負けないよっ!」
よほど森への興味や好奇心があるのか、兄弟達は頭を低くしお尻を上げて、ふさふさの尻尾ふりふりで既に準備完了のご様子で楽しそうであった。
日頃やられ放題で兄弟達に不満があった負け犬の私だが、この時だけは兄弟達を可愛いと思ったものだ。
この時だけは……。
これは私の母の言葉だ。
「ねぇ、どうして関わっちゃダメなの?」
これは、母の言葉に疑問を抱いた私の兄弟の言葉だ。
「それは、お前達の父の命を奪ったのが人間だからよ……」
私はそのまま母の言葉を理解し、人間を怖いと思った。
だが、私の兄弟達はそれが理解出来なかったようだ。
「ねぇ、父ってなーに?」
「僕も知らないー。教えてー」
兄弟達の言葉を聞いて私は逆に不思議に思った。
なぜ、私はすぐに理解できたのだろうか?と……。
「知らないのも当然だったわね。生まれた日にあなた達の父は亡くなったのだし……」
その通りだ。
私は父等知らない、会った事もない、聞いたこともない、どんな匂いかも知らない。
なのに理解できていた父という言葉の意味を。
「あなた達の父は、私より強くて足も速く逞しい狼のオスで、私と同じであなた達の実の親よ。狩もとても上手かったわ」
私の予想だが、群れのボス的な存在だったのだと思われた。
「ねぇ、なんで強いのにしんだのー?」
「だよねー。強いならしぬわけないもん」
人間は道具を使うからだ。
刃物は勿論、銃や鈍器に罠……、そして火薬やガス等を含む様々な薬品。
「……」
母は押し黙った。
おそらく母自身、人間の使う武器や道具等を詳しくは知らないのだろう。
だが、やはり不思議なのはなぜ私だけがそれを理解しているのだろう?それに尽きる。
「ねぇ、なんで?」
「なんで?なんでー?」
「……とにかく、それだけ人間が恐ろしいという事よ」
母はそう言うしかなかったのだろうと思う。
あのまま何も伝えなければ兄弟達は人間を侮り、一つ間違えば命を落としかねないのだから……。
いっそ、私が母に代わり教えてやろうかとも思ったのだが、すぐに辞めた。なにせ私自身がなぜ理解してるのか不明な事と、まともに縄張りどころか巣穴の外にすら出た事がない私では、あまりに説得力に欠けるからだ。
「んーよくわかんないけど、お腹すいたー!」
「ぼくもぼくもー!」
それを聞いた母はやれやれといった感じで、横になりお腹を兄弟達に向けた。
兄弟達は母のお腹に我先にと突撃していく。
突撃する理由は簡単だ、乳の出が良い場所と悪い場所があるからだ。
「あなたはお腹は空いていないの?」
母が動かない私に聞いてきた。
勿論私だって腹は減る。
だが、私は兄弟達に比べて速さも力も一段劣っていた。
残念な事だが、兄弟達と一緒に突撃しても良い場所は得られないし、大人しく端の方で飲もうとしても足でガシガシ蹴られて落ち着いて飲めない。
私はそれを今までの事で理解したのだ。
「兄さん達の後でいいかなって思って」
「それはなぜ?」
母はそれが気に入らないようで、その言葉には少しイラつくような感じがした。
だが、それも当然。野性の世界では子供の内から生存競争がスタートしていて、より強く成長する為には乳の出の良い場所を確保出来るかどうかも後々重要になってくる。
おそらく母は……私を野生では生きていけない子だと、そういう目で見ていたのかもしれない。
「その方がゆっくり飲めるから」
「……そこまでこっちも暇ではないの。今が無理なら諦めなさい」
野生で生きる母は、そんな私に合わせて育てるような事はしてくれないらしかった……。私の知る限り暇はあり、仲間が持ってきた獲物を食べる時に少し巣穴を出るくらいだった。
もしかしたら私を切り捨てる事を視野に入れてた可能性もある。育てる対象が一匹減ればその分の負担は減り、兄弟達がより多くの栄養を得られるわけだし。
……しかしだ。野生で生きると言ったがまるで、それ以外の生き方を知ってるような言い方をした私自身が不思議だ。
野生じゃない生き方ってなんだろうか?そして、どこでそんな知識を得たのだろうか……。
「暇ではないと言ったはずよ。それとも諦めたの?」
「ごめんなさい。今行きます!」
不思議がっている場合ではない。
次がいつか分からない以上、ちょっとでも飲んでおかないと命に関わりかねない。
私は兄弟達から遅れて母のお腹に突撃し、兄弟達からガシガシ蹴られた。
それから一週間後、兄2匹 姉2匹は順調に成長し、私は兄弟達から2~3歩遅れるような状態ではあったがなんとか成長していった。
「なぁ、なんでお前は小さいんだ?」
そんな事を言い出したのは私の兄弟の中で一番体格いい兄だった。
同じ時に生まれ、同じようにその兄も私も母の乳を飲んでいた筈だ。
だと言うのになぜ私が一回り兄弟達より小さいのか?それが気になったようだ。
もっとも、私に言わせれば体の成長が遅い理由は至極簡単で明白であるのだが……。
「兄さん達ほど力が強くないから……」
「どういう事だ?」
兄には意味が理解できないようだった。
多分だが、本能で生きてるのだと思われた。母のお腹の乳の出の良い所、悪い所がある事も考えた事すらないのだろう。
兄弟であれだけ良い場所を我先にと、取り合っていたのに……。
そこから数日後、兄弟達はじゃれあう事が増えてきた。
……当然私もそのターゲットにされる。迷惑な事だが……。
「おい!少しはやり返してみろよっ!」
兄はそう言って横から私の首めがけて飛びついて来た。
私は咄嗟に足に力を入れて踏ん張ろうとするが、兄の方が体重も力も上で助走までされてたら耐えられる訳もなくゴロンッ!と倒れ、兄に組み敷かれた。
私は直接何かやり返したりしないが、止めてほしくて低い唸り声を上げる。
しかし、兄は聞く耳を持たず同じ事を繰り返す。
というより、私の唸り声など怖くもなんともないのだろう、やり返して来いよと言って聞かない。
だが、やり返せる筈もない。なぜならそれはすでに一度やっているから。
やり返したらさらにやり返されるその繰り返しだった。しかも、体格も力も勝る兄のやり返しは私より強い力で返ってくる……。
負け犬状態ではあったが、下手にやり返すよりやり返さない方がマシだったのだ。
「お前はそればっかだなぁ」
つまらなそうにする兄の言葉を聞いて、毎回そこでホッとした私だった。
だが、これで終わりという事はなくこれ以降も繰り返された……。
「うわー、外白いー!」
「なんだ?この白いのは?」
「うわっ寒ッ!」
さらに数日後の事だ。
巣穴の中で動き回っていた兄弟達だったが、巣穴の中が狭く感じ始めた事もあり、母が少しなら巣穴を出ても良いと言ったので、私達兄弟は初めて巣穴の外に目を向けた。
巣穴はちょっとした斜面にあり、そこから見える景色は雪が降り積もっていたようで白く、少し離れているが木々が生えている森があった。
ちなみに季節は分からない。標高や赤道からどの程度離れているか等でも雪の残り方が変わってくるし、海の方からやってくる湿った空気の流れ方や山の位置で雪の降りやすさも変わってくる。
せめて狼の出産シーズンを知っていれば推理も出来たのだが、その残念な事に私にその知識はなかった。
他の余計な知識はあるのに、肝心の狼の知識が乏しかった。私は狼である筈なのに、だ。
「あのわちゃわちゃしたの何だ?」
体格のいい兄が森を見て言った。
初めから森だと分かっていた私は、わちゃわちゃと聞いて思わず笑いそうになったが、なんとか堪えた。
もし盛大に笑いでもしたら、その後にどんな仕返しが来るか分かったものではないからだ。
「あれは森というのよ。木という物がたくさん生えている所。ここからだと一つの塊のように思うかもしれないけど、木と木の間がちゃんとあってあの中に入る事も出来るの」
「あれ入れるんだ!!」
「入ってみたいー!」
「俺もだ!」
「私も行ってみたい」
「ダメ!それは許可できないわ」
「なんでダメなのー?」
当然だ。
森の中はまさに弱肉強食の世界で、親や仲間の大人達が守ってくれている巣穴とは訳が違う。
弱い者、弱った者は、他の生き物に狙われ食われる。
私を含め兄弟達はまだまだもふもふの弱者、森へなんて行かせられる筈がない。
「それはね……」
母は端の方で静かに外を見ていた私に、いきなり狙いを定め牙を見せて襲い掛かってきた。
「簡単に食べてしまえるからよ」
……当然、本気で傷をつけるつもりはなく、兄弟達に向けてのデモンストレーションだったのだろう。
前足で背中から力強く押さえつけられ、軽くだが首を甘噛みされた。
が、いきなり前足で押さえつけられたので痛かった……、ちょっと爪も刺さったしダメージは倍々のドン!だ。
しかし災難はそれだけでもなかった。
「そのくらい俺だって出来る!」
一番体格のいい兄が力強くそう言った。
私は兄弟達の中では一番弱い負け犬だ、母が私をデモの相手に選んだのもそれが理由なのかもしれないが、その所為で兄弟達もそれくらい出来ると変な自信を持ってしまったようだった。
つまるところ母のした事は逆効果で、私にとってはさらなる災難だ。
次の瞬間には、兄弟達がこぞって私に群がり押し倒し、遊び感覚とはいえ噛み付いてきた。
力加減がまだまだ雑な兄弟達の噛み付きは母より痛かった……。まさに災難でダメージ的に倍の倍々のドドーン!だ。
そして兄弟達はみな考えが同じなのだろう、森に入ってみたいと母に再度言ったのだ。
「仕方ないわね。一度だけ確かめてあげるわ。私から逃げて森まで行けたら考えてあげる」
「俺やる!」
「私もー!」
「やるやる!」
「こんなん楽勝だろー!」
「……」
やる前から無理だと理解していた私は、当然やろう等とは思わない。背中も噛まれた所も痛いし……。
だが、母はそんな私を知ってか知らずか参加するかを聞いてきた。
「あなたは参加しなくていいの……?」
「遠慮しとく」
無理だと判らせるのが目的の筈なのだが、母は参加しない私を冷めた目で見てきた。
きっと、体格も小さい上にやる気を見せない、そんな私を将来性無しと判断したのだろうと思われた。
「参加しないのなら、せめてスタートの合図をしなさい」
「はやくはやくー!」
「俺が森に一番乗りだ!」
「足だけなら私自信あるよ!」
「私も負けないよっ!」
よほど森への興味や好奇心があるのか、兄弟達は頭を低くしお尻を上げて、ふさふさの尻尾ふりふりで既に準備完了のご様子で楽しそうであった。
日頃やられ放題で兄弟達に不満があった負け犬の私だが、この時だけは兄弟達を可愛いと思ったものだ。
この時だけは……。
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