赤い糸(20年の時を越えて)

平尾龍之介

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束の間の新婚生活

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  蝉の声がせわしなく鳴り響く「ミーンミンミンミン」空は雲ひとつ無く地球の青さが輝く。夏休みの初日は、日々の学校生活からの解放感に満たされ心が軽くなり、今にも空を飛べそうな気にさせられた。といっても、この町は何も変わらない。退屈な町。ただそれを見る私の気持ちがいつもと違うだけ・・。この頃の気持ちは大人になると何故だか忘れてしまう。あんなに大切だったのに・・それが大人になるということなのだろうか? そんな退屈な町で、私は純情で卑猥な恋を探していた。夏の暑さのせいか、夏休みの独特の季節がそうさせたのかはわからない。一つ確かなことは何か刺激を求めていたことだけ・・。
そんな私達のたまり場が、そうレンタルビデオ店だった。意味もなく時間が出来れば顔を出す場所。コミュニケーションの場とでも言えばいいのかな・・。私はあの日もいつもと同じ仲の良い友達とレンタルビデオ店にいた。お店の駐車場の片隅で友達とたわいもない話しに盛り上がっていた。そこに少し年上の男の子達が話しかけてきた。ようはナンパだ。ちょっと冷たく、それでいて無視をするわけでもない、まさに駆け引きの真っ最中といった感じで話をしていた。私はあまりタイプではない男の子達に軽く飽きはじめていた。浮ついた気持ちはあったけど、心を動かされるような相手ではなかった。

「今何歳なの?」
「私達は14だよ」
「じゃあまだ中3? 俺たちは高2なんだ。地元はこの辺?」
「うん」
「良かったらカラオケでも行こうよ」
「行かないよ」
「なんで? ここにいても暇でしょ?」
「だって会ったばっかじゃん」

その時、男の子の一人が言った。

「おぅ裕也じゃん!」

私達の目が一斉にそちらを見る。そこには自転車に乗り、少し恥ずかしそうに笑顔を見せる男の子がいた。真っ黒に日焼けをして、笑顔に白い歯が印象的だった。

「先輩、ナンパですか?」
「お前もこっちこいよ」
「僕は遠慮しておきます!」

そう言って自転車でどこかへ行ってしまった。
私は、その男の子の笑顔が忘れられなった。もう目の前の男の子達や、友達もどうでもよく思えてしまうぐらいに、夢中になっていた。これが一目惚れというものなんだと知るまでに、あまり時間はかからなかった。家に帰ってからも、何をしていても、あの笑顔が頭から離れなかった。会いたい・・男の子をこんなに愛おしく思ったことはない。もう一度会いたい。あの笑顔が見たい。その衝動は抑えられない。あの日以来、私は毎日レンタルビデオ店に通った。『私どうかしてる』こんなことしてどうなるのかな? 自分自身にもわからない。ただ会いたい・・神様に祈りながら数日通ってみたけど、奇跡は起こりそうになかった・・。諦めるか? でもここは小さな町だ。確か『ゆうや』って呼ばれていた。友達とかに聞いてみようかな・・なんて考えながらぼんやり歩いていると『ギィー』と自転車のブレーキの音がした。顔を上げるとそこには、もう一度会いたいと願った男の子がいた。この前と同じあの笑顔で・・。

「こんばんは」
「こんばんは・・」

あんなに会いたかったのに、いざ目の前にすると言葉に詰まる・・。

「この前、先輩達にナンパされてた子だよね?」
「うん」
「この辺が地元なの?」
「うん。そうだよ」
「俺も結構、家近くだよ」
「そうなんだ! 今何歳なの?」
「15! 中3」
「え~同じだね! 私はまだ14だけど学年一緒だよ! じゃあ隣の中学なんだね」
「そうみたいだね。俺・・裕也っていうんだ」
「私は香織です」

会話をすると、不思議と初めてあった人とは思えないほど自然に話しができた。最初の緊張も、裕也の時より見せる笑顔にほぐされた。

甘酸っぱいひと時だったけど、一瞬の出会いから始まった恋は、今も永遠を感じさせてくれる。裕也が好き・・裕也が好き・・なんで今頃、ふたりは向き合ってしまうんだろう・・。

「裕ちゃん・・ここで誘ってくれたんだよね・・花火大会に・・」
「あぁそうだね・・俺さ・・あの時、初めて会った時・・香織に一目惚れだったんだ! 先輩達に囲まれていた香織が輝いて見えた。自転車で通り過ぎてから、何度戻ろうとしたか。でも戻れなくて・・だから何度もここに来たんだよ! そしたらあの日、香織に会えた! 奇跡とか信じないけど運命は感じた。バカみたいだけど・・」
「え~そんなこと初めて聞いたよ!」
「当たり前じゃん笑初めて言ったもん」

憎たらしい笑顔で裕也が言う。

「私はちゃんと言ってたのになんかズルい!私から好きになったと思ってたけど違ったんだ・・」

二人は同じように一目惚れをし、同じように恋に落ちていた。

私たちは行く当てもなく町をふらつき、町はずれの旅館に宿をとった。

「さっきの仲居さん、私達のこと完全に恋人同士か夫婦と勘違いしてたね」

そう私が言うと裕也は照れ臭そうに答えた。

「そりゃそうでしょ!」
「今日だけは恋人・・でいいんだよね?」

不安げに私が聞くと

「うん」

裕也は静かにそう言った。
二人きりの旅館の部屋からは海が見える・・。夕暮れ時が迫り、少しずつ太陽が沈んでゆく・・。夕焼けが見える窓辺で、裕也は私を抱きしめた。
ここの旅館は私達が生まれる前から存在する老舗旅館で、宿泊することは初めてだけど、どこか懐かしい気持ちにさせられた。二人は温泉を満喫し、旅館の浴衣姿になった。
裕也の浴衣姿が妙に新鮮で、私がじろじろ見ていると、

「あんまり見るなよ! 恥ずかしいじゃん」
「なんか新鮮でいいね。私の浴衣姿どう? 似合ってる?」

私はおどけで見せた。

「うん。似合ってるよ! あの頃とあんまり変わらないね・・」

裕也は私の浴衣姿を眺めながら、遠い昔の、いつかの少女と重ね合わせているような気がした。そんなことをしていると夕食の時間になり、部屋に運ばれた旅館の料理に舌鼓を打った。裕也は緊張しているのか、あまり箸がすすんでおらず、薬を服用する姿に不安を覚えた。

「食欲ないの?」
「そんなことないよ」
「でも、あんまし食べないじゃん」
「そうかなぁ・・」
「薬ばっか飲んで、どこか具合悪いの?」
「あぁこれかぁ・・2か月前に胃潰瘍になっちゃってさ、その薬なんだ」
「仕事、大変なの? ストレスが多いの?」
「そうだね。大変な仕事だけど、でもそれ以上にやりがいもあるし、何より弁護士になることは俺の夢だったから・・」

そう笑顔で答える裕也に不安は打ち消された。

「大丈夫なんだよね?」
「当たり前じゃん!」
「ならいいんだ。ていうか、なんかこうしてると新婚旅行に来てるみたいだね」
「うん、そうだね」

裕也が優しい笑顔を浮かべる。その表情が愛おしい・・。そんな二人の束の間の新婚生活は、そう長くは続かなかった・・。食事中に鳴ったスマホの呼び出し音・・二人の間には微妙な空気が広がった・・。

「電話、出ないの?」

裕也が言う。ほんの数秒、時間が止まった・・

「ごめんね」

そう言って私はスマホを片手に立ち上がり、洗面所に向かった・・。

「はい」
「ママ!?」
「うん。どうそっちは?」
「いやー遊びすぎて大変だったよ!」
「そうなんだ。お疲れ様だね」
「もう子供たちは元気でいいけど、俺もおっさんだね。ついてけないよ笑」
「そんなことないよ・・」
「おふくろが居たからなんとかだね」
「お母さんには申し訳ないことしたね・・よろしく言っておいてね」
「大丈夫。ママは仕事なんだから気にしないで」
「うん。ありがと・・子供たちは?」
「遊びすぎて寝てる。さっきまで、ママ!ママ!って言ってたんだけどね」
「遊び疲れたんだね」
「そうだよ。ママに電話って言ってたんだけど・・」
「明日は何時帰ってくるの?」
「お昼過ぎには帰るよ」
「わかった」
「ママは仕事でしょ?」
「そうだね。私も夕方には帰る」
「ママ、何かあった?」

私はパパの一言に動揺を隠せなかった。私の変化に気づかれたことより、変化に気づいてくれたことが、余計に胸を苦しめた。

「いや! 何もないよ! どうして?」
「えっなんか元気がないような気がして」
「そんなことないよ! 気のせいでしょ」

私は明るく言ってみせた。

「そう・・じゃあいいけど」
「明日、安全運転で帰ってきてね」

早くこの電話を切りたい・・私は会話を断ち切ろうと必死だった。

「うん。わかった」
「じゃあ明日ね」

パパの声が聞こえなくなる前に電話を切った・・。私が今、していることが、私自信を傷つける・・まるでコップの水が溢れ出るようにあらゆる感情が私を包み込む・・ついさっきまで、あんなに幸せだったのに・・自分が嫌いになる・・自己嫌悪・・ダメだ・・この瞬間だけは・・今だけは、裕也との時間を大切にしたい。たとえ、これが罪だとしても・・。
少しだけ時間をおいて、私は部屋に戻った。裕也は心配気に私の顔を覗き込む。

「大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」

そう明るく言った。でも次の瞬間・・私は・・

「明日になったら私たちどうなるのかな?」

これだけは言わない! 聞かない! と決めていたのに、口にしちゃダメだったに・・聞けないし聞きたくないのに、私なんで・・二人の間には沈黙だけが流れた。こんな問いかけに、裕也にも答えなんてない! わかってる。わかってるのに私・・何故? なんで口にしたんだろう。私は家族との絆を裏切り苦しかった。その苦しみ、どうしようもない気持ち、行き場のない感情を裕也にぶつけ、ただ八つ当たりしているだけ・・何をやってるんだろう私は・・でも感情をコントロール出来ない。

「なぜ昨日、私を抱いたの・・?」
「好きだからに決まってるじゃん!」
「じゃあ私たちの結末を教えてよ!」
「そんなのわからないよ・・」

裕也も苦悩し、答えを出せない。私は頭ではそれがわかった。でも心が納得できない。感情に任せて心にもない言葉ばかりが口から出る。

「じゃあ、私たち出会わない方が良かったのかな?・・私のことなんて遊びなんでしょ?  他の女とどこが違うの? 私もう帰る!!」

私は立ち上がり帰り支度をしようとした。その時、裕也も立ち上がり

「ちょっと待ってよ!」

私の腕をつかみ、強く私を抱きしめた! 私は裕也の胸で感情を爆発させた。

「ごめん・・ごめんなさい・・・うっうっ」

涙が止まらない・・自分に対する怒り、裕也に対する思い、家族に対する裏切り、どうすることも出来ない感情を裕也の胸で爆発させた。

「わかってるよ。わかってる・・」

私を抱きしめ、そっと背中をさすりなが裕也が言う。

「ごめんね・・裕ちゃん・・」
「気にすんな・・いいんだよ」

とても切ない表情を浮かべて裕也が言った。

「私たち、なんで別れちゃったんだろう・・」


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