赤い糸(20年の時を越えて)

平尾龍之介

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大人への道

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 突然の誘いに始まり、どうにかこうにかお泊りの日、裕也の誕生日の日は訪れた。私には母親がいなく父親がひとりで私を育ててくれている。そんな父親に嘘をつく罪悪感に苛まれながらも、思春期で反抗期でもある私は素っ気なく



「今日は早希の家に泊まるから」



そう言い放つ



「早希ちゃんの家に迷惑にならないか?」



心配をしてくれる父親に、優しい言葉をかけられない自分が嫌いになる。



「大丈夫だよ! 電話とかするのやめてよ!余計なことしないでね。明日には帰ってくるから」



こんな言い方しかできない私を許してね。心の中で言った・・。

たくさんの荷物を持っていそいそと裕也の家に向かう。まるで修学旅行の登校日のように心が弾む。昨夜は嬉し過ぎて寝られない現象に襲われ、寝不足になってしまった。今日の日を想像すると眠れないことは必然だった。裕也の家に着くと、裕也が満面の笑みで迎えてくれた。



「汚い部屋だけど上がってよ。母さんが出て行ってから慌てて掃除したんだけど、あまりきれいじゃないよ」

「お邪魔しま~す。へぇ~こんな感じなんだねぇ」



付き合い始めてもう1年近くが経つが、裕也の家の中に入るのは初めてのことだった。ドキドキ・・ワクワクといった感情表現がまさに正しい。



「ここが俺の部屋・・狭いんだよね・・」



男の子の部屋に入るのも生まれて初めてだった。思ったより片付いていた。几帳面で繊細なところがある裕也の部屋って感じがした。



「何? プラモデルだらけじゃん」

「趣味なんだよね・・」



まさに男子だ! かわいいとこあるんだ・・そんなフワッとした感じを次の瞬間、吹き飛ばす物が目の中に飛び込んできた! それを見た瞬間、感情が爆発した。



「何このポスター!?」



それは『鈴木あみ』だった。以前から好きな芸能人をお互いに教えあってきたので、タイプであることは知っていたが、自分の部屋の中に大々的に貼ってあるポスターに感情が爆発した。



「こんなの貼ってんだ! 変態じゃない!!」

「変態じゃないよ」



照れくささを隠しながら裕也が反論する。



「こういうの貼るんだったら、二人の写真を飾ったり、プリクラ貼ったりしてよ!」

「プリクラなら貼ってるよ」

「どこに??」



部屋の中を見渡す限り見つからない。



「ここ」



裕也が申し訳なさそうに指をさす。



「なんでこんなとこなの!」



そこは机の端のほうで、探さなければわからないような場所だった。嫉妬・束縛・やきもち・色々な感情が溢れ出てしまった。芸能人に対してこんな感情を持ってしまうなんてどうかしてる・・そんなことはわかっていた。でも熱くなりやすい性格が出てしまった。



「もう嫌だ。帰る!」

「ちょっと待ってよ。ポスターなら外すから許してよ」



二人は仲が良く似たもの同士だった。それが故にぶつかり合う、激しくケンカしたこともあった。私は勢いにまかせて玄関に向かおうとした。でも裕也が止めた。



「ごめん。俺が悪かった! 謝るから許してよ。お願い!」



いつもなら大ケンカになるのに、今日の裕也は違った。なんとか私の機嫌を直そうと必死だ。そんな裕也の顔を見ていると急に熱が冷めてしまった。裕也は大人の対応をしてくれていた。



「わかった! その代わり裕也の部屋中にプリクラ貼るから!」

「えっ!?」

「なにか文句あんの?」

「あっありません」

「アッハハ」



私は思わず笑ってしまった。だって裕也が子供のような表情をみせたから。



晩ごはんの用意をする私の後ろを、裕也がソワソワと動き回っている。



「ちょっとあっち行っててよ! 集中できないじゃん」

「うん!・・何か手伝おうか?」

「大丈夫だから」

「うん」

「何? 気になるの?」



私は、父親と二人暮らしだったので、料理の腕前には自信があった。今日はその料理の腕前を披露する特別な日だ。キャベツを千切りに、豆腐を手のひらの上で切る、ボールの中のミンチを捏ねる・・こんなに楽しく料理をする日が来るとは思わなかった。上機嫌で思わず口元が緩む。その時! 後ろから、裕也が私の背中を抱きしめた・・。



「ちょっちょっと・・いきなりどうしたの?」

「我慢できなくなった・・」

「う・・うん」

「少しだけこうしてたい・・」

「・・わかった・・」



どれくらいの時間だっただろう・・わからない。でも大きな温もりに包まれている、気持ちが落ち着き癒された。私の中にある悩みやコンプレックス、日本中、いや世界中で起きている出来事のすべてがどうでもよくなる・・



「ありがとう」



そういうと裕也はそっと私から離れた。私は急に不安に襲われた。このまま裕也がいなくなったらどうしよう・・この幸せな空間の中でそんな淋しいことを考えていた。



「音楽でもかけようか?」

「うん。いいね」



出来上がった料理をテーブルに並べる。まるで新婚生活を始めたばかりの夫婦のようにぎこちなく、それでいてもう何年もの間付き合ってきたカップルのように阿吽の呼吸がある。



「いただきます! ちゃんと言ってよ」



私が言う。裕也の目が料理を眺め、驚きと喜びを隠せない。私はその表情をまるで子供を見るように見つめていた。



「いただきま~す!」



すごい食欲だ!



「どうかな? おいしい?」

「最高! こんなおいしいご飯初めて!」



それを聞いて、心の底から安心をした。裕也の好き嫌いをさりげなくリサーチした。過去の発言の中から分析をし、献立を決めたのだ。『グラタン』に『ハンバーグ』それと『お味噌汁』組み合わせなんて気にしている余裕はなかった。



「どうしたの? 食べないの?」

「ううん。私も食べるよ」



行儀良くご飯を食べる裕也に少し関心させられた。



「あっそうだ!」

「どうした?」

「驚かせる物があるんだ!」



私がそう言うと、箸を持つ裕也の手が止まった。いつどのタイミングで出せばいいのかわからなかった。早く見せて驚く顔、喜ぶ顔が見たい! それもある。でもそれ以上に、本当に喜んでもらえるのか、その不安から解放されたい気持ちが勝っていた。

慎重に箱の中から、何度も試作を繰り返したバースデイケーキを取り出しテーブルの上に

置いた・・。



「16歳、誕生日おめでとう!」

「えっマジで! あっありがとう!」 



困惑の中に喜びが溢れていくような感情を爆発させる裕也。



「これって手作りじゃん!」

「そうだよ! 一生懸命、裕ちゃんのために作ったんだからね」



一瞬、泣きそうになる裕也。



「本当にありがとう」

「それとまだあるんだ! これはもうひとつの誕生日プレゼント。ミスターチルドレンの最新のアルバムCD」

「やったー! いいの? 本当にもらって」

「もちろん。欲しいって言ってたもんね」

「覚えててくれたんだね」

「うん」

「間違いなく生まれてきて今日が最高の日だ。本当にありがとう」



その言葉を聞いて、張り詰めていた緊張の糸が切れた。私は急に下を向き泣き出してしまった。困惑する裕也・・泣くことない、それはわかっている。でも感情を抑えきれない。



「どうした?」

「ごめんね」

「なんで謝るの?」

「喜んでもらえるか、ずっと不安だったんだ」

「俺、嬉しいよ!今日のこと、今日してもらったこと、俺一生忘れない」



真剣な顔でそう言う裕也を涙で滲む目で見た。



「もう泣くのはやめて、一緒にケーキ食べよう」

「うん」

「あんまり泣くと目が腫れるよ」



そうだ。痛いところをつかれてしまった。ブサイクな顔になる。それはヤバい。

二人でケーキを食べている時、思い出した。そう言えばひとつ疑問が残っていた。裕也は何故、今日家に呼んだのか?



「裕ちゃん聞いていい」

「なに?」

「なんで今日家に呼んだの」

「えっ!?」



急に照れて赤くなった裕也。



「誕生日にひとりぼっちは淋しいじゃん」

「えっそれだけ?」

「それだけって・・」

「おばちゃんが旅行に行ったのって偶然だったの?」

「そうだよ。偶然」

「で、淋しいから呼んだの?」

「うん」

「本当にそれだけなの?」

「うん。まさか俺の誕生日覚えててくれてるとは思ってなかったから、ほんと驚いた」



一人であれこれ考えていた時間はなんだったんだろう。でも、素敵な時間が過ごせたことに変わりはない。偶然とは不思議なものだと思った。



裕也の部屋で二人肩を並べて映画を見た。何を見たのかはもう思い出せない。恋愛もので、気を利かせた裕也があらかじめレンタルしてきてくれたものだ。部屋の明かりを暗くして、いつ何が起きてもおかしくないシチュエーション。私の頭の中は他のことでいっぱいで正直、映画の内容は頭に入ってこなかった。となりには裕也がこんなに近くにいる。でも、もっと近づきたい! 言葉にはしないけどお互いそう思っていることは間違いない。そう感じる・・心で・・。映画の中、ラブストーリー、恋人同士の二人が熱い口づけをする。この状況でこういったシーンを見ていると、とても恥ずかしい感情に襲われる・・裕也も同じだったのだろう。しびれを切らすように裕也が口を開く。



「ねぇ・・キスしていい・・」



私はこの瞬間を待っていた。そして覚悟も出来ていた。少し戸惑いを見せて答える。



「うん・・いいよ・・」



生まれて初めての口づけは、甘く・切なく・ぎこちなく、まるで熟しきれていないイチゴのように。次第に軽い口づけは熱い口づけへと変わっていく。背中を突き抜けるような感覚に襲われる。電気が走り抜けるような・・

私の胸に裕也の手が触れる・・胸の奥が熱くなり締め付けられる感覚は今まで生きてきて感じたことのない感覚だった。私のすべてを裕也に託すように身を任せた・・。裕也に包み込まれていく・・

 二人はこうして大人になった・・。裕也の部屋、狭いシングルベットの上で手をつなぎ、これでもかというぐらいに寄り添う。



「もう明るくなってきたね・・」

「本当だね」

「裕也と一緒にいると、不思議だね。あっという間に時間が過ぎてくね」

「俺も同じ感じがするよ」



気が付けば新しい朝が二人を迎えていた。



朝、目が覚めると、私は朝食の用意をした。もう少しでこの新婚生活の真似事も終わりをつげる。『淋しいよ』心が泣いている。そんな気持ちを隠して、精一杯明るく振舞おうと思った。今は今。この貴重な時間を無駄にしたくない。そんなことを考えていると



「おはよう」



裕也が起きてきた。



「すごくいい匂いがするね」

「顔洗ってきなよ。もう出来るから」

「うん」



朝ごはんが並ぶテーブルを眺める裕也は心の底からの喜びを隠せずにいた。



「俺、超幸せなんだけど」

「本当に思ってる?」

「思ってるよ!」



疑われてむきになる。本心で言ってる証拠だ。気持ちが確認できて安心だった。



「昨日、夢の中に裕也が出てきたよ」

「俺の夢もだよ」



こんなに近くにいて、隣同士で眠りにつき、そして夢の中にまで登場する。もう病気だ。でもまたそれが嬉しくてたまらない。もうどんな夢だったかは覚えていない。でも裕也が見た夢と、私が見た夢は、同じような内容の夢だったことは覚えている。

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