高速バス

つぶ焼き

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ある男の思考

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 午前2時12分。あと3時間。ちらりと腕時計を見て長いような短いような時間にため息を吐いた。
 バスを降りたらきっと妹が迎えに来てくれるだろう。「兄ちゃん、意外と早く着いたね。」なんて言って。ああ、バスからぞろぞろ降りてくるから、俺を見つけられないかもしれないな。そうしたら、なんて声をかけようか。「久しぶりだな。」なんて。普通すぎて面白くないか?
 バスは長いトンネルに入った。くぐもった走行音がうるさい。そういえばこんなに遠出するのは随分久しい。前にどこかへ出かけたのはいつだったか。ああ、まだ妹が一緒にいるとき、母の日だからって言って家族で温泉に行ったな。あのときは父さんが運転してて、荒い運転のせいで母さんが車酔いしてた。でも休憩に立ち寄ったサービスエリアでニコニコ嬉しそうに妹と一緒にソフトクリーム食べてて、大丈夫じゃねえかって父さんと笑ったな。温泉でゆっくりしようって言ってたのに、やれお土産だ、観光だ、って。あのときは母さんも元気が有り余ってた感じ。いつも元気でキャーキャーうるさい妹が一緒に行ったから余計にはしゃいでたんだろう。あのときは楽しかったな。かなり疲れたけどさ。
 トンネルを抜けたバスはゆるやかな下り坂を走る。隣のおっさんがイビキをかき始めた。うるさいな、と顔をしかめる。消灯してすぐに眠り始めたから、おっさんも疲れてるんだろうと思った。俺も疲れたよ。早く着かないだろうか。座り続けるのは意外とつらい。ケツも痛いし、身体中がミシミシと音を立てるようだ。妹と離れてから運動に連れ出される事もなくなり、最近は特に自分が衰えているように感じるようになった。まあ、妹と会えばそんな事も忘れるか。そう考えて少し身じろぎした。すると思いがけず大きく関節が音を立てた。隣のおっさんのイビキが止まる。
 ここでスーッと灯りがついた。
「次のサービスエリアで休憩を取ります。」
アナウンスの女声が落ち着いた調子で説明する。ああ、このサービスエリア。温泉のときも寄ったな。懐かしい思い出に浸りながら、バスの揺れを感じる。やがて駐車場に停車すると、集合時間を告げられ、乗客が各々降車していった。俺も降りよう。ここのソフトクリーム、また来たら食べようと思っていたが、こんな深夜にはやっていないんだろうな。残念に思いながらバスを降りた。

 休憩から戻ると、おっさんがいなくなっていた。どうやらこのサービスエリアも停留所で、ここで降りた乗客も何人かいたらしい。隣が空いたことで少し広くなった席は、さっきよりは心なしか快適だ。時計を見る。あと一時間半。悶々と考えていた時間は案外長かったらしい。久しぶりに妹に会う前にもっといろいろと思い出しておこう。
 そういえば、妹は歴史が苦手で、受験勉強に付き合ってやったな。頑張って頑張って、やっとのことで公立大学に進学した。化学の道に進んだから半年も経てば俺と勉強した歴史なんてすっかり忘れてやがったんだけど。だんだん妹の部屋に専門書が増えていって、話好きの妹はよく分からん化学の話を楽しそうに話してくれた。「この偉人、兄ちゃんに似てるね。」なんて言った同じ口で「これとこれで爆発物作れちゃうんだよ。」と言い出す。不思議だ。俺は化学の面白さなんかさっぱり分からないが、妹はそれが大好きらしい。
 ああ、それから。就職が決まった妹は「初任給は家族に使うんだ。」と嬉しそうに話していた。何をしてくれるのか少し期待してたんだが、その言葉は妹はまだ覚えているんだろうか。あとで聞こうじゃないか。楽しみだな。
 もう少しで着く。長いような短いような、なんて思ってはいたが、今思えば随分短い時間だった。このバスの乗車時間も、妹と過ごした時間も。
 俺は立ち上がってバスの一番前に向かった。コツコツと足音が響き、見渡すと寝ている乗客の方が多く思えた。
「運転手さん。」
「はい、どうかしましたか。走行中の立ち歩きは危険ですよ。」
「ああ、はい。ちょっと確認したくて。」
「確認?」
「相澤夕実って知ってますか。」
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