哀しみの散花

如月はるな

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哀しみの散花

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   朝起きるとラウールはすでにいなかった。ホッとすると同時に少し寂しいと感じる。でも、起きて目を合わせて「おはよう」と、挨拶されたら・・・。
「キャーー、恥ずかしい!」
   アナベルは布団に顔を埋めて身悶えた。そして、ハタと思いつく。
「起きないと、朝食、朝食」 
   起き上がってふと思った。身体は綺麗に吹かれていた。あんなに愛し会ったのに、以前なら身体の内部から流れ落ちるものがなかった。
(ラウールさん・・・)
   自分の身体に残るラウールの残り香を嗅ぎながら、ラウールに対して思いを馳せる。

   ダイニングルームに行くとすでにラウールとアレクシスが並んで食事をしていた。
「お、おはようございます!」
「おはよう」
「おはよう。マーマ、遅い」
「ご、ごめん、寝坊しちゃった」
   朝食は昨夜の残り物ではあったが、今朝の朝食が今までになく美味しいと感じたのは気のせいか。
   その日を境にラウールは寝室に来るようになった。アナベルもラウールとの夜の時間を過ごす事が多くなった。また、ラウールは身体に広がる傷を見せるようになった。背中や腕に広がる傷は火傷後のようだ。そんな引きつった皮膚も愛おしい。

   しばらくしてアナベルは体調の変化に気づいた。
(妊娠・・・) 
   アレクシスを身ごもった時とは別の感情が生まれる。
   アナベルはこれを機に裁縫の工房に通うことにした。アレクシスが生まれる前にもらった白いベビー服。それを今度は自分の手で作りたいと思ったのだ。
そして、その先には夢がある。いつか、家族全員のお揃いの服を作ること。
「ウフフフ・・・」
「どうかしましたか?」
   裁縫を教えてくれてる女性教師に声を掛けられた。
「あ、いえ、なんでも無いです」
   ラウールと自分、子供達がお揃いの服を着た時を想像して思わず笑みが漏れてしまった。
(いけない、いけない。集中、集中)
「そう言えば、国王にも子供が出来たとの事ですね」
「えっ?」
(妃嬪の誰かが妊娠したのか?)
「やっと、王妃様が懐妊されたそうですよ」
「えっ?」
(ヒルダ様が?)
   これで妃嬪館は無くなるのだろうか?  ジャンヌさん達は解放されるのだろうか。
   王妃の懐妊をどう理解して良いのか。

   王宮では、王妃の懐妊を祝う訪問客が殺到していた。
「おめでとうございます、国王陛下」
「あ、ああ、ありがとう」
「おめでとうございます」「おめでとうございます」
   祝う客の貢ぎ物で謁見室はあふれていた。
   祝う客の出入りが途切れると、王は腹ただし気にプレゼントを蹴飛ばした。
「何がおめでとうだ!」
「陛下」
   ギエルが蹴飛ばされたプレゼントを元の位置にもどす。
「俺はここ十年近く王妃と性交渉してない!  だから妊娠なんてする訳が無いんだ!」
「しかし、王妃様はサージル皇帝に王との子であると報告していますし・・・」
「私では無い。何処の馬の骨とデキたんだ!」
   王は忌々しく唇を噛んだ。
「あら、大変な量の貢ぎ物ですね」
   王妃ヒルダが護衛のリューシルを伴って謁見室に入ってきた。
「!」
「皆が祝ってくれて嬉しいですわ、ねぇ」
   そう笑って言うとリューシルを伴って出て行った。
   その後ろ姿を見送りながら、
「女狐め」と、つぶやいた。
「相手はまさかあのリューシルではないのか?」
「まさか。リューシルは大分年下ですよ」
「・・・だよな」
   そんな王を尻目にヒルダは満足気に笑みを浮かべている。


「ふう、重い・・・」
   最近では歩くのも困難だ。でも、もう少しで産衣が出来上がる。
(出来るまで待っててね)
   アナベルは優しくお腹をさすりながら心の中で声をかける。
   息子も母をお手伝いしてくれる。お腹にてをあてては「早く出てこい」とお腹の中の子に呼びかけるのが日課になった。ラウールはすでに生まれてくる子供の名前を決めたようだ。
   産気づくとミッツが駆けつけてくれた。
「二度もあんたの子を取り上げるとはね」
「はぁ、はぁ、お願いします」
「気を楽に、はい、深呼吸、吸って、吐いて、吸って、吐いて」
「すぅ、はぁ、すぅ、はぁ・・・」
   破水がない分出産にはアレクシスの時よりも時間が掛かったが、朝方、元気な産声が響いた。
「はい、可愛い女の子よ」
「・・・可愛い」
   顔を見せられ、まだクシャクシャだったが、とても可愛らしく見えた。
   産湯に浸かり、綺麗になったかは、アナベルが作った白い産衣を着せられた。その子は外で待っていたラウールに預けられ、その腕の中で安心しきって寝ている。
「可愛い女の子だ。ありがとう、アナベル」
「・・・はい」
   ラウールはベッドに近寄り、アナベルの頭を撫でた。
(わぁー、恥ずかしい・・・)
「名前は、アンナにした」
「アンナ・・・素敵な名前ですね」
   見つめ合う二人の間にミッツが割って入って来た。
「はいはい、そこまで。まだ、後片づけとか残ってるから、ボスは出た出た」
   子供を取り上げられ ミッツに追いやられる様に部屋を後にする。
   部屋の外に出ると今起きたのか、目をこすりながら息子が走ってきた。
「もう、生まれちゃったの?」
「おはよう、アレク。可愛い女の子だ」
「妹か。名前はなににしたの?」
「アンナだ」
「アンナ・・・アンナ、可愛い!  アンナ、アンナ」
   親子四人のしあわせな暮らし。そんな日が永遠に続くと思っていた。


「ふう・・・中々良い女は見つからないものだな」
   ギエルは市中で女を物色していた。もうすぐ王の誕生日を祝うパーティがある。そこに招待する女を探しているのだが、そうそう王が気にいる女は見つからない。
   王妃に子供が生まれても妃嬪館は維持された。生まれたのが王女だった為に、王は男でなければ正式な跡取りとは認めないと王妃に宣言したのだ。
「おっ、ここが『金の孔雀亭』か」
   目の前に立派な建物が見えた。『金の孔雀亭』は有名だ。娼婦なのにランクがあって、最高位の娼婦ともなると莫大のお金が必要になると言う。
(見学するのも良いかも知れないな) 
   店に向かうとした時に、脇の通りから親子が出てきた。母親と息子、そしてまだ小さい娘。
(ん?   見た事ある女だな)
   しばらく考えて、はたと思いついた。
(アナベルとか言う娘だ。カールの子を身ごもって払い下げられた)
   払い下げられたはずなのに、何故この様な場所にと不思議に思い、凝視したその時、元気に走り回ってはしゃいでいた男の子が転んだ。その拍子に被っていた帽子が落ちた。
(えー?   赤い髪?)
   それは王を彷彿“ほうふつ”とさせる赤い髪の色だった。
「大丈夫?  アレク」
「う、うん。痛いけど・・・大丈夫」
   アレクは痛みを堪えて笑った。帽子を被りなおし、今度は妹の手を繋ぎ歩き始めた。ギエルはその後を静かに付けていく。
(カールの子では無い・・・)
   では誰の子なのか、その疑念が後を付けさせた。
   市中を抜けると静かな郊外に出る、そこでも一際大きな邸宅に入っていく。
(まさか?)
   ギエルは辺りを見回し、通りかかった人物にここは誰の邸宅か聞いてみた。
「ああ、そこはラウールさんの屋敷ですね」
(やっぱり)
   ギエルは走った。これは凄い事になるかも知れないと、確信しながら。
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