哀しみの散花

如月はるな

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哀しみの散花

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  お腹も大分出てきた。歩くのも辛くなってはきたが、アナベルは弱音は吐かない。
「そろそろ臨月ね。いつ出てきてもおかしくないわ」
「はい。そうですね」
   アナベルは静かにお腹を撫でた。どんな子が生まれても決して負けないと自分を励ましてきた。
「そうだわ、これ」
「えっ、何ですか?」 
「ボスからよ」
「・・・ラウールさん」
   開けると真白なベビー服だった。
「可愛いベビー服ですね」
「ボスが個人に贈り物なんて初めてね」
「そうなんですか。とても嬉しいです」
   アナベルはベビー服を抱きしめた。
(生まれてくる子のためにも頑張ろう)
   どんな子が生まれても育てあげると、改めて決心する。


「ああー、い、痛い!」
  食事の準備中、アナベルは急な腹痛に襲われた。屈み込み跪いた股間からはおしっこをしたわけでもないのに水たまりが。破水したのだ。
「大変、生まれるわ」
   もう食事の準備どころではない。アナベルをみんなで抱き上げて救護室に運ぶ。
「直ぐに医者を!」
「もう頭が出てきてる、お湯を沸かして、タオルも沢山用意して!」  
   騒ぎを聞きつけてミッツがエプロンを着け、腕まくりをしていた。
「私、産婆の経験があるの」
「それは・・・頼もしい」
「聞こえる、アナベル!」
「は、はい」
「出産は痛くて苦しいものよ。産むと決めたなら覚悟はできてるわよね」
「は、はい。大丈夫です」
「頭が出てきてるわ。息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、繰り返していて!」
「スゥ、ハァ、スゥ、ハァ・・・」
「今度は力んで、思い切り!」
「んんん、んーーー!」
   初めての出産は何時間もかかる事があるが、破水さした為、一時間位で済んだ。
「ほおら、出てきた!」
   下腹部の圧迫が無くなり、何かがスルンと抜け出た感じがあった。
「ホ、ホギャー、ホギャー」
   赤ん坊の元気な鳴き声がアナベルの耳に響いた。
(ああ~、う、生まれたのね・・)
   安堵したのか、アナベルは静かに目を閉じた。
「元気な男の子」
   アナベルの子は闇商人ラウールがプレゼントした真っ白な産着を着せられていた。
「生まれたのか」
「ボス!」
   救護室の外にはラウールが心配気に立っていた。
「はい。見てください、元気な男の子ですよ」
「そうか」
   ミッツはボスに向けて赤ん坊の顔をみせた。
「?!」
「・・・ほお、赤毛・・・」
  ラウールとトーマは顔を見合わせた。そしてトーマに耳打ちした。
「かしこまりました」
   走り去っていくトーマを見届けると、気を失っているアナベルを抱き上げた。
「ボ、ボス?」
「アナベルを館に移動する。ミッツ、赤ん坊を抱いて付いてきてくれ」
「は、はい?」
   訳が分からず、ミッツはボスの後を追う。

「うう~ん」
   アナベルは目を覚ました。柔らかな日差し、爽やかなそよ風、かぐわしい花の香り。
(えっ?)
   アナベルは上半身を起こした。自分の部屋ではない。広い部屋、大きな窓からは日差しが差し込み、レースのカーテンが外からの風に優しく揺れている。
(赤ちゃんは!)
   隣を見やると小さなベビーベッドで赤ちゃんはスヤスヤと眠っていた。
「良かった・・・」
(でもここはどこなのかしら)
   眠っている赤ん坊を抱き上げ、窓辺に近寄る。
「あら、目が覚めたのね」
「ミッツさん!」
   ミッツがトレイを手に入ってきた。
「ミッツさん、ここは?」
   ミッツはトレイを置くとアナベルにも触れた合図する。赤ん坊を抱きながらソファに腰を下ろす。
「ここはボスの住む館よ」
   片手で紅茶を注ぎながら、食べるようにアナベルの前にパンやクッキーをさした。
「お腹空いてるでしょう。赤ちゃんが泣くたびに貴女は無意識に抱いて授乳してたから」
「そうなんですか」
「母親ね。赤ちゃんはお腹一杯で熟睡してるわ」
「はい。元気そうで・・・ありがとうございます」
「いいのよ。それより貴女はボスの妻になったのよ」
「・・・・はぁ?」
「あの時も殆ど無意識状態だったからね。書類にサインしたの覚えてない?」
   そう言えば、泣く赤ん坊を抱きながら授乳してる時に、何か書かされた様な・・・気がする。
「えっ?  でも、なんで?  どうしてですか?」
「私にも良く分からないけど、その子に何か関係があるんじゃないかしら」
(?)
   アナベルの中ではこの子はカールの子だ。
(髪はちょっと赤い・・・)
   赤毛だと王を思い出すが、赤毛の人はかなり多い。ラウールも赤い毛だったと思い出す。
「兎に角今日から貴女はこの館の女主。奥様なのよ」
「や、やめて下さい!」
「良い事じゃない。ボスの事、優しい人とか、綺麗な目をした人なんて言った人は、貴女が初めてよ」
「そ、それは・・・」
「嫌ならきっぱり断れば良い。ボスは人の気持ちを無視して何か決める人ではないわ」
「・・・」
   それはアナベルにも分かっている。そんな優しい人の妻になって良いのだろうかと思うと、自分は散々男達のオモチャになってきた女だ。そんな自分はラウールの妻に相応しくない。そう思えるのだ。

   日が西に傾きかけた頃、ラウールが帰って来た。アナベルの元にやってくると、まず赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「良く寝ているな」
「はい。オムツのやり方などもミッツさんに教えて頂きました」
「そうか。では、ミッツから聞いてるか」
「・・・はい」
「不本意かもしれないが、お前との婚姻届け、あと、この子の出生届けも勝手に出した」
「ラウールさんは、それで良いのですか?」
「俺は構わん。お前が嫌なら婚姻届けは撤回しても構わないが」
「嫌なんて、そんな事はありません」
「そうか。なら、問題ないな」 
   そう言って優しく微笑んだ。
「でも、私は、数えきれない程の・・・」
   ラウールはアナベルをそっと抱きしめると、
「それはお前の意思では無いだろう」
   と、優しく背中を叩いた。
「ラウールさん・・・」
   ラウールの真意が何処にあるかは分からない。でも、嬉しくてアナベルは込み上げてくる涙を止める事が出来ない。
「もうひとつ勝手だが、子供の名前も決めてしまった」
「・・・なんと言う名前ですか?」
「アレクシス・・・アレクシス・ドン・ゴードンだ」
「アレクシス・・素敵な名前ですね」
「気に行ったか?」
「はい」
   怒涛の様な一日だった。ラウールの妻になり、子供もラウールの子となり、名前まで決まっていた。自分の本意では無いが、嫌では無いと感じるアナベルだった。
   こうしてアナベルの新たなる人生が始まった。
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