幸せの場所

如月はるな

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幸せの場所

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「う~ん」
   悠は目覚めた。そしてそこが自分のベッドの上だと知る。
(あれ?  確か花梨さん達と飲んでて……)
   飲んでいるところまでは覚えているが、どうして自分が部屋に戻って来た事は記憶に無い。
「と、とにかく起きなくちゃ……」
   まず顔を洗おうと部屋の外に出る。
「おっ、やっと起きて来たな」
(えっ?)
   いるはずのない人物に声を掛けられて固まる。
「に、西脇さん。えっ?光さん、は、英さんも? えっ何で帰って来るのは明日の夕方って……」
「順調に進んだから、早く帰って来たんだよ。悠君はお寝坊さんだね」
「あ……」
「早く着替えて来いよ。色々土産あるぞ」
「は、はい」
   悠は慌てて洗面所に駆け込み顔を洗い、着替えると、「お帰りなさい」と笑顔で挨拶し、何時もの様に英の隣に腰を下ろした。
「お土産沢山あるよ。僕はね、このチーズケーキがお勧め」
「あは……朝からケーキですか……」
「これはどうだ。奨眞お気に入りのホタテ味のラーメンだ」
「美味しそうですね。作りましょうか」
「ああ、頼む」
「はい」
   そう言うと何時もの様に英に笑顔を向けた。
「うっ・・・」
「どうした?」
「い、いえ、な、何も……」
   ラーメンをひったくる様に台所に向かう。
(はぁ、はぁ、ど、どうしたんだ、俺……)
   英の顔をまともに見られない。
(ま、まぶし過ぎる……)
   鍋を火にかけながら、そっと英を盗み見る。
(や、やっぱり眩しい!)
   何故か英が輝いて見えるのだ。キラキラと。
(何故なのかな?  別に日が当たってる訳でも無いし、光るものを付けてる訳でも無いのに、何故?)
   二人分のらーめんが出来上がり持って行く。
「先ず英さんと……」
「僕、僕が先!」
「ハイハイ。光ちゃんどうぞ」
   西脇は光に譲る。その食べている姿を見ている西脇の目は優しい。どっちが先輩なのか。
「悪いな悠」
「いえいえ。直ぐ次も出来るので……」
   英と目が合う。
   ドッキ!
   悠は心臓が跳び上がるのを感じた。
(わあー、目があっただけなのにドキドキが止まらない!)
   逃げる様に台所に戻るとラーメンを作り始めたが、なかなか鼓動が止まらない。チラっと英を盗み見ると、更に鼓動が速くなる。
(何で何で。何時もの事なのに……)
   西脇と自分の分が出来上がりテーブルに運ぶ。
「凄く美味しいよ、これ」
「そうなんだ。光ちゃん、口の周りベトベト」
「うん?」
   西脇が優しくティッシュで光の口の周りを拭いてやる。
(なんかこっちが恥ずい)
   英の隣で悠はラーメンに集中する。チラっと英を盗み見るものならドキドキしてしまうから。
「向こうでの仕事は順調に進んだのですか」
   何も喋らないのも変だも思い、西脇に向かって話しかけて見る。
「ああ。順調だぞ。なあ、奨眞」
「ああ」
「どんなお店何ですか」
「これがだな、面白いんだ」
「どんなお店なんですか、教えて下さい」
「変身バー」
   光が、ボソっと言った。
「はあ?」
   変身?  返信?   ヘンシン?
「人っていつもストレス抱えてるだろ。だから違う人物になってストレスを発散させるんだよ」
「・・・それで変身……」
「人は何かに変身したい願望を持ってるんだよ。光先輩は何になりたいですか」
「僕、お姫様!」
「はっ?」
「光ちゃんなら可愛いお姫様になるね」
「へっ?」
   悠は目の前の二人に話しを振るのをやめた。
「でも、それって衣装にお金が掛かるのでは……」
   伏し目がちに英に話しかける。
「衣装は自分持ちだ。女装したい男性やコスプレ好きは自分好みの衣装を持ってるからな。その変身できる個室とメイク室を提供する。あと、店のスタッフもコスプレして接客してもらう」
「そうなんだ。面白いそうなお店ですね。それで何で……」
「ん?  何だ」
「あっ、いえ、何でも無いです」
   何で西園寺麗央がその店の面接に関わってくるんだと聞いてしまうところだった。
「お店の名前は何と?」
「メタモルフォーゼだ」
「メタモルフォーゼ?」
「変身とか変態と意味だ」
「変態……」
「変な意味じゃ無いぞ。蝶がサナギから蝶に変わる事を変態って言うんだ」
「ああ~、なるほど……」
「お前は変身するなら何になりたい?」
「えっ、俺ですか……」
   悠は自分の事より英の事を想像していた。
(やっぱり貴公子かな。王子様とか、騎士とか似合いそう……)
   想像の世界に入り、自然ににやけてしまったらしい。三人の視線が悠に集まる。
「にやけてる、悠君」
「だな……」
「・・・」
   三人の視線を受けているのに、悠は夢想するのに夢中で気がつかない。


「はぁ~~・・・」
   悠は今日何度目かのため息を吐いた。
「どうしたのかな、真柴君」
「さあ?  ため息ばかり吐いるね」
   一緒に働くおばさん軍団は最近悠がため息を吐く回数が増えた事、物思いに耽っている事を感じていた。
「まさか……」
「まさか?」
   おばさん二人はお互いの顔を見合わせて頷いた。
「恋の予感!」
   これはきっと悠が恋をしているのでは無いかと確信したのだ。おばさんの感は侮れない。
   悠は心臓を抑えた。
(俺、きっと心臓病で死ぬ……)
   今朝、英に「おはよう」と挨拶されただけでドキッとした。少し身体が触れただけで跳び上がるほど驚き、笑顔を向けられただけで心が躍るのだ。
(絶対に心臓に良くないよ)
「何をボーっと考え事してしてるのよ」
「ヒッ!」
   急に背中をバンと叩かれた。振り向くと花梨達が立っていた。
「か、花梨さん」
「どうしたの。何時もの元気が無いわね」
「は、はぁ~」
「何?  悩み事。お姉さんが相談に乗るわよ」
「ほ、本当ですか」
   素直に食いついて来た事に花梨が面食らう。
(まじ悩み事か)
「んじゃあ、後で電話してきて。ちょっとお母さんに挨拶してくるから」
(お母さん?)
   花梨が母を『お母さん』と呼んだ事に驚き、と同時にわだかまりがなくなった事に安堵した。
「はい。では後で電話します」

   仕事が終わると早速悠は花梨に電話した。勿論内容は英の事だ。目が合うとドギマギしてしまう、気がつくと英の事を考えている、などなど。
(これは恋の悩みか……)
   花梨もかつては英の事が好きだった。だから悠の気持ちはよく分かる。でも、悠に対して英の事を思う気持ちが微笑ましく思えるのは、完全に英の事は吹っ切れた証拠なのか。
「花梨さん、このままだと俺、心臓の病気になりそうです」
   それは大げさだと思いながらも助言してやる。
『そうね。少し距離を置いて気持ちを落ち着かせ、自分の気持ちをはっきりさせて見ては?」
   自分も色々あって、親からも家からも距離をとって改めて分かった事があったのを素直に助言する。
「きょ、距離ですか……」
『自分を冷静に見る事を必要だよ』
「・・・距離・・・冷静」
   悠は花梨から受けた言葉をじっくり考えてみた。今自分は自分の気持ちに振り回されている。
(距離といってもな……) 
   英の側を離れるのは不安だ。だって……。

「えっ、出張?」
   英が再び『メタモルフォーゼ』の件で出張すると言う。
「えー、薫ちゃんもまた行くの?」
「いいや。今度は俺は同行しない。同行するのは西園寺だ」
「!!」
   その言葉を聞いて、悠は英を見た。英の表情は変わらない。変わらないが、悠の心の中でザワザワとさざ波が立つのが分かった。
(なんで西園寺さん?)
   この過去持ちは嫉妬なのか。
「新しく採用されたキャストの教育だ」
「西園寺は教育するのは上手だからな」
「麗央だけでは無い。敦も行く」
「あいつは経営に関してはプロだからな」
   西園寺一人では無いと知って少し安堵するが、それでも平静ではいられない。
「あつしさんって?」
   小声で西脇に尋ねる。
「ああ。 西園寺の弟だ。西園寺とは違ってしっかりした良い奴だ」
「そうなんだ……」
   悠は洗い物をしながら一人悶々としていた。
(西園寺さん……綺麗だもんな)
   西園寺と比べたら天と地、ダイヤモンドと石ころの差がある。でも、そんな綺麗な人を英は振ったのだ。それを思うと自分は絶対に恋愛対象になるとは思えない。
(やっぱ、ふさわしくないよな……)
   今ではこんなにも大きくなってしまった感情。振られるならこのまましまいこんで英の近くにいた方が得策ではないかと、色々考えてしまうのだ。でも、英に恋人が出来たら自分は出て行かねばならないのだ。
「ああー、もう、どうしたら……」
「どうしたの、悠君?」
「へっ?」
   一人くよくよと悩んでいる悠の目の前には光の顔が。
「あ、いえ、何でも、ははは……」
  平静を装うと 慌てて食器を洗いあがる。
(まずいまずい)

   英の出張する朝、ドアフォンが鳴ってドアを開けるとニコヤカな麗央な姿があった。
(会いたく無かった……)
「おはよ。ボスはいる?」
「どうぞ」
   中に招き入れると、リビングでお茶を飲んでる英の元に小走りに寄っていき、隣にストンと座った。
「・・・お茶を飲みますか?」
「本当?」
「お構いなく。直ぐに出かけますので」
「えっ?」
   直ぐドアに背を向けてしまった気がつかなかったが、もう一人入って来てた。
「ええー、いいじゃん、お茶くらい」
「兄さん。仕事に行くのですよ」
(兄さん……と、言うことは敦さん?)
「はじめまして。悠さんですね。お噂はかねがねオーナーから聞いてます」
「えっ?  英さんから……」
   チラリと英を見やる。
「とてもお料理が上手だと。私も料理好きなので今度献立を教えてくださいね」
「は、はい」
   優しい笑顔。営業スマイルかもしれないが、とても感じが良い。
「店でマネージャーをしています」
   名刺を差し出された。
「?   石橋敦……」
「本名です。兄の名前は芸名と言うか……」
(どうりでキラキラした名前だと思った)
「敦!  それ以上言ったら殴るからな」
「はいはい」
   本名を知られたくないのか、麗央は立ち上がって弟を制しに来た。
「出かけるぞ」 
   お茶を飲み終えた英が出かける為に歩いて来た。今日はスーツではなく、何時ものラフな姿だ。
「はい。どうぞ」
   敦がドアを開けて英を外へ送り出す。
「行ってらっしゃい」
   英は軽く手を挙げて応える。
「さあ、兄さんも」
「分かってるよ」
   麗央も後に続く。二人が出ると敦は悠に軽く会釈をしてドアを閉めた。
(はあ……行っちゃった……)
   窓から外を見やると、高級な黒い車が出て行くのが見えた。それが見えなくなるまで見送ると一気に力が抜けた。
(また当分一人……あ、西脇さん達は居るか)
   光は同行してないから帰って来るまで電話なんて無いのだろうと思うと心が騒ぐ。
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