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幸せの場所
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「真柴君はいつも元気だな」
「本当、元気過ぎよ」
「へへへ、そうかな」
悠に悩みが無い訳ではない。でもそれは他人に見せる事では無いと思ってるので、なるべく皆んなの前では何事も無いようにしている。
二階の清掃もメンテナンスも終えて次の階に移動しようとネイルサロンの前に差し掛かった時に、中から誰かが飛び出してきた。その人物はおばさん軍団の一人、町田さんに思い切りぶつかってきた。
「痛い!」
その勢いに町田さんは思い切り尻もちをついた。
「じ、邪魔よ!」
相手は花梨だった。そっちからぶつかって来たのに謝りもせず、悪態をつく。
「どいて!」
町田さんを助け起こそうと近づいた悠の足を蹴飛ばすと走り去って行く。
「な、何だ・・・」
呆気に取られる町田さんはその態度に憤慨するが、町田さんと悠は顔を見合わせた。
「・・・泣いてました……よね?」
「うん。・・・鬼の目にも涙?」
「俺、見てきます」
そうだ。花梨はきつい口調で悪態を吐いてはいたが、その目には涙があった。
花梨が向かったのは非常口だ。
「ちょ、ちょっと、真柴君、放っておきなさいよ」
町田さんの言葉が聞こえなかったのか、悠はすでに後を追いかけて走っていた。
非常口の扉を開けると、階段の踊り場に花梨はいた。やってきた悠を不審顔でジロリと見た。
「な、何よ!」
「・・・タバコをお吸いになるんですね」
「だったら何よ! あなたには関係ないでしょ!」
そう言うとタバコをもみ消し携帯灰皿に入れた。
「誰も彼も私を認めようとしない……私なりに一生懸命やってるのに文句ばかり……」
「・・・花梨さん」
「自由にやって良いと言ったくせに、気に入らないからやり直せ?……ふざけるな!」
よほど憤慨してるのだろう。語気が荒い。
「何で私があの人の下で働かなきゃいけないのよ。私は島崎産業の社長の娘なのよ!」
不満が爆発したのか。花梨は悠に詰めよって来た。
「父があの人と再婚しなければ、私は一人娘として悠々自適に暮らせたのよ! なのに弟が生まれ、後継が出来たと大喜び! 妹が生まれたら可愛いと可愛がる。私は正妻の子なのよ!」
いや、今の奥さんだって正妻でしょう。前妻は亡くなって数年後に知り合って再婚してるのだから。それさえ花梨にしてみれば気にくわない事なのだろう。
「あの二人……ううん、三人がいなければ父から可愛いがられ、父の後を継ぐのは私だったのに……」
花梨の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「・・・花梨さん」
「悔しい、悔しい、私の存在って何なのよ……」
花梨は悠に背を見せ、非常階段を走り降りようとした。だが、高いヒールの靴を履いてたせいか段差で足首をひねってしまう。
「あっ!」
「危ない!」
悠は花梨に手を伸ばし腕を掴もうとしたが、掴んだのはヒラヒラと舞うスカートだった。それでもそのスカートを思い切り引っ張り、身体を手繰り寄せると反対側に押した。
「あ・・・」
押した反動で今度は悠の身体が階段の方に倒れこむ。花梨が踊り場に倒れたのを見ながら、悠の身体は階段を転がり落ちる。大した距離ではないが、コンクリートの地面に額を打ち付けてしまった。
「「真柴くーん!」」
ドアの隙間から二人のやり取りを見ていた町田さんと石田さんが、心配気に上から見下ろしてるのが見えた。
「だ………」
大丈夫と言おうとしたが、目が回り、意識が遠のく。
目を開けたときはベッドの上だった。
「あれ、ここは……?」
「あー、良かった、気がついたのね」
「ま…ちだ……さん?」
「大丈夫か。階段から落ちたんだよ」
「階段……」
そこで初めて悠は状況を把握した。
「そうだ、か、花梨さんは?」
急に飛び起きようとして全身に痛みが走った。
「! いてて………」
「階段から落ちたんだ。高さはそうでも無かったが、コンクリートで頭を打ってる」
「は、英さん……」
「お前は何かしでかす奴だな。目が離せない」
「・・・す、すみません」
「心配してる花梨はそこだ」
病室の隅っこに花梨は母親と一緒にいた。
「か、花梨さん、怪我はないですか?」
悠の問いに花梨は怒った表情を向けた。
「あ、あんたが助けたんだから、怪我なんかする訳ないでしょう!」
助けて何故文句言われるのか。そこにいた皆んなが花梨に、「はぁ~?」と言う視線を向けた。
「そ、それは良かったです……ハハハ」
その時、パチンと叩く音が響いた。
「な、何を………」
「謝りなさい!」
きつい口調で母親の店長が花梨に言い放つ。
「助けて頂いたのにその言いぐさはないでしょう!」
「な、何を……」
いつに無い母の厳しい表情に、憎まれくちを叩く花梨も言葉を失う。
「謝りなさい」
「・・・う、煩いわね、私に謝る理由なんて無いんだから……か、帰るわ」
「花梨!」
花梨は母の制止を振り切って病室から出て行ってしまった。
「ご、ごめんなさいね。謝罪は改めて……また来ますので……」
そう言うと母親の店長も恐縮しながら病室を後にした。
「・・・何なの?」
「怒りを通り越して呆れたよ」
「フフフ」
皆んなが怒ったり、呆れ返る中、悠は何故か可笑しそうに笑っている。
「だ、大丈夫?」
町田さんが心配気に、悠の額に手を当てた。
「うん、熱は無さそうだわね」
「大丈夫ですよ。花梨さんらしいなぁと思って……」
「へぇ?」
悠と二人の時は不満を吐き、涙さえ流していかに自分が今の境遇に満足してない事を告白した。なのに今は皆んなが思っている高慢で、自分勝手な花梨を演じていた。
(本当は花梨さん……素直に慣れない自分が嫌なのかも知れない……)
「変な奴だな、お前は……」
「すみません。迷惑かけて……って、この部屋個室ですか?」
「ビップルームだ」
「ええーー? そんなビップルームなんて、大部屋で良いのに」
「人数のことを考えたら、他の人が大勢入院してる大部屋の方が迷惑だろう」
「あ・・・そうですね」
「もう。英さんに感謝しなさいよ」
「英さん。いつもありがとうございます」
「そんな事より、しばらくはここで大人しくしていろよ」
「・・・はい」
殊勝な悠の態度に一同は微笑ましくもあり、安心する。
頭の怪我は軽かったが念のためにと週末まで入院する事になった。
(退屈だなぁ……)
無駄に広い病室に馴染めない。大部屋なら他の患者さんと話しできるのにと思っていると、ドアがノックされた。
「はい」
「こんにちは。気分はどう?」
入って来たのは花梨の母親だった。
「はい。良好です」
「そう。良かったわ」
悠の元気な姿を見て安心した顔を見せた。
「真柴君の入院費はこちらで支払う事にしましたから……」
「え、ありがとうございます。余計なお節介したばかりに逆に迷惑かけてしまった……」
そんな悠の様子を見て、店長は椅子に腰を下ろした。
「真柴君は本当に良い子ね・・・」
「えっ? そんな事無いですよ」
店長は悠を見つめ、押し黙った。
「あ、あの………」
「・・・私の出身はN県って教えたわね」
「俺と同じ県ですよね」
じーっと見つめて話してくる店長に、悠の心は鼓動が速くなる。何を言いたいのか分かり兼ねていた。
「私の出身はN県のN郡N村なの」
(えー、俺と一緒だ)
「結婚する前の姓は真柴……真柴和実」
(俺と同じ……でもあの村は真柴姓多いし)
何か分からないが悠の胸の鼓動が早くなる。
その時、店長は椅子から立ち上がると土下座したのだ。
「え、ええーー、ど、どうしたんですか?」
悠もベッドから降りると、店長の前に正座した。
「ごめんなさい!」
「は、はい?」
顔を上げた店長の顔は濡れていた。溢れ出る涙を拭おうともせず謝り続ける。
「あ、あのぉ……」
「・・・あなたを捨てたのは私なの」
「へっ?」
(それって……店長さんが俺の母……)
ポカーンとしてる悠を前に店長は話を続ける。
(お母さん……告白早いよ)
病室の外では樹也が中の様子に聞き耳を立てていた。
「何してるんだ」
悠の様子を見に来た英が、病室の前で怪しい動きをしている樹也に見とがめた声をかける。
「わぁ!」
小さな叫び声を上げると、英に近寄り「シィー」と指を立てた。
「な、何だ?」
「いいから、いいから」
そう言うと病室に入らない様に頼んだ。
「盗み聞きか?」
「違います……とは言えませんけど、ちょっと待機してて下さい」
「?」
英も不審な顔しながらも、樹也と同じく中の様子を伺う。
「両親が事故で早くに亡くなって、祖父母と暮らしてたけど、私は田舎暮らしを抜けたくて都会に出たの」
その時悠の父と知り合い同棲する様になったのもつかの間、恋人も事故で亡くなってしまった。その時妊娠してるとわかり、恋人の為にも仕事と子育て頑張るつもりでいたが、無理がたたったのか身体を壊してしまった。
「どうしようか迷ったわ。でも私には頼る人が居なかった。それで、祖父母の元に……」
しかし、ケンカして家を出て来た手前、素直に預ける事が出来ずに、家の前に置き去りにしてしまったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。どんなに謝っても許される事では無いけど……」
「・・・お母さん」
「・・・え?」
店長は涙に濡れた顔を上げた。そこには微笑んでいる悠の顔があった。
「お母さんは、今幸せですか?」
「え、ええ。夫は優しくて理解があるし、何よりも二人の子供に恵まれた」
「幸せで良かった。俺がこの世で一人でないと分かって嬉しいです」
「・・・」
「たっ君が弟なんて最高です!」
病室の外で樹也は心の中で叫んでいた。
(俺は最悪だよ!)
本当に喜んでくれている悠に店長がポツリと言った。
「・・・はるか」
「えっ?」
「本当は『はるか』って名付けたんだけど」
「はるか……」
「生年月日と名前を書いた紙を置いて来たのだけど、『悠』と書いて『はるか』そのつもりだったのに、送り仮名ふるの忘れたから、祖父母は『ゆう』と思ったのね」
「はるか……」
そう言えばネイルサロンの名前『HARUKA』だ。
「でも、『ゆう』も素敵よな」
「はい」
「本当、元気過ぎよ」
「へへへ、そうかな」
悠に悩みが無い訳ではない。でもそれは他人に見せる事では無いと思ってるので、なるべく皆んなの前では何事も無いようにしている。
二階の清掃もメンテナンスも終えて次の階に移動しようとネイルサロンの前に差し掛かった時に、中から誰かが飛び出してきた。その人物はおばさん軍団の一人、町田さんに思い切りぶつかってきた。
「痛い!」
その勢いに町田さんは思い切り尻もちをついた。
「じ、邪魔よ!」
相手は花梨だった。そっちからぶつかって来たのに謝りもせず、悪態をつく。
「どいて!」
町田さんを助け起こそうと近づいた悠の足を蹴飛ばすと走り去って行く。
「な、何だ・・・」
呆気に取られる町田さんはその態度に憤慨するが、町田さんと悠は顔を見合わせた。
「・・・泣いてました……よね?」
「うん。・・・鬼の目にも涙?」
「俺、見てきます」
そうだ。花梨はきつい口調で悪態を吐いてはいたが、その目には涙があった。
花梨が向かったのは非常口だ。
「ちょ、ちょっと、真柴君、放っておきなさいよ」
町田さんの言葉が聞こえなかったのか、悠はすでに後を追いかけて走っていた。
非常口の扉を開けると、階段の踊り場に花梨はいた。やってきた悠を不審顔でジロリと見た。
「な、何よ!」
「・・・タバコをお吸いになるんですね」
「だったら何よ! あなたには関係ないでしょ!」
そう言うとタバコをもみ消し携帯灰皿に入れた。
「誰も彼も私を認めようとしない……私なりに一生懸命やってるのに文句ばかり……」
「・・・花梨さん」
「自由にやって良いと言ったくせに、気に入らないからやり直せ?……ふざけるな!」
よほど憤慨してるのだろう。語気が荒い。
「何で私があの人の下で働かなきゃいけないのよ。私は島崎産業の社長の娘なのよ!」
不満が爆発したのか。花梨は悠に詰めよって来た。
「父があの人と再婚しなければ、私は一人娘として悠々自適に暮らせたのよ! なのに弟が生まれ、後継が出来たと大喜び! 妹が生まれたら可愛いと可愛がる。私は正妻の子なのよ!」
いや、今の奥さんだって正妻でしょう。前妻は亡くなって数年後に知り合って再婚してるのだから。それさえ花梨にしてみれば気にくわない事なのだろう。
「あの二人……ううん、三人がいなければ父から可愛いがられ、父の後を継ぐのは私だったのに……」
花梨の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「・・・花梨さん」
「悔しい、悔しい、私の存在って何なのよ……」
花梨は悠に背を見せ、非常階段を走り降りようとした。だが、高いヒールの靴を履いてたせいか段差で足首をひねってしまう。
「あっ!」
「危ない!」
悠は花梨に手を伸ばし腕を掴もうとしたが、掴んだのはヒラヒラと舞うスカートだった。それでもそのスカートを思い切り引っ張り、身体を手繰り寄せると反対側に押した。
「あ・・・」
押した反動で今度は悠の身体が階段の方に倒れこむ。花梨が踊り場に倒れたのを見ながら、悠の身体は階段を転がり落ちる。大した距離ではないが、コンクリートの地面に額を打ち付けてしまった。
「「真柴くーん!」」
ドアの隙間から二人のやり取りを見ていた町田さんと石田さんが、心配気に上から見下ろしてるのが見えた。
「だ………」
大丈夫と言おうとしたが、目が回り、意識が遠のく。
目を開けたときはベッドの上だった。
「あれ、ここは……?」
「あー、良かった、気がついたのね」
「ま…ちだ……さん?」
「大丈夫か。階段から落ちたんだよ」
「階段……」
そこで初めて悠は状況を把握した。
「そうだ、か、花梨さんは?」
急に飛び起きようとして全身に痛みが走った。
「! いてて………」
「階段から落ちたんだ。高さはそうでも無かったが、コンクリートで頭を打ってる」
「は、英さん……」
「お前は何かしでかす奴だな。目が離せない」
「・・・す、すみません」
「心配してる花梨はそこだ」
病室の隅っこに花梨は母親と一緒にいた。
「か、花梨さん、怪我はないですか?」
悠の問いに花梨は怒った表情を向けた。
「あ、あんたが助けたんだから、怪我なんかする訳ないでしょう!」
助けて何故文句言われるのか。そこにいた皆んなが花梨に、「はぁ~?」と言う視線を向けた。
「そ、それは良かったです……ハハハ」
その時、パチンと叩く音が響いた。
「な、何を………」
「謝りなさい!」
きつい口調で母親の店長が花梨に言い放つ。
「助けて頂いたのにその言いぐさはないでしょう!」
「な、何を……」
いつに無い母の厳しい表情に、憎まれくちを叩く花梨も言葉を失う。
「謝りなさい」
「・・・う、煩いわね、私に謝る理由なんて無いんだから……か、帰るわ」
「花梨!」
花梨は母の制止を振り切って病室から出て行ってしまった。
「ご、ごめんなさいね。謝罪は改めて……また来ますので……」
そう言うと母親の店長も恐縮しながら病室を後にした。
「・・・何なの?」
「怒りを通り越して呆れたよ」
「フフフ」
皆んなが怒ったり、呆れ返る中、悠は何故か可笑しそうに笑っている。
「だ、大丈夫?」
町田さんが心配気に、悠の額に手を当てた。
「うん、熱は無さそうだわね」
「大丈夫ですよ。花梨さんらしいなぁと思って……」
「へぇ?」
悠と二人の時は不満を吐き、涙さえ流していかに自分が今の境遇に満足してない事を告白した。なのに今は皆んなが思っている高慢で、自分勝手な花梨を演じていた。
(本当は花梨さん……素直に慣れない自分が嫌なのかも知れない……)
「変な奴だな、お前は……」
「すみません。迷惑かけて……って、この部屋個室ですか?」
「ビップルームだ」
「ええーー? そんなビップルームなんて、大部屋で良いのに」
「人数のことを考えたら、他の人が大勢入院してる大部屋の方が迷惑だろう」
「あ・・・そうですね」
「もう。英さんに感謝しなさいよ」
「英さん。いつもありがとうございます」
「そんな事より、しばらくはここで大人しくしていろよ」
「・・・はい」
殊勝な悠の態度に一同は微笑ましくもあり、安心する。
頭の怪我は軽かったが念のためにと週末まで入院する事になった。
(退屈だなぁ……)
無駄に広い病室に馴染めない。大部屋なら他の患者さんと話しできるのにと思っていると、ドアがノックされた。
「はい」
「こんにちは。気分はどう?」
入って来たのは花梨の母親だった。
「はい。良好です」
「そう。良かったわ」
悠の元気な姿を見て安心した顔を見せた。
「真柴君の入院費はこちらで支払う事にしましたから……」
「え、ありがとうございます。余計なお節介したばかりに逆に迷惑かけてしまった……」
そんな悠の様子を見て、店長は椅子に腰を下ろした。
「真柴君は本当に良い子ね・・・」
「えっ? そんな事無いですよ」
店長は悠を見つめ、押し黙った。
「あ、あの………」
「・・・私の出身はN県って教えたわね」
「俺と同じ県ですよね」
じーっと見つめて話してくる店長に、悠の心は鼓動が速くなる。何を言いたいのか分かり兼ねていた。
「私の出身はN県のN郡N村なの」
(えー、俺と一緒だ)
「結婚する前の姓は真柴……真柴和実」
(俺と同じ……でもあの村は真柴姓多いし)
何か分からないが悠の胸の鼓動が早くなる。
その時、店長は椅子から立ち上がると土下座したのだ。
「え、ええーー、ど、どうしたんですか?」
悠もベッドから降りると、店長の前に正座した。
「ごめんなさい!」
「は、はい?」
顔を上げた店長の顔は濡れていた。溢れ出る涙を拭おうともせず謝り続ける。
「あ、あのぉ……」
「・・・あなたを捨てたのは私なの」
「へっ?」
(それって……店長さんが俺の母……)
ポカーンとしてる悠を前に店長は話を続ける。
(お母さん……告白早いよ)
病室の外では樹也が中の様子に聞き耳を立てていた。
「何してるんだ」
悠の様子を見に来た英が、病室の前で怪しい動きをしている樹也に見とがめた声をかける。
「わぁ!」
小さな叫び声を上げると、英に近寄り「シィー」と指を立てた。
「な、何だ?」
「いいから、いいから」
そう言うと病室に入らない様に頼んだ。
「盗み聞きか?」
「違います……とは言えませんけど、ちょっと待機してて下さい」
「?」
英も不審な顔しながらも、樹也と同じく中の様子を伺う。
「両親が事故で早くに亡くなって、祖父母と暮らしてたけど、私は田舎暮らしを抜けたくて都会に出たの」
その時悠の父と知り合い同棲する様になったのもつかの間、恋人も事故で亡くなってしまった。その時妊娠してるとわかり、恋人の為にも仕事と子育て頑張るつもりでいたが、無理がたたったのか身体を壊してしまった。
「どうしようか迷ったわ。でも私には頼る人が居なかった。それで、祖父母の元に……」
しかし、ケンカして家を出て来た手前、素直に預ける事が出来ずに、家の前に置き去りにしてしまったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。どんなに謝っても許される事では無いけど……」
「・・・お母さん」
「・・・え?」
店長は涙に濡れた顔を上げた。そこには微笑んでいる悠の顔があった。
「お母さんは、今幸せですか?」
「え、ええ。夫は優しくて理解があるし、何よりも二人の子供に恵まれた」
「幸せで良かった。俺がこの世で一人でないと分かって嬉しいです」
「・・・」
「たっ君が弟なんて最高です!」
病室の外で樹也は心の中で叫んでいた。
(俺は最悪だよ!)
本当に喜んでくれている悠に店長がポツリと言った。
「・・・はるか」
「えっ?」
「本当は『はるか』って名付けたんだけど」
「はるか……」
「生年月日と名前を書いた紙を置いて来たのだけど、『悠』と書いて『はるか』そのつもりだったのに、送り仮名ふるの忘れたから、祖父母は『ゆう』と思ったのね」
「はるか……」
そう言えばネイルサロンの名前『HARUKA』だ。
「でも、『ゆう』も素敵よな」
「はい」
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