幸せの場所

如月はるな

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幸せの場所

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「おう、来たな」
   店の前で西脇が鍵を開けて待っていた。
「おはようございます」
「おう、頼むぜ」
   悠にとって東京に来ての仕事初めだ。身体を動かす事は好きだ。椅子やテーブルを動かす力仕事は率先してやる。床を磨く機械もやったことがある。結構力が入り、コントロールも難しいが、慣れると楽しい。西脇が見守る中、清掃は順調に終わる。
「次に向かいます」
   バスに乗り込み、次の場所に移動だ。次の清掃場所はオフィスビルだ。『HAKU・クリーニング』は個人店舗が多い5階までを請け負っている。
「3階は英さんのお姉さんの画廊よ」
「英さん、ご兄弟がいるんですか?」
「そう。百合絵さんて言って、凄い美人よ」
「へぇ・・・」
   ビルに着く頃は丁度お昼タイムなので、人が少ない間に大まかなゴミを回収する。
(結構紙くずって出るんだな)
  二階のネイルサロンは昼時にも関わらず、若い女性たちが並んでいる。
「ここは人気があるのよ。安いし、店長さんも優しいから。ま、嫌なネイリストもいるから注意よ」
「はい」
   3階は『ゆり画廊』一店舗のみだ。入ると壁一面に絵が飾ってある。
「あら、お疲れ様」
   奥から女性が出てきた。この人が英さんのお姉さんなのだと悠は一目で分かった。似てるし、男の英とは違い、たおやかでしとやかな雰囲気がある。何よりもゆりの名にふさわしい、いや勝るとも劣らない美しさだ。ゆりよりももっとゴージャスな牡丹かも知れないと思った。
「こ、こんにちは」
   思わず見惚れてしまう。
「こんにちは。今日から新しく入った真柴です」
「ま、真柴です。よろしくお願いします」
「まぁ、貴方が奨眞の……」
「は、はい。英さんには何かとお世話になっております」
「・・・」
「・・・あのぉ・・・」
「ごめんなさい。奨眞の所では何してるの?」
「はい。掃除とか、洗濯とか、料理を作ってます」
「・・・そうなの……」
「はい。英さんは下着もクリーニングに出していたのにはビックリです。都会ってそうなんですか?」
「・・・・」
   少し黙っていたかと思うと、百合絵は急に笑い出した。
「やだー、面白い、アハハハ」
「?」
「ごめんなさい、今日は来月から計画してる個展の準備してるから結構汚れてると思うからお願いね」
「はい!」
   絵を見ながら掃除するのは楽しい。綺麗な絵もあるけど、見て何を表現してるか訳の分からない絵もある。
「画廊借りるのってお金かかるから、何人か集まって個展を開くんだよ」
   リーダーの橋本が説明する。
「へぇ・・・」
   お昼休憩は各店舗が仕事をし始める頃、清掃は休憩に入る。
   休憩場所は一階の奥まった部屋だ。関係者立ち入り禁止の札が立っていて入ると結構広い。『HAKU・クリーニング』だけでは無く、違上清掃会社の人の合同休憩場所になっているようだ。
「真柴君、お弁当持ってきた?」
「あ・・・」
   弁当の事は頭になかった。
(そうだ、お金・・・)
   もしもの時にと英がお金を持たせてくれた。
「あ、俺、コンビニに……」
「じゃあ、デザート買ってきてくれる」
「私も」「俺も」と、何人かに頼まれてしまう。
   メモして出ようとした時に、英が入って来た。
「えっ?   英さん、何でここに……」
「弁当の事言い忘れていた」
「あ、はい、いま、買いに・・・」
「買ってきた。皆んなの分のデザートも」
   英は悠の為に弁当と、一緒に働く皆んなの為にデザートを差し入れに来たらしい。
「わざわざ………ありがとうございます」
   悠がお礼を言うと、他の人も一斉にお礼を言い、次々とデザートを持って行く。
「凄い、『花仙』の和牛弁当よ。それ、高いのよ」
「そうなんですか?  わざわざありがとうございます」
「大した事ない。それより早く食べろ」
「はい。いただきます!」
   弁当は二つあった。どうやら英も食べるらしい。
「どうぞ」
   斉藤さんがお茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます!」
「ん」
(英さんて、お礼とか言わないよな。それが当たり前の世界で育ってきたんだろうな)
「いただきます」
   悠は弁当の肉を一口食べて、その美味しさと柔らかさに驚く。
「口の中で肉が溶けます!」
   英は美味しそうに食べる悠の姿を見ていた。そして自問する。
(何で俺はこの子にこんなに構うのだろう。好みでは無い。俺は美しいのが好きだ。男でも女でも。悠は可愛い所はあるが俺から見て普通だ。性格は真面目で一生懸命で、料理が上手い。礼儀正しくて、祖父母に育てられた。今は亡き祖父母の墓を建てたいとお金を貯める為に頑張ってる)
   そこまで考えて考えるのをやめた。

「英さん、今日はありがとうございました」
「ああ。大した事は無い」
「ははは・・・」 

   英は『ゴールデン・ローズ』にやって来た。店を開けるには早いが、下準備は始まっている。ビップルームに入ると西脇が伊丹を伴って入って来た。
「あ、あのぉ、お話って・・・」
   伊丹はオドオドしている。
「いいから座れ。話しと言うのは真柴悠の事だ」
「悠……ですか」
「そうだ」
「す、す、すみません!  オーナーに押し付ける形になってしまった……直ぐに俺のアパートに……」
「勘違いするな」
「そうだよ。悠君は働き者だから奨眞も重宝してるんだよ」
「・・・それはお前と光だろう」
「・・・アハハハ」
   浩介はホッとして腰を下ろした。
「そ、それで、悠の話しって……」
「あの子の素性だ」
「素性……ですか?」
「そうだ」
   浩介の話しによると、悠は捨て子と言うことだった。
「捨て子……なのか?」
「はい。真柴の爺様と婆様が買い物から帰って来たら、家の前に名前と生年月日が書かれた紙と一緒に置かれていたと聞きました」
「・・・その真柴さんの家は駅から近いのか?」
「いいえ。村の外れに近いですね」
「ふぅーん」
   グスングスンと西脇の目からは大粒の涙が・・・。
「・・・」
   そんな西脇を無視してさらに浩介から話を聞き出す。
「真柴の家にはお爺さんとお婆さんだけか」
「あ……息子さん夫婦がいたみたいですが、事故で二人とも亡くなったって聞きました」
「そうか。他には居ないのか?」
「亡くなった息子さん夫婦に一人娘がいたと聞きましたが、何せ田舎なので、高校を卒業すると都会に行くと出て行ったそうです」
「・・・なるほどな」
「あいつ本当に良いやつなんです。嫌な事も率先してやるし、面倒見も良いし……」
「分かってる。それよりおかしいと思わないか」
「何が……ですか?」
「グスン……何が?」
「子供を捨てるのに場所が辺鄙“へんぴ”すぎだろう」
「えっ?」
   二人はどうやら分かってないらしい。
「小さな町の、それも駅から離れた場所。おまけに住人は老夫婦だ。子供を捨てるなら駅で良いし、どうせなら都会の病院とか、施設の前とかが普通だろう」
「そう言われれば……たしかに、人が多い場所の方が保護されやすい」
「悠を捨てた親は、真柴家に関わりのある人物なのかもな」
「そうしたら、都会に出た一人娘って事ですか?」   
   浩介が身を取り出して聞いて来た。
「その可能性大だな」
   英の説明に二人は大きく頷いて、感心してみせる。
「まずは戸籍から調べてみよう」
「悠の親の事調査してくれるんですか?」
「・・・」
「おい!」
   返事しない英に西脇がツッコミを入れる。
「悠は小学生の頃『捨て子』とか『親無し』と言われていじめられていたんです」
   浩介は俯いて昔の事を話し始めた。
「かく言う俺も最初はいじめてたんです」
「そうなのか?」
   英がギロリと浩介を見た。
「でもあ日の夕方、悠が河川敷でじっと川を見つめていたんです。何時間も・・・」
   その時浩介は悠が川に飛び込んで自殺してしまうのではないかと思い、目が離せなくて悠が家には帰るまで見守っていた。その時から、浩介は悠のいじめを止めて、逆にいじめから守る事になったのだ。
「俺がいじめっ子から悠をかばう事で徐々にいじめは無くなって来ました」
「おお、お前良い事したんだな。だから慕われてんだ」
「はあ、まあ………」
「・・・フン」
   英は少しムカついていた。その理由は分からないが……。
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