幸せの場所

如月はるな

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幸せの場所

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「ん?」
   部屋に戻ってきて英は違和を感じた。まず、匂いが違う。
(カレーか?)
  そしてソファにはぐっすりと眠り込んでいる悠の姿。いくら空調が効いているとは言え、まだ寒い。
(どうするか……)
  部屋には寝具がない。床に寝かせるのは忍びない。 
(まあ、俺のベッドはキングサイズだしな……)
   抱き上げると結構軽い。
(履歴書には二十一歳と書いてたな)
   だが、身体は細く、顔もあどけない。

「・・・フワァ・・・」
 (なんだろう・・・あったかいし、良い匂いが……)
   目を開けて飛び起きる。
「えっ、えええっーーー!」
   直ぐ目の前には英の端整な顔があったから。
   思わず距離を開けようとして、ベッドから落ちてしまう。
「・・・う~ん、うるさいな・・・」
「す、す、すいません!」
   立ち上がって深くお辞儀をする。しかし、英は物音には反応したが起きる様子は無い。
(はぁぁ~~・・・)
   寝ていることを確認すると、静かに自室に戻る。
「さあ、朝食の準備だ」
   ご飯は予約タイマーですでに炊き上がっている。
(シャケは定番だよな)
   冷蔵庫を開けると昨日までとは違い、食材が増えた。
(勝手に買って入れちゃったけど、怒られないかな)
   少し罪悪感を覚えながらも朝食を作る手は止まらない。
(婆ちゃんはネギと油揚げの味噌汁好きだったな)
   育ててくれた祖父母はかなり高齢だったので、小学生の頃から家事の手伝いは良くしてた。だから感覚的には当たり前の事なので苦にはならない。レパートリーも多い。ただし田舎風だ。
   在りし日の祖父母を思いながら、悠は朝食を作る。
「わぁー、良い匂い」
   出来上がった頃に二人は入って来た。
「おはようございます」
「おはよう、悠君」
「・・・はよ・・・」
   西脇はまだ眠そうだ。
   食卓に座る二人の前に朝食を並べる。
「わぁー、シャケだ!  厚焼き玉子もある。いただきまーす」
「食べるの早いな・・・」
   そう言いながらも横で箸を取る。
「うん、美味い!」
「ありがとうございます」
   喜んでもらえるのは嬉しい。
「英さんもご飯で大丈夫でしょうか?」
「う~ん、奨眞は朝はパンかな」
   皆んなが朝食を食べ終わると頃に英は部屋から出てきた。
「・・・なんか早いな……」
「奨君が遅いんだよ」
「パン焼きますね」
「・・・ん・・・」
   買い置きしてある食パンも悠の知っている食パンでは無い。フワフワでモチモチ。焼いた匂いも凄く美味しいそうだ。
「食べ終わったら鍵開け・・・」
「そんな時間か」
「僕も食べ終わったから一緒に出よう」
   二人は食べ終わった食器をシンクに置くと慌ただしく出て行った。
「俺達は事務所に出かけるから……」
「はい」
   悠はリュックに履歴書を入れる。いよいよ新しい会社に入るのかと思うと少し緊張する。
  
   洗い物が終わる頃、着替えを終えた英が出てきた。
「行くぞ」
「は、はい」
   英に遅れまいと早足でついて行く。昨日の高級車に乗り込む。見ればみるほど凄い車だと感心する。
   見知らぬ風景を見ていると時間が経つのは早い。
『HAKUクリーニング』と書かれた敷地内に入って行く。駐車場に車が多く停まっている。皆んなでマイクロバスで移動するようだから、会社までは自家用で出勤する人が多いのだろう。
(移動手段も考えないといけないな……)
   事務所に入るとすぐさま応接室に通される。これも英奨眞の威光か。
「橋本から話は伺っております。こちらが・・・」
「はい。真柴悠と申します。これが履歴書です」
   悠は立ったままだ。
「お預かりします。でも、英様の紹介だから間違いは無いと思いますが……住所は?」
「当分、うちの居候だ」
「そうですか。あと、何かあった時の為に緊急連絡先も英様の所でよろしいですか」
「ああ」
「それと、本人の連絡先として……」
「?」
「真柴さんの携帯番号を教えてくれると助かるのですが」
「携帯?」
「そう、携帯電話」
「すいません。持ってません」
「・・・持ってない?」
「田舎にいた時はあまり必要無かったので……固定電話ならありましたけど……」
「固定電話?」
「そう、黒のダイヤル式の・・・知ってますか?」
「あ・・・大昔見た様な……」
(どの時代から来たんだ)
   英と面接官は心の中で同時に思っていた。
「携帯の番号は後で知らせよう」
「そうですか。なら、来週からでよろしいですか。社員証はその時までに作っておきます。あと、出勤したら駐車場は好きな場所に停めて構いません。バイクや自転車の場合はこちらになります」
   バイク自転車を停める場所は屋根が付いていた。
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
   深々とお辞儀をする。
   面接官と英が話している。
(簡単に採用してもらえたのも英さんのお陰かな)
    二人が車に乗り込むと面接官は見送ってくれた。
「知り合いでしたか?」
「まあな。しかし、今の時代携帯を持ってない奴がいるなんて思わなかったよ」
「・・・田舎では固定電話で足りていたので……」
「ここではそうはいかない」
   車はスピードを上げて何処かへ向かう。
「何処へ行くんですか?」
「・・・」
   英は無言だ。呆れられたのかな。
   車は電気屋に入って行く。
「ここは・・・」
   どこまでも広がる電化製品。大きなテレビやパソコン。エアコンや冷蔵庫、洗濯機。
「うわぁーー、すごい」
「おい、こっちだ。店内で迷子になるなよ」
「は、はい」
   連れていかれたスペースは携帯電話売り場だった。また、悠は目を見張る。
(携帯電話がいっぱいだぁ・・・)
「好きな物を選べ」
「え、選べって・・・」  
   一度も持った事も無いのに、悠にはどれがどれだか、何を選んで良いのか分からない。
「えーと、えーと、ええ~~~」
「これにする」
   そう言って英が一つ手に取ると、さっさとカウンターに歩いて行く。
「新規で頼む」
「はい。お色はこれでよろしいですか?」
「はい。黒でお願いします」
   初めて持つ携帯に悠の目はキラキラ、心はワクワクしていた。説明を受け、住所は英が書いた。
「番号はどうしますか?」
「番号……?」
   分からないのです店員が提示した何枚かの番号を、目を瞑ってさした。
「お支払いはどうなさいますか」
「一回で」
   英がカードを差し出した。
「うわぁー!」
「・・・なんだ」
「それ、それってブラックカード!  テレビで見たことあります。お金持ってる人しか持てないんですよね!  本当に持ってる人居るんですね!」
   悠は興奮してカードを見つめて居る。
「・・・お前カードは……」
「持ってないです」
   契約が完了し、悠は初めての携帯電話を手にした。その携帯をハンカチでそっと持つ。
「なんでハンカチで持つんだ?」
「だって、こんなにピカピカなのに、指紋が付いたら勿体無い気がして・・・」
「使うから価値があるんだ。大事にしまったりしたら携帯の価値が無い」
(ああ・・・)
   小学生の頃、バレンタインデーにチョコを貰った事を思い出した。嬉しすぎて、大事にしまっておいたら、結局食べられなくなっていた事を。
「そうですね」
  シムカードを挿し入れると、突然着信が来た。
「俺の番号だ。登録しておけ」
「は、はい!」
   冷たいイメージだが、英は優しい。悠は嬉しくて英の後を小走りでついて行く。
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