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幸せの場所
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「ここか……」
今日田舎から幼馴染を頼って出てきた真柴悠は目の前のビルを見つめていた。高いビルではないが、ビルの中に入っている企業は田舎者の悠でも知っている名前ばかりだ。
悠は幼馴染から貰ったハガキで店の名前を確認する『ゴールデン・ローズ』・・・黄金の薔薇だ。
悠は深呼吸をするとビルの中へと入る。一階は食べ物の店舗が入っているようだが、今は閉まっている。エレベーターのボタンを押す。三階で止まるとドアが開き、目の前は直ぐに店のフロアだ。
「げっ・・・」
華やかな店の雰囲気がモロに伝わってくる。足を踏み入れるの躊躇う程のフカフカの絨毯。見たこともない豪華な煌めくシャンデリア。美しく着飾った女性たち。
(ば、場違いだ・・・)
そう思った時に、黒いスーツを着た男が近寄って来た。
「お客様。用件を受けたまります」
(く、黒服だー。本当に居るんだ・・・)
「お客様?」
「あっ、すみません。い、伊丹浩介に会いたいのですが・・・」
「伊丹様ですね。少々お待ちください」
悠は店内を見渡す。うるさくない音楽。各テーブルには裕福そうな人達と洗練された女性たちが談笑してる。
(高価そうなお酒だな・・・)
そんなことボンヤリと考えていると、後ろから声を掛けられた。
「おい、邪魔だぞ」
「あっ、あ、すいません」
慌てて壁際に避ける。
「いらっしゃいませ、英“はなぶさ”様、西脇さま」
「おう。きてるか?」
黒服になにやら声をかける。
「はい。いらっしゃってます」
悠は入って来た二人の男を観察した。二人共背が高い。黒服と話してる男は強面で、ガッチリした体格だ。もう一人はモデルかと思うほどの美形だ。ムスッとした表情は怒っているのか、それとも面白くないのか分からないが、無表情のその顔は怜悧で美しさが尚更際立つ。
「あら、いらっしゃいませ」
二人の前に華やかな女性が現れた。
「おー、世話になるぜ」
女性に腕を取られて店の奥へと歩いていく。それを見送って黒服が悠に話しかけてきた。
「申し訳ありません。伊丹浩介と言う方はいらっしゃいませんでした」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
(浩ちゃん、居ないのか)
もう一度礼を述べて、悠はエレベーターに乗り、階下に降りた。
「はぁ~、どうしようかな……」
並べられてる椅子の一つに座り、ガックリと肩を落とす。今から宿泊先を探しても良いが、
「高いよな」と、財布とにらめっこをする。
しばらく考えて、気合いを入れて立ち上がる。その時に背後から声を掛けられた。振り返ると先ほどの黒服が立って居た。
「失礼ですが、お尋ねの伊丹浩介は店の従業員の伊丹浩介のことでしょうか」
「は、はい。ここで働いてると・・・」
「私の勘違いで申し訳ありません。ただ今、伊丹は所用で外出しておりますので、店の事務所の方でお待ち頂けますか」
「は、はい! 待ちます!」
悠は黒服に付いて店に戻ると、邪魔にならない様に壁際を歩いて事務所に入った。
「ここでお待ちください。冷蔵庫に入ってる物はご自由にして構いませんので」
「は、はい。ありがとうございます」
(凄い丁寧な言葉・・返って恐縮しちゃうよ)
黒服の男が出て行くと、緊張から解き放たれ大きく息を吐き出した。
「自由にしても良いって言われてもな・・・」
何気なく開けた小さな冷蔵庫には、たくさんの食材や飲み物が入ってる。
(げっ、高級品ばかり!)
生ハムやチーズ、オードブルや果物。飲み物も・・・アルコールは無いが用意されてる。
(自由にと言われてもな・・・)
悠は冷蔵庫のドアを閉めた。
「あいた!」
「えっ?」
声がした。冷蔵庫が? まさかね。良く見るとドアかもう一つあった。そっと開けてのぞいて見る。
厨房らしきその部屋で男性が床に散らばった破片を拾っている。
「あのぉ~」
「わー、何?」
男性は悠を見て飛び退る“すさる”。
「あっ、驚かせてすいません」
「だ、誰?」
「真柴悠と言います。知り合いの伊丹浩介をここで待ってろと言われて………」
「ああ、浩ちゃんね」
「知ってるんですか」
「知ってるよ。たまに、仕事手伝ってくれる」
「仕事?」
「そう。ここで洗い物のバイト」
どうやらコップを洗っていて落としたらしい。でも洗い場の横には立派な食洗機が。
「食洗機ありますよ」
「・・・」
「はい?」
男性の声が小さすぎて聞き取れない。
「だから、使い方・・・分からないし……」
「・・・・」
悠は汚れたコップや皿を食洗機の中に並べる。蓋を閉めスイッチを押す。
「わぁーー、洗ってる!」
当たり前だろうと思ったが、食洗機を覗き込む顔があまりにも可愛いので、思わず笑みがこみ上げて来た。
「おい、グラス足りないぞ」
厨房のカウンターにボーイがグラスの催促に来ていた。洗いあがったグラスを大急ぎで並べる。
「あと、焼きそばの注文入ってたぞ」
「ええっーーー!」
男性は声を上げて頭を抱えた。
「ど、どうしたんですか?」
「・・・苦手……」
「はい?」
「料理作るの苦手……」
(焼きそばって料理か?)
男性は冷蔵庫を開けてキャベツを取り出し、切り始めた。
「あ、危ない・・・」
包丁の持ち方、材料の切り方が・・・三歳児かと思うくらい危なっかしい。見ててハラハラする。悠は思わず口を出してしまう。
「あ、あの……、俺が作りましょか」
「えっ、本当?」
男性は直ぐに場所を悠に譲った。
(ハハハ・・・)
悠はキャベツを手早くザク切りにして、油を熱したフライパンにキャベツを投じ、塩、胡椒、焼きそばを入れて混ぜる。
「うわぁ、手際良いね」
「ハハハ」
(普通だろう、これくらい)
最後にソースを絡めて出来上がり。
「出来ました」
ボーイに声を掛ける。
「おっ、今日は早いな」
もう苦笑いを浮かべるしか無い。
「ありがとう。僕は伊東光“ひかり”。よろしくね」
「俺は真柴悠です」
ここでようやく二人は名前を名乗った。
店のビップルームではゲームで盛り上がっていた。先程の二人組みの男と迎えに来たホステス達が楽しそうに談笑してる。そこへノックして入って来たボーイが先程作った焼きそばを運んで来た。
「ほおら、来たぞ、焼きそば」
「ええっーーー、早く無い?」
ゲームに負けたホステスが嫌そうな顔をしてみせた。
「先輩が丹精込めて作って焼きそばだ。玲奈、味わって食えよ」
体格の良い西脇と呼ばれた強面の男が、玲奈と呼ばれた女性の目の前に焼きそばを置いた。
「えー、食べなきゃダメ?」
「おいおい、これはゲームの決まり事だろう」
玲奈と呼ばれたホステスは渋々箸を取り、焼きそばを取り上げ、口に運ぶ。
みんなは玲奈のどんな反応するかじっと見守ってる。
「!」
「どうだ?」
「・・・」
玲奈はもう一口焼きそばを食べる。
「おい、無理するなよ」
「・・・無理してない。美味しいわ!」
他の三人は怪訝顔だ。
「騙そうとしてるのか?」
「本当よ。美味しい、ムフ」
まだ、信じられないが、西脇は玲奈から皿を取り上げ、一口食べてみる。
「あれ? 本当だ、美味い」
「でしょう」
「先輩腕あげたなぁ」
英は不審顔だ。ボーイを呼ぶと何か囁いた。
「かしこまりました」
「何々? 今度は何頼んだの?」
「・・・フルーツの盛り合わせ」
「えーー!」
英以外のみんなが声を上げ、そして吹き出した。
「おいおい、前回の事忘れたのか?」
前回フルーツの盛り合わせを頼んだ時、果物がそのまま乗った盆が届けられたのだ。その時はみんな目が点になった。
「フルーツの盛り合わせですか?」
それを聞いていた悠は冷蔵庫を開ける。果物は沢山ある。
「悠くん・・・」
悠はフルーツを切っていた。メロン、パイナップル、マンゴー、りんご、バナナ、ブドウ。
「へぇ~、そうやって切るんだ」
(ハハハ……)
「伊東さんはブドウを一粒づつ皿に並べて下さい」
「はーい」
メロンやパイナップルの実と皮の間に切り込みを入れ食べ易い様にし、りんごはウサギ型にする。
手早い作業であった言う間に、フルーツの盛り合わせは出来上がった。
「凄ーい、これが盛り合わせなんだ」
光はキラキラした目で盛り合わせを見つめ、本当に感動していた。
(ハハハ。伊東さんて・・・変わってる)
ボーイは出来上がったものをビップルームに運ぶ。
「えええーーー?」
「わおぉぉーー!」
一同は驚きの声を上げた。
「見て見て、ウサギさんだぁ~」
「メロンもボールになってる」
「凄いなぁ、先輩。腕を上げたな」
「・・・な、訳あるか」
「・・・ですよねー」
英はボールにまたなにやら伝言する。
「今度は何?」
しばらくするとノックされ、ボーイに案内されて二人が入って来た。
「先輩!・・・と、誰?」
「さっき入り口で会ったろう」
そういえばと西脇は想いを巡らす。
(どうして呼ばれたのかな?)
悠の心の中は不安だ一杯だ。何かやらかしたのかと。
「えーと、お前は?」
「あっ、はい、真柴悠と言います」
「伊丹浩介の知人とかで、彼の帰りを待っているところです」
ボーイが説明する。
「これはお前はが?」
「は、はい。伊東さんが・・・・」
「何?」
「伊東さんがあまりにもぶきっちょなので見ていられなくて手を貸しました」
正直に答えると、伊東は赤面したが、他のメンバーは大爆笑した。
「中々器用だな」
「はい。田舎では祖父母の代わりに俺が食事を用意する期間が長かったので」
そこへ新たに誰かがノックする。開けると悠の幼友達の伊丹浩介が息を乱して立っていた。
「浩ちゃん!」
悠の声が嬉しさで高くなる。
「悠。本当に居た」
二人は手を取り、抱き合って喜び合う。
悠は田舎から出てきた理由を話す。
「そっか、爺ちゃんと婆ちゃんは亡くなったのか」
「うん。働いていた会社も倒産しちゃって、浩ちゃんのハガキを見て、頼ってきたんだけど……」
「電話してくれれば・・・あ、書いてなかったか」
コクリと悠はうなづいた。
「泊まる場所は?」
「無い。浩ちゃんの所に泊めてもらえたらと思って」
「あ、ああ、俺、今、彼女と住んでいて・・・」
「そっか・・・」
「安い所探してやるよ」
「うん・・・」
二人のやりとりを聞いていた英がおもむろに立ち上がる。
「今夜一晩ならここに泊まれば良い」
みんなが一斉に英を見る。
「何だ?」
「あっ、いいえ、良いんですか、オーナー」
「オーナー?」
驚いた悠に対して、英がジロリと睨む。
(こ、怖い・・・)
顔が綺麗なだけに、凄みが倍だ。
「俺が良いと言うんだ。文句あるのか?」
「い、いいえ」
一同は同時に首を横に振った。
「ここが仮眠室。食事は厨房にあるのを使えば良い。料理は得意そうだから」
「まぁ・・・」
「それと鍵」
「鍵?」
「そう。朝の八時から清掃が入る。その時は鍵を開けて中に入れてやってくれ」
「お、俺がですか」
「何時もは西脇や、伊丹が係なのだが、何せ時間に遅れるのが多くて、清掃会社から苦情が入る」
その二人は後ろで頭をかいてる。
「良いのですか? 今日会ったばかりですよ」
「何かあったら、伊丹海の底に沈めるだけだ」
伊丹が顔を青くする。真顔で言われるとそれが冗談に聞こえないから尚更怖い。
「分かりました。責任持ってお預かりします」
泊まる所は確保出来た。
店が終わると皆んなが帰っていく中、洗い物や生ゴミを出すのを手伝う。
「真夜中ですよ。大丈夫ですか?」
自分はここで泊まれるが、一人伊東が帰るのが心配だ。
「大丈夫、大丈夫」
外まで見送ると、そこには西脇が車で待っていた。
「えっ?」
「そう言う事だから」
車に乗り込むと、窓を開け、手を振って去って行った。
(どう言う関係?)
都会は悠の分からない事が多過ぎる。
今日田舎から幼馴染を頼って出てきた真柴悠は目の前のビルを見つめていた。高いビルではないが、ビルの中に入っている企業は田舎者の悠でも知っている名前ばかりだ。
悠は幼馴染から貰ったハガキで店の名前を確認する『ゴールデン・ローズ』・・・黄金の薔薇だ。
悠は深呼吸をするとビルの中へと入る。一階は食べ物の店舗が入っているようだが、今は閉まっている。エレベーターのボタンを押す。三階で止まるとドアが開き、目の前は直ぐに店のフロアだ。
「げっ・・・」
華やかな店の雰囲気がモロに伝わってくる。足を踏み入れるの躊躇う程のフカフカの絨毯。見たこともない豪華な煌めくシャンデリア。美しく着飾った女性たち。
(ば、場違いだ・・・)
そう思った時に、黒いスーツを着た男が近寄って来た。
「お客様。用件を受けたまります」
(く、黒服だー。本当に居るんだ・・・)
「お客様?」
「あっ、すみません。い、伊丹浩介に会いたいのですが・・・」
「伊丹様ですね。少々お待ちください」
悠は店内を見渡す。うるさくない音楽。各テーブルには裕福そうな人達と洗練された女性たちが談笑してる。
(高価そうなお酒だな・・・)
そんなことボンヤリと考えていると、後ろから声を掛けられた。
「おい、邪魔だぞ」
「あっ、あ、すいません」
慌てて壁際に避ける。
「いらっしゃいませ、英“はなぶさ”様、西脇さま」
「おう。きてるか?」
黒服になにやら声をかける。
「はい。いらっしゃってます」
悠は入って来た二人の男を観察した。二人共背が高い。黒服と話してる男は強面で、ガッチリした体格だ。もう一人はモデルかと思うほどの美形だ。ムスッとした表情は怒っているのか、それとも面白くないのか分からないが、無表情のその顔は怜悧で美しさが尚更際立つ。
「あら、いらっしゃいませ」
二人の前に華やかな女性が現れた。
「おー、世話になるぜ」
女性に腕を取られて店の奥へと歩いていく。それを見送って黒服が悠に話しかけてきた。
「申し訳ありません。伊丹浩介と言う方はいらっしゃいませんでした」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
(浩ちゃん、居ないのか)
もう一度礼を述べて、悠はエレベーターに乗り、階下に降りた。
「はぁ~、どうしようかな……」
並べられてる椅子の一つに座り、ガックリと肩を落とす。今から宿泊先を探しても良いが、
「高いよな」と、財布とにらめっこをする。
しばらく考えて、気合いを入れて立ち上がる。その時に背後から声を掛けられた。振り返ると先ほどの黒服が立って居た。
「失礼ですが、お尋ねの伊丹浩介は店の従業員の伊丹浩介のことでしょうか」
「は、はい。ここで働いてると・・・」
「私の勘違いで申し訳ありません。ただ今、伊丹は所用で外出しておりますので、店の事務所の方でお待ち頂けますか」
「は、はい! 待ちます!」
悠は黒服に付いて店に戻ると、邪魔にならない様に壁際を歩いて事務所に入った。
「ここでお待ちください。冷蔵庫に入ってる物はご自由にして構いませんので」
「は、はい。ありがとうございます」
(凄い丁寧な言葉・・返って恐縮しちゃうよ)
黒服の男が出て行くと、緊張から解き放たれ大きく息を吐き出した。
「自由にしても良いって言われてもな・・・」
何気なく開けた小さな冷蔵庫には、たくさんの食材や飲み物が入ってる。
(げっ、高級品ばかり!)
生ハムやチーズ、オードブルや果物。飲み物も・・・アルコールは無いが用意されてる。
(自由にと言われてもな・・・)
悠は冷蔵庫のドアを閉めた。
「あいた!」
「えっ?」
声がした。冷蔵庫が? まさかね。良く見るとドアかもう一つあった。そっと開けてのぞいて見る。
厨房らしきその部屋で男性が床に散らばった破片を拾っている。
「あのぉ~」
「わー、何?」
男性は悠を見て飛び退る“すさる”。
「あっ、驚かせてすいません」
「だ、誰?」
「真柴悠と言います。知り合いの伊丹浩介をここで待ってろと言われて………」
「ああ、浩ちゃんね」
「知ってるんですか」
「知ってるよ。たまに、仕事手伝ってくれる」
「仕事?」
「そう。ここで洗い物のバイト」
どうやらコップを洗っていて落としたらしい。でも洗い場の横には立派な食洗機が。
「食洗機ありますよ」
「・・・」
「はい?」
男性の声が小さすぎて聞き取れない。
「だから、使い方・・・分からないし……」
「・・・・」
悠は汚れたコップや皿を食洗機の中に並べる。蓋を閉めスイッチを押す。
「わぁーー、洗ってる!」
当たり前だろうと思ったが、食洗機を覗き込む顔があまりにも可愛いので、思わず笑みがこみ上げて来た。
「おい、グラス足りないぞ」
厨房のカウンターにボーイがグラスの催促に来ていた。洗いあがったグラスを大急ぎで並べる。
「あと、焼きそばの注文入ってたぞ」
「ええっーーー!」
男性は声を上げて頭を抱えた。
「ど、どうしたんですか?」
「・・・苦手……」
「はい?」
「料理作るの苦手……」
(焼きそばって料理か?)
男性は冷蔵庫を開けてキャベツを取り出し、切り始めた。
「あ、危ない・・・」
包丁の持ち方、材料の切り方が・・・三歳児かと思うくらい危なっかしい。見ててハラハラする。悠は思わず口を出してしまう。
「あ、あの……、俺が作りましょか」
「えっ、本当?」
男性は直ぐに場所を悠に譲った。
(ハハハ・・・)
悠はキャベツを手早くザク切りにして、油を熱したフライパンにキャベツを投じ、塩、胡椒、焼きそばを入れて混ぜる。
「うわぁ、手際良いね」
「ハハハ」
(普通だろう、これくらい)
最後にソースを絡めて出来上がり。
「出来ました」
ボーイに声を掛ける。
「おっ、今日は早いな」
もう苦笑いを浮かべるしか無い。
「ありがとう。僕は伊東光“ひかり”。よろしくね」
「俺は真柴悠です」
ここでようやく二人は名前を名乗った。
店のビップルームではゲームで盛り上がっていた。先程の二人組みの男と迎えに来たホステス達が楽しそうに談笑してる。そこへノックして入って来たボーイが先程作った焼きそばを運んで来た。
「ほおら、来たぞ、焼きそば」
「ええっーーー、早く無い?」
ゲームに負けたホステスが嫌そうな顔をしてみせた。
「先輩が丹精込めて作って焼きそばだ。玲奈、味わって食えよ」
体格の良い西脇と呼ばれた強面の男が、玲奈と呼ばれた女性の目の前に焼きそばを置いた。
「えー、食べなきゃダメ?」
「おいおい、これはゲームの決まり事だろう」
玲奈と呼ばれたホステスは渋々箸を取り、焼きそばを取り上げ、口に運ぶ。
みんなは玲奈のどんな反応するかじっと見守ってる。
「!」
「どうだ?」
「・・・」
玲奈はもう一口焼きそばを食べる。
「おい、無理するなよ」
「・・・無理してない。美味しいわ!」
他の三人は怪訝顔だ。
「騙そうとしてるのか?」
「本当よ。美味しい、ムフ」
まだ、信じられないが、西脇は玲奈から皿を取り上げ、一口食べてみる。
「あれ? 本当だ、美味い」
「でしょう」
「先輩腕あげたなぁ」
英は不審顔だ。ボーイを呼ぶと何か囁いた。
「かしこまりました」
「何々? 今度は何頼んだの?」
「・・・フルーツの盛り合わせ」
「えーー!」
英以外のみんなが声を上げ、そして吹き出した。
「おいおい、前回の事忘れたのか?」
前回フルーツの盛り合わせを頼んだ時、果物がそのまま乗った盆が届けられたのだ。その時はみんな目が点になった。
「フルーツの盛り合わせですか?」
それを聞いていた悠は冷蔵庫を開ける。果物は沢山ある。
「悠くん・・・」
悠はフルーツを切っていた。メロン、パイナップル、マンゴー、りんご、バナナ、ブドウ。
「へぇ~、そうやって切るんだ」
(ハハハ……)
「伊東さんはブドウを一粒づつ皿に並べて下さい」
「はーい」
メロンやパイナップルの実と皮の間に切り込みを入れ食べ易い様にし、りんごはウサギ型にする。
手早い作業であった言う間に、フルーツの盛り合わせは出来上がった。
「凄ーい、これが盛り合わせなんだ」
光はキラキラした目で盛り合わせを見つめ、本当に感動していた。
(ハハハ。伊東さんて・・・変わってる)
ボーイは出来上がったものをビップルームに運ぶ。
「えええーーー?」
「わおぉぉーー!」
一同は驚きの声を上げた。
「見て見て、ウサギさんだぁ~」
「メロンもボールになってる」
「凄いなぁ、先輩。腕を上げたな」
「・・・な、訳あるか」
「・・・ですよねー」
英はボールにまたなにやら伝言する。
「今度は何?」
しばらくするとノックされ、ボーイに案内されて二人が入って来た。
「先輩!・・・と、誰?」
「さっき入り口で会ったろう」
そういえばと西脇は想いを巡らす。
(どうして呼ばれたのかな?)
悠の心の中は不安だ一杯だ。何かやらかしたのかと。
「えーと、お前は?」
「あっ、はい、真柴悠と言います」
「伊丹浩介の知人とかで、彼の帰りを待っているところです」
ボーイが説明する。
「これはお前はが?」
「は、はい。伊東さんが・・・・」
「何?」
「伊東さんがあまりにもぶきっちょなので見ていられなくて手を貸しました」
正直に答えると、伊東は赤面したが、他のメンバーは大爆笑した。
「中々器用だな」
「はい。田舎では祖父母の代わりに俺が食事を用意する期間が長かったので」
そこへ新たに誰かがノックする。開けると悠の幼友達の伊丹浩介が息を乱して立っていた。
「浩ちゃん!」
悠の声が嬉しさで高くなる。
「悠。本当に居た」
二人は手を取り、抱き合って喜び合う。
悠は田舎から出てきた理由を話す。
「そっか、爺ちゃんと婆ちゃんは亡くなったのか」
「うん。働いていた会社も倒産しちゃって、浩ちゃんのハガキを見て、頼ってきたんだけど……」
「電話してくれれば・・・あ、書いてなかったか」
コクリと悠はうなづいた。
「泊まる場所は?」
「無い。浩ちゃんの所に泊めてもらえたらと思って」
「あ、ああ、俺、今、彼女と住んでいて・・・」
「そっか・・・」
「安い所探してやるよ」
「うん・・・」
二人のやりとりを聞いていた英がおもむろに立ち上がる。
「今夜一晩ならここに泊まれば良い」
みんなが一斉に英を見る。
「何だ?」
「あっ、いいえ、良いんですか、オーナー」
「オーナー?」
驚いた悠に対して、英がジロリと睨む。
(こ、怖い・・・)
顔が綺麗なだけに、凄みが倍だ。
「俺が良いと言うんだ。文句あるのか?」
「い、いいえ」
一同は同時に首を横に振った。
「ここが仮眠室。食事は厨房にあるのを使えば良い。料理は得意そうだから」
「まぁ・・・」
「それと鍵」
「鍵?」
「そう。朝の八時から清掃が入る。その時は鍵を開けて中に入れてやってくれ」
「お、俺がですか」
「何時もは西脇や、伊丹が係なのだが、何せ時間に遅れるのが多くて、清掃会社から苦情が入る」
その二人は後ろで頭をかいてる。
「良いのですか? 今日会ったばかりですよ」
「何かあったら、伊丹海の底に沈めるだけだ」
伊丹が顔を青くする。真顔で言われるとそれが冗談に聞こえないから尚更怖い。
「分かりました。責任持ってお預かりします」
泊まる所は確保出来た。
店が終わると皆んなが帰っていく中、洗い物や生ゴミを出すのを手伝う。
「真夜中ですよ。大丈夫ですか?」
自分はここで泊まれるが、一人伊東が帰るのが心配だ。
「大丈夫、大丈夫」
外まで見送ると、そこには西脇が車で待っていた。
「えっ?」
「そう言う事だから」
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