上 下
42 / 43

第42話 セシリアとイリーナ

しおりを挟む
 セシリアの心中は穏やかではなかった。それは、ユーリの母、イリーナとの初対面を控えているからに他ならなかった。

 ユーリは、イリーナのことをただの母上くらいにしか認識していないが、世の中の評価はそれとは大きく異なったものであった。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 イリーナ・アレクシオール、別名【聖女】と呼ばれている。大国アレクシオール王国の正妃でありながら、高位の光魔法の使い手であり、聖女という称号を手にした。  
 学生時代には、光魔法の練習のために教会で無料の治療を実施していたことで、民からの評判も高く、名実共に聖女である。

 ここで光魔法がこの世界でどのように認識されているのかについて触れておく。

 光魔法使いは他の魔法使いに比べて稀有な存在として認識されている。その数、全ての魔法使いの中で1割ほどだ。人によっては1割は多いようにも感じるだろう。しかし、その感覚は間違いだ。それは、魔法使いもまた希少な存在と見なされているためであるからだ。スキルで授かる以外に魔法が使えるようになった前例は未だない。従って、スキル鑑定の際に魔法スキルの有無を確認されれば、後天的に授かることはあり得ないのである。
 希少な存在である魔法使いの中の1割である光魔法使いがどれほど稀有な存在か理解したことだろう。

 しかし、数が少ないからと言って、現実は甘くない。存在が稀有であるが故、研究が進んでいないからだ。

 火魔法を例に挙げよう。火魔法は使い手が一番多く、これまで盛んに研究が行われてきた。

 詠唱句の研究では、当初長い詠唱句を唱えなければならないことになっていたが、現在では火球と唱えることで発動することも可能であると判明している。

 しかし、これは原理の理解が進んだからに他ならない。

 詠唱句とは、その魔法に必要なイメージを言語化し、魔法を顕現させるためにある。研究が進んだことにより、頭の中で魔法の具体的なイメージを作ることが可能となり、結果として、詠唱短縮が実現された。

 っと、ここまでが火魔法の例だ。

 では、光魔法はどうだろうか。

 確かに、スキルによって何となく使い方が分かることも事実だ。しかし、何となくである。魔法を行使できる母数が少なければ、研究は進まない。ましてや光魔法だ。

 光魔法とは別名回復魔法とも呼ばれている。その別名の通り、人のことを治癒することができる。しかし、イリーナが聖女と呼ばれる前の時点では、体の調子を整える、怪我の治りを早くする程度の認識だった。勿論、この世界には医学と呼ばれるものは存在していない。人体の仕組みを研究されていない。そのような状況で光魔法の研究などが行える訳がなかった。

 ここで、なぜイリーナが聖女と呼ばれているかという事に話を戻そう。

 端的に言えば、イリーナの出現によって光魔法の認識を大きく改変されたからである。先程も述べたように光魔法とは、人間に備わった機能を促進する程度でしかなかった。それ故、光魔法は要らない存在として、無能として扱われていた。しかし、イリーナは努力を積んだ。教会で多くの怪我人を見て学んだのだ。そして、光魔法で怪我を治して見せた。たまたまなどではなく、何度も、何度も何度も成功させた。その噂が徐々に広がり、教会には怪我人が押し寄せた程だ。

 イリーナの偉業はそれだけではない。その怪我の治癒法を無償で広く世界に公開したのである。その技術を独り占めしてお金稼ぎをすることも出来ただろう。しかし、それは行わなかった。本という媒体を用いて教会や商会、色々な面から情報を公開した。それはひとえに人を救いたいというイリーナの気持ちに他ならなかった。

 イリーナの偉業の結果、光魔法使いの地位は向上し、研究も進んだ。そして、今では大怪我も治すことができるようになり、部位欠損の治癒が次なる課題となる程にまで進んだ。

 イリーナは光魔法使いにとっての救世主である。それ故、聖女と言われているのであった。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 話を戻そう。

 セシリアは光魔法使いである。これだけでなぜセシリアが緊張しているのかが分かるだろう。

 光魔法使いにとってイリーナとは伝説の人物だ。その人物に今からセシリアは会う。セシリアは生まれてから感じたことのない程の緊張を感じていた。

「セシリアさん、もうすぐでお母様の部屋ですよ」

 エミリアの声が廊下に響く

コンコンッ

「イリーナ様、エミリア様、セシリア様をお連れしました」

「ありがとうメリル。入ってちょうだい」

ガチャ

 セシリアが部屋の中へと入る。

「貴方がセシリアさんね。初めまして、ユーリとエミリアの母のイリーナです。よろしくね。セシリアさん!」

 その後数十秒、いつもの通り、セシリアが気絶した......
しおりを挟む
感想 58

あなたにおすすめの小説

転生領主の領地開拓 -現代の日本の知識は最強でした。-

俺は俺だ
ファンタジー
 今年二十歳を迎えた信楽彩生《しんらくかやせ》は突如死んでしまった。  彼は初めての就職にドキドキし過ぎて、横断歩道が赤なことに気がつかず横断歩道を渡ってしまった。  そんな彼を可哀想に思ったのか、創造神は彩生をアルマタナの世界へと転生させた。  彼は、第二の人生を楽しむと心に決めてアルマタナの世界へと旅だった。  ※横読み推奨 コメントは読ませてもらっていますが、基本返信はしません。(間が空くと、読めないことがあり、返信が遅れてしまうため。)

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

ある化学者転生 記憶を駆使した錬成品は、規格外の良品です

黄舞
ファンタジー
祝書籍化ヾ(●´∇`●)ノ 3月25日発売日です!! 「嫌なら辞めろ。ただし、お前みたいな無能を使ってくれるところなんて他にない」  何回聞いたか分からないその言葉を聞いた俺の心は、ある日ポッキリ折れてしまった。 「分かりました。辞めます」  そう言って文字通り育ててもらった最大手ギルドを辞めた俺に、突然前世の記憶が襲う。  前世の俺は異世界で化学者《ケミスト》と呼ばれていた。 「なるほど。俺の独自の錬成方法は、無意識に前世の記憶を使っていたのか」  通常とは異なる手法で、普通の錬金術師《アルケミスト》では到底及ばぬ技能を身に付けていた俺。  さらに鮮明となった知識を駆使して様々な規格外の良品を作り上げていく。  ついでに『ホワイト』なギルドの経営者となり、これまで虐げられた鬱憤を晴らすことを決めた。  これはある化学者が錬金術師に転生して、前世の知識を使い絶品を作り出し、その高待遇から様々な優秀なメンバーが集うギルドを成り上がらせるお話。 お気に入り5000です!! ありがとうございますヾ(●´∇`●)ノ よろしければお気に入り登録お願いします!! 他のサイトでも掲載しています ※2月末にアルファポリスオンリーになります 2章まで完結済みです 3章からは不定期更新になります。 引き続きよろしくお願いします。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...