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壱
恩返しに来ました
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雪が降り積もり始める冬のある日。
社務所兼自宅で正臣とみちる、そして母の清華がこたつに入りテレビを見ながらゆっくり過ごしていた。
窓は北風が吹いているせいで時折ガタガタと音を鳴らしている。
『今年の冬は過去に類を見ない大寒波がやって来ます。上空の強い寒気は南下を続け日本列島をすっぽりと覆い、長期的に滞在する見込みです。それに伴い、これまで雪が積らないならないような地域でも10㎝程度の積雪が予想されます』
みかんを頬張りながらニュースを見ていた正臣はふぅっと息を吐く。
「最近は本当に異常気象だなぁ。ついこの間まで暑かったのが嘘のようだよ」
「本当。冬支度が間に合わないわね……。念のため、今の内に雪下ろし用の道具をホームセンターで買っておいた方がいいかもしれないわ」
「まさかこの地域でそれが必要になるとは、誰も思わないだろうね」
冬に備えて準備をしなければ、と呟く両親をよそに黙々とみかんを頬張っていたみちるは、近くのゴミ箱に食べ終わった皮を捨てるとこたつから立ち上がった。
「部屋に戻る」
そう言って居間を出て玄関を抜け、自室へ向かう途中しっかりと閉じられている玄関の外に人影が映る。それはとても大きく、ガラスの引き戸であるドアから見ると異様な状況にも見えた。だが、当然それらはみちるには見えていないのだが、彼女は人一倍人物の気配に敏感ゆえに、ぴたりと足を止めてそちらを振り返る。
「こんな夜に、そこにいるのは誰だ?」
そう訊ねるが、ドアの外の人物は何も言わなかった。
ただゆらゆらと体を揺らし、どこか入れる場所はないのかと探しているような素振りをしている。
「何用か言わないのなら、警察に通報するぞ」
『あ……あの、えっと……。先日助けて頂いた者です』
「は?」
挙動不審な動きに、狼狽えたようなたどたどしい口調でそう言った男性の声に、みちるは思い切り怪訝そうな顔を見せる。
彼の言葉はまるで昔話にでも出て来るありきたりなセリフそのものだ。そもそも誰も助けた記憶が無いみちるには、彼の存在は不審人物以外の何者でもない。
「誰も助けてなどいないが?」
『い、いえ、助けてくれました! だから、あの、恩返しに……』
「悪質な詐欺か何かだな。警察に通報す……」
『い、いえいえいえ!!! ま、待ってください! ほんとにほんとなんです!!』
「詐欺じゃないなら何だ? 強盗か何かか?」
『そうじゃなくて……』
「助けてくださいと門扉を叩いて開けた瞬間、物騒なものを突きつけて来る奴も今じゃめずらしくないからな。やはり警察に……」
『わぁああぁっ!! 僕、助けてくださいなんて言ってないし、むしろ助けてくれたのあなただしっ!!』
大いに狼狽えるその男性は、若干涙声になっていた。「ほんとに、嘘じゃないんですぅ……」と玄関先でめそめそし始めた男性に、みちるは呆れたような顔を浮かべる。
なんと情けない男だろうか。こんな小心者が強盗出来るような人間には思えないが、それにしても不審人物である疑惑が除かれたわけではない。
みちるは扉の前まで歩み出ると、男性にもう一度声をかける。
「不審人物じゃないならどこのどいつで、お前が何者なのか名前を名乗れ」
『ええっと……どこの、はちょっと難しくて、その、この家の裏山……?』
「ふざけてるのか」
『ふ、ふふふふざけてないですぅ!!』
どう考えてもふざけてるだろう。
みちるは相手が不審人物という疑いを残しつつも、この男はただのバカではないのかと考え始めた。
「で?」
『はい?』
「名前は?」
『あ、はい! 蛇奇と言います!!』
蛇奇と言う男は、自分の名前の時は嬉々として声をあげた。扉の向こうにいると言うのに、彼の雰囲気がコロコロと変わる様子を感じ取る。
こいつはバカと言うよりアホなのかもしれない。
「恩返しにきた」だとか「裏山からきた」だとか、言っている事は明らかに不審だと言うのに、こんなヤツが悪さをするとは到底思えないと思ったみちるは、鍵を開けて僅かに戸口を開けてみる。するとワシッと戸口を大きな手が掴んで来た気配に驚き、反射的に開いた扉を閉めた
『い、痛いぃいいいいぃぃっ!!!』
「あ、悪い」
咄嗟に誤ったが、人として間違った行動を取ったとは思っていない。
誰でも突然割り込まんばかりに手をかけられたら、閉めてしまうのは仕方がない反応だ。
「と言うか。さっきみたいな事されたら誰でもビビッて当然だろうが!」
『す、すみません! で、でも、も、寒くて……つい』
体を抱きすくめ、僅かに声を震わせる蛇奇にみちるは「やれやれ」とため息を吐き、もう一度ゆっくり扉を開けてみる。すると、彼は手を出すことは無くそこに立っていた。
黒い襦袢に白地の着物を来て、裸足に草履を履いた出で立ちの蛇奇は今にも倒れそうなほど真っ青な顔をしている。
いつの間にか雪が降り出していて、蛇奇のボサボサの黒い頭の上に積り出していた。
「寒いな。雪が降ってるのか?」
「え? は、はい、さっきから降ってます」
「……とりあえず中に入れ」
みちるは玄関先に蛇奇を招き入れると、玄関の扉を閉じた。
社務所兼自宅で正臣とみちる、そして母の清華がこたつに入りテレビを見ながらゆっくり過ごしていた。
窓は北風が吹いているせいで時折ガタガタと音を鳴らしている。
『今年の冬は過去に類を見ない大寒波がやって来ます。上空の強い寒気は南下を続け日本列島をすっぽりと覆い、長期的に滞在する見込みです。それに伴い、これまで雪が積らないならないような地域でも10㎝程度の積雪が予想されます』
みかんを頬張りながらニュースを見ていた正臣はふぅっと息を吐く。
「最近は本当に異常気象だなぁ。ついこの間まで暑かったのが嘘のようだよ」
「本当。冬支度が間に合わないわね……。念のため、今の内に雪下ろし用の道具をホームセンターで買っておいた方がいいかもしれないわ」
「まさかこの地域でそれが必要になるとは、誰も思わないだろうね」
冬に備えて準備をしなければ、と呟く両親をよそに黙々とみかんを頬張っていたみちるは、近くのゴミ箱に食べ終わった皮を捨てるとこたつから立ち上がった。
「部屋に戻る」
そう言って居間を出て玄関を抜け、自室へ向かう途中しっかりと閉じられている玄関の外に人影が映る。それはとても大きく、ガラスの引き戸であるドアから見ると異様な状況にも見えた。だが、当然それらはみちるには見えていないのだが、彼女は人一倍人物の気配に敏感ゆえに、ぴたりと足を止めてそちらを振り返る。
「こんな夜に、そこにいるのは誰だ?」
そう訊ねるが、ドアの外の人物は何も言わなかった。
ただゆらゆらと体を揺らし、どこか入れる場所はないのかと探しているような素振りをしている。
「何用か言わないのなら、警察に通報するぞ」
『あ……あの、えっと……。先日助けて頂いた者です』
「は?」
挙動不審な動きに、狼狽えたようなたどたどしい口調でそう言った男性の声に、みちるは思い切り怪訝そうな顔を見せる。
彼の言葉はまるで昔話にでも出て来るありきたりなセリフそのものだ。そもそも誰も助けた記憶が無いみちるには、彼の存在は不審人物以外の何者でもない。
「誰も助けてなどいないが?」
『い、いえ、助けてくれました! だから、あの、恩返しに……』
「悪質な詐欺か何かだな。警察に通報す……」
『い、いえいえいえ!!! ま、待ってください! ほんとにほんとなんです!!』
「詐欺じゃないなら何だ? 強盗か何かか?」
『そうじゃなくて……』
「助けてくださいと門扉を叩いて開けた瞬間、物騒なものを突きつけて来る奴も今じゃめずらしくないからな。やはり警察に……」
『わぁああぁっ!! 僕、助けてくださいなんて言ってないし、むしろ助けてくれたのあなただしっ!!』
大いに狼狽えるその男性は、若干涙声になっていた。「ほんとに、嘘じゃないんですぅ……」と玄関先でめそめそし始めた男性に、みちるは呆れたような顔を浮かべる。
なんと情けない男だろうか。こんな小心者が強盗出来るような人間には思えないが、それにしても不審人物である疑惑が除かれたわけではない。
みちるは扉の前まで歩み出ると、男性にもう一度声をかける。
「不審人物じゃないならどこのどいつで、お前が何者なのか名前を名乗れ」
『ええっと……どこの、はちょっと難しくて、その、この家の裏山……?』
「ふざけてるのか」
『ふ、ふふふふざけてないですぅ!!』
どう考えてもふざけてるだろう。
みちるは相手が不審人物という疑いを残しつつも、この男はただのバカではないのかと考え始めた。
「で?」
『はい?』
「名前は?」
『あ、はい! 蛇奇と言います!!』
蛇奇と言う男は、自分の名前の時は嬉々として声をあげた。扉の向こうにいると言うのに、彼の雰囲気がコロコロと変わる様子を感じ取る。
こいつはバカと言うよりアホなのかもしれない。
「恩返しにきた」だとか「裏山からきた」だとか、言っている事は明らかに不審だと言うのに、こんなヤツが悪さをするとは到底思えないと思ったみちるは、鍵を開けて僅かに戸口を開けてみる。するとワシッと戸口を大きな手が掴んで来た気配に驚き、反射的に開いた扉を閉めた
『い、痛いぃいいいいぃぃっ!!!』
「あ、悪い」
咄嗟に誤ったが、人として間違った行動を取ったとは思っていない。
誰でも突然割り込まんばかりに手をかけられたら、閉めてしまうのは仕方がない反応だ。
「と言うか。さっきみたいな事されたら誰でもビビッて当然だろうが!」
『す、すみません! で、でも、も、寒くて……つい』
体を抱きすくめ、僅かに声を震わせる蛇奇にみちるは「やれやれ」とため息を吐き、もう一度ゆっくり扉を開けてみる。すると、彼は手を出すことは無くそこに立っていた。
黒い襦袢に白地の着物を来て、裸足に草履を履いた出で立ちの蛇奇は今にも倒れそうなほど真っ青な顔をしている。
いつの間にか雪が降り出していて、蛇奇のボサボサの黒い頭の上に積り出していた。
「寒いな。雪が降ってるのか?」
「え? は、はい、さっきから降ってます」
「……とりあえず中に入れ」
みちるは玄関先に蛇奇を招き入れると、玄関の扉を閉じた。
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