55 / 66
陸
姿を重ねて
しおりを挟む
月明かりに照らされた海面を見つめ、さざ波の音に聞き耳を立てる。ここは情緒があって神秘的で、とても癒される場所だなぁ……。
そう言えば桂浜水族館、ここにあるんだっけ。今度は昼間にでも来て水族館にも行ってみようかな。皆と一緒に……。出来れば、幸之助も一緒だったらいいのに。
しんみりと思いに浸りながら海を眺める。
「そう言えば、加奈子殿。よさこい節をご存じですか?」
「よさこい節?」
ふと、やこ問われて私は彼女を振り返った。
「そうです。よさこい祭りでも使われる歌です。土佐~の~、高知~の~……」
「あ、うん。聞いたことある」
それ、聞いたことがある。最初に聞いたのは去年の夏、よさこい祭りの時だったかな。鳴子を持って踊る曲の中にどのチームも必ずよさこい節のフレーズが入ってるんだよね。
「この歌が生まれた元のお話知ってます?」
「話?」
「よさこい節に出て来るお坊さんなんですけど、これ実は恋のお話なんですよ」
やこの言葉に私は初めてよさこい節の裏に実話があると言うのを知った。
でも恋のお話って……。お坊さんって色恋は御法度だって言われていたはずよね。そのお坊さんが恋? 何だか凄く興味がある。
「初めて聞いたわ。それ、どんな話なの?」
「高知には五台山と言う山があるんですけれど、その山の竹林寺に僧侶の純信という方がいたんです。人の時代で言えば安政2年の幕末の頃ですわ」
安政2年の幕末……と言うと大体1855年頃よね。神奈川県の浦賀にペリーの黒船が来航したくらいの時だったと思う。
やこの話では、この恋の話には色んな説が伝えられているらしかった。
一番有力な話としては、事の始まりは幡多郡柏島の護念寺にいた慶全と言うお坊さんが竹林寺に修行に来た時、洗濯の手伝いに来ていたお馬さんを見染めて、恋仲になったそう。
慶全さんはお馬さんの関心を引きたくてはりまや橋の橘屋と言う小物店でかんざしを購入したけれど、彼の知らない間に、お馬さんは分別があって説法も巧みな竹林寺住職の純信さんに心を惹かれていたのだとか。
当時は修行僧が恋をして、しかも恋人にかんざしを買い与えるなんてことが考えられない時代だったから、たちまちのうちに噂が広まってしまった。だから純信さんは「掟に背いた」として慶全を追放したんだって。だけど、彼を追い出した後で純信さんはお馬さんと逢瀬を重ねることになったとか。
それを知った慶全さんは怒って「かんざしを買ったのは純信」だって噂を流したのがこの歌の始まりだったみたい。
「その後、純信とお馬の関係が知られてしまい、謹慎となった純信はお馬と駆け落ちすることを選んだそうです。裁判の判決文の“通信伊尾木文書写し”には、5月17日夜、ひそかにお馬の所へ行き駆け落ちを示し合わせ、19日夜に監視の隙を伺って寺を出た”と言う書面が残されているそうです」
「凄い、ドラマみたい……」
「二人はその後、道案内人の安右衛門と共に香美市物部町から県境を越え、徳島を経由して香川県の琴平町まで逃避行したそうです。ですが、土佐藩の追っ手に見つかってしまって高知城下に連れ戻されました」
何となく話の途中から分かっていたけれど、やっぱり上手くはいかなかったんだ。
それもそうよね……当時は関所破りは御法度とされていた時代だもの。
「それで、二人はどうなったの?」
「縄に繋がれて筵に座らされ、3日間晒し者にされたそうです。その後、純信は土佐藩以外に追放されてお馬は城下から追放され引き離されました。その後は二人とも別々に結婚をして再び会う事はなかったと言う事です」
「……そっか」
相容れない仲となると、やっぱりそう言う結果になっちゃうんだろうね。
特に昔は今みたいに多様性が認められる世の中じゃなかったから、余計に……。
その話を聞いた私は、知らず知らずのうちにその話に自分と幸之助を重ねていた。
お坊さんと町娘の方がよっぽど近しいけれど、私と幸之助とではそれこそ相容れない関係よね。追放だとか、そう言うのじゃ通用しないもの。そもそも、人間とあやかしだし、種族も違う状態なわけで……。
「……」
私はつい、黙り込んでしまった。
そんな私を、傍にいた虎太郎はとても心配そうに視線を送ってきている事に、私は気付かなかった。
もし幸之助とずっと一緒にいられる何か良い案があったなら、たぶん私は迷わずそれを選ぶのかもしれない。だけど、そんなこと出来るわけないよね。
……なんて、だめだめ。つい周りに引っ張られやすいのは私の悪いところだわ。今はまだやること沢山あるんだから。そもそもそう言うのが最終目的じゃないって、自分でも言ったじゃない。
私はぶんぶんと頭を振って、「よし」と気合を入れると二人を振り返った。
「さ。夜の桂浜も充分堪能できたことだし戻ろうか。夕ご飯も食べないとだしね!」
そう言うと私は先陣を切って駐車場までの道を歩き出す。
やこと虎太郎はそんな私を見つめながら、こそっと話をする。
「……無理、してるよね」
「そうですわね。でも、どうなさるかは加奈子殿ご自身で選び、決める事ですもの」
「うん……。僕たちがあれこれ言ったって、結局自分なんだよね」
「えぇ」
やこと虎太郎は、前を歩いていた私の後姿を見つめ続けていた。
そう言えば桂浜水族館、ここにあるんだっけ。今度は昼間にでも来て水族館にも行ってみようかな。皆と一緒に……。出来れば、幸之助も一緒だったらいいのに。
しんみりと思いに浸りながら海を眺める。
「そう言えば、加奈子殿。よさこい節をご存じですか?」
「よさこい節?」
ふと、やこ問われて私は彼女を振り返った。
「そうです。よさこい祭りでも使われる歌です。土佐~の~、高知~の~……」
「あ、うん。聞いたことある」
それ、聞いたことがある。最初に聞いたのは去年の夏、よさこい祭りの時だったかな。鳴子を持って踊る曲の中にどのチームも必ずよさこい節のフレーズが入ってるんだよね。
「この歌が生まれた元のお話知ってます?」
「話?」
「よさこい節に出て来るお坊さんなんですけど、これ実は恋のお話なんですよ」
やこの言葉に私は初めてよさこい節の裏に実話があると言うのを知った。
でも恋のお話って……。お坊さんって色恋は御法度だって言われていたはずよね。そのお坊さんが恋? 何だか凄く興味がある。
「初めて聞いたわ。それ、どんな話なの?」
「高知には五台山と言う山があるんですけれど、その山の竹林寺に僧侶の純信という方がいたんです。人の時代で言えば安政2年の幕末の頃ですわ」
安政2年の幕末……と言うと大体1855年頃よね。神奈川県の浦賀にペリーの黒船が来航したくらいの時だったと思う。
やこの話では、この恋の話には色んな説が伝えられているらしかった。
一番有力な話としては、事の始まりは幡多郡柏島の護念寺にいた慶全と言うお坊さんが竹林寺に修行に来た時、洗濯の手伝いに来ていたお馬さんを見染めて、恋仲になったそう。
慶全さんはお馬さんの関心を引きたくてはりまや橋の橘屋と言う小物店でかんざしを購入したけれど、彼の知らない間に、お馬さんは分別があって説法も巧みな竹林寺住職の純信さんに心を惹かれていたのだとか。
当時は修行僧が恋をして、しかも恋人にかんざしを買い与えるなんてことが考えられない時代だったから、たちまちのうちに噂が広まってしまった。だから純信さんは「掟に背いた」として慶全を追放したんだって。だけど、彼を追い出した後で純信さんはお馬さんと逢瀬を重ねることになったとか。
それを知った慶全さんは怒って「かんざしを買ったのは純信」だって噂を流したのがこの歌の始まりだったみたい。
「その後、純信とお馬の関係が知られてしまい、謹慎となった純信はお馬と駆け落ちすることを選んだそうです。裁判の判決文の“通信伊尾木文書写し”には、5月17日夜、ひそかにお馬の所へ行き駆け落ちを示し合わせ、19日夜に監視の隙を伺って寺を出た”と言う書面が残されているそうです」
「凄い、ドラマみたい……」
「二人はその後、道案内人の安右衛門と共に香美市物部町から県境を越え、徳島を経由して香川県の琴平町まで逃避行したそうです。ですが、土佐藩の追っ手に見つかってしまって高知城下に連れ戻されました」
何となく話の途中から分かっていたけれど、やっぱり上手くはいかなかったんだ。
それもそうよね……当時は関所破りは御法度とされていた時代だもの。
「それで、二人はどうなったの?」
「縄に繋がれて筵に座らされ、3日間晒し者にされたそうです。その後、純信は土佐藩以外に追放されてお馬は城下から追放され引き離されました。その後は二人とも別々に結婚をして再び会う事はなかったと言う事です」
「……そっか」
相容れない仲となると、やっぱりそう言う結果になっちゃうんだろうね。
特に昔は今みたいに多様性が認められる世の中じゃなかったから、余計に……。
その話を聞いた私は、知らず知らずのうちにその話に自分と幸之助を重ねていた。
お坊さんと町娘の方がよっぽど近しいけれど、私と幸之助とではそれこそ相容れない関係よね。追放だとか、そう言うのじゃ通用しないもの。そもそも、人間とあやかしだし、種族も違う状態なわけで……。
「……」
私はつい、黙り込んでしまった。
そんな私を、傍にいた虎太郎はとても心配そうに視線を送ってきている事に、私は気付かなかった。
もし幸之助とずっと一緒にいられる何か良い案があったなら、たぶん私は迷わずそれを選ぶのかもしれない。だけど、そんなこと出来るわけないよね。
……なんて、だめだめ。つい周りに引っ張られやすいのは私の悪いところだわ。今はまだやること沢山あるんだから。そもそもそう言うのが最終目的じゃないって、自分でも言ったじゃない。
私はぶんぶんと頭を振って、「よし」と気合を入れると二人を振り返った。
「さ。夜の桂浜も充分堪能できたことだし戻ろうか。夕ご飯も食べないとだしね!」
そう言うと私は先陣を切って駐車場までの道を歩き出す。
やこと虎太郎はそんな私を見つめながら、こそっと話をする。
「……無理、してるよね」
「そうですわね。でも、どうなさるかは加奈子殿ご自身で選び、決める事ですもの」
「うん……。僕たちがあれこれ言ったって、結局自分なんだよね」
「えぇ」
やこと虎太郎は、前を歩いていた私の後姿を見つめ続けていた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる