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第二幕 肆
大事なこと
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駅前で突然不穏な空気に包まれた私たちの様子に、周りの人達も何事かとひそひそ話しながら足を止め、こちらを見てきているのが分かる。
「……っ」
私はぎゅうっと目を閉じて傘を握り締めた。
もう二度と会う事はないと思っていた。そもそも会う事を禁じていられたはず。向こうが下手なことは出来ないと分かっていたけれど、だからと言って向こうから声をかけて来るなんて……。
身を固くして小刻みに震える私を見て、啓太は「ハッ」と短い溜息を吐いた。
「何ビビってんだよ。俺とお前の仲だろ? なぁ、俺らと遊ぼうぜ」
ひくついた顔をそのままに、私に「遊ぼう」と迫って来る彼に私はやっとのことで首を横に振るしかできない。
このままでいいの? 今のまま相手に流されていたらまた去年までのような地獄の日々に振り回されてしまうんじゃないの? また逆戻りしたいの?
でも歯向かったら……きっと周りに被害が及んでしまうんじゃ……。
私は心の中で矛盾している自問自答を繰り返す。
あの日の事を思い出し、あの日々があのまま続いていたらと考えただけでもおぞましくなる。私はもう、過去と同じ過ちを繰り返したりしないし、したくない。このまま大人しく彼の言うままになったとしたら、何も変わってない事になる。それに、今の私には虎太郎がついていてくれる。それに幸之助や、他の皆も……。だけど……。
実際彼を目の前にすると、言葉が出てこない。
やられっぱなしはいい気分がしない。この男には何か一つでも言い返してやりたいと思っていた。相手の顔色を伺い過ぎていたり相手の言葉に翻弄され過ぎれば、それだけ自分を殺すことになる。すぐそばに交番だってある。ビビるな私。私はぎゅっとポケットに入っていた幸之助のお守りを握り締め、口を開いた。
「……わ、私に関わらないよう警察や裁判所からの通達があったんじゃなかったの?」
私が顔も上げずにやっとのことでそう切り返すと、彼はぐっと瞬間的に言葉を飲み込んだ。ワナワナと握り締めた拳を震わせ、ますます苛立った様子で目を剥いた。
「んだと……っ!? 俺がそんな目に遭ったのは誰のせいだと思ってやがるんだ!」
「!」
カッとなった啓太が腕を振り上げようとする瞬間が見え、私は咄嗟に目を閉じて顔を逸らすと、すぐに虎太郎が私を庇うように抱きかかえてきた。だけど、もう一つの影が私と啓太の間に割り込んだことに気付いて顔を上げる。
「こんな大勢の人前で女性に暴力を振るおうとするなんて。男として見下げた行為は取るべきではありませんわ」
やこ!?
まさかの聞き慣れた凛とした声に私は驚いた。
やこは決して怯んでない。まさに振り下ろそうとしていた啓太の拳を手にしていた扇子で叩き払い、啓太を見つめ返していた。
怒っている雰囲気が後ろから見てても分かるくらい、いつも温厚でおしとやかなやこのその姿を目の当たりにした私は、この時初めて彼女を怖いと感じた。
「警察に報告させて頂いても宜しいんですよ」
「くそっ……」
啓太は悪態を吐き、悔しそうに顔を歪めるとそれ以上何も言わずに友人と立ち去って行った。大きなトラブルにもならず、俄かに騒がしくはなったけれど、周りで見ていた人たちもバラバラと散っていく。
彼が人込みに紛れていなくなると、私はいきなり腰が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
「加奈子殿、大丈夫ですか?」
「大丈夫か? 加奈子」
心配そうに覗き込んでくる虎太郎とやこに、私はまだ小刻みに震える体を抱きしめて小さく頷き返した。
「……う、うん。ありがとう、二人とも」
体の震えを抑えるために何度か深呼吸をして、私はゆっくりと立ち上がった。すると虎太郎は眉間に皺を寄せてどこかやるせなさそうに私を見て来る。
「虎太郎?」
「……加奈子。僕や飯綱はさ、加奈子のこと大事だから全力で護るよ。何があっても。幸之助は特にそうだと思う。だけどさ、何で加奈子は自分で自分の事を傷つけるようなことするの?」
「え……?」
何とも思いがけないその言葉に、私は目を見開いた。同時に返す言葉が咄嗟に出てこなかった。彼の言っている言葉がよく分からず、私は困惑した表情を浮かべる。
自分で自分を傷つけるって……どういう事?
戸惑っていると、虎太郎は何も言わずにぎゅうっと抱きしめて来る。
「加奈子は優し過ぎるんだよ。こう言ったら相手を傷つけてしまうかもしれないとか、自分さえ我慢すれば誰も傷つかないで済むとか、無意識にそう言う風に考えてるでしょ。全部、顔に出てる」
「……」
「僕は堂々としてる加奈子が好きだよ。気さくだし、いつも笑顔が絶えないし、ハッキリ言う時は言うし、面白いし。でも、凄く変なところで優し過ぎるところ……加奈子の弱みが出て来るんだ。その弱みは臆病を引き寄せて、最後は自分を傷つける」
虎太郎の言っていることは間違ってない。
私は彼の言葉に何一つ反論できる余地がなかった。だって、本当にそうなんだもの。だから相手に振り回されてしまうし、良いように利用されてしまう。
「加奈子を護ろうと思っても、加奈子自身が自分を傷つけてたら僕たちは護り切れないよ。真吉の時だって……」
そう言いかけて、虎太郎は一瞬口を閉ざす。
後悔しているかのようにわずかに私を抱きしめる腕に力が籠ったけれど、すぐにその腕を解かれて、困ったような笑みを覗かせた。
「ほんと、真吉と加奈子はよく似てる。二人とも自己犠牲が過ぎるんだ。簡単に自分を捨てて、自分を傷つけてでも周りを護ろうとする。例えどんなに憎い相手でも無意識にそうしちゃうんだ。……見てられないよ。それに、そんなだからこそ、ほっとけない」
「虎太郎……」
虎太郎はとても悔しそうに唇を噛んだ。
「加奈子が頑張ってることは知ってるよ。表向きは慰安旅行のつもりでも、本当はそう言う自分が嫌で、そんな自分を変えようと思って八十八ヶ所巡りをしたってことも。人間たちの事は知らないけど、あやかし達はみんな知ってる。加奈子はいいところいっぱいあるんだし、皆に好かれる要因も沢山ある。もっと自信もっていいんだ。今までの自分を否定する必要はないけど、でも、もっと自分を大事にしてよ」
その言葉が、凄く心に染みた。
隣にいるやこも、さっきまでの雰囲気は全くなくなって柔和な笑みを浮かべて頷いている。
そんな二人を前に、私は持っている傘を握り締めてわずかに視線を下げた。
「私ね……。実を言うと一年前までこんなに色々話せる人間じゃなかったの。凄く相手に感化されやすくて臆病なところがあって、少しでも強い相手だと分かると言い返すこともしないような性格だった。要は自分てものをちゃんと持ってなかったの」
自分さえ我慢すれば、周りは喜んでくれる。それがいいんだって、無意識に自分で刷り込んでしまったのね……。そうじゃなきゃいけないんだって。
その考え方がどんどん自分の中でおかしな方向へ捻じれて行った。
意見をしてはいけない。相手が望む事で、自分が出来ることは何でもしよう。
それが例え度を超えるほどの事があっても、すでに自分の中で見境や節度までも見失っているから、どんどん「そうしなくちゃいけない」って思いに駆られて行ってた。
「だけど、あいつと関わって大きな揉め事に駆り出されてから、目が覚めたような気がした。今までは“自己犠牲こそ自分の正義”だと疑わなかったけど、そうじゃないって。もっと、自分の中で区切りをつけないと自分や自分が護らなきゃいけないものまで傷つけることになるんだって……」
結果的に、それは誰の為にもなってないんだってことも分かった。
深く深く根付いてしまった、もはや癖とも言える自己犠牲はすぐには直らないかもしれないし、直せないかもしれない。だけど……。
「虎太郎、ありがとう。今までの自分を否定する必要はないって言ったあなたの言葉、凄く身に染みたわ」
そうよ。これからは、これまでの自分を否定するんじゃなくて受け入れた上でどう折り合いを付けながらやっていくかが大事なのよね。ちゃんと自分を持っていかなければ、ずっと同じことの繰り返しにもなるし皆を心配させてしまうんだ。
そう言うと、やこも虎太郎も安心したような表情を浮かべて笑っていた。
その彼らの後方から、何も知らないのんきな愛華の声が聞こえてくる。
「加奈子、お待たせ~! お。あれ? 飯綱さんも一緒なんだ! いいねいいね! 三人で楽しもう!」
「私もご一緒しても宜しいんですか?」
「宜しい宜しい! ぜぇんぜん宜しいよ~! 最近天気悪くて気分も滅入っちゃってるしさ。パーッと遊ぼう! ……って、あれ? 加奈子、何かあった? 顔色悪いよ。具合悪い?」
よほど最近の天気の悪さに滅入っていたのか、愛華のテンションはとても高かった。その中でようやく私の様子に気付いて心配して声をかけてくれる。
ほんとに、愛華のそのパワフルさにも私、元気貰えてるわ。
「ごめん。大丈夫よ。さっき元彼と鉢合わせしちゃってさ」
「えっ!? マジ? あいつこの辺にいんの? ヤバイじゃん。場所変えよ、場所。あ、じゃあさ、新大久保に韓国料理食べに行こうか。何かあたし、今無性にレインボーチーズハットック食べたくなったなぁ~。ラクレットチーズをかけたタッカルビもいいよね! あと雪花氷《ソルファビン》! チョコブラウニー味がめっちゃ美味しいんだよね。あ、そうだ。ついでにコスメも見に行こう! そうしよう!」
そう言うと愛華は慌ただしく私の背中を押して、あれよあれよと言う間に山手線に押し込まれる。
「もう、愛華は食べる事ばっかりじゃん」
「だって新大久保と言えば食べ歩きでしょ。韓国料理美味しいし。夕飯にキンパ買って帰れるしいいじゃん。飯綱さんは新大久保行ったことある?」
「あ、いえ……私は初めてです」
「ならなおの事いいじゃん! 沢山お店があって楽しいよ! だから今日は新大久保で楽しもう~!」
愛華の勢いに押され私たちは一路、新大久保に向かう事になった。
愛華は初めて行くと言うやこを捕まえてあれこれ話を持ち掛けているのを見ていると、何だか鞍馬をみているような気分になってくる。
「関東の、人間版の鞍馬を見てるみたい」
私がそう言うと、勢いに流された虎太郎が大袈裟なため息を吐いた。
「僕、ああいう人ちょっと苦手だよ……」
どこかやつれたように呟く虎太郎の顔を見て、私は思わず笑ってしまった。
「……っ」
私はぎゅうっと目を閉じて傘を握り締めた。
もう二度と会う事はないと思っていた。そもそも会う事を禁じていられたはず。向こうが下手なことは出来ないと分かっていたけれど、だからと言って向こうから声をかけて来るなんて……。
身を固くして小刻みに震える私を見て、啓太は「ハッ」と短い溜息を吐いた。
「何ビビってんだよ。俺とお前の仲だろ? なぁ、俺らと遊ぼうぜ」
ひくついた顔をそのままに、私に「遊ぼう」と迫って来る彼に私はやっとのことで首を横に振るしかできない。
このままでいいの? 今のまま相手に流されていたらまた去年までのような地獄の日々に振り回されてしまうんじゃないの? また逆戻りしたいの?
でも歯向かったら……きっと周りに被害が及んでしまうんじゃ……。
私は心の中で矛盾している自問自答を繰り返す。
あの日の事を思い出し、あの日々があのまま続いていたらと考えただけでもおぞましくなる。私はもう、過去と同じ過ちを繰り返したりしないし、したくない。このまま大人しく彼の言うままになったとしたら、何も変わってない事になる。それに、今の私には虎太郎がついていてくれる。それに幸之助や、他の皆も……。だけど……。
実際彼を目の前にすると、言葉が出てこない。
やられっぱなしはいい気分がしない。この男には何か一つでも言い返してやりたいと思っていた。相手の顔色を伺い過ぎていたり相手の言葉に翻弄され過ぎれば、それだけ自分を殺すことになる。すぐそばに交番だってある。ビビるな私。私はぎゅっとポケットに入っていた幸之助のお守りを握り締め、口を開いた。
「……わ、私に関わらないよう警察や裁判所からの通達があったんじゃなかったの?」
私が顔も上げずにやっとのことでそう切り返すと、彼はぐっと瞬間的に言葉を飲み込んだ。ワナワナと握り締めた拳を震わせ、ますます苛立った様子で目を剥いた。
「んだと……っ!? 俺がそんな目に遭ったのは誰のせいだと思ってやがるんだ!」
「!」
カッとなった啓太が腕を振り上げようとする瞬間が見え、私は咄嗟に目を閉じて顔を逸らすと、すぐに虎太郎が私を庇うように抱きかかえてきた。だけど、もう一つの影が私と啓太の間に割り込んだことに気付いて顔を上げる。
「こんな大勢の人前で女性に暴力を振るおうとするなんて。男として見下げた行為は取るべきではありませんわ」
やこ!?
まさかの聞き慣れた凛とした声に私は驚いた。
やこは決して怯んでない。まさに振り下ろそうとしていた啓太の拳を手にしていた扇子で叩き払い、啓太を見つめ返していた。
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「くそっ……」
啓太は悪態を吐き、悔しそうに顔を歪めるとそれ以上何も言わずに友人と立ち去って行った。大きなトラブルにもならず、俄かに騒がしくはなったけれど、周りで見ていた人たちもバラバラと散っていく。
彼が人込みに紛れていなくなると、私はいきなり腰が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
「加奈子殿、大丈夫ですか?」
「大丈夫か? 加奈子」
心配そうに覗き込んでくる虎太郎とやこに、私はまだ小刻みに震える体を抱きしめて小さく頷き返した。
「……う、うん。ありがとう、二人とも」
体の震えを抑えるために何度か深呼吸をして、私はゆっくりと立ち上がった。すると虎太郎は眉間に皺を寄せてどこかやるせなさそうに私を見て来る。
「虎太郎?」
「……加奈子。僕や飯綱はさ、加奈子のこと大事だから全力で護るよ。何があっても。幸之助は特にそうだと思う。だけどさ、何で加奈子は自分で自分の事を傷つけるようなことするの?」
「え……?」
何とも思いがけないその言葉に、私は目を見開いた。同時に返す言葉が咄嗟に出てこなかった。彼の言っている言葉がよく分からず、私は困惑した表情を浮かべる。
自分で自分を傷つけるって……どういう事?
戸惑っていると、虎太郎は何も言わずにぎゅうっと抱きしめて来る。
「加奈子は優し過ぎるんだよ。こう言ったら相手を傷つけてしまうかもしれないとか、自分さえ我慢すれば誰も傷つかないで済むとか、無意識にそう言う風に考えてるでしょ。全部、顔に出てる」
「……」
「僕は堂々としてる加奈子が好きだよ。気さくだし、いつも笑顔が絶えないし、ハッキリ言う時は言うし、面白いし。でも、凄く変なところで優し過ぎるところ……加奈子の弱みが出て来るんだ。その弱みは臆病を引き寄せて、最後は自分を傷つける」
虎太郎の言っていることは間違ってない。
私は彼の言葉に何一つ反論できる余地がなかった。だって、本当にそうなんだもの。だから相手に振り回されてしまうし、良いように利用されてしまう。
「加奈子を護ろうと思っても、加奈子自身が自分を傷つけてたら僕たちは護り切れないよ。真吉の時だって……」
そう言いかけて、虎太郎は一瞬口を閉ざす。
後悔しているかのようにわずかに私を抱きしめる腕に力が籠ったけれど、すぐにその腕を解かれて、困ったような笑みを覗かせた。
「ほんと、真吉と加奈子はよく似てる。二人とも自己犠牲が過ぎるんだ。簡単に自分を捨てて、自分を傷つけてでも周りを護ろうとする。例えどんなに憎い相手でも無意識にそうしちゃうんだ。……見てられないよ。それに、そんなだからこそ、ほっとけない」
「虎太郎……」
虎太郎はとても悔しそうに唇を噛んだ。
「加奈子が頑張ってることは知ってるよ。表向きは慰安旅行のつもりでも、本当はそう言う自分が嫌で、そんな自分を変えようと思って八十八ヶ所巡りをしたってことも。人間たちの事は知らないけど、あやかし達はみんな知ってる。加奈子はいいところいっぱいあるんだし、皆に好かれる要因も沢山ある。もっと自信もっていいんだ。今までの自分を否定する必要はないけど、でも、もっと自分を大事にしてよ」
その言葉が、凄く心に染みた。
隣にいるやこも、さっきまでの雰囲気は全くなくなって柔和な笑みを浮かべて頷いている。
そんな二人を前に、私は持っている傘を握り締めてわずかに視線を下げた。
「私ね……。実を言うと一年前までこんなに色々話せる人間じゃなかったの。凄く相手に感化されやすくて臆病なところがあって、少しでも強い相手だと分かると言い返すこともしないような性格だった。要は自分てものをちゃんと持ってなかったの」
自分さえ我慢すれば、周りは喜んでくれる。それがいいんだって、無意識に自分で刷り込んでしまったのね……。そうじゃなきゃいけないんだって。
その考え方がどんどん自分の中でおかしな方向へ捻じれて行った。
意見をしてはいけない。相手が望む事で、自分が出来ることは何でもしよう。
それが例え度を超えるほどの事があっても、すでに自分の中で見境や節度までも見失っているから、どんどん「そうしなくちゃいけない」って思いに駆られて行ってた。
「だけど、あいつと関わって大きな揉め事に駆り出されてから、目が覚めたような気がした。今までは“自己犠牲こそ自分の正義”だと疑わなかったけど、そうじゃないって。もっと、自分の中で区切りをつけないと自分や自分が護らなきゃいけないものまで傷つけることになるんだって……」
結果的に、それは誰の為にもなってないんだってことも分かった。
深く深く根付いてしまった、もはや癖とも言える自己犠牲はすぐには直らないかもしれないし、直せないかもしれない。だけど……。
「虎太郎、ありがとう。今までの自分を否定する必要はないって言ったあなたの言葉、凄く身に染みたわ」
そうよ。これからは、これまでの自分を否定するんじゃなくて受け入れた上でどう折り合いを付けながらやっていくかが大事なのよね。ちゃんと自分を持っていかなければ、ずっと同じことの繰り返しにもなるし皆を心配させてしまうんだ。
そう言うと、やこも虎太郎も安心したような表情を浮かべて笑っていた。
その彼らの後方から、何も知らないのんきな愛華の声が聞こえてくる。
「加奈子、お待たせ~! お。あれ? 飯綱さんも一緒なんだ! いいねいいね! 三人で楽しもう!」
「私もご一緒しても宜しいんですか?」
「宜しい宜しい! ぜぇんぜん宜しいよ~! 最近天気悪くて気分も滅入っちゃってるしさ。パーッと遊ぼう! ……って、あれ? 加奈子、何かあった? 顔色悪いよ。具合悪い?」
よほど最近の天気の悪さに滅入っていたのか、愛華のテンションはとても高かった。その中でようやく私の様子に気付いて心配して声をかけてくれる。
ほんとに、愛華のそのパワフルさにも私、元気貰えてるわ。
「ごめん。大丈夫よ。さっき元彼と鉢合わせしちゃってさ」
「えっ!? マジ? あいつこの辺にいんの? ヤバイじゃん。場所変えよ、場所。あ、じゃあさ、新大久保に韓国料理食べに行こうか。何かあたし、今無性にレインボーチーズハットック食べたくなったなぁ~。ラクレットチーズをかけたタッカルビもいいよね! あと雪花氷《ソルファビン》! チョコブラウニー味がめっちゃ美味しいんだよね。あ、そうだ。ついでにコスメも見に行こう! そうしよう!」
そう言うと愛華は慌ただしく私の背中を押して、あれよあれよと言う間に山手線に押し込まれる。
「もう、愛華は食べる事ばっかりじゃん」
「だって新大久保と言えば食べ歩きでしょ。韓国料理美味しいし。夕飯にキンパ買って帰れるしいいじゃん。飯綱さんは新大久保行ったことある?」
「あ、いえ……私は初めてです」
「ならなおの事いいじゃん! 沢山お店があって楽しいよ! だから今日は新大久保で楽しもう~!」
愛華の勢いに押され私たちは一路、新大久保に向かう事になった。
愛華は初めて行くと言うやこを捕まえてあれこれ話を持ち掛けているのを見ていると、何だか鞍馬をみているような気分になってくる。
「関東の、人間版の鞍馬を見てるみたい」
私がそう言うと、勢いに流された虎太郎が大袈裟なため息を吐いた。
「僕、ああいう人ちょっと苦手だよ……」
どこかやつれたように呟く虎太郎の顔を見て、私は思わず笑ってしまった。
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