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2章

55.新しい家

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 この国の貴族街は、門と塀に区切られた四つの区画に分かれている。

 第一区画は王城を中心にぐるりと取り囲む形で作られている。今の位置に王城が移った頃の建物が多く、かなり歴史ある街並みだ。
 古くから仕えていたリブラック家も、もちろん第一区画にある。

 王国の長い歴史の中で、貴族が増えるごとに第二、第三と区画も増えた。

 あまりに貴族が増えすぎたので、時の王は明確な叙爵の基準と一代男爵の制度を設けた。
 そのおかげで貴族が一定以上、増えることは無くなった。

 しかし、一代男爵や一代にして財を成した者、貴族の子息息女でも後継者ではない者たちは貴族街に住むことを望んだ。
 平民街の治安はそこまで悪くもないが、塀の中の貴族街に住むのは一種のステータスだった。

 王が彼らの心情に関心があったわけではない。それでも新しい区画を作り与えた。区別なく住み続けることで、身分差が争いの火種になることを恐れたのだ。

 そうしてできたのが第四区画。

 一番新しいその区画は、成り上がりが多いせいか、いつの時代も他の区画より活気に満ち溢れていた──。

「こちらのドレスはいかがでしょうか? デザイナーが素材からこだわった一点ものですわ」
「色が白くていらっしゃるから濃い色のドレスも似合いそうですわ!」
「今年のトレンドはこちらの羽付きのお帽子ですの」
「あら! 宝石をひとつもお持ちでない? ならこちらのネックレスなどはいかがでしょう?」
「こちらも是非ご覧ください!」

 煌びやかな服、装飾品、宝石の数々に圧倒されながら、その中心でアルティーティは数人のご婦人たちのなすがままにされていた。

 助けを求めようにも、彼女をここに連れてきたジークフリートは離れたところで一番年長と思われる女性と話している。「好きに選べ」と言われてそれっきりだ。

(隊長、今度は一体何を企んでるんですか……!?)

 アルティーティは、かわるがわる物を勧めてくるご婦人たちに愛想笑いを浮かべつつ、ここに来るまでのことを思い返していた。







◇◇◇




「馬の世話のあとは暇か?」と、ジークフリートに問われた翌日。

 昨日にも増して激しくじゃれついてくるクロエの世話を一通り終えたアルティーティは、例によって豪華な馬車に押し込められ、王都の中心部へと向かっていた。

 またリブラック家に行くのか、何の用だろう? はたまた今度は本当に任務か?

 それにしても具体的なことは何も言ってくれないな、と窓の外を眺めるジークフリートにチラチラ視線を送っていた。

 そうしていると、ふと目に入った景色がリブラック家に向かう道とは違う、第四区画のものだということに気づく。

 あれ? おかしい。と思っていると、目的地についたのか馬車が止まり降ろされた。

 リブラック家よりこぢんまりとした──とはいえ十分大きい部類だが──洋館だ。最近塗り替えられたのか白い壁が光って見える。

「ここが新しい家だ」
「新しい……家? 寮から引っ越すのですか?」

 騎士団寮は女人禁制の寮だ。女性と一緒には住めない。妻帯者の多くは第四区画に家を買って住むか、別居婚を選択する。

 当然の疑問に、ジークフリートは首を振った。

「いや、結婚しても今まで通りだ」
「ならなぜですか?」
「結婚して家がなかったらバレるだろ」
「……あ、なるほど」

 言われてみればそうだ。しかし契約結婚のためにわざわざ住む予定がない家まで買うか。仕方がないとはいえ、嘘のスケールがデカすぎる。

(そこまでしてちゃんとした結婚をしたくないのかぁ……徹底してるよねこの人……)

 やや呆れながらも中に案内されると、メイドと共にずらりと並んだご婦人たちがニコニコと出迎えてくる。

 事態が飲み込めないアルティーティをよそに、ジークフリートは「最低でも部屋着とドレスを10着以上、それに合う宝石も見繕ってほしい」とご婦人たちに指示を出し、あれよあれよという間に囲まれてしまった。

 アルティーティはテンションの高いご婦人たちに揉まれながら「いや、ドレス10着……多くない?」と顔を引きつらせるしかできなかった。



◇◇◇
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