上 下
44 / 97
2章

44.馬……ですか

しおりを挟む
 騎士に必要なもの。武器、防具、技術、気構え、信条──様々あるが、もうひとつ騎士を語る上で重要な要素がある。

「……馬……ですか?」

 首をかしげるアルティーティに、ジークフリートは短く「ああ」とうなずいた。

 『騎』士というからには騎馬が必要不可欠。

 ということで、新人のアルティーティとヴィクターはジークフリートに連れられ、騎士団向けに馬を育成している厩舎きゅうしゃへと向かっていた。

 といっても、訓練所の隣にあるので歩いてすぐのところにある。訓練の合間に抜けて来ているため、この三人以外の隊員は今も訓練中だ。

 ふたりの前を歩くジークフリートは肩越しに口を開く。

「そろそろお前たちにも自分の馬を持ってもらう時期かと思ってな」
「でも、今まで訓練で乗ってましたけど……」
「あれは他の騎士が乗っていた老馬……引退した馬だな。新人が慣れるまでの間、借りてるものだ」
「オメェそんなことも知らなかったのかよ」

 横からヴィクターが茶々を入れてきた。

 右手の包帯は取れ、皮膚も元通りになっている。

 火傷の深さを考えると、かなり治りが早い。ヴィクターの体質だろうか。
 たしかに、体格も良くかなり頑丈そうではあるが。

 あの喧嘩の日が約十日前。アルティーティはほぼ毎日、ヴィクターの包帯を巻いてあげていた。

 同室のカミルに頼めばいいのに、と一瞬思ったが、あの性格だ。素直に巻いてくれそうにない。

 その代わり、日々の手当のおかげかアルティーティはヴィクターとそれなりに会話できるようになっていた。

 アルティーティは考えるようにうーん、と少し唸った。

「てっきりあれが自分の馬かと」
「おいおい頼むぜ……士官学校でも習ったんだからな……」
「そうだっけ?」
「とにかく、今日は馬との顔合わせみたいなものだ。明日から自分の馬を世話してもらうからな」

 ジークフリートがひとつ咳払いをする。

 咳ひとつでも──特にヴィクターに──緊張が走り、ふたりは口をつぐんだ。

 沈黙の中、舗装された道を歩む靴音だけが聞こえる。

 アルティーティは前を行くジークフリートに目をやった。

『婚約者亡くしたどこぞの騎士の話、あれジークフリートあいつだから』。

 カミルに言われた言葉が頭の中に響く。

 結局あれ以来、ジークフリートとふたりきりだとうまく振る舞えないでいる。

 口を開くと、うっかり聞いてはいけないことを言ってしまいそうで結局口ごもるしかない。

『元婚約者さんのことが好きだったんですか?』。
『守ると言ったのは元婚約者さんのことですか?』。
『わたしじゃなくて、誰でも良かったんですか?』──。

 そんな、聞いても意味のないことばかり浮かんでくる。

 たしかに、アルティーティはジークフリートの妻になる予定だ。ただし契約結婚、お飾りの妻だ。

 そんな愛も情もかけらもない相手にそんなことを聞かれても、ジークフリートは困るだろう。ともすれば面倒くさくなって契約結婚解消もありうる。

 聞かないのは自分の生活のため、と言い聞かせながらも、自分が結婚相手でなくても良かったのではないかとモヤモヤとしたものが拭えない。

 目の前を歩く燃えるような赤髪は、春の日差しに当てられてまばゆく光ってるように見える。熱意の塊のような後ろ姿。

 それにも関わらず、なぜかその背が孤独で、何かに耐えているように見えて放っておけない。

「あ、あの!」

 そのままどこか遠くへ行ってしまいそうな背中に、思わず声をかけた。

 振り向いたジークフリートは、やや目を丸くして「なんだ? どうした?」と足を止めた。

 その声色は優しい。あれ以来、ずっと気にかけてくれているのがわかる。

 そんな彼に、変な想像でとっさに呼び止めてしまった、なんて言えない。

「あの……えと……その……」

 アルティーティはあわあわと視線を動かす。視界の端にちらりと、草をむ馬が数頭見えた。

「…………あ! う、馬! 馬ってどうやって選ぶんですか? どんな馬がいいとかなにかあれば聞きたい……です……」

 苦し紛れの質問だ。変な汗が出る。

 となりでヴィクターも「オメェなぁ……」と呆れている。しかし、ジークフリートの説明を聞きたいのか、若干目がキラリと光っているように見えた。

 それを知ってか知らずか、ジークフリートは少し間を置いて口を開いた。

「……馬の良し悪しはあるが、こちらからは選ばないぞ?」

 選ばない?

 ならなぜ今から馬を見に行くんだろう。

 新人ふたりの頭の上に、見事な『?』が浮かんだようにジークフリートには見えた。

「え? でも……」
「馬から主人に選ばれるのを待つんだ。騎士の馬は主人以外はそうそう乗せたがらないからな」

 かすかに苦笑したジークフリートは、他に質問は、とばかりにふたりの顔を交互に見た。

「あの……それって選ばれないこともあるんじゃ……」
「ないこともないが……」

 あるんですか。

 アルティーティは心の中でツッコミを入れた。

「その時は選ばれないことを憐れんだ馬が乗せてくれる」
「よかったー……のかな……?」
「あまり良くはないな。そういう馬は仕方なしに乗せてくれてるだけだ。選ばれてないから主従関係は結べない。むしろ乗せたやつを下に見てるからたまに命令無視もするし、乗ってる騎士がやられたらすぐに逃げるらしい」

 こともなげに語るジークフリートに、アルティーティは頬を引きつらせた。

 馬選びは、どうやら一筋縄にいかないらしい。ヴィクターもなんだか渋い顔をしている。

「馬にも色々あるんですね」
「ああ、だから選ばれないよりは選ばれる方が断然いい」
「選ばれる秘訣とかは……」
「ないな。正直俺たちの何を見て馬が選んでるか分からん」

 あっさりとした答えに、アルティーティはヴィクターと顔を見合わせた。

 ジークフリートが分からないとなると、運だめしのようなものなのだろう。

 ということは、本当に選ばれないかもしれない。

「馬の良し悪しについてはそうだな……今まで乗ってた馬はどんな馬だった?」

 微妙に雰囲気が暗くなったのを感じたのか、ジークフリートはもう一つの質問に話題をうつした。

「ええと……ボクは茶色の、少し小さめの馬でした」
「オレは焦げ茶で他の馬より比較的デカかったです。隊長は白でしたよね?」
「ああ、だがお前たちの馬と俺の馬は厳密には少し違う」

 違うとは、とヴィクターともども首をかしげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

処理中です...