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1章
41.あの人達とは違うのかもしれない
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アルティーティは驚きのあまり矢を落としかけた。
いるはずのない人物がそこにいたからだ。
ジークフリートに大丈夫だと言った手前、ここは目を合わせずに逃げるのが最善だ。
しかしもうガッツリ目が合ってる。びっくりしすぎて悲鳴も上げた。逃げても追いかけられそうな気配すらする。気配だけではあるが。
弓の鍛錬をする騎士は、弓騎士以外ではほぼいない。
射形を確認するのは自室でもできた。しかしアルティーティは久しぶりに外に出たかった。その選択を後悔した。
騒動の相手でもあるヴィクターに会うこともないだろう、と思い、久しぶりに射場に来たのだ。それがどうしてこうなった。
それよりも驚いたことは──。
(……えーと……アレはなにしてるんだろ……)
物陰からヴィクターはじっとこちらを睨みつけている。
ただし、隠れきれていない。ガタイのいい身体が丸見えだ。
むしろあれで隠れているつもりなのだろうか。どう反応すべきか悩む。
いつもなら目が合えば間髪入れず噛みついてくるヴィクターが、睨んでくるだけにとどめてるのは珍しい。
やはり彼もこれ以上騒ぎは起こしたくないのかもしれない。だが何も言わずに睨まれるのも気になる。
いっそのこと、こちらから声をかけようか。いや、そんなことをすれば倍以上の嫌味で返ってくるに違いない。さすがに喧嘩までは発展しないだろうが、疲労はする。
面倒だな、と思いつつも彼の右手に目がいった。
真新しい包帯が巻かれている。遠目に見てもかなり雑に巻かれているようだ。
(あれって……!)
「火傷……っ! 大丈夫なの?」
迷わず駆け寄ったアルティーティに、ヴィクターはたじろいだようだ。わずかに身体を震わせ、その眼光をさらに鋭くさせる。
右手の包帯はやはりひどい巻き方だ。今にも取れそうになっている。
誰も手当してくれないのだろうか。その隙間から、まだ赤みが引き切っていない熟れた皮膚が見え隠れしている。
思った以上に深い火傷らしい。
アルティーティは弓矢を壁に立てかけ、取れかけの包帯に手を伸ばした。
「な、何すんだテメェ……!」
「いいから! じっとして」
引っ込められようとした手を引き戻すと、アルティーティは手際良く包帯を巻き直していく。
(よく師匠が怪我してたの、思い出すなぁ。早く良くなれ、なんておまじないしてたっけ)
懐かしさに自然と笑みがこぼれる。
各地を旅していた頃、傷の手当てはアルティーティの担当だった。というのも、独り立ちするのに必要な技術だと言って、無理やり担当になったのだ。
おかげである程度の応急処置ならひとりでできる。包帯の巻き直しなど朝飯前だ。
険しい表情を浮かべていたヴィクターも、戸惑いながらその慣れた手つきをまじまじと見つめていた。
「……これでよし、と」
巻き終えたアルティーティは顔を上げた。
ヴィクターは神妙な表情で手を握っては開いている。可愛らしく結び目をリボンにしたのは、ちょっとしたいたずら心だったのだが、それに怒った様子もない。
しばらく感触を確かめるような仕草が続き──彼は大きなため息をついた。
「……オメェはよ…………」
「え……あ、巻き方キツかった? 巻き直そうか?」
きょとん、とするアルティーティに、ヴィクターは苛立ったように顔を歪めると、先ほどよりさらに大きく息を吐き出す。
「あーやめだやめだ! クソが。こんな変なやつ、張り合うのもめんどくせぇ」
彼は鼻を鳴らすと、どかりとその場に座った。
変なやつとは心外な、と思いつつも、アルティーティはヴィクターの雰囲気がいつもと違うことに気づいた。
口の悪さはいつも通りではあるが、少し声色が柔らかくなっているような気がする。
今なら少しは話を聞いてくれるかもしれない。
微かな希望とともに脳裏をよぎるのはストリウム家の面々だ。
意地悪な継母と気性の荒い義妹、無関心の父に、そして──。
思い出しては底冷えするような感覚に陥る。
彼らはアルティーティの話を聞くどころか、声すら発せないように塔の中に閉じ込めた。なぜ、というアルティーティの問いすら封じ込め、幼い彼女に諦めと絶望を覚えさせた。
聞いてもらえない言葉を話すのは辛い。
ジークフリートに意見を言えるのは、言うべきだと師匠に教えられたからだ。
そして決定的な違いは敵意。
厳しくはあれど、ジークフリートは敵意を向けてこない。だからこそ、身ひとつでぶつかることができる。
ヴィクターはついこの間まで鋭い敵意を向けてきていた。真正面からぶつかるべきではない、と植え付けられた恐怖が、今日まで彼を避けてきた。
でも本当はヴィクターは、ストリウム家とは違うかもしれない。
あの日弟たちに見せる笑顔と、彼らから向けられる信頼の眼差しが、どこかジークフリートと重なる。容姿は全く似ていないが、周囲から寄せられる感情は似てる気がした。
ヴィクターならもしかしたら、という思いにさせられる。
アルティーティは意を決して口を開いた。
「あの、さ……」
「あン?」
威嚇するような声に一瞬ひるみかける。しかし語気の強さとは裏腹に、その表情からは敵意を感じない。むしろ呆れ顔といった感じだ。
アルティーティは言葉を続けた。
「ヴィクターがボクのこと……嫌いなのはわかる。ボクもどう接していいかわからない。でも、ボクは周りに迷惑はかけたくない」
というか、極力目立ちたくない。人目をひいたら女だとバレるかもしれないから。
そんな本音は胸にしまいつつ、なおも続ける。
「好きになってくれとは言わない。むしろ嫌いなままでいい。でも騎士として、遊撃部隊の隊員として動く時はそういうの、なしにしたい」
ヴィクターの表情は動かない。面倒臭そうにこちらを見ている。
いつもなら猛烈な勢いで口を挟んできそうだが、それもない。ただ静かに聞いている彼に戸惑いながらも、アルティーティはゆっくり語りかける。
「だから少しでいい。厚かましいかもしれないけど、最低限、任務のことだけでいいから普通に話せるようになりたいんだ……ダメ、かな……?」
あまりに無反応な彼の様子に、最後の最後で自信がなくなってきた。
聞いてもらえてないんじゃないか。自分の見立ては間違っていたのではなかろうか。やっぱり他人に自分の要望を言うなんて無理な話だった。
そんな思いに駆られ、アルティーティはうつむいた。
いるはずのない人物がそこにいたからだ。
ジークフリートに大丈夫だと言った手前、ここは目を合わせずに逃げるのが最善だ。
しかしもうガッツリ目が合ってる。びっくりしすぎて悲鳴も上げた。逃げても追いかけられそうな気配すらする。気配だけではあるが。
弓の鍛錬をする騎士は、弓騎士以外ではほぼいない。
射形を確認するのは自室でもできた。しかしアルティーティは久しぶりに外に出たかった。その選択を後悔した。
騒動の相手でもあるヴィクターに会うこともないだろう、と思い、久しぶりに射場に来たのだ。それがどうしてこうなった。
それよりも驚いたことは──。
(……えーと……アレはなにしてるんだろ……)
物陰からヴィクターはじっとこちらを睨みつけている。
ただし、隠れきれていない。ガタイのいい身体が丸見えだ。
むしろあれで隠れているつもりなのだろうか。どう反応すべきか悩む。
いつもなら目が合えば間髪入れず噛みついてくるヴィクターが、睨んでくるだけにとどめてるのは珍しい。
やはり彼もこれ以上騒ぎは起こしたくないのかもしれない。だが何も言わずに睨まれるのも気になる。
いっそのこと、こちらから声をかけようか。いや、そんなことをすれば倍以上の嫌味で返ってくるに違いない。さすがに喧嘩までは発展しないだろうが、疲労はする。
面倒だな、と思いつつも彼の右手に目がいった。
真新しい包帯が巻かれている。遠目に見てもかなり雑に巻かれているようだ。
(あれって……!)
「火傷……っ! 大丈夫なの?」
迷わず駆け寄ったアルティーティに、ヴィクターはたじろいだようだ。わずかに身体を震わせ、その眼光をさらに鋭くさせる。
右手の包帯はやはりひどい巻き方だ。今にも取れそうになっている。
誰も手当してくれないのだろうか。その隙間から、まだ赤みが引き切っていない熟れた皮膚が見え隠れしている。
思った以上に深い火傷らしい。
アルティーティは弓矢を壁に立てかけ、取れかけの包帯に手を伸ばした。
「な、何すんだテメェ……!」
「いいから! じっとして」
引っ込められようとした手を引き戻すと、アルティーティは手際良く包帯を巻き直していく。
(よく師匠が怪我してたの、思い出すなぁ。早く良くなれ、なんておまじないしてたっけ)
懐かしさに自然と笑みがこぼれる。
各地を旅していた頃、傷の手当てはアルティーティの担当だった。というのも、独り立ちするのに必要な技術だと言って、無理やり担当になったのだ。
おかげである程度の応急処置ならひとりでできる。包帯の巻き直しなど朝飯前だ。
険しい表情を浮かべていたヴィクターも、戸惑いながらその慣れた手つきをまじまじと見つめていた。
「……これでよし、と」
巻き終えたアルティーティは顔を上げた。
ヴィクターは神妙な表情で手を握っては開いている。可愛らしく結び目をリボンにしたのは、ちょっとしたいたずら心だったのだが、それに怒った様子もない。
しばらく感触を確かめるような仕草が続き──彼は大きなため息をついた。
「……オメェはよ…………」
「え……あ、巻き方キツかった? 巻き直そうか?」
きょとん、とするアルティーティに、ヴィクターは苛立ったように顔を歪めると、先ほどよりさらに大きく息を吐き出す。
「あーやめだやめだ! クソが。こんな変なやつ、張り合うのもめんどくせぇ」
彼は鼻を鳴らすと、どかりとその場に座った。
変なやつとは心外な、と思いつつも、アルティーティはヴィクターの雰囲気がいつもと違うことに気づいた。
口の悪さはいつも通りではあるが、少し声色が柔らかくなっているような気がする。
今なら少しは話を聞いてくれるかもしれない。
微かな希望とともに脳裏をよぎるのはストリウム家の面々だ。
意地悪な継母と気性の荒い義妹、無関心の父に、そして──。
思い出しては底冷えするような感覚に陥る。
彼らはアルティーティの話を聞くどころか、声すら発せないように塔の中に閉じ込めた。なぜ、というアルティーティの問いすら封じ込め、幼い彼女に諦めと絶望を覚えさせた。
聞いてもらえない言葉を話すのは辛い。
ジークフリートに意見を言えるのは、言うべきだと師匠に教えられたからだ。
そして決定的な違いは敵意。
厳しくはあれど、ジークフリートは敵意を向けてこない。だからこそ、身ひとつでぶつかることができる。
ヴィクターはついこの間まで鋭い敵意を向けてきていた。真正面からぶつかるべきではない、と植え付けられた恐怖が、今日まで彼を避けてきた。
でも本当はヴィクターは、ストリウム家とは違うかもしれない。
あの日弟たちに見せる笑顔と、彼らから向けられる信頼の眼差しが、どこかジークフリートと重なる。容姿は全く似ていないが、周囲から寄せられる感情は似てる気がした。
ヴィクターならもしかしたら、という思いにさせられる。
アルティーティは意を決して口を開いた。
「あの、さ……」
「あン?」
威嚇するような声に一瞬ひるみかける。しかし語気の強さとは裏腹に、その表情からは敵意を感じない。むしろ呆れ顔といった感じだ。
アルティーティは言葉を続けた。
「ヴィクターがボクのこと……嫌いなのはわかる。ボクもどう接していいかわからない。でも、ボクは周りに迷惑はかけたくない」
というか、極力目立ちたくない。人目をひいたら女だとバレるかもしれないから。
そんな本音は胸にしまいつつ、なおも続ける。
「好きになってくれとは言わない。むしろ嫌いなままでいい。でも騎士として、遊撃部隊の隊員として動く時はそういうの、なしにしたい」
ヴィクターの表情は動かない。面倒臭そうにこちらを見ている。
いつもなら猛烈な勢いで口を挟んできそうだが、それもない。ただ静かに聞いている彼に戸惑いながらも、アルティーティはゆっくり語りかける。
「だから少しでいい。厚かましいかもしれないけど、最低限、任務のことだけでいいから普通に話せるようになりたいんだ……ダメ、かな……?」
あまりに無反応な彼の様子に、最後の最後で自信がなくなってきた。
聞いてもらえてないんじゃないか。自分の見立ては間違っていたのではなかろうか。やっぱり他人に自分の要望を言うなんて無理な話だった。
そんな思いに駆られ、アルティーティはうつむいた。
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