上官は秘密の旦那様。〜家族に虐げられた令嬢はこの契約結婚で幸せになる〜

見丘ユタ

文字の大きさ
上 下
31 / 97
1章

31.会いたい人がいるんです

しおりを挟む
「メンテちゃ~ん。こっち向いて」
「うぐぅ?」チラッ
「はっはっは。メンテ、パパを見て御覧」
「あぐぅ?」チラッ
「メンテちゃん」「メンテー」


 両親が僕を呼んでいます。ハイハイで近づきましょう。


「はっはっは、間違いないな」
「フフッ、そうね」
「あぐ~?」


 二人で何を話しているのでしょう?


「メンテって自分のこと呼ばれると反応するようになったな」
「最近は名前を呼ぶだけでこっちに来るわよ」
「言葉を理解してきたんだな」
「体は小さいけど成長してきたわね」


 おっと、どうやら僕が言葉を分かってきたと思っているようです。実際は生まれてからすぐに理解していましたよ。これは秘密です。

 ここは成長してきたと思わせましょう。自然に覚えたんだよとすれば普通の赤ちゃんですよね。


「最初にしゃべる言葉は何かしらね。きっと”ママ”よね」
「いやいや、そこは”パパ”だと思うな」
「何を言っているのかしらね。アニーキ―もアーネもママが最初だったわよ」
「今度こそパパになるよ。何しろメンテはパパっ子だからな」
「はっはっはっはっは!」「フフフフフッ」
「……んぐぅ」


 お、おう。これは大変なことになりましたよ。

 ”こんにちは”とか”おはよう”みたいに挨拶を言えばいいやと思っていました。僕のはじめての言葉は慎重に選ばなければなりませんね。う~ん、困りました。


 ◆


 次の日。僕と兄貴ことアニーキ―はお互いにお座りをしながら向かい合っていた。


「アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―」
「……うぐぅ」


 兄貴は僕に向かって自分の名前を連呼します。頭がおかしくなったのでしょうか?


「”うぐぅ”じゃないよ。アニーキ―だよ!」
「あうー」
「違うよ。アニーキ―!」
「……えぐぅ」


 ちょっとスパルタ気味なところは母にそっくりです。


「お兄ちゃん何してるのー?」
「メンテが名前を理解出来てるって父さんと母さんが言ってたんだ。だから俺の名前を覚えて欲しいから覚えさせているんだよ」
「へえ~、そうなんだ」


 そうなんですか。昨日の出来事を兄貴が知ってしまったようです。初めての言葉をどうしようか悩んでいたら噂も広まっていたのですね。僕は兄貴の頭が大丈夫かと心配してしまいましたよ。ちょっと損した気分だね。


「わたしもやっていいー?」
「いいよ」
「えへへ、メンテ覚えてね。アーネ、アーネ、アーネ、アーネ、アーネ」
「俺も続けるよ。アニーキ―、アニーキ―、アニーキ―」
「あぐぅ……」


 二人ともごめんね。僕は九官鳥じゃないの。どうすればいいのかわからないので様子をじっと窺います。


「わたしはアーネ。あなたもアーネよ。いい? あなたはアーネなの」
「えぐぅ?」


 だんだんとアーネが、お人形遊びで僕を叱っているときのしゃべり方になっていきます。いつも人形で遊ぶたびに僕役の人が怒られるのですよ。それと理由は分かりませんが、僕はアーネらしいです。あきらかに僕に嘘を教えていますね。僕赤ちゃんだけど言葉分かるんですよ。


「アーネ様、さすがに嘘は良ろしくないですよ」


 僕の言いたいことがカフェさんが伝えてくれました。さっきからずっとこちらの様子を見てたのですよ。彼女に任せましょう。


「えー? でも言葉覚えてほしいの」
「メンテ様にアーネと教えると、今後良くないことが起きるかもしれません」
「どうなるの?」
「メンテ様が大きくなったら、アーネ様の大好きなおやつを自分のだと勘違いして食べてしまいます」
「うん、わかったー。やめる」
「そ、そうだね。俺も嘘はダメだと思うなあ~」


 アーネはすぐにカフェさんの言うことを聞きましたね。食べ物の効果恐るべし。兄貴はアーネに名前を覚えさせたらと賛成した側なのでぎこちない感じの返事です。半分は俺のせいって分かっているようだ。僕は兄貴も止めて欲しいんだけどねえ。カフェさんが見えなくなったらまた再開しそう。子供ってそういうもんでしょ。


「あはっはははは、面白いこと考えたのね。そんなことしなくても勝手に覚えるわよ」


 たまたま様子を見ていたキッサさんが爆笑です。今日は、キッサさんとカフェさんの二人で僕たち兄弟の面倒を見てくれているのです。


「そうなの?」「本当に~?」
「赤ちゃんは言葉を自然に覚えるものよ。話しかけるのも大事だけど、しゃべれるようになるのはまだまだね」


 いや~、その通りだと思います。僕自然に覚えてないけどね!


「じゃあどうすればいいの?」「いつしゃべるの?」
「覚えてないかもしれないけど、あなた達も急にママってしゃべったんだから。それから少しずつ言葉を言えるようになったのよ。あれは何歳ぐらいだったかな?」
「確かお二人とも誕生日が終わってからでした。まだメンテ様は10ヶ月ですのでしゃべるのは難しいと思われますね」
「そうそう、誕生日の後だったわ。メンテくんの年齢じゃ言葉を少し理解し始めたぐらいよ。まだ自分の名前しか分かってないんじゃないかしら。無理に言わせるのではなく、話しかけるようにしてみたらどうかしら? その方が覚えてくれるんじゃないかな」
「「へえ~」」


 キッサさんのアドバイスは分かりやすいですね。子どもたちも納得していますよ。


「それならばこうですね。メンテ様、私はカフェですよ。カフェと呼んでくださいね。カフェカフェ♪」
「あ、俺もやる。俺はアニーキ―だよ。アニーキ―はメンテの兄のアニーキ―なんだよ。アーネの兄も俺アニーキーだよ」
「みんなずるーい。わたしはアーネ。アーネだよ! メンテのお姉ちゃんだよ!」


 さっきと比べるとたいぶマイルドになりました。3人とも僕に話しかけるように優しく自分の名前を教え込んでいきます。この中だとカフェさんが一番ノリノリな気がします。そのときです。


「みんなごはんよー」
「……えっぐ!(まじで!)」ぐわっ、ダダダダダダダッ!


 母の声が聞こえたので猛スピードでハイハイします。わーい、今日は何を食べるんだろうね! おっぱいも楽しみだよ~。


「「「「……」」」」


 残された一同はメンテがすごい勢いで振り向き、めちゃくちゃ速いスピードのハイハイでレディーに突進していく姿を見ていた。そのままレディーに抱っこされて食堂に行ってしまった。

 無言のままアニーキ―、アーネ、カフェの3人の視線がキッサに集まった。


「……ん~、レディーが呼んだから反応したんじゃないかな?」
「「「……」」」


 3人とも腑に落ちない顔になった。本当は言葉を理解してるんじゃないのかと言いたいが、メンテの年齢を考えるとどうなんだろうと疑問が生まれたのだ。じゃあ今何が起きたの? レディーにだけ反応しすぎじゃないかと。


「えっと……そ、そうねえ。言葉じゃなくて”声”の違いが判別できるようになったんじゃないかしら? メンテくんにとって母親の声が一番慣れているだろうし」
「「「……そうだね」」」


 3人とも少しだけ納得したような顔になったという。だが、真実はメンテにしか分からないのであった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

処理中です...