上 下
30 / 97
1章

30.大丈夫です

しおりを挟む
 ジークフリートは一瞬、緩みかけた頬を隠すように口元に手をやると、眉間に険しい皺を作った。

「それに、謝るのはこっちだ。ヴィクターの件、悪かった」

 すまん、と頭を下げる彼に、アルティーティは慌てて両手を振った。

「い、いえ! それはわたしがうまく逃げられなかったのが悪いんです。隊長のせいでは……」
「いや、お前らの仲が悪いのはわかってた。隊長として俺が気を配るべきだった。お前がこんな……」

 傷ついてほしくなかった。倒れるまで追い詰められて、剣を握ってほしくなかった。辛い記憶を思い出してほしくなかった。

 続く言葉を飲み込む。

 辛そうに顔を歪めたジークフリートは、掛け物の上に置かれた彼女の手に自分のそれを伸ばした。
 しかし躊躇われるのか、すぐに手を引っ込めると、硬く握りしめる。

 挙動不審な彼の様子に、アルティーティは戸惑いながらも声をかけた。

「隊長?」
「……いや、とにかく、あいつは謹慎処分だ。お前もしばらくは療養しとけ」

 いつも通りのぶっきらぼうな言葉なはずだが、力がない。

 本気で後悔していることが伝わってくる。そこまで気にしなくてもいいのに、とアルティーティが思ってしまうほどに。

「はい……」
「……今回の件、お前に非はない。今後はヴィクターとお前の接触を最小限にとどめる」

 すまなかった、とジークフリートは再び謝った。

 謝罪を受けながらも、彼女はなんとも煮え切らない思いを覚えた。ヴィクターと自分を物理的に離すことで、この件は本当に解決するのだろうか、と。

 責任者がいる時はそれでもいいのかもしれない。ヴィクターも近づいてはこないだろう。だが今回のように誰も見ていない時、彼が絡んでこない保証はない。

(……うん)

 しばらく考え込んだアルティーティは首を横に振った。

「隊長、今まで通りでいいです」
「……なぜだ?」
「多分ですけど、隊長がわたしたちを分断しようとすると、ヴィクターはもっとイライラしそうなんですよね。隊長がわたしを特別扱いしてるって思いそうで。自分以外が特別って……やっぱ気分悪くなるんじゃないかなぁと……」

 頬を掻く彼女に、ジークフリートは軽く目をつむった。

 たしかに、ヴィクターもそんなことを言っていた。『お気に入りですもんね』と。

 そんなつもりはなくとも、周りから見たら特別扱いしてるように見えてしまうのかもしれない。
 特に、あんなことがあった後に彼女を守るような対応に変えたら、ヴィクターでなくても気を悪くするだろう。彼女に対して攻撃性を増すかもしれない。

 彼女の言うことも、一理ある。

 だが何も対応しないということは、アルティーティに負担をかけることになる。

 ジークフリートはどうしたものか、と腕を組む。そんな彼を、アルティーティは真っ直ぐ見つめた。

「今まで通りでいいです。大丈夫、今日みたいなことが起きないように全力で逃げますから」
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですって。なんとかなります。少なくとも、ヴィクターも今回みたいな騒ぎは起こさないようにすると思いますし」

 アルティーティの決意は固い。口元に微笑が浮かび、口調も穏やかだ。

 変なところで頑固だ。ジークフリートは内心、少しだけ呆れた。妙に肝が据わっているとでも言うべきか。

 本気でなんとかなる、とは彼女も思っていないだろう。だが彼女がなんとかなると言うと、不思議とそうかもしれない、と思えた。

 今まで以上に彼女とヴィクターを気を配る。何か起きる前に今度は助ける。

 彼もまた腹を括ると、息を吐いた。

「わかった。どうにもならないとこちらが判断したら、お前が何と言おうが引き離すからな」
「了解です」

 アルティーティはにっこりと笑った。

 分厚い前髪で見えないものの、目元もきっと笑っているのだろうと想像がつくほどに、満面の笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

好きな人の好きな人

ぽぽ
恋愛
"私には10年以上思い続ける初恋相手がいる。" 初恋相手に対しての執着と愛の重さは日々増していくばかりで、彼の1番近くにいれるの自分が当たり前だった。 恋人関係がなくても、隣にいれるだけで幸せ……。 そう思っていたのに、初恋相手に恋人兼婚約者がいたなんて聞いてません。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

処理中です...