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1章
30.大丈夫です
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ジークフリートは一瞬、緩みかけた頬を隠すように口元に手をやると、眉間に険しい皺を作った。
「それに、謝るのはこっちだ。ヴィクターの件、悪かった」
すまん、と頭を下げる彼に、アルティーティは慌てて両手を振った。
「い、いえ! それはわたしがうまく逃げられなかったのが悪いんです。隊長のせいでは……」
「いや、お前らの仲が悪いのはわかってた。隊長として俺が気を配るべきだった。お前がこんな……」
傷ついてほしくなかった。倒れるまで追い詰められて、剣を握ってほしくなかった。辛い記憶を思い出してほしくなかった。
続く言葉を飲み込む。
辛そうに顔を歪めたジークフリートは、掛け物の上に置かれた彼女の手に自分のそれを伸ばした。
しかし躊躇われるのか、すぐに手を引っ込めると、硬く握りしめる。
挙動不審な彼の様子に、アルティーティは戸惑いながらも声をかけた。
「隊長?」
「……いや、とにかく、あいつは謹慎処分だ。お前もしばらくは療養しとけ」
いつも通りのぶっきらぼうな言葉なはずだが、力がない。
本気で後悔していることが伝わってくる。そこまで気にしなくてもいいのに、とアルティーティが思ってしまうほどに。
「はい……」
「……今回の件、お前に非はない。今後はヴィクターとお前の接触を最小限にとどめる」
すまなかった、とジークフリートは再び謝った。
謝罪を受けながらも、彼女はなんとも煮え切らない思いを覚えた。ヴィクターと自分を物理的に離すことで、この件は本当に解決するのだろうか、と。
責任者がいる時はそれでもいいのかもしれない。ヴィクターも近づいてはこないだろう。だが今回のように誰も見ていない時、彼が絡んでこない保証はない。
(……うん)
しばらく考え込んだアルティーティは首を横に振った。
「隊長、今まで通りでいいです」
「……なぜだ?」
「多分ですけど、隊長がわたしたちを分断しようとすると、ヴィクターはもっとイライラしそうなんですよね。隊長がわたしを特別扱いしてるって思いそうで。自分以外が特別って……やっぱ気分悪くなるんじゃないかなぁと……」
頬を掻く彼女に、ジークフリートは軽く目をつむった。
たしかに、ヴィクターもそんなことを言っていた。『お気に入りですもんね』と。
そんなつもりはなくとも、周りから見たら特別扱いしてるように見えてしまうのかもしれない。
特に、あんなことがあった後に彼女を守るような対応に変えたら、ヴィクターでなくても気を悪くするだろう。彼女に対して攻撃性を増すかもしれない。
彼女の言うことも、一理ある。
だが何も対応しないということは、アルティーティに負担をかけることになる。
ジークフリートはどうしたものか、と腕を組む。そんな彼を、アルティーティは真っ直ぐ見つめた。
「今まで通りでいいです。大丈夫、今日みたいなことが起きないように全力で逃げますから」
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですって。なんとかなります。少なくとも、ヴィクターも今回みたいな騒ぎは起こさないようにすると思いますし」
アルティーティの決意は固い。口元に微笑が浮かび、口調も穏やかだ。
変なところで頑固だ。ジークフリートは内心、少しだけ呆れた。妙に肝が据わっているとでも言うべきか。
本気でなんとかなる、とは彼女も思っていないだろう。だが彼女がなんとかなると言うと、不思議とそうかもしれない、と思えた。
今まで以上に彼女とヴィクターを気を配る。何か起きる前に今度は助ける。
彼もまた腹を括ると、息を吐いた。
「わかった。どうにもならないとこちらが判断したら、お前が何と言おうが引き離すからな」
「了解です」
アルティーティはにっこりと笑った。
分厚い前髪で見えないものの、目元もきっと笑っているのだろうと想像がつくほどに、満面の笑みを浮かべていた。
「それに、謝るのはこっちだ。ヴィクターの件、悪かった」
すまん、と頭を下げる彼に、アルティーティは慌てて両手を振った。
「い、いえ! それはわたしがうまく逃げられなかったのが悪いんです。隊長のせいでは……」
「いや、お前らの仲が悪いのはわかってた。隊長として俺が気を配るべきだった。お前がこんな……」
傷ついてほしくなかった。倒れるまで追い詰められて、剣を握ってほしくなかった。辛い記憶を思い出してほしくなかった。
続く言葉を飲み込む。
辛そうに顔を歪めたジークフリートは、掛け物の上に置かれた彼女の手に自分のそれを伸ばした。
しかし躊躇われるのか、すぐに手を引っ込めると、硬く握りしめる。
挙動不審な彼の様子に、アルティーティは戸惑いながらも声をかけた。
「隊長?」
「……いや、とにかく、あいつは謹慎処分だ。お前もしばらくは療養しとけ」
いつも通りのぶっきらぼうな言葉なはずだが、力がない。
本気で後悔していることが伝わってくる。そこまで気にしなくてもいいのに、とアルティーティが思ってしまうほどに。
「はい……」
「……今回の件、お前に非はない。今後はヴィクターとお前の接触を最小限にとどめる」
すまなかった、とジークフリートは再び謝った。
謝罪を受けながらも、彼女はなんとも煮え切らない思いを覚えた。ヴィクターと自分を物理的に離すことで、この件は本当に解決するのだろうか、と。
責任者がいる時はそれでもいいのかもしれない。ヴィクターも近づいてはこないだろう。だが今回のように誰も見ていない時、彼が絡んでこない保証はない。
(……うん)
しばらく考え込んだアルティーティは首を横に振った。
「隊長、今まで通りでいいです」
「……なぜだ?」
「多分ですけど、隊長がわたしたちを分断しようとすると、ヴィクターはもっとイライラしそうなんですよね。隊長がわたしを特別扱いしてるって思いそうで。自分以外が特別って……やっぱ気分悪くなるんじゃないかなぁと……」
頬を掻く彼女に、ジークフリートは軽く目をつむった。
たしかに、ヴィクターもそんなことを言っていた。『お気に入りですもんね』と。
そんなつもりはなくとも、周りから見たら特別扱いしてるように見えてしまうのかもしれない。
特に、あんなことがあった後に彼女を守るような対応に変えたら、ヴィクターでなくても気を悪くするだろう。彼女に対して攻撃性を増すかもしれない。
彼女の言うことも、一理ある。
だが何も対応しないということは、アルティーティに負担をかけることになる。
ジークフリートはどうしたものか、と腕を組む。そんな彼を、アルティーティは真っ直ぐ見つめた。
「今まで通りでいいです。大丈夫、今日みたいなことが起きないように全力で逃げますから」
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですって。なんとかなります。少なくとも、ヴィクターも今回みたいな騒ぎは起こさないようにすると思いますし」
アルティーティの決意は固い。口元に微笑が浮かび、口調も穏やかだ。
変なところで頑固だ。ジークフリートは内心、少しだけ呆れた。妙に肝が据わっているとでも言うべきか。
本気でなんとかなる、とは彼女も思っていないだろう。だが彼女がなんとかなると言うと、不思議とそうかもしれない、と思えた。
今まで以上に彼女とヴィクターを気を配る。何か起きる前に今度は助ける。
彼もまた腹を括ると、息を吐いた。
「わかった。どうにもならないとこちらが判断したら、お前が何と言おうが引き離すからな」
「了解です」
アルティーティはにっこりと笑った。
分厚い前髪で見えないものの、目元もきっと笑っているのだろうと想像がつくほどに、満面の笑みを浮かべていた。
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