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1章
29.介抱してくれたんですか?
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『お前に剣は向いてない』
──そう、わたしは剣を持てない。誰も斬れない。
『それでも騎士になるというのか?』
──いまどき剣を持たない騎士なんて、と言われるかもしれない。
それでも、それでもわたしは──。
「……騎士になりたいんです……!」
アルティーティは勢いよく飛び起きた。
少しくすんだ白の壁に、閉められたカーテンが春の陽気を抑え込んでいる。
飛び起きた反動で、額からはらり、と濡れタオルが落ちた。彼女が動くたびに、古い木のベッドの軋む音がする。
(あれ……わたし、ヴィクターと戦って……で、師匠が……なんで部屋に……?)
思い出そうにもどうも記憶が曖昧だ。ぶつ切れになった芝居でも見てるかのように、場面が飛ぶ。頭がまだふわふわしている。
「………………気がついた、みたいだな」
聞きなれた声に、はっとして顔を上げた。
部屋の奥からジークフリートが顔をのぞかせている。その手には陶器の水差しが握られていた。
「……あれ……? 師匠は……?」
「師匠?」
ジークフリートは首をかしげた。
耳に残る声は先ほどの自分の声だけだ。自分の声で起きたのか、とアルティーティは今頃になって気づいた。
(寝言いってたなんて恥ずかし……聞かれてないよね?)
夢の内容が内容だ。騎士を否定するような内容を思い出し、アルティーティはベッドの上で膝を抱えた。
身体の節々が少し痛い。怪我の痛み、と言うより筋肉痛みたいだ。動きすぎたのだろう。
ジークフリートはベッドのかたわらに腰掛けると、おもむろに彼女の頭を撫でた。
(……ん!?)
撫で回される頭についていけず、反応が遅れた。「ちょっと何してるんですか!」と言う前に、彼の手は離される。
「……頭は……打ってなさそうだな。俺のことは分かるか?」
思いの外真剣な表情に、怒る気が急速にしぼんていく。
(もしかして……心配して確かめてくれた……?)
毒気を抜かれたアルティーティは、素直にうなずいた。
ほっと息を吐く彼の様子に、今しがた撫でくりまわされた頭に触れる。起きたてでボサボサになった髪が、彼の手櫛で微妙に整えられている気がした。
「あの……わたしなんでここに……?」
落ちた濡れタオルを拾い上げる彼に、アルティーティはおずおずと聞いた。
ヴィクターと戦い、木が倒れた。そこまでは明確に覚えている。そこからがよくわからない。
さまざまな記憶が入り乱れ、気がついたらベッドの上に寝ていた。
まばたきを数度した彼は、大きくため息をつくと視線を巡らせた。そして手にした濡れタオルをサイドテーブルにそっと置いた。
「……ヴィクターとやり合って倒れた。俺が部屋に運んだ」
(運んだ……って、肩に? おんぶ? どっちにしても恥ずかしいわ……!)
肩に担ぎ上げられる自分を想像したアルティーティは、顔を引きつらせた。
ただでさえ彼によく思われてない上に、騒ぎを起こし、あまつさえ介抱してもらうなど恐縮しきりだ。
慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 重かったですよね」
「いや、軽い。軽すぎだ。攻撃を受けてもその体重じゃ軽く吹っ飛ばされるぞ」
ちゃんと食べてるのか、と真剣に食生活の心配までしてくる彼に思わず吹き出してしまう。
(なんか……隊長が普通に優しいの、珍しい)
普段の彼から想像もつかない言葉の数々だ。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。絶対に怒られると思っていた。
冷たい鬼と恐れている彼が、気遣ってくれるのが単純に嬉しい。
くすくすと笑うアルティーティに、ジークフリートはなぜかバツが悪そうに視線を外した。
「まぁいい。おかげで楽に運べた。その……なんだ……」
「どうしました?」
突然言い淀んだ彼に、今度はアルティーティが首をかしげた。
心なしか、彼の顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
視線を感じたのか、ジークフリートはあさっての方向に視線をずらした。
「……うなされてたから少し服を緩ませた。サラシの方は手をつけてないから安心しろ」
彼の言葉に、はたと自分の服を見る。
首元や手首のボタンはいくつか外され、白い肌があらわになっている。どうりで、さっきからあまり視線が合わないわけだ。
といっても、胸を押しつぶすサラシまでは見えていない。外したボタンも襟の部分くらいだ。
きっと彼なりに肌を露出させないよう、苦慮した結果なのだろう。
(これくらいなら大したことないのに。あ、でも隊長って婚約者がずっといないし、硬派な騎士って感じだから恥ずかしいのかも?)
ならば、とアルティーティは首元のボタンを留め始めた。
「見苦しいものをお見せしました。すみません」
「いや……謝るな。こっちも反応に困る」
ジークフリートは首を振る。
ボタンを留め終わったからか、赤い頬が幾分かマシになった気がする。その分、素っ気なさも加わった気がするが。
「そう……ですか?」
「騎士に負傷はつきものだ。その度に謝られても困る」
「……わかりました。謝りません」
アルティーティはうなずいた。
(たしかに……でもやっぱりちょっと申し訳ないし、もっと鍛錬しなきゃ)
彼女が決意を新たにしたことにも気づかず、よし、とジークフリートはうなずき返す。
──そう、わたしは剣を持てない。誰も斬れない。
『それでも騎士になるというのか?』
──いまどき剣を持たない騎士なんて、と言われるかもしれない。
それでも、それでもわたしは──。
「……騎士になりたいんです……!」
アルティーティは勢いよく飛び起きた。
少しくすんだ白の壁に、閉められたカーテンが春の陽気を抑え込んでいる。
飛び起きた反動で、額からはらり、と濡れタオルが落ちた。彼女が動くたびに、古い木のベッドの軋む音がする。
(あれ……わたし、ヴィクターと戦って……で、師匠が……なんで部屋に……?)
思い出そうにもどうも記憶が曖昧だ。ぶつ切れになった芝居でも見てるかのように、場面が飛ぶ。頭がまだふわふわしている。
「………………気がついた、みたいだな」
聞きなれた声に、はっとして顔を上げた。
部屋の奥からジークフリートが顔をのぞかせている。その手には陶器の水差しが握られていた。
「……あれ……? 師匠は……?」
「師匠?」
ジークフリートは首をかしげた。
耳に残る声は先ほどの自分の声だけだ。自分の声で起きたのか、とアルティーティは今頃になって気づいた。
(寝言いってたなんて恥ずかし……聞かれてないよね?)
夢の内容が内容だ。騎士を否定するような内容を思い出し、アルティーティはベッドの上で膝を抱えた。
身体の節々が少し痛い。怪我の痛み、と言うより筋肉痛みたいだ。動きすぎたのだろう。
ジークフリートはベッドのかたわらに腰掛けると、おもむろに彼女の頭を撫でた。
(……ん!?)
撫で回される頭についていけず、反応が遅れた。「ちょっと何してるんですか!」と言う前に、彼の手は離される。
「……頭は……打ってなさそうだな。俺のことは分かるか?」
思いの外真剣な表情に、怒る気が急速にしぼんていく。
(もしかして……心配して確かめてくれた……?)
毒気を抜かれたアルティーティは、素直にうなずいた。
ほっと息を吐く彼の様子に、今しがた撫でくりまわされた頭に触れる。起きたてでボサボサになった髪が、彼の手櫛で微妙に整えられている気がした。
「あの……わたしなんでここに……?」
落ちた濡れタオルを拾い上げる彼に、アルティーティはおずおずと聞いた。
ヴィクターと戦い、木が倒れた。そこまでは明確に覚えている。そこからがよくわからない。
さまざまな記憶が入り乱れ、気がついたらベッドの上に寝ていた。
まばたきを数度した彼は、大きくため息をつくと視線を巡らせた。そして手にした濡れタオルをサイドテーブルにそっと置いた。
「……ヴィクターとやり合って倒れた。俺が部屋に運んだ」
(運んだ……って、肩に? おんぶ? どっちにしても恥ずかしいわ……!)
肩に担ぎ上げられる自分を想像したアルティーティは、顔を引きつらせた。
ただでさえ彼によく思われてない上に、騒ぎを起こし、あまつさえ介抱してもらうなど恐縮しきりだ。
慌てて頭を下げる。
「す、すみません! 重かったですよね」
「いや、軽い。軽すぎだ。攻撃を受けてもその体重じゃ軽く吹っ飛ばされるぞ」
ちゃんと食べてるのか、と真剣に食生活の心配までしてくる彼に思わず吹き出してしまう。
(なんか……隊長が普通に優しいの、珍しい)
普段の彼から想像もつかない言葉の数々だ。
あれだけの騒ぎを起こしたのだ。絶対に怒られると思っていた。
冷たい鬼と恐れている彼が、気遣ってくれるのが単純に嬉しい。
くすくすと笑うアルティーティに、ジークフリートはなぜかバツが悪そうに視線を外した。
「まぁいい。おかげで楽に運べた。その……なんだ……」
「どうしました?」
突然言い淀んだ彼に、今度はアルティーティが首をかしげた。
心なしか、彼の顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
視線を感じたのか、ジークフリートはあさっての方向に視線をずらした。
「……うなされてたから少し服を緩ませた。サラシの方は手をつけてないから安心しろ」
彼の言葉に、はたと自分の服を見る。
首元や手首のボタンはいくつか外され、白い肌があらわになっている。どうりで、さっきからあまり視線が合わないわけだ。
といっても、胸を押しつぶすサラシまでは見えていない。外したボタンも襟の部分くらいだ。
きっと彼なりに肌を露出させないよう、苦慮した結果なのだろう。
(これくらいなら大したことないのに。あ、でも隊長って婚約者がずっといないし、硬派な騎士って感じだから恥ずかしいのかも?)
ならば、とアルティーティは首元のボタンを留め始めた。
「見苦しいものをお見せしました。すみません」
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ボタンを留め終わったからか、赤い頬が幾分かマシになった気がする。その分、素っ気なさも加わった気がするが。
「そう……ですか?」
「騎士に負傷はつきものだ。その度に謝られても困る」
「……わかりました。謝りません」
アルティーティはうなずいた。
(たしかに……でもやっぱりちょっと申し訳ないし、もっと鍛錬しなきゃ)
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