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1章

23.彼の大切

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【ジークフリート視点】





 ジオンの言葉に、ジークフリートは反芻した。特に愛という言葉を。

 ブリジッタの穏やかな笑みを思い浮かべ、ゆっくりと首を振った。

「それは……逆です。彼女を真剣に愛していなかったからこそ、巻き込んだ自分に責任がある」
「……ストリウム家の事件、か……」

 ジオンはたてがみのような髪を掻き回した。
 所々白いものが見える。この人も老けたな、とジークフリートは思った。

「犠牲者は当時のストリウム男爵夫人と御者。唯一の生存者は3歳のアルティーティ嬢ひとり。その彼女も病で表には出られない、か……難儀だな」
「……話を聞けたところで覚えていない可能性の方が高いでしょうね。覚えていたとして、辛い記憶を掘り起こすことになる。無理はさせたくない」

 アルティーティは覚えていない。少なくとも片羽の蝶のことは確実に。母親を襲った男たちが身につけていたとは知らないはずだ。

 馬車で見せた時も、もっと言えば彼女がそれを拾った時からも動揺が見られなかった。知っていれば何かしらの反応を見せただろう。それがないのは、彼女がネックレスの存在を知らなかったことの証左だ。

 故に、いま彼女に話を聞いても混乱させるだけになる。ジークフリートはそう確信していた。

 しかし、アルティーティの件を知らないジオンは大きな目をこれでもかと見開いた。

「珍しく殊勝だな。お前のことだから否が応でも聞き出すものかと」
「彼女は唯一の生き残りですから……大切にしたいのです」
「ほう……」

 ジオンはすぅ、と目を細めてジークフリートを見る。なにかを推し量るような、それでいて少し嬉しそうな視線だ。

 ジークフリートは居心地が悪そうに肩をすくめた。

「ま、辞めそうなお前を引き留めるために、遊撃部隊を作ったオレも似たようなもんか」

 壁から背を離すと、ジオンはボタンがはち切れそうな胸を張って豪快に笑いかけた。困ったように笑うジークフリートに、ジオンの笑い声は高くなる。

 ブリジッタを失ったジークフリートは、騎士団を辞めようとした。退団後は、ひとりで片羽の蝶のネックレスについて調べるつもりだった。もう誰も巻き込みたくない、そんな思いでいっぱいだった。

 ジオンどころかカミルにも退団の件は相談していなかったが、彼らにはそんな空気が伝わっていたらしい。

 ある日、ジオンに呼ばれた。

『遊撃部隊を作った。なんでもやる、なんでもできる、団長オレ直属の部隊だ。そこの隊長、お前やるか?』

 ジオンの口調は軽かったが、視線に宿る緊張感がその質問の重さを物語っていた。

 ああ、この人は全部知ってる。やりたいことも、やろうとしていることも。全部分かってて、それでもここにとどめようとしてくれている。

 ジークフリートはうなずき、隊長になった。そこからずっと、見えない蝶の影を追っている。

「感謝はしています……が、部下がなかなか曲者揃いで日々苦労してますよ」
「上に立つもんはそういうもんだ。そういえば、新人はどうだ?」

 ジオンの問いに、ジークフリートは一瞬考えた。

 アルティーティ──もとい、アルトとヴィクターは正反対だ。一方は弓しかできない弓のエキスパート。もう一方はおおよその武器を使いこなせるオールラウンダー。

 どうだ、と問われれば、弓騎士アルティーティは使いにくいし、ヴィクターは器用貧乏なところが難点だ。

 だが、性格はふたりとも似ていると感じていた。簡単に言えば、ふたりともクセが強い。

「……まだ荒いですが磨けば即戦力になるかと」
「そうか、ならよかった。奴らなかなか面白いからな。特に……アルト」

 名指しで出されたアルティーティの仮の名に、ジークフリートはどきりとした。灼熱の瞳が若干揺れたが、ジオンはそれに気づくことなく話を続ける。

「あれはお前の生き写しだな。昔のお前そっくりで可愛げがあるだろ」
「よしてください。可愛げとか」

 動揺を隠すように、苦笑いで答える。

 可愛くないわけではない。ただ彼女が女性だということが、自分の反応からバレたらまずい。ジークフリートは、アルティーティに見せる時のように眉間にしわを寄せた。

「剣が使えりゃほぼお前だ。まぁ、本当は剣術もできるっちゃーできるらしいが、実践が無理だとかなんとか」
「……? ならば訓練させればいいのでは」
「訓練じゃあどうにもならないこともある。ま、弓が使えるなら十分だろ」

 誤魔化すようなジオンの言葉に、ジークフリートは首をかしげ──ひとつの可能性に思い当たり、はっと顔を上げた。

(そうか。だからか。弓騎士なのは……)

 納得しかけた彼にもうひとつ、別の疑問が湧き上がる。

「……ジオン団長はなぜ俺に……」

 彼女を任せたのですか?

 そう口に出しかけ、やめた。
 こういう時に返ってくる言葉は大概これだ。『面白そうだったから』。

 実際──当事者のジークフリートにとっては面白くないが──かなり面白いことになっている。

 まさか口止めで契約結婚や過去に因縁がある関係だった、なんてことになってるとはジオンも想像がついていないだろうが。

(狙ってやるほどではないだろうしな……この質問は藪蛇だ。やめておこう)

 ジークフリートは首を振り、席を立った。

「……いや、なんでもありません。隊員を待たせておりますので失礼いたします」
「おう、そういや稽古中か。邪魔したな。進展があればまた来てくれ」

 丁寧に扉を閉めて出ていく彼を、ジオンは変わらぬ豪快な笑みで見送る。

「大切、ね……いい起爆剤にでもなりゃ御の字だわ」

 ため息混じりにつぶやくと、頭を雑に掻き回した。
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