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1章

22.彼の落胆

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【ジークフリート視点】




 ジークフリートは緊張した面持ちでその扉を叩いた。

「開いてるぞ」

 中から部屋の主の声が聞こえてくる。扉越しでもはっきりと聞こえる声は、いささか気だるげだ。

(また泊まったのか、この御仁は)

 ジークフリートは小さくため息をつくと扉を開いた。

「おお、なんだ、ジークフリートか」

 乱雑に置かれた書類の山の奥、振り返った部屋の主はダミ声を響かせた。

 獣のたてがみのような金髪に大きく鋭い目つき、黒の団服がぴっちりと、せり上がった筋肉を強調している。とても今年50になろう男とは思えない体つきだ。
 首元には金の飾緒しょくちょがぶら下がり、彼が国の守りの要、アーディル騎士団の長であることを申し訳程度に示していた。

「ジオン団長、たまには家に帰ったらいかがですか? 奥様もお待ちしているのでは?」
「なぁに、あいつはそんなこと気にする奴じゃない。それに、もう子どもも成人してるからな」
「はぁ、そうですか……」

 憮然とするジークフリートに、ジオンはがはは、と豪快に笑う。

 彼とジークフリートは遠い親戚だ。母方の曽祖父の叔父の孫だかなんだか、とにかく遠縁だ。遠すぎて入隊時に判明したくらいだ。

 それ以来、彼はよくちょっかいをかけてくる。本人は可愛がっている、と豪語しているのだが、ジークフリートはあまりそれを良しと思わなかった。

「で、お前が来たってことは例のの件か……」

 例のアレ、のひとことに、ジークフリートの背筋が自然と伸びる。

 例のアレ──片羽の蝶のネックレスだ。あの日、アルティーティを残し向かったのはジオンの執務室だった。

 ただのひったくりだと思っていた人物が、彼が長年追い求めていた人物かもしれない。その思いに急き立てられるように足が動いた。

(もしかしたら……)

 乾いた喉を潤すように喉を鳴らす。

 その様子に、ジオンは思案顔で腕組みをした。ぴっちりとした団服の腕が、血管の筋まで分かるほどに張り付く。

 ジークフリートに中央に置かれたソファへ座るよう促すと、自身は向かいの壁に背を預けた。

「……盗人から話は聞いた。結論から言って奴らはシロ。ただの盗人だ」

 シロ……。

 吐き出すようについた息が震える。ジオンは、そんな彼を見つめながら苦々しく口を開いた。

「式典準備の見物客からスったもんらしい。最終的にバレて追いかけられたみたいだな」
「では盗まれた人物を探しましょう」

 ひったくりがどんな人物から盗んだか覚えていれば、まだ犯人に繋がる糸口はある。

 すがる思いで進言するが、ジオンは肩をすくめた。

「それがなぁ、あの日広場に結構な人数がいた上に、盗人自身どれを誰から取ったのか分からんらしい」
「……被害の訴えは……?」
「あるが、今のところアレを盗まれたという訴えはないな」

 まぁ正直に訴えるはずもないが、と付け加えるとジオンは頭を掻いた。

(やっと……手に入れたと思ったんだが……)

 ジークフリートはほぞを噛んだ。

 事件から12年。12年だ。その間、手がかりがないどころか、あのネックレスを見かけることすらなかった。

 やっと掴んだと思ったのに。

 肩を落とし、力が抜けたようにソファの背に身体を埋めた。そんな彼を、ジオンは同情をはらむ視線で見つめる。

「……いまだにお前をそこまで縛りつけるとはな。結婚も婚約もしない、仕事の裏で探し物、それほどに愛していたのか」
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