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1章
20.あんな顔するんだ
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顔合わせから数日。
アルティーティは配属からの3日間が嘘のように、穏やかな日々を過ごしていた。
相変わらず、訓練のたびに絞られてはいたのだが。
ジークフリートは何も言ってこない。というより、訓練以外では会うこともなかった。なにやら忙しいようだ。
片羽蝶のネックレスについても続報はない。他の隊員との話題でも、そんな話が出る気配はなかった。
彼女が拾ったもののため気にはなるが、話す機会がないのだ。会話がないならどうしようもない。
ヴィクターはあれ以来、音沙汰なしだ。怒られている時に視線を感じるが、それだけだ。案外言いたいことを言ってスッキリしたのかもしれない、とアルティーティは思っていた。
そんなこんなで比較的平和に過ごしていた──。
「あー……あっつー……」
訓練の休憩に入り、アルティーティは訓練所の端の日陰に腰掛け涼んでいた。
春といえど動けば暑い。防具を身につければなお暑い。アルティーティは弓騎士のため比較的軽装備なのだが、それでも暑いことに変わりはなかった。
防具を外し汗を拭いていると、ふと数人の少年が駆けていくのが視界に入る。
騎士の中では少年は珍しい。いることはいるが、せいぜい一師団の中にひとりふたりいるかだ。当然、遊撃部隊にはいない。
それに彼らは、そこらへんの街中にいる子供と同じような服装をしている。明らかに騎士ではない姿に目を引かれた。
(……そういえば、きょうはどこかの学校の見学日だっけ。隊長が忙しそうなのもこれがあったからかな?)
呑気に考えながら汗を拭う。生徒たちに訓練風景を見せる、いつも以上に気を引き締めろ、と昨日ジークフリートに言われたな、とぼんやり思い返していた。
「にいちゃーん!」
少年たちの呼びかけに、ひとりの隊員が振り向く。彼は少年たちに気づくと笑顔で手を振った。
(…………んんん?)
朗らかな笑みを浮かべ、少年たちを迎え入れた人物はあのヴィクターだった。
「おお、久しぶりじゃねーか! 元気だったか? またでっかくなったなぁ」
「にーちゃんこそ、ヨロイかっけーな!」
「にーちゃん、たかいたかいしてー!」
「よぉし、まかせろ!」
ヴィクターは一番背の低い少年を抱き上げた。
話ぶりからするとどうやら弟たちなのだろう。よく見ればツンツン頭と顔立ちが全員似ている。久々の再会に、みんな嬉しそうだ。
(きょうだいかぁ……ヴィクターもあんな顔するんだ)
頬杖をついて彼らのじゃれあいを見つめる。家族のあんな触れ合いがあることを、彼女は知らない。
実を言えば、アルティーティにも同い年の妹がいる。双子ではない。父の再婚相手の連れ子、要は血のつながりがない妹だ。
彼女と出会った時点で、アルティーティは塔に幽閉されかけていた。加えて父は家を留守がち。必然的に、ストリウム家の内部で継母と妹が力を持つことになる。
力を持った妹は傍若無人だった。
嫌味やたまに食事を抜いてくる継母はまだいい。妹はそれらに加えて暴言暴力を振るってきた。
聖女を崇める慈聖教──その敬虔な信者である彼女にとって、『魔女の形見』であるアルティーティは排除すべき敵だったのだろう。
逃げたい、と何度も思った。
しかし逃げられない。逃げたところで、『魔女の形見』の姿ではまた別の人間から暴力を受けるのではないか。ならば塔の中の方がマシかもしれない。いま以上に大きな恐怖を味わいたくない──。
アルティーティにとって家族とは、そんなジレンマを背負わせる存在でしかなかった。今でも思い出せば息がうまく吸えなくなるほどに。
「…………うん、大丈夫」
ひとことつぶやき、サラシで押しつぶされた胸のあたりに拳を当てる。その拳で胸を打つ。
もう余計な過去は捨てた。囚われては駄目だ。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした──その時だった。
アルティーティは配属からの3日間が嘘のように、穏やかな日々を過ごしていた。
相変わらず、訓練のたびに絞られてはいたのだが。
ジークフリートは何も言ってこない。というより、訓練以外では会うこともなかった。なにやら忙しいようだ。
片羽蝶のネックレスについても続報はない。他の隊員との話題でも、そんな話が出る気配はなかった。
彼女が拾ったもののため気にはなるが、話す機会がないのだ。会話がないならどうしようもない。
ヴィクターはあれ以来、音沙汰なしだ。怒られている時に視線を感じるが、それだけだ。案外言いたいことを言ってスッキリしたのかもしれない、とアルティーティは思っていた。
そんなこんなで比較的平和に過ごしていた──。
「あー……あっつー……」
訓練の休憩に入り、アルティーティは訓練所の端の日陰に腰掛け涼んでいた。
春といえど動けば暑い。防具を身につければなお暑い。アルティーティは弓騎士のため比較的軽装備なのだが、それでも暑いことに変わりはなかった。
防具を外し汗を拭いていると、ふと数人の少年が駆けていくのが視界に入る。
騎士の中では少年は珍しい。いることはいるが、せいぜい一師団の中にひとりふたりいるかだ。当然、遊撃部隊にはいない。
それに彼らは、そこらへんの街中にいる子供と同じような服装をしている。明らかに騎士ではない姿に目を引かれた。
(……そういえば、きょうはどこかの学校の見学日だっけ。隊長が忙しそうなのもこれがあったからかな?)
呑気に考えながら汗を拭う。生徒たちに訓練風景を見せる、いつも以上に気を引き締めろ、と昨日ジークフリートに言われたな、とぼんやり思い返していた。
「にいちゃーん!」
少年たちの呼びかけに、ひとりの隊員が振り向く。彼は少年たちに気づくと笑顔で手を振った。
(…………んんん?)
朗らかな笑みを浮かべ、少年たちを迎え入れた人物はあのヴィクターだった。
「おお、久しぶりじゃねーか! 元気だったか? またでっかくなったなぁ」
「にーちゃんこそ、ヨロイかっけーな!」
「にーちゃん、たかいたかいしてー!」
「よぉし、まかせろ!」
ヴィクターは一番背の低い少年を抱き上げた。
話ぶりからするとどうやら弟たちなのだろう。よく見ればツンツン頭と顔立ちが全員似ている。久々の再会に、みんな嬉しそうだ。
(きょうだいかぁ……ヴィクターもあんな顔するんだ)
頬杖をついて彼らのじゃれあいを見つめる。家族のあんな触れ合いがあることを、彼女は知らない。
実を言えば、アルティーティにも同い年の妹がいる。双子ではない。父の再婚相手の連れ子、要は血のつながりがない妹だ。
彼女と出会った時点で、アルティーティは塔に幽閉されかけていた。加えて父は家を留守がち。必然的に、ストリウム家の内部で継母と妹が力を持つことになる。
力を持った妹は傍若無人だった。
嫌味やたまに食事を抜いてくる継母はまだいい。妹はそれらに加えて暴言暴力を振るってきた。
聖女を崇める慈聖教──その敬虔な信者である彼女にとって、『魔女の形見』であるアルティーティは排除すべき敵だったのだろう。
逃げたい、と何度も思った。
しかし逃げられない。逃げたところで、『魔女の形見』の姿ではまた別の人間から暴力を受けるのではないか。ならば塔の中の方がマシかもしれない。いま以上に大きな恐怖を味わいたくない──。
アルティーティにとって家族とは、そんなジレンマを背負わせる存在でしかなかった。今でも思い出せば息がうまく吸えなくなるほどに。
「…………うん、大丈夫」
ひとことつぶやき、サラシで押しつぶされた胸のあたりに拳を当てる。その拳で胸を打つ。
もう余計な過去は捨てた。囚われては駄目だ。
目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をした──その時だった。
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