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1章

16.母の思い

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 日が高い位置から少し傾きかけた頃、アルティーティたちは帰宅することにした。

 ジークフリート曰く、『長時間寮にいないのも不自然だ。それにあまり喋りすぎるとボロが出る』だそうだ。アルティーティもそこは同意した。

 現に、顔合わせまでの短期間に、アルティーティについて調査してるほどだ。トーマスたちがどこまでわかっているのかはわからないが、これ以上喋るといらないことまで言ってしまいそうになる。

「今日はお招きいただきありがとうございました。とても楽しかったです」
「こちらこそ。アルティーティさんがよければ毎日来てもらっても、いえ、住んでもらっても構わないわ。そうだわ、今度はお買い物に付き合ってもらおうかしら。美味しいケーキのお店があって」

 玄関先に停まっている馬車の前で、互いに挨拶する。
 ミレーラは名残惜しそうだ。手を引き、最後だから、とばかりにあれこれと話を続ける。

(お母様が生きてたら、こんな感じだったのかな……なんて、ね)

 アルティーティはそんな彼女にあいづちをうちながら、そんなことを思った。

 母親の記憶はほとんどない。
 どんなふうに喋るのかも、何が好きでどこに一緒に行ったのかも知らない。覚えていない。
 
 思い出そうとすると、どうしてもあの暴漢たちに襲われた日が頭をよぎる。そして助けられず、ただ必死に起きない彼女を揺さぶっていた自分の小さく真っ赤な手を思い出す。

(もうあんなふうになりたくない。させたくない)

 ミレーラの言葉にうんうん、とうなずきながら密かに拳を握りしめた。

「ジーク、少しいいか?」

 彼女たちを少し遠巻きに見守っていたトーマスは、ジークフリートを呼んだ。

 相変わらず彼はほぼ無言だ。表情も険しい。
 トーマスの呼び声に軽く頷くと、そちらへ歩み寄る。その足取りもなんだか重そうに見える。

 アルティーティは彼の様子が気になり、そちらにちらりと目をやった。

「……気を遣わせちゃって、ごめんなさいね」
「え……?」

 声をひそめたミレーラの言葉に、再び彼女の方に視線を戻す。

 先ほどの生き生きした表情とうってかわって、日差しのように明るい赤の瞳がやや下がり、まつ毛が暗い影を落としている。

「いえ、わたしはなにも……」

 言いかけたアルティーティに、彼女は首を振った。

「あの子のこと、お願いしますね。強いように見えて弱いところもあるから」
「あ……はい」

 アルティーティは、一瞬浮かんだ疑問を胸に押し込めうなずいた。

 ミレーラの眉が、あの時の彼と同じく弱りきったように下がっていたから。
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