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1章
14.もうひとつの秘密
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「……『魔女の形見』なんです」
笑っていたトーマスたちが、わずかに目を見開いた。
視線の先にはアルティーティの大きな瞳がある。ジークフリートたちのそれとは微妙に違う、深いワインレッドの瞳だ。
彼らの反応を確認した瞳に、落胆の色が混じる。
(やっぱりイヤだよね。やっと来た結婚相手が『魔女の形見』だなんて)
アルティーティは視線を床に落とした。
──『魔女の形見』。それは黒髪と赤紫の瞳を持つ女性を指す。
はるか昔、絶大な魔力をもってこの国に大厄災をもたらしたといわれる魔女がいた。その魔女と、同じような容姿をしていたことに由来する。
単に外見の特徴が同じというだけなら、アルティーティも隠していない。
この特徴を持つ女性は総じて魔力が強い。時に本人の手を持て余すほどの強さで、暴走事故が起こることもしばしばあったという。
それ故、昔から迫害の対象になることが多かったらしい。
アルティーティが継母たちに虐げられたのもそのせいだ。
髪を全部剃られ、目隠しをさせられていた。目を潰されなかっただけいいが、思い出しただけでも震えがくる。
男性でも黒髪でワインレッドの瞳を持つものはいるが、こちらは何故か魔力を持たない。そのため迫害は免れた。
とはいえ、この外見自体を嫌う人間は少なからずいる。そうした厄介な連中に絡まれたら嫌なので、男装しても目だけは隠していた。
またあのように蔑まれるのはもう、嫌だ。でも嘘を重ねるのも苦しい。この結婚だって嘘なのに。
ジークフリートを横目で見る。呆れ返った視線とかち合い、俯きかけた。
バカ正直なのは分かっている。それでもこの外見を隠しきれないだろうことは、彼にも理解できていたはずだ。
(いつかは言わなきゃいけない。それなら早い方がいい)
たとえ今、瞳をさらさず結婚後に明かしたとしても、このふたりならば笑って許してくれるだろう。しかし、発覚が遅れれば遅れるほど彼らは深く傷つくに違いない。
自分が傷つく以上に、こんなにいい人たちを傷つけたくなかった。
うっすらと目が潤みかけたその時、トーマスの豪快な笑い声が応接間に響いた。驚いて顔を上げると、ミレーラも穏やかに微笑んでいる。
「そんなこと気にしていないさ。その髪色に瞳の人間なんて、少ないと言ってもこの国に何人もいるからね」
「え……?」
「実は知ってたのよ。昔アルティーティさんに会ったことのある人から、『魔女の形見』だって聞いてたの」
ふたりはニコニコとうなずき合う。
事前に調べていたのだろうか。ストリウム家の使用人にでも聞いたのだろうか。
いやそれはどうでもいい。彼女の正体を知った上で受け入れるという。古くからの名家が。ありえない話だ。
アルティーティは戸惑いながらも口を開いた。
「で、でも、異民族を対話で追い返すような由緒正しい家ですよね? わたしみたいなのがこの家に嫁いだら、みなさんが変に言われてしまうかも……」
「うん? あー……」
トーマスは頬をかきながら一瞬、視線を宙に浮かした。
「お恥ずかしいことに、あれはそんな大層な話じゃないんだ。本当は三日三晩お酒を酌み交わして戦意を失わせたっていう、酒豪の笑い話みたいなものなんだよ」
「え?」
「いつの間にかすごい交渉上手な家系って言われちゃってて、歴代当主もいやー困ったなーと思ってたらしいんだけど、訂正してもキリがなかったらしくてねぇ。まぁ害はないからいいかな、と」
(いいかな、とって……えぇ? そんな軽すぎない?)
あはは、と笑う彼に、アルティーティは令嬢に扮していることも忘れ、あんぐりと口を開けた。
冷徹なご先祖のイメージが、正反対の楽天的で陽気なおじ様に変わる。ジークフリートは例外で、トーマスのような性格が代々引き継がれているのだろう。
ホントどうやって鬼上官になったんだか、とアルティーティは思わず苦笑した。
笑っていたトーマスたちが、わずかに目を見開いた。
視線の先にはアルティーティの大きな瞳がある。ジークフリートたちのそれとは微妙に違う、深いワインレッドの瞳だ。
彼らの反応を確認した瞳に、落胆の色が混じる。
(やっぱりイヤだよね。やっと来た結婚相手が『魔女の形見』だなんて)
アルティーティは視線を床に落とした。
──『魔女の形見』。それは黒髪と赤紫の瞳を持つ女性を指す。
はるか昔、絶大な魔力をもってこの国に大厄災をもたらしたといわれる魔女がいた。その魔女と、同じような容姿をしていたことに由来する。
単に外見の特徴が同じというだけなら、アルティーティも隠していない。
この特徴を持つ女性は総じて魔力が強い。時に本人の手を持て余すほどの強さで、暴走事故が起こることもしばしばあったという。
それ故、昔から迫害の対象になることが多かったらしい。
アルティーティが継母たちに虐げられたのもそのせいだ。
髪を全部剃られ、目隠しをさせられていた。目を潰されなかっただけいいが、思い出しただけでも震えがくる。
男性でも黒髪でワインレッドの瞳を持つものはいるが、こちらは何故か魔力を持たない。そのため迫害は免れた。
とはいえ、この外見自体を嫌う人間は少なからずいる。そうした厄介な連中に絡まれたら嫌なので、男装しても目だけは隠していた。
またあのように蔑まれるのはもう、嫌だ。でも嘘を重ねるのも苦しい。この結婚だって嘘なのに。
ジークフリートを横目で見る。呆れ返った視線とかち合い、俯きかけた。
バカ正直なのは分かっている。それでもこの外見を隠しきれないだろうことは、彼にも理解できていたはずだ。
(いつかは言わなきゃいけない。それなら早い方がいい)
たとえ今、瞳をさらさず結婚後に明かしたとしても、このふたりならば笑って許してくれるだろう。しかし、発覚が遅れれば遅れるほど彼らは深く傷つくに違いない。
自分が傷つく以上に、こんなにいい人たちを傷つけたくなかった。
うっすらと目が潤みかけたその時、トーマスの豪快な笑い声が応接間に響いた。驚いて顔を上げると、ミレーラも穏やかに微笑んでいる。
「そんなこと気にしていないさ。その髪色に瞳の人間なんて、少ないと言ってもこの国に何人もいるからね」
「え……?」
「実は知ってたのよ。昔アルティーティさんに会ったことのある人から、『魔女の形見』だって聞いてたの」
ふたりはニコニコとうなずき合う。
事前に調べていたのだろうか。ストリウム家の使用人にでも聞いたのだろうか。
いやそれはどうでもいい。彼女の正体を知った上で受け入れるという。古くからの名家が。ありえない話だ。
アルティーティは戸惑いながらも口を開いた。
「で、でも、異民族を対話で追い返すような由緒正しい家ですよね? わたしみたいなのがこの家に嫁いだら、みなさんが変に言われてしまうかも……」
「うん? あー……」
トーマスは頬をかきながら一瞬、視線を宙に浮かした。
「お恥ずかしいことに、あれはそんな大層な話じゃないんだ。本当は三日三晩お酒を酌み交わして戦意を失わせたっていう、酒豪の笑い話みたいなものなんだよ」
「え?」
「いつの間にかすごい交渉上手な家系って言われちゃってて、歴代当主もいやー困ったなーと思ってたらしいんだけど、訂正してもキリがなかったらしくてねぇ。まぁ害はないからいいかな、と」
(いいかな、とって……えぇ? そんな軽すぎない?)
あはは、と笑う彼に、アルティーティは令嬢に扮していることも忘れ、あんぐりと口を開けた。
冷徹なご先祖のイメージが、正反対の楽天的で陽気なおじ様に変わる。ジークフリートは例外で、トーマスのような性格が代々引き継がれているのだろう。
ホントどうやって鬼上官になったんだか、とアルティーティは思わず苦笑した。
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