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1章
6.もしかして、絶体絶命?
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(中れ!)
「……うぐっ……!」
「がぁ……!?」
振り下ろしたとほぼ同時に、ひったくりは奇声を上げてひっくり返った。
その額には、ヒールの低い純白の靴が埋め込まれたように張り付いている。アルティーティの靴だ。
間に合わないと悟った彼女が、渾身の力で投げ放ったものだ。
弓術に長けた彼女が、次に得意とするものが投擲だった。それこそ、投げられるものならなんでも中る。
ただ騎士の試験に投擲がなかったので、弓しかできないと思われていたのだが。
ひったくりがもんどりを打っている隙に、沿道にいた数人が子供を抱きかかえて逃げていく。
(良かった……)
アルティーティがホッとしたのも束の間、立ち上がったひったくりたちにギロリ、と睨みつけられる。
「……ッテェな……このアマ……!」
「女だからって容赦しねぇぞ……!」
額に靴あとをつけたふたりは、鬼気迫る表情で真っ直ぐアルティーティに向かってきた。
(あ、まずい。何か、投げるもの……)
後退りしながら周りを見るが、使えそうなものは何もない。武器もない。体術も苦手だ。避けようにも走って逃げようにも、ドレスでは難しい。
(せっかく綺麗なドレス着させてもらったのになぁ)
殴りかかってくるひったくりたちを見上げながら自嘲する。
危険が迫ると現実逃避するのは、昔からの悪い癖だ。
継母から折檻を受けたときも、異母妹に心ない言葉を浴びせられたときも、どこか他人事のように思えてしまう。そうしなければ生きられなかったのもあるのだが。
とはいえ、何度受けていようが痛いのは嫌だ。
アルティーティは受け身をとろうと身構える。
──突如、視界が群青色に染まった。
(……え?)
群青色の背中が、ジークフリートのものだと理解できるのに少し時間がかかった。彼が助けてくれるとは、微塵も思っていなかったのだ。
ぽかんとその肉付きの良い背を見つめる。
「待て、と言っただろう。なんでそうも突っ込みたがるんだお前は」
ため息混じりの聞き慣れた低音。自分よりも大柄なひったくりと相対しているというのに、声色はいつもと変わらない。
彼の手には、力の限り殴りかかろうとしたひったくりの拳がぴたり、と収まっていた。
「な……!? 離せこの野郎!」
自分より背の低い男に受け止められ、プライドが傷ついたのか、ひったくりの顔は真っ赤にそまった。力を込めても拳はびくともしない。
「野郎、離せっつってんだろうが!!」
反対の手でジークフリートに殴りかかる。巨体から繰り出される拳だ。まともに受けたらひとたまりもない。
しかし──。
「……遅い」
その拳を軽く払い除けると、捕らえた腕を捩じ切るように投げ飛ばした。
ずぅん、と地鳴りのような音が響き、ひったくりは沈んだ。白目をむいて完全に伸びている。
その場に一瞬の沈黙が訪れた。
親子ほどの身長差がある彼が、まさか相手を軽々と投げ飛ばすとは、その場にいた誰も想像すらしていなかったのだ。もちろん、アルティーティすらも。
「テ、テメェ! 何してくれてんだ!」
ハッとしたもうひとりのひったくりが、やぶれかぶれに襲いかかってくる。
こちらも負けず劣らず巨体だ。走るたびにぶるん、と腹が揺れている。全体重をかけた拳はさぞかし痛いだろう。
しかしジークフリートはゆらり、と佇むのみだ。完全に捉えたと、ひったくりの顔に笑みが浮かぶ。
(隊長……!)
拳が彼の頭めがけ振り下ろされる。群青色の背中が縮んだように見え、アルティーティは思わず目を瞑った。
「んぐえっ……!」
情けないうめき声をあげたのはひったくりの方だった。
アルティーティは思わず目を開けた。
低い姿勢から回し蹴りを繰り出したジークフリートと、蹴りをまともに喰らい吹っ飛ぶひったくりが見えた。
「……うぐっ……!」
「がぁ……!?」
振り下ろしたとほぼ同時に、ひったくりは奇声を上げてひっくり返った。
その額には、ヒールの低い純白の靴が埋め込まれたように張り付いている。アルティーティの靴だ。
間に合わないと悟った彼女が、渾身の力で投げ放ったものだ。
弓術に長けた彼女が、次に得意とするものが投擲だった。それこそ、投げられるものならなんでも中る。
ただ騎士の試験に投擲がなかったので、弓しかできないと思われていたのだが。
ひったくりがもんどりを打っている隙に、沿道にいた数人が子供を抱きかかえて逃げていく。
(良かった……)
アルティーティがホッとしたのも束の間、立ち上がったひったくりたちにギロリ、と睨みつけられる。
「……ッテェな……このアマ……!」
「女だからって容赦しねぇぞ……!」
額に靴あとをつけたふたりは、鬼気迫る表情で真っ直ぐアルティーティに向かってきた。
(あ、まずい。何か、投げるもの……)
後退りしながら周りを見るが、使えそうなものは何もない。武器もない。体術も苦手だ。避けようにも走って逃げようにも、ドレスでは難しい。
(せっかく綺麗なドレス着させてもらったのになぁ)
殴りかかってくるひったくりたちを見上げながら自嘲する。
危険が迫ると現実逃避するのは、昔からの悪い癖だ。
継母から折檻を受けたときも、異母妹に心ない言葉を浴びせられたときも、どこか他人事のように思えてしまう。そうしなければ生きられなかったのもあるのだが。
とはいえ、何度受けていようが痛いのは嫌だ。
アルティーティは受け身をとろうと身構える。
──突如、視界が群青色に染まった。
(……え?)
群青色の背中が、ジークフリートのものだと理解できるのに少し時間がかかった。彼が助けてくれるとは、微塵も思っていなかったのだ。
ぽかんとその肉付きの良い背を見つめる。
「待て、と言っただろう。なんでそうも突っ込みたがるんだお前は」
ため息混じりの聞き慣れた低音。自分よりも大柄なひったくりと相対しているというのに、声色はいつもと変わらない。
彼の手には、力の限り殴りかかろうとしたひったくりの拳がぴたり、と収まっていた。
「な……!? 離せこの野郎!」
自分より背の低い男に受け止められ、プライドが傷ついたのか、ひったくりの顔は真っ赤にそまった。力を込めても拳はびくともしない。
「野郎、離せっつってんだろうが!!」
反対の手でジークフリートに殴りかかる。巨体から繰り出される拳だ。まともに受けたらひとたまりもない。
しかし──。
「……遅い」
その拳を軽く払い除けると、捕らえた腕を捩じ切るように投げ飛ばした。
ずぅん、と地鳴りのような音が響き、ひったくりは沈んだ。白目をむいて完全に伸びている。
その場に一瞬の沈黙が訪れた。
親子ほどの身長差がある彼が、まさか相手を軽々と投げ飛ばすとは、その場にいた誰も想像すらしていなかったのだ。もちろん、アルティーティすらも。
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情けないうめき声をあげたのはひったくりの方だった。
アルティーティは思わず目を開けた。
低い姿勢から回し蹴りを繰り出したジークフリートと、蹴りをまともに喰らい吹っ飛ぶひったくりが見えた。
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