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1章
4.これ、任務ですか?
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求婚という名の取引に応じた日から3日後。
自室でゴロゴロと休暇を楽しんでいた彼女にジークフリートは言った。
「今から出るぞ」
何が出るのかどこに出るのか、など問う暇もないまま急かされ、部屋着のままあれよあれよという間に馬車の中。
車内でも眉間に深い皺を寄せ、窓の外を見つめる彼からは、話しかけるなというオーラが漂ってくる。
景色を楽しむというより、刺すような目付きで通行人を威嚇してるようにも見えた。
(すっ……ごい機嫌悪そう……色々聞きたいことあるけど黙っておこう。そのうち話してくれるかもしれないし)
今は言われるがままについて行くしかない。もしかしたら急な任務なのかもしれない。そうなれば初任務だ。
気がはやるのをおさえつつ、アルティーティは流れていく車窓を眺めていた。
春の陽気に街行く人々もどこか浮かれているように見える。今年は雪が多く積もり、冬ごもりが長かったせいもあるだろう。
ほどなくして馬車は歩みを止めた。
「……えーと……」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも……ここって……」
馬車を降り、困惑気味に立ち尽くすアルティーティ。
その目の前には、白を基調とした壁に赤い屋根の上品な建物があった。大きなガラス窓の奥に小洒落た服を着た細身のトルソーが飾られている。
「仕立て屋だ。入るぞ」
戸惑うアルティーティをよそに、ジークフリートは店の扉に手をかける。扉を開け、アルティーティが先に入るのを待つ姿はスマートだ。
しかし、その表情は未だ厳しい。とてもエスコートする紳士のそれではない。
もしやこの中で任務か、と若干思ったが、アルティーティは別の意味で少しドキドキしていた。
仕立て屋に入るのが初めてだったからだ。
とはいえ、興奮も歓喜も表に出すわけにはいかない。外観からして貴族御用達の店だ。そんな店で、くたびれた部屋着の女がはしゃいでたらもれなく追い出されるだろう。
(これは任務、ただの任務)
おそるおそる入店する。
「わ……」
思わず声が漏れた。
色とりどりのドレスに煌びやかなアクセサリーの数々、そして優雅にお辞儀をする店員。照明のおかげか、全てがキラキラして見えた。一瞬で自分が場違いなのが分かる。
「おい、こっちだ」
入り口付近でまごまごしていたところに、いつのまにか入店していたジークフリートが声をかけてくる。その後ろに控えた店員たちが、何やら色々手にしてニコニコしていた。
「え……と……?」
「文句は後で聞く。頼んだ」
「かしこまりました。さ、お嬢様、こちらへ」
「え、ちょ、あのっ……!」
「ささ、どうぞどうぞ」
(文句じゃなくて説明してほしいだけなんですけどー!)
そんな心の声を発する間もなく、店員たちにもみくちゃにされるようにフィッティングルームの中へ押し込められる。
「しばらく目を閉じておいてください」と言われ、訳もわからず目を閉じ、頭から爪先までされるがままにされた結果──。
「終わりました。目を開けてください」
ゆっくりと目を開け、鏡を確認して驚いた。
サラシよりもさらにキツく絞められたコルセットに、淡いピンクのワンピースドレス。
傷だらけの肌を少しでも隠すためか、首元から手首まで滑らかな生地で覆われている。
足元の真っ白な靴が、清楚そうなイメージを与える。
耳には真珠のイヤリングがきらめくものの、薄く紅をのせられた唇がぽかんとあいてるのがまた彼女らしい。
(こんな格好、久しぶり……かあさまがよくこんな色のドレス着させてくれたっけ……)
頬がうっすらと上気する。
久しぶりのドレスに初めての化粧。
飾り気はないが、いいところのお嬢様の装いだ──髪が短い以外は。
上がりかけた気分が一瞬で沈む。短髪を誤魔化すようにつけられた髪飾りが、少し虚しく見えてくる。
(これ、男の子が女装してるみたいに見えない? 大丈夫? というかこれ隊長の趣味? 任務は?)
「終わったようだな」
疑問符が浮かびまくるアルティーティの背後に、いつからかジークフリートが佇んでいた。鏡とにらめっこしている間に、店員がカーテンを開けたらしい。
腕組みをしてこちらを見る表情は、やはり不機嫌だ。周りがにこやかなせいか、余計に彼の無愛想さが際立つ。
「あの、これは一体……?」
「ドレスだ。少し派手かもしれんが、まあいいだろう」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてですね……」
「そろそろだな、出るぞ」
鏡越しに問うも噛み合わず、彼は懐中時計を確認し、いそいそと出口へ向かっていった。
(……急いでるみたいだし、馬車の中で聞けばいいか)
肩をすくめたアルティーティは、彼に続き店内を後にした──その時だった。
「きゃぁぁ!」
自室でゴロゴロと休暇を楽しんでいた彼女にジークフリートは言った。
「今から出るぞ」
何が出るのかどこに出るのか、など問う暇もないまま急かされ、部屋着のままあれよあれよという間に馬車の中。
車内でも眉間に深い皺を寄せ、窓の外を見つめる彼からは、話しかけるなというオーラが漂ってくる。
景色を楽しむというより、刺すような目付きで通行人を威嚇してるようにも見えた。
(すっ……ごい機嫌悪そう……色々聞きたいことあるけど黙っておこう。そのうち話してくれるかもしれないし)
今は言われるがままについて行くしかない。もしかしたら急な任務なのかもしれない。そうなれば初任務だ。
気がはやるのをおさえつつ、アルティーティは流れていく車窓を眺めていた。
春の陽気に街行く人々もどこか浮かれているように見える。今年は雪が多く積もり、冬ごもりが長かったせいもあるだろう。
ほどなくして馬車は歩みを止めた。
「……えーと……」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも……ここって……」
馬車を降り、困惑気味に立ち尽くすアルティーティ。
その目の前には、白を基調とした壁に赤い屋根の上品な建物があった。大きなガラス窓の奥に小洒落た服を着た細身のトルソーが飾られている。
「仕立て屋だ。入るぞ」
戸惑うアルティーティをよそに、ジークフリートは店の扉に手をかける。扉を開け、アルティーティが先に入るのを待つ姿はスマートだ。
しかし、その表情は未だ厳しい。とてもエスコートする紳士のそれではない。
もしやこの中で任務か、と若干思ったが、アルティーティは別の意味で少しドキドキしていた。
仕立て屋に入るのが初めてだったからだ。
とはいえ、興奮も歓喜も表に出すわけにはいかない。外観からして貴族御用達の店だ。そんな店で、くたびれた部屋着の女がはしゃいでたらもれなく追い出されるだろう。
(これは任務、ただの任務)
おそるおそる入店する。
「わ……」
思わず声が漏れた。
色とりどりのドレスに煌びやかなアクセサリーの数々、そして優雅にお辞儀をする店員。照明のおかげか、全てがキラキラして見えた。一瞬で自分が場違いなのが分かる。
「おい、こっちだ」
入り口付近でまごまごしていたところに、いつのまにか入店していたジークフリートが声をかけてくる。その後ろに控えた店員たちが、何やら色々手にしてニコニコしていた。
「え……と……?」
「文句は後で聞く。頼んだ」
「かしこまりました。さ、お嬢様、こちらへ」
「え、ちょ、あのっ……!」
「ささ、どうぞどうぞ」
(文句じゃなくて説明してほしいだけなんですけどー!)
そんな心の声を発する間もなく、店員たちにもみくちゃにされるようにフィッティングルームの中へ押し込められる。
「しばらく目を閉じておいてください」と言われ、訳もわからず目を閉じ、頭から爪先までされるがままにされた結果──。
「終わりました。目を開けてください」
ゆっくりと目を開け、鏡を確認して驚いた。
サラシよりもさらにキツく絞められたコルセットに、淡いピンクのワンピースドレス。
傷だらけの肌を少しでも隠すためか、首元から手首まで滑らかな生地で覆われている。
足元の真っ白な靴が、清楚そうなイメージを与える。
耳には真珠のイヤリングがきらめくものの、薄く紅をのせられた唇がぽかんとあいてるのがまた彼女らしい。
(こんな格好、久しぶり……かあさまがよくこんな色のドレス着させてくれたっけ……)
頬がうっすらと上気する。
久しぶりのドレスに初めての化粧。
飾り気はないが、いいところのお嬢様の装いだ──髪が短い以外は。
上がりかけた気分が一瞬で沈む。短髪を誤魔化すようにつけられた髪飾りが、少し虚しく見えてくる。
(これ、男の子が女装してるみたいに見えない? 大丈夫? というかこれ隊長の趣味? 任務は?)
「終わったようだな」
疑問符が浮かびまくるアルティーティの背後に、いつからかジークフリートが佇んでいた。鏡とにらめっこしている間に、店員がカーテンを開けたらしい。
腕組みをしてこちらを見る表情は、やはり不機嫌だ。周りがにこやかなせいか、余計に彼の無愛想さが際立つ。
「あの、これは一体……?」
「ドレスだ。少し派手かもしれんが、まあいいだろう」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくてですね……」
「そろそろだな、出るぞ」
鏡越しに問うも噛み合わず、彼は懐中時計を確認し、いそいそと出口へ向かっていった。
(……急いでるみたいだし、馬車の中で聞けばいいか)
肩をすくめたアルティーティは、彼に続き店内を後にした──その時だった。
「きゃぁぁ!」
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