上 下
2 / 97
1章

2.昨日のアレは夢だったのかも?

しおりを挟む
 遊撃部隊の仕事は多岐に渡る。

 敵拠点への潜入や占拠、陽動、斥候、挟み撃ちなどなど、そのほとんどが作戦の核になる重要な部分だ。失敗は許されない。

 まったくのド新人が配属される部隊ではないのだが、なぜか今年はふたりも新人が配属された。

 その内ひとりがアルティーティだ。

『もしかして、わたし期待されてる?』と思っていたのだが──。

「バカもん! 単独で突っ込んでいくヤツがいるか!」

 のどかな春の日。
 今日もまた、訓練所にジークフリートの檄が飛んだ。だだっ広い上に、塀で囲まれているせいか声がよく響く。

 他の隊員が「また始まった」と苦笑する中、怒られている張本人のアルティーティは小さくあくびをかみ殺した。

 彼からの求婚を受けたのが昨日。

「その気はない」と言っていた彼は、早々にベッドに入った。
 しかし、女だとバレたばかりのアルティーティは同じ部屋に正体を知る人間がいることにどことなく落ち着けず、寝返りを繰り返してばかりだった。

 おかげで目の下には立派なクマができている。だが鼻先までの前髪のおかげで、誰もその存在には気づかない。

(結婚の話は夢だったのかもしれない。女とわかってもめちゃくちゃ怒るし)

 昨日と変わらず手加減なしの説教を続けるジークフリートを、ぼんやりと見つめながらそんなことを思う。

 指示を聞いてなかったのは寝不足のせいだ。

 しかし寝不足だからといって仕方がないわけではない。戦場で寝不足の相手に敵は手加減してくれない。下手すれば死ぬ。
 怒られるくらいで済むならまだいい方なのだ。

 だが彼女にも言い分はある。師匠に言われたのだ。『この先、騎士で生きていくならば、おかしいと思ったら上官であっても意見しろ』と。

「基本陣形の演習だと言っただろう! 弓しか扱えないようなヤツが前線に出張でばるな!」
「で、でも、お言葉ですが、前衛の馬が怪我をしてそうだったのでフォローに回らなくてはと思って」
「フォローは他の前衛がする。わざわざ後衛が引き受けることじゃない。それに今は基本の確認を兼ねているんだ。馬の負傷をお前がどうこうすることじゃない」
「でも!」
「与えられた役割をしろ! お前が上がれば前衛もお前を守るために上がらざるを得ない。前衛の仕事を増やすな!」

 ジークフリートの一喝に、アルティーティはなおも食い下がろうと口を開きかけた。

「まぁまぁ、ジークフリート。アルトも反省してるみたいだしその辺にしてあげなよ」

 のんびりとした声が、まだまだ続きそうなジークフリートの説教を止めた。

 ジークフリートの肩をポンポン、と叩くその人物は彼よりも頭ひとつ分は背が高い。年齢もたしか、彼より少し上だ。
 目の覚めるような清々しい空色の短髪に、はしばみ色の人好きする瞳。常に笑みを作るように口角は上げられ、気安い雰囲気が漂う。

 群青色の隊服の首元には銀糸の二本線──遊撃部隊の副長、カミル・バルフィエットだ。

「ダメだ。こいつはこれくらいキツく言わないとまたやらかすぞ」
「大丈夫だって。弓の腕は確かなんだし」
「弓しかできないけどな」

 辛辣なジークフリートに対してケラケラと笑うカミル。
 ふたりの掛け合いは日常茶飯事なのか、周囲の隊員たちも笑みを浮かべている。

 恐縮しているのはアルティーティただひとりだ。

「……すみません……」

 頭を下げ、反省の弁を述べる彼女に、「こう言ってるんだからさ」とカミルが助け舟を出す。

 ジークフリートは苦々しい表情で深くため息をつく。調子が狂ったらしい。

「いいか、後先考えずに前に出るな。敵に近接した時に、弓だけで切り抜けるのは無理がある」

 やや声量を落とした彼の言葉に、アルティーティはうなずいた。

 彼の言うことはもっともだ。
 弓は、矢を放ってから次の矢を放つまでにどうしてもタイムラグが生じる。そのラグを埋めるために敵と距離を取らなければならない。

 しかし気がはやるのか、彼女は敵に近づきすぎてしまう。

(師匠にも同じこと言われたのにダメダメ。寝不足なんて言い訳にならない……もっと成長しなきゃ)

 決意新たにもう一度うなずいた彼女に、カミルが優しく声をかける。

「そうだね。せっかくの遠距離武器なんだから有利になるように動こう。最近は王都の女性ばかり狙ったひったくりが多発してるみたいだし、もしかしたら僕らに応援要請が出るかもしれないからね」
「現場に出る前に基本は身体に叩き込んでおけ」
「うんうん。あ、前髪切ったら周りの状況見れるようになるかも」

 カミルがアルティーティの頭に手を伸ばす。

(ダメ! 見られちゃう……っ!)

 上官の手を払うわけにもいかず、アルティーティは抵抗するようにわずかに体を退いた。

「触るな」

 彼女の頭に伸ばしたカミルの手を、すんでのところでジークフリートが掴んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...