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1章
2.昨日のアレは夢だったのかも?
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遊撃部隊の仕事は多岐に渡る。
敵拠点への潜入や占拠、陽動、斥候、挟み撃ちなどなど、そのほとんどが作戦の核になる重要な部分だ。失敗は許されない。
まったくのド新人が配属される部隊ではないのだが、なぜか今年はふたりも新人が配属された。
その内ひとりがアルティーティだ。
『もしかして、わたし期待されてる?』と思っていたのだが──。
「バカもん! 単独で突っ込んでいくヤツがいるか!」
のどかな春の日。
今日もまた、訓練所にジークフリートの檄が飛んだ。だだっ広い上に、塀で囲まれているせいか声がよく響く。
他の隊員が「また始まった」と苦笑する中、怒られている張本人のアルティーティは小さくあくびをかみ殺した。
彼からの求婚を受けたのが昨日。
「その気はない」と言っていた彼は、早々にベッドに入った。
しかし、女だとバレたばかりのアルティーティは同じ部屋に正体を知る人間がいることにどことなく落ち着けず、寝返りを繰り返してばかりだった。
おかげで目の下には立派なクマができている。だが鼻先までの前髪のおかげで、誰もその存在には気づかない。
(結婚の話は夢だったのかもしれない。女とわかってもめちゃくちゃ怒るし)
昨日と変わらず手加減なしの説教を続けるジークフリートを、ぼんやりと見つめながらそんなことを思う。
指示を聞いてなかったのは寝不足のせいだ。
しかし寝不足だからといって仕方がないわけではない。戦場で寝不足の相手に敵は手加減してくれない。下手すれば死ぬ。
怒られるくらいで済むならまだいい方なのだ。
だが彼女にも言い分はある。師匠に言われたのだ。『この先、騎士で生きていくならば、おかしいと思ったら上官であっても意見しろ』と。
「基本陣形の演習だと言っただろう! 弓しか扱えないようなヤツが前線に出張るな!」
「で、でも、お言葉ですが、前衛の馬が怪我をしてそうだったのでフォローに回らなくてはと思って」
「フォローは他の前衛がする。わざわざ後衛が引き受けることじゃない。それに今は基本の確認を兼ねているんだ。馬の負傷をお前がどうこうすることじゃない」
「でも!」
「与えられた役割をしろ! お前が上がれば前衛もお前を守るために上がらざるを得ない。前衛の仕事を増やすな!」
ジークフリートの一喝に、アルティーティはなおも食い下がろうと口を開きかけた。
「まぁまぁ、ジークフリート。アルトも反省してるみたいだしその辺にしてあげなよ」
のんびりとした声が、まだまだ続きそうなジークフリートの説教を止めた。
ジークフリートの肩をポンポン、と叩くその人物は彼よりも頭ひとつ分は背が高い。年齢もたしか、彼より少し上だ。
目の覚めるような清々しい空色の短髪に、榛色の人好きする瞳。常に笑みを作るように口角は上げられ、気安い雰囲気が漂う。
群青色の隊服の首元には銀糸の二本線──遊撃部隊の副長、カミル・バルフィエットだ。
「ダメだ。こいつはこれくらいキツく言わないとまたやらかすぞ」
「大丈夫だって。弓の腕は確かなんだし」
「弓しかできないけどな」
辛辣なジークフリートに対してケラケラと笑うカミル。
ふたりの掛け合いは日常茶飯事なのか、周囲の隊員たちも笑みを浮かべている。
恐縮しているのはアルティーティただひとりだ。
「……すみません……」
頭を下げ、反省の弁を述べる彼女に、「こう言ってるんだからさ」とカミルが助け舟を出す。
ジークフリートは苦々しい表情で深くため息をつく。調子が狂ったらしい。
「いいか、後先考えずに前に出るな。敵に近接した時に、弓だけで切り抜けるのは無理がある」
やや声量を落とした彼の言葉に、アルティーティはうなずいた。
彼の言うことはもっともだ。
弓は、矢を放ってから次の矢を放つまでにどうしてもタイムラグが生じる。そのラグを埋めるために敵と距離を取らなければならない。
しかし気がはやるのか、彼女は敵に近づきすぎてしまう。
(師匠にも同じこと言われたのにダメダメ。寝不足なんて言い訳にならない……もっと成長しなきゃ)
決意新たにもう一度うなずいた彼女に、カミルが優しく声をかける。
「そうだね。せっかくの遠距離武器なんだから有利になるように動こう。最近は王都の女性ばかり狙ったひったくりが多発してるみたいだし、もしかしたら僕らに応援要請が出るかもしれないからね」
「現場に出る前に基本は身体に叩き込んでおけ」
「うんうん。あ、前髪切ったら周りの状況見れるようになるかも」
カミルがアルティーティの頭に手を伸ばす。
(ダメ! 見られちゃう……っ!)
上官の手を払うわけにもいかず、アルティーティは抵抗するようにわずかに体を退いた。
「触るな」
彼女の頭に伸ばしたカミルの手を、すんでのところでジークフリートが掴んだ。
敵拠点への潜入や占拠、陽動、斥候、挟み撃ちなどなど、そのほとんどが作戦の核になる重要な部分だ。失敗は許されない。
まったくのド新人が配属される部隊ではないのだが、なぜか今年はふたりも新人が配属された。
その内ひとりがアルティーティだ。
『もしかして、わたし期待されてる?』と思っていたのだが──。
「バカもん! 単独で突っ込んでいくヤツがいるか!」
のどかな春の日。
今日もまた、訓練所にジークフリートの檄が飛んだ。だだっ広い上に、塀で囲まれているせいか声がよく響く。
他の隊員が「また始まった」と苦笑する中、怒られている張本人のアルティーティは小さくあくびをかみ殺した。
彼からの求婚を受けたのが昨日。
「その気はない」と言っていた彼は、早々にベッドに入った。
しかし、女だとバレたばかりのアルティーティは同じ部屋に正体を知る人間がいることにどことなく落ち着けず、寝返りを繰り返してばかりだった。
おかげで目の下には立派なクマができている。だが鼻先までの前髪のおかげで、誰もその存在には気づかない。
(結婚の話は夢だったのかもしれない。女とわかってもめちゃくちゃ怒るし)
昨日と変わらず手加減なしの説教を続けるジークフリートを、ぼんやりと見つめながらそんなことを思う。
指示を聞いてなかったのは寝不足のせいだ。
しかし寝不足だからといって仕方がないわけではない。戦場で寝不足の相手に敵は手加減してくれない。下手すれば死ぬ。
怒られるくらいで済むならまだいい方なのだ。
だが彼女にも言い分はある。師匠に言われたのだ。『この先、騎士で生きていくならば、おかしいと思ったら上官であっても意見しろ』と。
「基本陣形の演習だと言っただろう! 弓しか扱えないようなヤツが前線に出張るな!」
「で、でも、お言葉ですが、前衛の馬が怪我をしてそうだったのでフォローに回らなくてはと思って」
「フォローは他の前衛がする。わざわざ後衛が引き受けることじゃない。それに今は基本の確認を兼ねているんだ。馬の負傷をお前がどうこうすることじゃない」
「でも!」
「与えられた役割をしろ! お前が上がれば前衛もお前を守るために上がらざるを得ない。前衛の仕事を増やすな!」
ジークフリートの一喝に、アルティーティはなおも食い下がろうと口を開きかけた。
「まぁまぁ、ジークフリート。アルトも反省してるみたいだしその辺にしてあげなよ」
のんびりとした声が、まだまだ続きそうなジークフリートの説教を止めた。
ジークフリートの肩をポンポン、と叩くその人物は彼よりも頭ひとつ分は背が高い。年齢もたしか、彼より少し上だ。
目の覚めるような清々しい空色の短髪に、榛色の人好きする瞳。常に笑みを作るように口角は上げられ、気安い雰囲気が漂う。
群青色の隊服の首元には銀糸の二本線──遊撃部隊の副長、カミル・バルフィエットだ。
「ダメだ。こいつはこれくらいキツく言わないとまたやらかすぞ」
「大丈夫だって。弓の腕は確かなんだし」
「弓しかできないけどな」
辛辣なジークフリートに対してケラケラと笑うカミル。
ふたりの掛け合いは日常茶飯事なのか、周囲の隊員たちも笑みを浮かべている。
恐縮しているのはアルティーティただひとりだ。
「……すみません……」
頭を下げ、反省の弁を述べる彼女に、「こう言ってるんだからさ」とカミルが助け舟を出す。
ジークフリートは苦々しい表情で深くため息をつく。調子が狂ったらしい。
「いいか、後先考えずに前に出るな。敵に近接した時に、弓だけで切り抜けるのは無理がある」
やや声量を落とした彼の言葉に、アルティーティはうなずいた。
彼の言うことはもっともだ。
弓は、矢を放ってから次の矢を放つまでにどうしてもタイムラグが生じる。そのラグを埋めるために敵と距離を取らなければならない。
しかし気がはやるのか、彼女は敵に近づきすぎてしまう。
(師匠にも同じこと言われたのにダメダメ。寝不足なんて言い訳にならない……もっと成長しなきゃ)
決意新たにもう一度うなずいた彼女に、カミルが優しく声をかける。
「そうだね。せっかくの遠距離武器なんだから有利になるように動こう。最近は王都の女性ばかり狙ったひったくりが多発してるみたいだし、もしかしたら僕らに応援要請が出るかもしれないからね」
「現場に出る前に基本は身体に叩き込んでおけ」
「うんうん。あ、前髪切ったら周りの状況見れるようになるかも」
カミルがアルティーティの頭に手を伸ばす。
(ダメ! 見られちゃう……っ!)
上官の手を払うわけにもいかず、アルティーティは抵抗するようにわずかに体を退いた。
「触るな」
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