婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ

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3.子爵令息マイケルと王弟トラヴィス

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 先手の婚約破棄が封じられ、私は途方に暮れた。

 どうも気に入られてる節がある。おかしい。こんなはずでは。

 が、よく考えてみたら彼はゲーム中、高飛車な彼女に嫌気をさしていたはずだ。

 ということは、ずっと偉そうにしていればもしかしたらテリーから婚約破棄してくれるかもしれない……!

 一縷いちるの望みをかけ、六歳になった私はテリーも出席するというお茶会に参加した。

 こういうのは人目がある場所で恥をかかせられた、みたいなのが効果覿面てきめんよね。うんうん。

 今日一日、偉そうな態度でいるべし! という意気込みで、テリーのエスコートで馬車から降りたのだが──。

「ちょっと、元平民が近寄らないでくださる?」

 突然聞こえてきたお手本のような高慢な声に、私とテリーは周りを見回した。

 私の発した声……ではない。

 声の方に向かうと、一人の男の子が数人の子供たちに囲まれていた。

 茂みの影に隠れて、「あれは確か……」と息を飲んだ私の横に、ぴったりと寄り添うようにしてテリーが囁いた。

「彼は……つい最近叙爵されたワイエス男爵の末息子ですね」

 叙爵式には僕も参加しました、と呑気のんきに彼は付け加えた。

 そう、彼のいう通りマイケル・ワイエスは元平民の男爵家の子供だ。

 濃い茶髪のツンツン頭にそばかすという、半ズボンが似合ういかにも快活そうな男の子である。

 もちろん彼も攻略対象の一人だ。

 今は他の子供に囲まれて縮こまっているが、本来は向日葵のような笑顔がトレードマークの元気いっぱいの男性、になる予定だ。

 確か、学園に入学する頃には子爵位だったはず。

 ゲーム内でも成り上がり貴族としてやっかみを受けていたが、まさかこの頃からとは。

 ……でもそのおかげで同じ元平民のシルビアと仲良くなるし、カッコよく成長するのよね。

 真剣な表情で彼を見つめるテリーに、私は「流石に近すぎませんか?」と聞いた。

「大丈夫です。向こうは僕たちに気付いていません」

 と、彼はマイケルから視線を移さずに呟いた。いや、そういうことじゃなくってね。

 意図が伝わらず私は思わずため息をついた。

 大方、彼はタチの悪い貴族の子供から文句をつけられているのだろう。

 ……あまり介入して後々ややこしいことになってもなぁ……

 かと言って見なかったことに、というのも気が引ける。

「……殿下、私、父を呼んで参ります。しばしこちらでお待ちください」

 そう言って、私はきびすを返そうとした。

「あなた、平民なのでしょう? 王女メリア様主催のお茶会によくもまあ平気な顔して来られたわねぇ」

「そうだそうだ。場違いな奴は帰れ」

「平民菌がうつるぞー」

「よく見たら髪もボサボサ、肌はそばかすだらけ、安っぽそうなお洋服をお召しだこと」

「そうだそうだ。貴族はそんなもの着ないぞ」

「頭も悪そうだしなー」

 馬鹿にしたようにせせら笑う彼らに、いい加減、堪忍袋の緒がぶちっと切れた。

 同時に高飛車モードにもスイッチが入る。

「……先ほどから聞いていれば、酷い言い草でございませんこと?」

 がさり、と茂みの中から私は立ち上がった。そうしてテリーが小さく止めるのも聞かずに、ずんずんと彼らの方へ歩いていく。

「平民? だからなんだと言うんです? マイケル様のお父様は、騎士としてこの国の守護に貢献されている方ですわ。たとえ平民でも多大な功績を挙げている方に叙爵するのは、この国では当たり前ですってよ。私より年上のようですが、そんなこともご存知なくて?」

 哀れみの視線を送ると、子供達の中で一番年長の子女が、顔を赤くして口をぱくぱくさせた。

「それにメリア様主催のお茶会で出席者を貶めることは、メリア様を貶めることになりますわ。そうした気遣いのない男児に生まれてしまって恥ずかしいと思いませんこと? というか平民菌ってなんですの? 頭がよろしいとはとても思えない言葉で私、思わず笑ってしまいましたわ」

 ほほほ、と真顔で笑い声を上げると、年長の子供に同意していた男の子二人が顔を見合わせ俯いた。

「それに……一つ言わせてもらいますわ」

 ごくり、と誰かが生唾を飲み込む。

「……髪がボサボサ? そばかすだらけ? 安物の服? それがどうしたというのです。むしろお手本のようなショタに拍手を送るべきですわ。マイケル様ほど半ズボンが似合う人物は他にいませんことよ。ショタは国を挙げて保護すべき貴重な人材なのです!……それを寄ってたかって撲滅しようなどと許すまじ行為ですわ……!」

「こ、コーデリア、分かった、分かったから」

 怒りに震える私を止めるように、テリーが割って入ってきた。

 彼が姿を現したことで、真っ青になり平伏すいじめっ子たち。

 さすが貴族の子供、権力が絶対だときちんと躾けられているのね。

「……今日のところは殿下の寛大な御心に免じて許して差し上げますが、私非常に難しくて大事なお話をしました。お分かりいただけまして?」

 私の鬼気迫る表情に、いじめっ子たちはこくこくと赤べこのように頷いた。

 そうしてクモの子を散らすように方々へ散っていった。

「まったく、君という人は……」

 テリーの声色は呆れ返った、というよりも「仕方ないなぁこいつめうふふ」という気持ちがこもっているように聞こえる。

 ……あれーおっかしいな……高飛車な言動でドン引きさせるはずなんだけど……今から挽回しなければ。

「殿下こそ、出てくるのが遅すぎですわ。亀さんより遅くてよ」

 機嫌を害したようにつん、とそっぽを向いてみせた。

 その様子に目を見開いた彼はまたも肩を震わせ始める。

「……か、……かめさ……ふふふ……こ、コーデリアは可愛いなぁ」

 腹を抱える彼に、私の頬は真っ赤に染まる。

 私今、高飛車にいけてたよね!? なして笑う??

 テリーのツボがわからない……。

「あの……ありがとうございました。て、テリー様、コーデリア様」

 私とテリーに挟まれておろおろしていたマイケルは、ぺこり、とお辞儀をした。しまった、マイケル忘れてた。

 見ると彼は頬を赤く染め、上目遣いでこちらを見ている。ちくしょう、超可愛いな。

「いや、マイケル。助けたのは僕じゃないよ。彼女だ。礼ならコーデリアにしてくれ」

「そんな、滅相もございませんわ。殿下が来てくださらなかったらあの場をどう収めようか思っておりましたのよ。それが亀さんより遅いんですもの。驚きの遅さでしたわ」

 しめた、マイケルの前で恥ずかしい思いをさせてやろう、とばかりに精一杯の皮肉を浴びせるが、テリーはまたも口元を緩ませている。

 それどころかマイケルですら朗らかな笑みを浮かべていた。解せぬ。

「……随分楽しそうだね。私もご一緒してよろしいかな?」

 落ち着いた低い声が私たちの背後からかけられる。

「叔父さ……ではなく、メイフィールド公、どうされました?」

「ははは、テリー、今日は公務じゃないんだ。堅苦しいのはよそう」

 テリーが軽く会釈した相手に、思わず私は顔を引きつらせた。

 国王とは歳の離れた王弟、トラヴィス──三人目の攻略対象だったからだ。

 確か学園卒業したてという話だったから、現在の歳は十七、八か。

 テリーと同じ青い瞳だが、その髪は夜空を塗りつぶしたような漆黒だ。

 攻略対象の中ではダントツの年上なのだが、落ち着いた大人の色気のおかげかその人気は高い。

 人当たりの良い笑顔を常に浮かべているが、私は知っている。彼はとんでもない皮肉屋で、どんなに努力しても王位継承順位が最下位の王弟という立場に不満を持っていることを。

 ……どうして今日はこうも攻略対象ばかり集まってくるのか……。

 私が内心げんなりしている間に、テリーは彼に先ほどの顛末を面白おかしく伝えていた。

 それを聞いたトラヴィスは一瞬目を丸くしたが、すぐにいつものような張り付いた笑顔を浮かべる。

「へぇ、テリーの婚約者は面白い子だねぇ。お嬢さん、もう少し大人になったらテリーじゃなく私と結婚しないかい?」

「お、叔父さん」

「これくらいの半ズボンを着てくれたら良いですわ」

 そう言って私はマイケルの背中を押した。

 その場の全員が「ん?」と首を傾げるが、私はお構いなしに続けた。

「この太腿のちょうど真ん中までの丈と、細くて白い脚との黄金比率、素晴らしいですわ。大人になるとこうも魅力的には履きこなせませんもの。今だけの輝きですわ」

 私はにっこりと笑うと、トラヴィスは一瞬だけ眉をひそめ、すぐに声を上げて笑い出した。

 戸惑うテリーと、ほんの少し顔の赤いマイケルは首を傾げたままだ。

「あ、あの、叔父さん?」

「……ああ、ごめんごめん。ついね」

 トラヴィスは手を団扇のように仰ぐ仕草をした。

「彼女はね、つまりその気がないって言ってるんだ」

 怒らないでやってくれ、とテリーに言うと、彼は納得するように頷いた。

 その目は新しいおもちゃを見つけた子供のようにキラキラしている。

 あーなんか嫌な予感……。

「お嬢さん、お名前は?」

「……コーデリア・ウォーレン、と申します」

 ドレスの端をちょんとつまんでお辞儀をすると、その耳にトラヴィスは私だけに聞こえるような声で囁いた。

「テリーが物足りなかったら私のところにいつでも来なさい」と。

 …………いやいやいやいや、今、アナタ十七歳。ワタシ六歳。ロリ、口説いちゃダメ絶対。

 いくらこの世界の貴族はそれくらいの歳の差が違和感なくても、さすがに小学一年生くらいの年齢の子に手を出しちゃいけないと思うんだ……。

 いろいろな意味でげんなりして帰宅した私に、「また茶会でなにかやらかしたそうだな!」と両親からの雷が落とされたことは言うまでもない。

 余談だが、何故かその日以来、半ズボンをお気に召したテリーがずっと半ズボンを履き続け、国に半ズボンショタブームを巻き起こしたのはまた別の話だ。

 もう一つ付け加えると、テリーの半ズボン姿はものすごく似合ってた。なんか悔しい。
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