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5章.妹君と辺境伯は時を刻む

222.王子は諭される①

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 聖殿での一悶着があった数日後──。

 テオの部屋に招かれたユリウスは、ソファに座ると、喉の奥に絡みつくような嫌悪感と疲労感を吐き出さんと小さく息をついた。

 軍服の首元を緩めると、離れたところに座った友人を思い遣る。

 今日はフリッツの刑の執行日であった。

 長く病に臥せっていた国王は実は王太子に暗殺を計画されていた──この衝撃的な事実は、公式発表がなされると瞬く間に国の内外を問わず広まった。

 国王暗殺未遂と聖女迫害の罪に問われたフリッツが廃嫡のみで済むわけもなく、十字架に磔にされた彼は、ゆっくりとその生を終えた。

 最後まで彼は自分こそ正しい、自分は何も間違っていない、と叫んでいた。

 本心からかは分からない。

 後に引けない状況で、そう思い込まなくてはフリッツも死刑に臨めなかったのだろうか。

 本調子でない国王の代わりであるテオと共に死刑に立ち会ったが、ユリウスの耳にまだ、狂信者のような叫びがこびりついて離れない。

 ユリウスでさえ精神的に多少のダメージを負ったのだ。

 実の弟を、大罪を犯したとは言えこんな形で失ったテオの喪失感たるや計り知れない。

「……あまり気持ちの良いものではないね……」

 不意に口にしたテオの本心に、ユリウスは無言で頷くしかできなかった。

 テオはおそらく、フリッツにまともになってもらいたかったのだろう。

 真人間に戻り、国のために働き、マリーと節度ある距離を保って欲しかった。

 フリッツならばそれができるのではと、水面下で聖女解放に動きながらも、何度も何度も矯正の機会を与えていた。

 でなければ無駄に明るい彼がこんなにも落ち込むことはないだろう。

 彼は本当は、弟を最後まで見捨てたくなどなかったに違いない。

(……テオは分かりにくいからな……気に入った人間にちょっかいを出す……天邪鬼にも程がある)

「……ディートリンデさんはまだ目を覚さないの?」

 ユリウスの内心を知ってか知らずか、テオはやや力ない笑いを浮かべると、彼に問いかけた。

「ああ……まだ眠っている」

「聖殿にいるんだっけ?」

「ああ……リーゼとエルがてる。エルは……どちらかというと好奇心からだろうが」

 ユリウスはそう言うと、数日前のことを思い返した。

 ディートリンデが起きるまでそばにいたい、目覚めた時知っている顔があれば安心するのでは──リーゼロッテの決意を聞いた彼はしばらく城に留まることを決めた。

 むしろ彼女が国王の前に跪き、姉について提案した時に、こうなることは予想していた。

 彼女がディートリンデを思い残ったように、ユリウスもまたこの王城内で少しでも彼女が安らかに過ごせる時間を作りたかった。

 聖殿は相変わらず男子禁制だが、国王の計らいで食事の時間だけは彼女と顔を合わせることができている。

 その食事の間に、ディートリンデの様子やその日あった出来事を聞いていた。

 本当ならば食事以外の時間も彼女と共にいたい。

 しかし、暴走の余波か看病疲れが溜まっているのか、疲労感が表情に出てきているリーゼロッテの邪魔をしたくはなかった。

「やっぱりまだ……成功したかどうかは分からない?」

「………ああ……」

「そっか……」

 テオは肩をすくめ視線を落とした。

 ディートリンデの身体の幼児化は成功した。

 しかし魂までは目覚めるまで誰のものだか分からない。

(リーゼは大丈夫です、とは言っていたが……)

 成功を確信している彼女は、甲斐甲斐しく幼い姉を世話している。

 その姿がたまらなく愛おしく、しかし同時に倒れはしまいかと心配で、早く目覚めてほしいと思う気持ちは日に日に強まるばかりだ。

 ユリウスは祈るように両手を組むと、大きなため息をついた。
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