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5章.妹君と辺境伯は時を刻む

219.お姉様は消えた②

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 リーゼロッテはディートリンデの意識──もっと言えば魂が違うことを確信していた。

 急に炎の魔力が失われたディートリンデと、自らの中にいつの間にかあった炎の魔力、そして『生きたままとなると魂が入れ替わるくらいまで変質しない限りは無理じゃな』とエルは言った。

 そこから考えるに、ディートリンデの身体には魔力のない魂が入っているのではなかろうか。

 そして──。

 リーゼロッテの真剣な眼差しに気づいたのか、ディートリンデは小さくため息をついた。

「…………………誰でもないわ。ただの、死んだ女よ」

 一口にそう言うと、彼女は威嚇するように声を荒げ始める。

 もはやリーゼロッテと親睦を深めようなどと思っていない。

 だからこそ、純朴そうな顔をして近づいてくる彼女が煩わしかった。

「それで? 死んだ女に何の用よ? まさか本当の姉はどこだとか騒ぎ立てるんじゃないでしょうね?」

 いつもならばこう言えば、リーゼロッテは縮こまって口を噤む──はずだった。

 しかし彼女は怯えなど微塵もなく、むしろどこか思い詰めた様子で口を開いた。

「……お姉様の……ディートリンデの魂は私の中にいます」

「……思い出ってやつ? おめでたい話ね」

「いえ……おそらく……いいえ、確実に私の中にいます」

「………」

 断言するリーゼロッテに、ディートリンデはもう何の皮肉も出てこない。

 妹が何を考えているのか、ディートリンデとして何年も一緒に過ごし、虐め尽くした彼女はうっすらと理解し始めていた。

 それと同時に、なんであんたがそんなことまでしなきゃならないのよ、と何故か苛立たしい気持ちになったのもまた事実だ。

 自分のため、と言いながらどうしてディートリンデにそこまでしようとするのか、彼女には理解ができない──いや、したくない。

 理解をしたらその時点で、許されたくなってしまう。

 それだけは嫌だ、とばかりに彼女は首を振った。

「貴女がその身体に宿ったのはいつですか?」

「……今更言ったところで……」

「四歳、だよね? お母上が亡くなった頃だと聞いているよ?」

 ぶつぶつと口の中で呟いていると、テオが口を挟む。

「ちょっと! 勝手に言わないでよ!」

「ごめんごめん、でも彼女の話も聞いてあげて? 君のことをずっと、本当のお姉さんだと思ってたんだから」

「…………何よ」

 悪戯っぽく笑うテオに毒気を抜かれ、ディートリンデはトーンダウンした。

 彼に言われるまでもなく、彼女に申し訳ないと思う気持ちは少なからずある。

 素直にそれを認めたとして、リーゼロッテはそれを受け入れるだろう。

 しかし、今更受け入れられたところで、とディートリンデは彼女から視線を逸らした。

「その……私の中のディートリンデの魂はもう、弱り切ってしまって……私は彼女を元に戻したい……ですが、お姉様……貴女にもまた、ディートリンデとして生きてこられています。貴女のご意志をちゃんと、聞いておきたいのです」

「……意志……」

 リーゼロッテの言葉を噛みしめるように反芻する。

「フリッツ様に暗殺を持ちかけられた時に少し……考えました。もしかしたら、時の魔力でお姉様の身体を……貴女が来る前に戻したら、ディートリンデの魂も元に戻るかもしれない。貴女の魂も元の場所に戻ることができるかもしれない、と」

「……確証は?」

「確証はありません。もしかしたら戻るかもしれないし、戻らないかもしれない……二人ともダメかもしれないし、そのままかもしれない」

「………………」

「ですが……私は、お姉様を助けたい。烏滸おこがましい考えかもしれませんが……助けたいのです……」

 言い連ねるリーゼロッテの瞳に、うっすらと涙が溜まり始めた。

 極論を言えば、彼女はディートリンデに死ねと言っているようなものだ。

 あれだけ虐め抜いたらそう言われても仕方がない。

 ディートリンデは覚悟していた。

 しかし、憎いはずの自分の意思を確認すると言う。

 お人好しもここまで来ると馬鹿だ大馬鹿だ、とディートリンデは涙を堪えるリーゼロッテを呆れた表情で見つめた。

「…………あんたってホント………」

「……お姉様……」

「だからお姉様じゃないってば。あー……もういいわ。分かったわよ。やるわよ」

 ディートリンデの半ばヤケクソ気味の言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。

「よ、よろしいのですか……?!」

「ちょっと、自分で言っといて驚かないでくれる? どうせここで拒否したとしても何処かで野垂れ死ぬだけだし。それなら今死んだところで何も変わりゃしないわ。でしょう?」

 ディートリンデは隣で鎖を持つテオに同意を求めた。

 牢獄の中で彼に『死刑のタイミングはテオが決めろ』と約束させた手前、お伺いは立てるべきだろう。

 彼もそれを理解してか、「まぁそれはそうなんだけどね」と肩をすくめた。
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