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5章.妹君と辺境伯は時を刻む
202.リーゼロッテは感心される①
しおりを挟むその翌日、フリッツはいつも通り国王の様子を見た後、マリーの部屋に向かっていた。
彼を見かけた神官の一人は、早足の彼に、早くマリーに会いたいのだ、いつものことだと気にも留めなかった。
しかし内実は違う。
彼は焦っていた。
マリーの前では緩む顔が、今は余裕のない表情を浮かべている。
どこか上の空で、ぶつぶつと何かを呟きながら回廊を進んでいた。
「フリッツ」
不意に背後からかけられた声に、フリッツは肩を震わせた。
(またこの人は……いつもいつもタイミングが悪い)
苛立ちに歪んだ顔を見せたら、勘のいい兄のことだ。
わざとらしく「どうしたんだい?」などと聞いてくるに違いない。
振り返ることができない彼は、背中越しにテオの声を聞く。
「聞いたよ。父上が目を覚ましたとか」
「!」
(な、なぜそれを……!)
驚き振り向いたフリッツに、数冊の古びた本を抱えたテオは薄い笑みを満足そうに深めた。
汚らしく、埃でもかぶっていそうな古書に、フリッツは無意識に眉を顰める。
「……何をおっしゃっているのでしょう、朝方見舞いましたが、ご病状は変わりませんでしたよ」
そう言ってフリッツは余計なことを口走りそうな口を閉じた。
テオの言葉は本当だ。
どこから嗅ぎつけたか分からないが、国王が目を覚ましたのはつい今朝方のことだ。
しかし国王の居場所はフリッツと一部の人間以外誰も知らない。
話が漏れるとは到底思えないが、万が一ということもある。
国王を実際見ることができないテオには、まだ誤魔化しは効くだろう。
「あれ? そうなの? てっきり君の擁する癒しの聖女の祈りが通じたのかな、と思ってね」
揶揄うように言うテオは、フリッツの顔を覗き込むように首を傾ける。
考えを見透かすような瞳に、思わずフリッツは目を背けると「まだ……長そうですよ」と苦々しい口調で答えた。
「そっか。父上は聖女との婚姻を良しとしていないからねぇ……ま、父上が目覚めたとなったらまだ君は跡を継がないで済むってことだし、マリー様とのことはゆっくり話し合われたらいいんじゃないかな?」
「ええ……まぁ……」
(それは不味い。やっとここまで漕ぎつけたっていうのに……)
歯切れの悪いフリッツを満足そうに眺めていたテオは、いいことを思いついたとばかりに手を打った。
「あ、そうだ、もしご軽快されたら、快気祝いの準備は僕に任せてくれない?」
気が早い提案に、フリッツの頬が微かに引き攣る。
フリッツにとって、テオはただの好色で軽薄な王族としての功績も特にない不肖の兄だ。
その兄が進んで何かをしようなど珍しい。
国王に取り入ろうとしているようでどこか気に食わない。
(しかし……一体誰が漏らしたのか……ここは要求をのみ、情報源を探るべきか……)
不安の種は潰しておきたいとばかりに頷いた。
「え、ええ……もちろんです。兄上、国王が目を覚ました、なんて誰からお聞きになったのでしょうか?」
「誰だっけなぁ、忘れちゃったよ」
とぼけたように答えたテオにフリッツが呆気に取られてる内に、彼は
「じゃあね」
とリーゼロッテの部屋に向かっていった。
「……………………」
後に残されたフリッツは、思惑が外れ、苛立たしさのあまり兄の背中を鋭く睨んでいた。
憎悪の瞳を携えながら──。
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